1.唯一の取柄と、魔王。
「貴様――リドル。いったい、なんのつもりだ?」
「なんのつもりって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。私は魔族、人間に仇なす存在だぞ」
元孤児院であり、現在はボクの住まいとなっている場所にギルガドさんを連れてきた。そして手当たり次第に薬を持ってきて、彼の傷の治療をする。
そうしていると右に左に動き回っているボクを見て、ギルガドさんが言う。
たしかに、魔族と人間は敵対していた。
でも――。
「個々人は関係ないでしょう? 人間にだって悪い人いますし、魔族にだって善い人がいるはずです!」
ボクにはその区別がつけられなかった。
だって、目の前で誰かが傷ついていたら放っておけない。
昔からそうだった。だから、傷の治し方についてだけは必死に勉強した。
「私が善なる者である保証はないだろう」
「そんな細かいことは、あとで良いんです!」
「…………」
薬草を煎じながら、ボクは難しい顔をしたギルガドさんに答える。
すると彼は黙ってしまった。
「少し染みますけど、効き目は良いですから」
上半身裸になったギルガドさんの傷に、薬を塗る。
そして、短く治癒魔法の呪文を唱えた。
「ほう、やるじゃないか」
「えへへ。治癒魔法だけは、平均以上でして」
患部をまじまじと見ながら、彼は感嘆の声を漏らす。
そこにあった深い切り傷は消滅していた。
「面白いな。この薬は自分で作ったのだろう?」
「はい! 数は少ないですけど、いろいろな効能がありますよ!」
珍しく褒められたので、ほんの少しだけ調子に乗ってしまう。
でも、そんなボクを見てギルガドさんは小さく笑った。
「知るのが早ければ、形勢も変わっていたか……」
「え、それってどういう意味ですか?」
「気にするな。独り言だ」
なにやら自嘲気味に言うので気になって訊き返すと、そうはぐらかされる。
ボクは首を傾げるが、考えても仕方ないと思い直した。
そして、薬を仕舞って寝床を用意する。
「ギルガドさんはベッドで寝てください。ボクはこっちで寝ますね」
「…………そうか」
「では、おやすみなさーい!」
ギルガドさんにそう言って、瞼を閉じた。
明日からなにをやってお金を稼ごうか。当面の間は薬売りをして小銭を稼がないといけないかもしれないな。そうなってくると――。
「すぅ……」
そんなことを考えていると、意識はゆっくりと闇の中へ落ちていった。
◆
「…………寝た、か」
リドルの寝息が聞こえたのを確認し、ギルガドは息をつく。
そしておもむろに立ち上がり、少年のもとへ。改めてその容姿を観察した。
栗色の癖のある髪に、幼い顔立ち。瞳の色は蒼だった。背丈は自身の半分ほどといった、きわめて小柄な部類に入る。華奢で少女のような人間だ。
無防備に眠るそんなリドルを見下ろし、ギルガドは――。
「悪いな……」
どこからか、漆黒の剣を取り出した。
そして、静かに寝息を立てる少年の首筋にあてがう。
「辺境に私の姿を知る者はいない。しかし、可能性は最大限に排除しなければならない。だから――」
剣を握った手に、力を込める。
だが――。
「……くっ」
切っ先は、リドルの喉を裂く前に止まった。
「善き者もいれば、悪しき者もいる――か」
次に、ギルガドの口から出てきたのはその言葉。
リドルが勢いで放ったものだった。
「…………私は、どちらなのだろうな」
剣を仕舞って、青年はそう口にする。
そして窓際へ移動して、満天の星空を見上げた。
「魔王としての私は死んだも同然、かもしれないな」
壁に背を預けて、目を閉じそう呟く。
ギルガドは浅い眠りへ、静かに落ちるのだった。