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第8話 目指すべき場所は

「さて、と。そうと決まれば、まずは当面の行動方針を決めておかないとな」


 トーヤとアスセナが行動を共にすることが決まってから、ほどなくして。

 焚き火に追加の枝を放り込みながら、トーヤは一人首をひねる。考えるのは、これからの方針だった。


「とりあえず、まずは何とかしてこの森を脱出しなきゃいけないんだけど……道も方角も全く分からないんだよなぁ」


 わしわしと頭を掻いていると、眼前に座るアスセナが、小さく手を上げる。


「私、飛べる。朝まで休めば、竜に戻っても問題ないくらいには、回復できる。空に出れば、方角も道もわかると思う」


 少女の提案に、思わずトーヤは膝を打つ。眼前の少女が、巨大な翼を持つ白いドラゴンだということを、今の今まですっかり忘れていたのだ。


「そっか! ……でも、大丈夫なのか? 確かに魔法で回復はさせたけど、動いていいような傷じゃなかったはずだけど」

「大丈夫。竜の生命力は、あらゆる生き物を超える……って、聞いたことがある。私の本当の身体は、この身体の裏側に眠らせて、傷を治し続けてる。……朝になれば、もうほとんど治ってる、と思う」

「そ、そうなのか。……すごいんだな、ドラゴンって」


 さすがは神話に名を連ねる存在、と一人感嘆しながら、トーヤの興味は別の方向へと向く。


「にしても、そうだろうとは思ったけど、ちゃんとドラゴンにも戻れるんだな」

「ん、当然。……でも、竜の姿に戻れる回数は、たぶん、そんなに多くないと思う」


 看過できない言い回しを耳にしたトーヤは、思わず怪訝な顔を浮かべる。そのままアスセナの方を注視するが、当の本人は別段なんということはなさそうな表情で、トーヤの方を見つめ返してくるだけだった。


「……それは、どういうことだ? 戻れる回数が、ってことは、使い切ったらもう姿を変えることはできなくなるってことか?」

「ん、ちょっと違う。……竜に戻ったり、ヒトになったりする時には、身体の再構築と、そこで身体が崩壊しないようにするために、たくさんの魔力が必要になる。……ヒトになる時は、そんなにたくさんは使わない。けど、竜に戻る時は、この身体にかかる負担も大きくなる。だから、何度もヒトと竜の姿を変えることはできない」


 少したどたどしい解説を聞いて、ようやくトーヤにも合点がいく。同時に、脳裏をよぎった嫌な可能性が杞憂だとわかり、かすかな安堵のため息が漏れた。


「あぁ、なるほど。無理に姿を変えると命の危険があって、たくさんの魔力と負荷に耐えられる状態の身体の両方を揃える必要があるから……ってことか」

「たぶん、そういうこと。……私を見てくれていた竜から聞いたから、本当かはわからない、けど」

「そっか。まぁ、ヤバい可能性があるのなら、無理に使う必要はないさ。人の世界の事情もあるし、今みたいな非常事態でもない限り、できるだけドラゴンへの変身はナシの方向で行こうか」

「ん、わかった」


 素直にこくりと頷くアスセナは、トーヤの目から見れば、どう見ても外見相応の少女にしか見えない。

 きっと、周囲の人間に「この子はドラゴンなんだ」と吹聴して回ったとしても、信じてもらえる可能性など無いに等しいだろう。そんなことを考えて、トーヤは心の中だけで苦笑を漏らした。


「にしても、セナの面倒を見てくれた……人? ドラゴン? は、物知りだったんだな。どんな人だったんだ?」


 疑問が氷解すれば、自然とトーヤの口からは好奇心の質問が飛ぶ。対するアスセナもまた、話し相手ができた所為か、口達者ではないものの、しっかり会話に応じてくれていた。


「とても良い、竜の人。……嫌われものだった私を、その人だけは、普通に扱ってくれた。今知ってる色んな事も、その人から教わった」

「へぇ。ってことはその(ひと)は、風習とか言い伝えのこと、あんまり信じてなかったんだな」


 トーヤの言葉に、しかしアスセナは小さく首を横に振る。


「その(ひと)も、言い伝えは信じてた、みたい。……でも、本当に生まれてきた私と、言い伝えを信じた(ひと)たちのことを見て、なんだか悲しい気持ちになった。だから、私の世話役を買って出た……って、その(ひと)は言ってた」


 アスセナの話からすれば、言い伝えと現実の板挟みになった末、アスセナのただ一人の味方となったのだろう。

 顔も姿も知らない人物だったが、トーヤはその竜に対して、言い知れない尊敬の念を抱いていた。


「自分の立場が悪くなることを承知の上で、か。優しい人だったんだな」

「ん。……いつか、あの里の竜全員に勝てるくらい強くなれたら、また会いに行きたい。ありがとうって、伝えに行きたい」

「そうだな、良いと思うぞ。感謝の気持ちが伝えられたら、その人もきっと、喜んでくれる」


 トーヤの言葉に小さく頷いたアスセナは、鉄面皮を少しだけ崩し、微笑みに表情を綻ばせた。


「……そういえば、トーヤ。森を出たら、その後はどうするの?」

「え? あぁ、そうだな……」


 直後、ふと思い出したようなアスセナの質問を受け、トーヤは考える態勢を作る。少し首をひねると、幾ばくもせず、すぐに方針はまとまった。


「まずは、町を目指すのが最優先かな。できれば、俺の知り合いが向かったはずの、エレヴィアの町ってところに行きたい」

「ん。生きてることを、知らせる?」

「そんなところだな。心配かけたから、大人しく怒られに行くことにするよ」


 少し茶化しつつ、続きを話す。


「で、無事を報告した後は、強くなるための準備だ。……さっきも話したと思うけど、俺は『冒険者』っていう仕事をしてるんだ。町の手伝いから巨大な魔物の討伐までこなす、何でも屋みたいな仕事だな」

「ん……魔物と戦う、ってことは、強くなることもできる?」

「あぁ。冒険者の本業は、普通の人の手に負えない魔物を退治することでもある。冒険者として、色んな魔物と戦っていけば、自然と俺たちの実力も上がっていくはずだ」


 今の社会において、冒険者以上に魔物と戦う職業もなければ、冒険者以上に腕っぷしの強さを問われる職業もない。

 冒険者として仕事をこなし、そこでランクを上げ、より強大な魔物と戦い、勝てるようになる。それが、トーヤの考えうる中で、もっとも確実、かつ堅実な、「最強」への道標だった。


「ん、納得。……じゃあ、私も冒険者になる?」

「そうなるな。冒険者への依頼を通じて動けば、強い魔物と戦える確率も上がるし、その分実力を上げるチャンスも多くなる。……それに、人間社会で生きていくには、何かとお金がいるからな。二人で仕事をすれば余裕もできるし、少しは夢に向かって動きやすくなれるはずだ」


 トーヤにとってのこれまでの冒険者家業は、どちらかと言えば「夢を追う手段」というより、「食い扶持を稼ぐために必要な仕事」だった。

 今までは、実力相応にしか稼げなかったため、日々を生きることに精いっぱいで、研鑽の為の余裕もあまりなかった。しかし、アスセナと二人で仕事をこなしていけば、少しばかりだが稼ぎも増え、余裕ができる。

 強くなるための手段として、そして夢を追うための手段として。現状を鑑みれば、アスセナを冒険者にするという選択は、うってつけだと言えた。


「わかった。じゃあ、トーヤの言う通りにする」

「よし、なら当面は、冒険者として魔物と戦って、そこで腕を磨いていくことにしようか」


 ひとまずの大まかな方針が固まったところで、トーヤは少しだけ緊張の糸を緩め、ぐっと身体を伸ばす。会話に夢中で気づいていなかったが、どうやら話し込んでいたことで随分と身体が凝り固まっていたらしい。


「ねえ、トーヤ。トーヤさえよければ、人間の世界の話、もっといろいろ聞かせてほしい。これからの為に、参考にしたい」


 体勢を戻すと同時に、アスセナがそんなことを進言してくる。

 ……もっともらしい言葉で取り繕っているが、その表情は無感情なりに、好奇心できらきらと輝いている。どうやら眼前の少女は、これから待ち受ける未知の世界が、楽しみで仕方がないようだった。


「あぁ、構わないよ。って言っても、俺もそこまで色々知ってるわけじゃないぞ?」

「大丈夫。トーヤの知ってること、いっぱい教えてほしい」

「い、いっぱいと来たか……」


 アスセナがどの程度で満足するかはわからないが、少なくとも、眠りに落ち、夜を明かすには、充分な暇つぶしになるだろう。

 なおも好奇心に輝くアスセナの顔を見ながら、トーヤはクスリと苦笑を漏らした。



***



「――よし。じゃあセナ、頼んでもいいか?」


 山向こうから朝日が顔を出し、夜の気配が白々と明け始めた頃。

 木々の合間を縫って差し込む、暖かな陽光につられるように、トーヤたちは目を覚ます。そのまま、近場にあった木から食べられる果物を取り、すきっ腹を少しだけ落ち着かせると、すぐさま脱出の準備に入ることにした。

 食べ物も飲み物もろくに無い状況であるため、二人とも完調には程遠い。しかし、とにもかくにもこの森を抜けださなければ、動くこともままならないのが実情である。

 故に、トーヤとしては少々心苦しいながらも、アスセナには朝から頑張ってもらう必要があった。


「ん、任せて」


 トーヤから借り受けていた外套を脱ぎ捨てたアスセナが、明るくなり始めた世界の下で、再び裸身を晒す。

 夜闇が去った今、トーヤから見ても、その身体の輪郭までがくっきりと視認できてしまう。細く、しなやかで、透明感すら感じる白い肌を持つ肢体は、作り物のように美しかった。

 目線を外すことも忘れ、ひと時その光景に見入っていたトーヤの前で、アスセナの体が魔力の光に包まれる。淡く輝く魔力を全身に纏った少女のシルエットは徐々に大きくなり、たちどころに竜のそれへと変化していった。


「――サァ、乗ッテ」


 光が弾けると、白い巨竜が、再びトーヤの前に姿を現す。

 思念を通じ、トーヤと会話を交わす白竜の風貌は、一見すれば昨夜の邂逅時と変わらない。だが、昨日の夜には確かに存在していた傷は、いくらかの痕こそ残していたものの、まるで嘘だったかのように癒えていた。


「……すごいな。もうほとんど傷が治ってる」

「トーヤノ、オ陰。トーヤガ治シテクレナカッタラ、コウシテ傷ヲ治スコトモデキナカッタ」

「そっか、役に立てて良かったよ。……んじゃ、失礼して、っと」


 自分の魔法が役に立ったことを喜びながら、トーヤはアスセナの身体に手をかけ、その背によじ登る。

 先ほどの少女と、この白竜が同じ存在であることを思うと、どうにも落ち着かない気分になったが、騎乗自体は何事もなくこなすことができた。


「よっと……この辺で大丈夫か?」

「ン、大丈夫。……ナルベクユックリ飛ブケド、危ナイカラ、ドコカニ掴マッテイテ」

「了解、っと」


 促されるまま、トーヤはアスセナの背を覆う甲殻の一部――棘のように伸びた部分を、しっかりと握りしめる。

 まるで掴むために在るような場所だな、と思ったその矢先、アスセナがぐっと身体をたわめて、飛翔の体勢に入って。


「――飛ブ!!」


 直後、白い巨竜は一条の流星となって、瞬きの間に森を突き抜けた。





「うっ……おぉ…………ッ!」


 意識を刈り取られそうなすさまじい重圧を、トーヤはアスセナの身体にしがみつきながら耐える。吹き付ける暴風に浮き上がりそうな身体を、甲殻の棘を握りしめる両の手と、あちらこちらのでっぱりにひっかけて耐える足で、ひたすらやり過ごす。


 そうしてしばらく、風圧の暴力に耐え続けていたトーヤだったが、不意にふわりと軽くなるような感覚を覚えた。

 上昇が終わったのだろう。それを察知して、半ばだきつくような格好だった身体を起こし、顔を上げたトーヤの視界には。



「お、おぉぉ…………!!」


 人の身で見ることは叶わないような、すさまじい光景が広がっていた。

 手を伸ばせば掴めそうな場所に、雲が浮かんでいる。地上から見るよりもはるかに青さを増した天蓋は、遠く広がる地と海のかなたを貫いて、何処までも広がっていた。

 見下ろせば、そこには色とりどりの景観をちりばめた、広大な大地。直下に広がるコルシャの森をはじめとして、数日前までトーヤが滞在していた町も、遥か向こうにそびえる白亜の王城も、天を突くようにそびえる巨塔も、その全てを一望することができた。

 紙に書いた地図を、本物の世界に置き換えたような、そんな一大パノラマ。それが、トーヤの目の前に広がっていた。


「……トーヤ?」


 少し心配そうなアスセナの念話にも反応できないまま、トーヤはただただ圧倒される。雄大な大自然が織りなす珠玉の絶景が、この世のものとは思えない美しさを、トーヤの網膜に焼き付けていた。


「トーヤ!」

「っは!?」


 しばし、絶景に食い入っていたトーヤだったが、高度を保つための羽ばたきの音と、ひと際強く届いた念話で、はっと我に返る。どうやら、昇りきってからしばらくの間、絶景に魅了されていたらしい。


「……大丈夫?」

「あ、あぁごめん。大丈夫だよセナ。……この光景が凄すぎて、ちょっと言葉を失ってた」


 思いがけず呆けてしまったことが申し訳なくなり、トーヤは恥ずかしそうに頬を掻く。そんなトーヤの内心を知ってか知らずか、アスセナは竜の首を小さく縦に振った。


「ウン。空カラノ景色ハ、私モ大好キ。地上ノ自然ト空ハ、イツ見テモ、何ヨリモ綺麗」

「あぁ、本当に綺麗だ。……こんな光景が何度も見られるなんて、ドラゴンは羨ましいな」


 万感の思いを込めて、一人と一匹はしばしその場で世界を眺める。そのまましばらく白竜は滞空していたが、不意に首をたわめて背中に跨るトーヤを見た。


「……トコロデ、ドッチニ行ケバイイノ?」

「あぁ、そうだった。ちょっと待ってくれよ……」


 問われ、トーヤは少し身を乗り出して眼下を見下ろす。

 コルシャの森にほど近い町はいくつか見つけることができたが、トーヤの目指していた「エレヴィアの町」は、町の水源にもなっている大きな湖に隣接しているのが特徴とされている。

 そのことを思い出し、少し辺りを見回してみれば、森から少し離れた場所に、湖とその畔に築かれた町の姿を見とめることができた。


「あれだ。森から少し離れた所に、湖が見えるだろ? あのすぐそばにある町が、俺の目指していた町だ」

「ワカッタ。ジャア、動クカラ、掴マッテ」

「よし、お願いするよ」


 トーヤの示した方角を向いて、白竜はゆっくりと飛行を始める。トーヤを振り落とさないよう気を使っているのか、どこかそろそろと飛んでいるようにも感じられたが、その速度は尋常なものではない。もしも今の人類が持ち得る技術を総動員したとしても、彼女の飛翔速度に比肩することは、恐ろしく難しいことだろう。


 人智を超える速度で、眼下の景色が流れるように過ぎ去っていくのを見つめながら、トーヤとアスセナは風を切り裂き、真っ直ぐにエレヴィアの町を目指して飛んでいった。

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