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第6話 邂逅

 お待たせしました。ヒロイン登場です。

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」


 酸素を求めて、身体が喘ぐ。新鮮な空気を取り込んで、再び身体が喘ぐ。

 極限すらとうに超えた状態で、それでもトーヤは、生きていた。


 パニッシュ・レオーネと繰り広げた逃走劇は、一体いつまで続いていたのだろうか。

 途中で何度も転倒しかけ、何度も飛んできた魔力の刃が身体を掠めながら、それでも前に走った。体力も魔力もとうに尽き果て、記憶すら飛び飛びになり、身体の感覚すらあいまいになってしまうような状況になりながら、それでもトーヤは、決死の思いで逃げ続けた。


 どれほど走ったかもわからない。今この場所がどこであるかも、全く見当がつかない。

 わかるのはただひとつ。今この場に、トーヤの命を狙っていた無常なる処刑者がいないこと、ただそれだけ。

 かの絶対的な絶望から、逃げ延びることができた。それを実感したトーヤの胸中には、形容しがたい歓喜の感情があった。


「…………っしゃあぁぁ…………逃げ切って……やった、ぞおおぉぉぉ…………!!!」


 息も絶え絶えなまま、ガッツポーズを作る。

 弱々しく最後の力を使い果たしたトーヤはそこで、糸の切れた人形のようにその場に倒れ、動かなくなった。











「……はっ!?」


 唐突に意識を取り戻したトーヤが、大慌てで身を起こす。

 周囲を確認すると、そこは無数の木々が乱立する、大森林の真っただ中。そして、視界に収めた光景に、恐れていた「影」がないことを確認すると、トーヤは魂まで抜け出てしまいそうなほどに大きな、安堵のため息を吐き出した。


 どうやら、極限まで溜まった疲労に加えて、奇跡的に首尾よく逃げおおせることができたという安堵感により、意識が飛んでしまったらしい。明確に窮地を脱したわけでもないというのに、のんきに気を失ってしまったことがうかつすぎて、トーヤは一人頭を抱えた。


「……けど、ま。どうにか逃げられて回復もできたから、ひとまずは良しかな」


 しかし、どれほどの間かはわからずとも、気絶している間に襲撃らしい襲撃はなかった。そのことから鑑みるに、今すぐ再び脅威にさらされるようなことは無いだろう……と、トーヤは結論づけた。


(問題は、ココがどこなのかってことだけど……)


 周囲を見回してみるが、いくら目を凝らしても、そこにあるのは静寂の帳が降りた森林だけ。時折、どこからか風に枝葉がさざめく音がする以外は、ひっそりとした静けさに包まれていた。

 加えて、逃走劇を繰り広げている間に、とっぷりと日が暮れてしまったらしい。薄闇に包まれていた森の中は、今やわずかな先ですら闇に呑まれ、見通すことが出来なかった。


「……ま、考えるだけ無駄だろうな。わかっちゃいたけど」


 走ったルートも覚えていなければ、方角を掴むための道具も持ち合わせていない。冒険の必需品になるようなものを含めた雑多な道具類は、乗り合わせた行商隊の馬車に置いてけぼりにしてしまったのである。なので現在のトーヤは、正しく着の身着のままの状態だった。


「まずは、どうにか脱出の手立てを考えないと、か」


 一難去ってまた一難。気落ちしつつも、トーヤは両手で頬を叩き、当てのない森の只中を、静かに移動し始めた。




***




 木々の隙間から、微かに星空が垣間見える中を、トーヤはひたすら歩いていく。体には未だ重い疲労感がのしかかっていたが、気絶している間にいくらか回復できたのか、行動に支障をきたすことはなかった。


 当てもなく歩き始めてしばらく経つが、景色は一向に代わり映えしない。それでも歩いているのは、単にその場にとどまるだけでは事態は打開できないだろう、と結論づけたからであり、現状、何かしら有効な手立ては思い当たらなかった。


 歩き続ける傍ら考えるのは、かの処刑者が何故、自分を見逃したのか、ということだ。

 たしかに、逃走劇は順調だったし、上手く逃げおおせることができた、という自負もある。だが、相手は仮にも、この森の食物連鎖の頂点に立つ存在。看過できない手数を負わされた以上、一度見失った程度で逃してくれる訳もないだろう。

 しかして実際、この場にかの獅子はおらず、トーヤはほうほうの体でありながら、いまだ生きている。そのことが、トーヤにはたまらなく不気味に思えた。


(そうまでするほどの脅威じゃない、って思われたのか。あるいは、何かしら追跡を断念する理由があったのか。……なんにせよ、単純に諦めてくれた、ってだけなら、気が楽なことこの上ないんだけどな)


 気絶していた間に襲撃がなかったとはいえ、いまだ狙われていないとも限らない。その事実にため息をつきながら、ふとトーヤは周囲を見渡し、ぽつりと呟いた。


「……にしても、静かすぎるよな」


 どれだけ耳を澄ましても、聞こえてくるのは木々のざわめく音だけ。そこに何者かの気配は介在しておらず、あるのはただ、痛いほどの静寂だけだった。

 コルシャの森は南北に広い面責を持ち、その中には相応の数の魔物や、動植物が息づいている。それぞれの生物がそれぞれのテリトリーを作って営みを送っている以上、この森の中で何者かの領域となっていない場所は無いはずなのだ。

 だというのに、夜であるということを差っ引いても、トーヤの周囲からは異常なほどに気配を感じない。普通ならば、夜行性の魔物や、寝静まった動物の気配を感じ取れてもおかしくないはず。だというのに、今日の森は不気味なほどに静まり返っていた。

 

「警戒するに越したことはない、か」


 一人呟きながら、トーヤはさらに森の奥へと歩を進めていく。

 踏みならした土の音が静寂に溶けていく中、ひたすらにトーヤは足を動かし続けた。






「……お?」


 そうしてしばらく進んでいた時、不意にトーヤが声を漏らす。


 視線の先、代わり映えのしなかった森の向こうに、何かが見える。

 距離があるため、詳細な情報を得ることは難しい。しかしともかく、トーヤの視線の先には「白い表面を持つ何か」が、確かに映っていた。


(……正直、近づかない方が無難な気はするけど……でも、このまま森の中をさまよっていても、無事に脱出できる可能性は低いか)


 正体の分からない存在を目にして、トーヤの思考が巡る。


「……いって、みるか」


 いくつかの可能性を天秤にかけ、しばし思案した後、トーヤは静かに決断。止めていた足を白い何かの方へ向け、再び歩き始めた。



 近づいていくごとに、その正体が少しづつ明らかとなっていく。

 遠目にも視認できたことからもわかる通り、「それ」はかなり大きいらしい。視界を遮る木々が少なくなっていくと共に、その形状は人の手が入った建造物のようなものではなく、どちらかと言えば生物的なシルエットを持っていることも確認できた。

 もう一つ分かったのは、かの白いシルエットの周囲が、大きく開けた空間になっていることだ。ただ、それは「ただのすこし開けた空間」というわけではなく、何かしらの影響でそこに在った木々がなぎ倒され、空を隠すものが無くなったことで生まれたものらしかった。


(明らかに、自然にできたものじゃあない、か。さて、何が待っているのか……)


 背中を撫でる危機感を感じつつも、トーヤは足を止めない。永遠に続くと思われた変わらない光景の中に現れた、変化。それに、トーヤは何かを感じていたのだ。

 鬼が出るか、蛇が出るか。一抹の不安とかすかな期待を胸に、トーヤは開けた空間へと、身を躍らせた。








「な――――」


 そして、トーヤは言葉を失う。


 立ち尽くすトーヤの前でわずかに「呼吸」をし、小さく上下する「身体」の表面を覆うのは、星と月だけが光源の暗闇にあってなお、輝いているように錯覚するほど、まばゆい純白に染め抜かれた「(うろこ)」。

 隆々とした四肢はゆったりと弛緩しており、それの威容を象徴するであろう、白く巨大な「翼」は、その身を包み込むように丸められていて。


「……グ、ゥ…………」


 消え入りそうなな鳴き声を漏らし、かすかにゆすられた頭から伸びる、体表の鱗に負けないほど艶やかな白い双角が、天を貫くかのように、その存在感を雄々しく主張していた。


 トーヤが驚愕するのも、無理からぬことだろう。

 彼の目の前、星空を頭上に抱く小さな空間に鎮座していた存在。それは、巨大な純白の体躯を持つ、「ドラゴン」だったのだ。

 

「な……な、なぁっ…………??!」


 まるで予想だにしていなかった存在の出現に、トーヤの思考がたちまちフリーズする。声にならない悲鳴を上げながら、トーヤは数歩あとずさり、力なくその場に尻もちをついた。


 ドラゴン。その存在を一言で形容するならば、「伝説の生物」という表現が、最も適切だろう。

 古き時代を記した神話にはもちろんのこと、子供たちに読み聞かせる著名なおとぎ話にも、その名は刻まれている。鋼のように硬い鱗や外殻に、その身の内に宿した膨大な魔力から紡がれる、比肩するものなき強力無比な攻撃の数々。生半な攻撃ではその身に傷をつけることすら敵わず、その攻撃を耐えることができるのは、同じく伝説に語り継がれるような防具のみ。数多くの伽話に名を連ねるドラゴンは、「力」の象徴として神話の中に君臨していた。

 古の時代、勇者と共に邪悪に立ち向かったとされるそれはしかし、ただの伝説。トーヤ達人間の言葉で言うならば、「架空の存在」であるはずなのだ。

 それが今、トーヤの目の前で、その巨躯を横たえている。あまりにも現実離れしたその光景は、トーヤの思考をいっそう混乱に引きずり込んでいた。


(――そう、か。こいつがいたから!)


 しかしその一方で、トーヤは別なこと――この森が静まり返っていた理由と、かの強大な獅子から逃げ延びることができた理由に思い当たる。

 神話や伽話の記述が本当ならば、ドラゴンの前では、かのパニッシュ・レオーネですら、戦い勝つことは敵わない。あらゆる生命の頂点に立つ存在の、圧倒的な存在感に気付いた動物や魔物が、恐れをなしてその場から逃げていたとしても、何ら不思議ではないのだ。


(終わりだ、今度こそ)


 ようやく追いついてくる思考が、絶望を運んでくる。パニッシュ・レオーネ以上に、どうあがいても敵いようのない存在を前にしたトーヤは、心が折れたかのようにがくりとうなだれ、自身の死を覚悟する。


 ――だが、そんなトーヤの思い描いていた未来は、いつまでたっても訪れる気配がなかった。


「……?」


 疑問に思い、静かに顔を上げる。相変わらず白いドラゴンはその場に鎮座しており、かすかな呼吸を繰り返す以外、目立った動きはしていなかった。

 眠っているのだろうか。そう思い、ドラゴンの様子を注意深く観察したトーヤの目に、「それ」が映り込んだ。


「……怪我、してるのか?」


 翼に覆い隠されたその向こう、純白の竜鱗に刻まれていたのは、傷。大小の差はあったが、輝きを歪ませ、鈍らせているその傷たちは、よく見れば胴体だけでなく、横たえた全身に刻まれていた。

 鱗にひびが入る程度の物もあれば、もっと奥まで達していると思しき、深い傷。中には、何か巨大なもので抉り取られたような傷もあれば、炭化して焦げ落ちたような、痛ましい傷もあった。

 一瞬、この森の木々によってついた傷かと考え、すぐに否定する。白いドラゴンの全身に刻まれた無数の傷は、明らかに「人為的な傷」だった。


 伝承が確かならば、ドラゴンは地上最強の生物と言っても過言ではない。それがここまでの深江を負うなど、通常では考えづらいのだ。

 しかして事実、目の前の白いドラゴンは、手ひどい怪我を負っている。ドラゴンそのものの存在と合わせ、あまりにも現実離れしている光景に動けないままでいると、白いドラゴンが、わずかに身じろぎした。


 かすかに開かれた瞼の奥から覗く瞳は、金。生命力と無機質さを奇妙に同居させた金色の瞳には、弱々しい光が宿っていた。


「……オマエ、ハ…………?」


 同時に、声が響く。その出自を探るよりも早く、トーヤはその声の主が白いドラゴンだということを、直感的に察した。


「え、と……」

「オマエハ――オマエモ、私ヲ殺スノ……?」

「えっ?」


 言葉を返すよりも先に、白いドラゴンがそうこぼす。

 最初は気にしていなかったが、言葉を紡いでいながら、その口元は動いていない。にも関わらず、明瞭に聞き取れる言葉が聞こえてくるのだ。

 不思議な現象ではあったが、何かしらそういう力があるのだろう、と適当にあたりを付けておく。今はそんな些末なことを気にする場面ではないと、トーヤは何となく感じていた。


「私ハ……私ハ、タダ生キテイラレルナラ、ソレデ良カッタ。閉ジ込メラレテ、ナンノ自由モ無クテモ、生キテイラレルナラ、ソレダケデ良カッタノニ。……ソレダケデモ、許サレナイノ? 私ノ身体ガ、皆ト少シ違ウダケデ……タダ生キルコトモ、許サレナイノ……?」


 金色の瞳で虚空を見つめながら、白いドラゴンはただひたすらにうわごとを続ける。

 伝説に語られ、地上最強の地位をほしいままにする存在のものにしては、あまりにも見当違いな言葉。弱々しい声音のまま、縋るように続くその呟きは、とても伝説の生物が放つものとは思わなかった。


「……」


 なおもうわごとを続けるドラゴンを、トーヤは複雑な面持ちで見守る。

 対面した時に感じた恐怖と畏怖は、すでに吹き飛んでいる。ドラゴンの言葉を聞いた今のトーヤの胸中にあるのは、ドラゴンに対する、憐れみの感情だけだった。





 どれほどの時間、そうしていただろうか。

 ふと、胸の内に湧き上がった衝動に身を任せるようにして、トーヤは動く。前に歩を進め、傷だらけの身体を横たえるドラゴンに向けて、ゆっくりと近づいていった。

 近づくことで、痛ましい惨状はより克明なものとなる。ただ、致命と思しき傷は思っていたよりも少なく、大きな傷のいくつかさえ治してしまえば、とりあえずの峠は越えられるだろう……と、トーヤはあたりを付けた。


「――――彼の者を癒せ、治癒魔法(パナケア)!!」


 すぅ、と深呼吸を挟んで、トーヤは白いドラゴンに手をかざし、癒しの魔法を放つ。両の手のひらからとめどなく生まれる、柔らかな薄緑色の光は、ゆっくりと白いドラゴンの身体へと注がれていった。


「……? 何、ヲ……」

「そっちの事情とかは、何が何だか分かんないけど、さ。とりあえず俺としては、お前を殺すつもりも、殺す意味もないよ。……それに、なんか放っておけなくて、さッ!!」


 金色の瞳が見つめる中、トーヤは気合を入れ、ひと際強く魔法を放つ。

 さらに輝きを増した癒しの光は、一見すれば、さしたる効果をもたらしているようには見えない。だが、トーヤの目には確かに、ゆっくり、ゆっくりと癒えていく傷の様子が映っていた。


(……くそっ。大見得切った手前情けないけど、治し切れるかどうか!)


 魔力がごっそりと持っていかれるのを感じながら、しかしトーヤは歯噛みする。

 元々、保有する魔力の量も、専門の魔術士には遠く及ばない。まして、規格外の存在であろうドラゴンの傷を治療するなど、そもそもが土台無理な話なのだ。


「おおぉりゃあああぁぁぁ…………!!!」


 しかし、限界ギリギリまで魔力を込め、治療する箇所を集中的に絞ったことが功を奏したのか、大きな傷たちが、静かにその口を閉じていく。傷の形そのものは今だ色濃く残ってはいるものの、ひとまずの峠を越えることはできただろうと、トーヤは確信した。


「っ、ぅう…………っはぁッ!!」


 直後、魔力の尽きたトーヤの身体が、弾き飛ばされるようにして倒れ込む。

 酷い倦怠感と疲労に見舞われ、肩で息をするトーヤだったが、不意にその頭上を影が覆った。


 首をもたげてみれば、先ほどまで力なく横たわっていた白いドラゴンが、身をよじる光景が飛び込んでくる。

 ぐっと力を込め、ゆっくりと立ち上がった白いドラゴンは、満天の星空に向けて、大きくその身を伸ばした。


「お、おぉ……!」


 月と星をちりばめた夜空を背負い、世界を包み込むかのように広げた一対の翼と共に、真っ白いドラゴンが、雄々しく屹立する。まるで、絵物語の一ページかと見紛いそうなその光景をみたトーヤの口からは、思わず感嘆の声がこぼれた。


 


 ――そしてその直後、白いドラゴンの全身が、まばゆく発光した。


「うぉあっ!!?」


 視界を塗りつぶすほどの光を食らって、思わずトーヤが腕で目をかばい、顔をそむける。時間にして数秒ほどの発光現象は、幸いというべきか、すぐに終息した。


「ぐ、ぅ……な、なにが――……」


 もう一度同じことが起こらないことを祈りつつ、トーヤは恐る恐る、白いドラゴンの方を見やる。


 しかし、そこにあったはずの巨大な白いドラゴンの姿は、まるで煙のように消え失せていて。



 代わりにその場所には、星明かりに裸身を照らされる、「少女」の姿があった。





「……………………は??」


 たっぷり数秒の時を要して、あんぐりと開いたトーヤの口から、実に間抜けな声がこぼれ落ちる。突然起こった目の前の光景の変貌に、彼の思考はまったくと言っていいほど追いついていなかった。


 一方、そんなトーヤのことなぞつゆ知らず、彼の目の前に出現した少女は、その場でふわりと長い髪を広げる。翼のような長髪は、光の粒が織り込まれているかのように、まばゆい純白に輝いていた。

 唖然とするトーヤを尻目に、少女は何かを確認するように、星明かりに青白く照らされる自分の身体を一通り見やり、満足そうな表情を見せる。そしてそこでようやく、今だフリーズ中のトーヤに顔を向けた。


「――人間。あなたの魔法のおかげで、なんとか動けるようになった。お礼を言わせてほしい」


 天に浮かぶ月がそのままはめ込まれたような、鮮やかな金の瞳が、トーヤを真正面から射抜く。その表情はほぼ無表情に近い鉄面皮だったが、どうやら彼女はトーヤのことを知っていて、彼の何かしらの行動――言葉尻から察するに、彼が魔法を行使したことについて、感謝しているらしかった。


「え、ぁ……は、あ、ぇえ……?」


 まったく事態を飲み込めていないトーヤの口から、形容しがたいうめき声が漏れる。

 そのまま、胸中で荒れ狂う疑問符の嵐に翻弄されていたトーヤだったが、ふと頭の中で反芻した少女の言葉がひっかかる。


(――待てよ? 「魔法のおかげで、なんとか動けるようになった」……って、ことは――……!)


 少女が発した言葉の、その一端。何気ない一言に意識を向けた直後、トーヤを衝撃が貫いた。


「――――まさかっ、君――さっきのドラゴン!!??」


 そしてようやく、目の前に立つ裸身の少女と、先ほどまでそこにいた白いドラゴンが、結びつくに至った。


「そう。……あのままだと、私は死んでた。だけど、あなたが魔法で傷を治してくれたから、なんとか身体を動かして、自分で傷を治すことができるようになった。だから、あなたに感謝してる。ありがとう」

「え? ……あ、あぁ。そりゃどういたしまして。気まぐれでやったことだから、そんなに感謝されるようなもんでも――――じゃなくって!!」


 一週回って素の対応をしてしまうトーヤだったが、我に返って声を荒げる。トーヤの行動の意図がわからない少女は、こてんと首を傾げた。


「き、君っ、ホントにあのドラゴンなの?!」

「? そうだけど」

「……ドラゴンって、人間になれるもんなの?」

「なれる、みたい。身体の中の魔力の流れを組み変えて、肉体を作り変えれば、表と裏を変える感じで、人間と同じ姿になれる……って、教わった。初めてやったけど、上手くいった」


 初の試みが成功したのが嬉しいのか、ちょっぴり自慢げな少女が腰に手を当て、胸を張る。すると、動作に合わせて突き出された、小ぶりながらも形の良い双丘が、ふるんと揺れた。


「そ、そうなんだ……。―――っとと、とりあえず、これッ!」

「? ……これ、何?」

「上着っ、俺の上着! 服だよ! っていうか、なんで裸なのさ!?」

「なんで……なんで? 別に、必要ないと思う」

「要るよ!! お願いだから早く着て、見ないから! っていうか見えちゃうから隠して! もう見ちゃったけど!!!」

「? ……わかった」


 慌てふためいて若干余計なことを口走りながら、トーヤは自分の着ていた布鎧の上着を剥ぎ取り、少女に押し付ける。丸みを帯びた、細身で艶めかしい肢体を無防備にさらす少女は、それを受け取りながら、またこてんと首を傾げた。

 不思議そうな顔をしつつ、言われた通りに上着に袖を通す少女から顔をそむけつつ、トーヤは色々なものが混じった、盛大なため息をつく。顔を覆ってみれば、自分でも笑えてしまうぐらい、頬が熱くなっているのがわかった。


「ねぇ。あなたの名前を聞きたい。教えてくれる?」

「え? あ、あぁ。構わないよ」



 上着を着こみ終えた少女が、そうたずねて来る。

 中途半端に閉じられた上着の間から覗く、竜鱗にも負けないほど白く艶やかな肌からどうにか視線を引きはがしつつ、トーヤは気を取り直すため、ごほんとわざとらしい咳払いをした。


「――俺はトーヤ。トーヤ・ストラヴィアだ。……良ければ、君の名前も教えてくれないかな?」

「……トーヤ。ん、覚えた。――私はアスセナ。トーヤの好きに呼んで欲しい」

「わかった。……そうだな。じゃあ、セナって呼ばせてもらおうかな?」

「ん、大丈夫」


 アスセナ、と名乗った、元ドラゴンの少女が、居すまいを改める。


「じゃあ、改めて。――トーヤ。私を助けてくれて、ありがとう」

「……あぁ、どういたしまして」


 こうして、少年と少女(ドラゴン)は、邂逅を果たした。

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