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第3話 助言と頼み事

***



「お疲れさん。なかなか良い戦いだったぜ」

「ありがとうございます。まぁ、負けちゃいましたけどね」


 歩み寄ってきた男に会釈しながら、トーヤは差し出された男の手を握り返す。大柄で威圧感の有る風体の男だったが、どこかニヒルに笑うその表情からは、何ともなしに人の好さが伝わってきた。


「お前、剣と魔法の両方が武器なんだな。ずいぶん珍しい戦い方するもんだなぁ」

「えぇ、まぁ。父と母から受け継いだ力です。俺、この力で強くなるのが夢なんです」


 言いつつ、トーヤは少し照れくさそうに笑う。


 トーヤが得意とする剣と魔法の複合戦術は、彼の両親から受け継いだ才覚を基に構築されたものだ。

 腕利きの剣士であった父の剣術と、腕利きの魔道士であった母の魔術。二人の志を継ぐと決めたトーヤは、「二人から受け継いだ力のどちらもをなるべく損なわないように」と考え、今の戦闘スタイルを確立したのである。


「へぇ、なるほどな。……けどよ? 今はともかく、上を目指すってんなら、そのやり方はあんまりお勧めしないぞ」


 トーヤの話を聞いた男が、ふとそんなことを呟く。耳にしたトーヤは、ぴくりとかすかに身体を強張らせた。


「……それは、どっちつかずになるから、ですか?」

「あぁ。――剣も魔法も使えるって言っても、要するにそれは片方に注げる自分の力をわざわざ別々にして、どっちも中途半端にしてるってことだ。お前も、それはわかってるんだろ?」


 男の言葉を聞いたトーヤが返すのは、どちらともつかない、あいまいな笑み。しかし、言葉こそなかったが、その表情は、男の言葉を無言で肯定していた。


 ――冒険者は基本的に、剣なら剣、魔法なら魔法と言った具合に、一つの技能を集中的に扱う傾向がある。

 いつ命の危機にさらされるかもわからない冒険者という家業において、半端な技で挑むというのは自殺行為に等しい。故に、冒険者たちの間では、各々が最も得意とするものを徹底して磨き上げ、持てる限りの全力をもって依頼に臨むべき……というのが、半ば共通の認識となっていた。


 その点において言えば、トーヤの得意とするスタイル――剣と魔法を同時に行使するという戦い方は、他の冒険者から言わせてみれば、「中途半端」の一言に尽きるものだ。

 遠近どちらにも対応できて、場合によっては多少の傷も自分で治すことができる。字面だけ抜き出せば聞こえはいいが、現実はそう甘くないのが常だ。

 反射神経と技量がモノを言う剣だけで戦おうとすれば、より剣技に習熟した者のそれと比べて、技巧に劣る、半端な技に。

 物理では出せない高い火力が持ち味の魔法だけで戦おうとすれば、より魔法に習熟した者のそれと比べて、威力や効率で劣る、半端な技に。

 相反する戦い方を強いられる技術同士を同時に使っている以上、仮にどちらかに転んだとしても、その道をより極めた者の劣化にしかなることが出来ずに、中途半端な技にしかならない。それが、トーヤが専攻するスタイルなのだ。


「それは、自分でもわかってます。……でも、この力はどっちも捨てたくないものなんです」 

「ふぅん? ま、そのことを理解していて、それでも……っていうなら、これ以上他人様のやり方に口を挟む義理はないけどな。――ただ、先輩として忠告しておいてやる」


 一度言葉を切って、男は少しだけその表情を険しくする。


「オレらの家業は、器用貧乏が必死に繰り出す半端な技だけで食っていけるほど、甘くはないぞ。上にあがるっていうなら、なおさらだ。――ただ強くなるだけならともかく、『誰にも負けないって胸を張って言えるような、自分だけの武器』がなけりゃ、冒険者家業で上を目指すなんてのは夢のまた夢だ。それだけは覚えておけよ」


 親切心なのか、互いの名も知らない身でありながら、男はトーヤに忠告する。


「……はい。ありがとうございます」


 先輩冒険者である男から得ることができた、貴重なアドバイス。

 とてもありがたいものであるはずのそれを、とても居心地悪いものに感じながら、トーヤは自分を納得させるように、感謝の言葉を紡ぎ出した。



***



「あ、お帰りトーヤ。ねぇ、ちょっといい?」


 先輩冒険者の男と連れ立って、トーヤは行商隊の野営地へと戻る。すると、その姿を見とめたエヴァが、トーヤの名を呼んだ。


「エヴァ姉、どしたの?」

「実は、ちょっと頼みごとがあってね。悪いんだけど、馬車を引いてる馬を治してあげてほしいんだよ。はぐれの動物に襲われて、怪我しちゃったみたいなんだ」


 馬車の馬、という名を聞いて、トーヤと、その後ろで会話を聞いていた冒険者の男が、そろって首をかしげる。


「馬? 別に他の冒険者(ヤツ)に治療させればいいんじゃないのか?」

「そう思ってアタシもお願いしたんだけどね。痛みで興奮してるらしくって、人が近づくと暴れ出しちゃうんだよ。その回復魔法を使える人も、暴れる馬に手が出せなくって、他に頼れる人が居ないんだ。だからトーヤ、頼まれてくれない?」


 冒険者の男からしてみれば、代理とはいえ、魔法を専攻する者のそれに劣る魔法しか使えないトーヤを頼るのは、少々心もとない気もするだろう。

 しかし、エヴァに頼まれたトーヤ本人は、なるほどと納得して一つ頷いて見せた。


「そういうことなら、任せて。……あ、でも、普通の馬を治すのは初めてだから、自身はないよ?」

「大丈夫大丈夫、似たようなものだよ。ささ、早く早く!」


 エヴァに背中を押されるがまま、トーヤは流れるように連行されていく。

 疑問が解消されないまま、いまいち釈然としない表情のままだった男も、事の成り行きが気になったのか、二人の後を追っていった。



***




「おーいグレアムさん、連れてきたよー!」


 少し張った声でエヴァが手を振ると、トーヤ達から少し離れたところで集っていた商人たちの中に混じっていたグレアムが振り返り、軽く手を上げて返す。


「すまないな、エヴァンジェ君。トーヤくん、話は彼女から聞いての通りだが……できそうかね?」

「えぇ、『こういうの』は何度もやったことがありますから。……でも、俺の魔法じゃ応急処置くらいにしかなりませんよ?」

「それで構わない。傷そのものは大きなものではないが、どうにも痛みの強い傷らしくてな。完治させずとも、ひとまず馬を大人しくできればそれで構わないよ」

「わかりました。やってみます」


 グレアムの言葉に頷き、トーヤが人だかりの中へと踏み込むと、そこに居たのはその場にうずくまり、辛そうに身体をこわばらせた馬の姿。無造作に投げ出された脚を見れば、噛まれたか引っ掻かれたかは定かでないものの、赤黒い血に濡れた痛ましい患部が見て取れた。

 治療用の道具を持った商人の一人が、ゆっくりと接近を試みる。しかし、荒い鼻息と共に警戒の気を強めた馬が、近づいてきた商人を吹き飛ばそうとがむしゃらに首を振るのを見て、近づいた商人は後退を余儀なくされた。


 不注意に近づいて警戒心をあおらないよう、少し距離を取ったまま、傷の状態を見る。自分の手に負える範囲の傷であることを確認して、トーヤは小さく安堵の笑みを漏らした。


「どうだね?」

「なんとかなりそうです。暴れるかもしれないんで、念のために離れておいてください」

「わかった。では、頼むよ」


 グレアムたち周囲にたむろしていた人々が距離を取ったのを確認して、トーヤは改めて馬へと向き直り、ゆっくりと歩み寄り始めた。





「……なぁ、あんた。あいつ、大丈夫なのか? あんたの知り合いなんだろ?」


 ふと、背後で事のなりゆきを見守っていた大剣の男が、隣で同じく静観の構えを見せているエヴァに問いかける。怪訝な表情を見せる男とは対照的に、エヴァは全く緊張感のない、ありていに言えば非常にのんきな態度のままだった。


「ん? あぁ、大丈夫だよ。……ふふ、まぁ見てなって」


 男の懸念を察してか、エヴァは意味深な含み笑いを見せる。その表情の意味するところを測りかね、いっそう怪訝な表情を濃くした男は、疑念半分の顔で馬の治療に当たっているトーヤを見やった。




 刺激を与えて興奮させないよう、トーヤは努めてゆっくりと馬に近寄る。

 気配の接近を感知した馬が、トーヤの方を向く。とたん、近寄るなと言わんばかりにむき出しにされた警戒心の圧と共に、威圧感の増した荒い鼻息を吹いた。


「大丈夫、大丈夫だ。俺は、敵じゃないから」


 だが、トーヤはその様子に臆することなく、なおも接近する。下手をすれば大怪我は免れないであろう状況にもかかわらず、その表情も足取りも、一切の緊張をはらんでいなかった。

 その、ある意味では非常に図々しいともいえるトーヤの態度を見ていた馬が、何かを悟ったようなそぶりを見せる。直後、鼻息を荒立てることをやめて、警戒する前と同じような、少しだけ弛緩した体勢に戻っていった。


「よし、いい子だ。――じっとしててくれよ」


 成功を確信したトーヤが、静かな声音で馬をなだめる。

 動くそぶりを見せないことを確認してから、トーヤは小さく深呼吸を挟み、馬の幹部にそっと手をかざした。


「彼の者を癒せ――治癒魔法(パナケア)


 詠唱と同時に、かざされたトーヤの手のひらから、柔らかな薄緑色の光が生まれる。暖かな輝きを放つそれは、音もなく馬の傷へと吸い込まれると、ほのかな発光現象を引き起こした。

 直後、患部からにじみ出ていた血が、するりと引いていく。同時に、不可視の力で引き合わされているかのように、傷跡がひとりでに閉じ始め、ゆっくりと塞がっていった。


 時間にして、わずかに三十秒も満たないほどの、短い間。たったそれだけで、馬の脚に刻まれていた真新しい傷は、禿げた体毛以外に確認できないほど、綺麗に治療されていた。


「よし、もういいぞ。よく我慢したな」


 治療を終えたトーヤが、馬の頭をそっと撫でてから、その場を離れる。

 その様子を見ていた馬も、遅れて傷が癒えていることに気付いたらしい。ゆっくりと体を起こすと、よどみない動作で、しっかりと立ち上がってみせる。直後、ゆっくりとトーヤに歩み寄った馬は、感謝の気持ちなのか、その顔に鼻先を擦りつけた。




「……どうなってるんだ? 暴れさせるどころか、大人しくさせやがった」


 商人たちが、一斉におぉと歓声を上げる中で、男は密かに驚愕を露わにする。先刻、同じようなことを試みた商人が失敗していたのを見ていたこともあって、その驚きはなおのことだった。


「不思議でしょ? トーヤはね、ああいう家畜とか従魔(ペット)に、すっごく懐かれる体質なんだよ。かくいうアタシも、実家に何匹か飼ってる従魔のケガを、よくトーヤに治してもらってたんだ」


 知己の活躍が誇らしいのか、男にそう説明するエヴァは、得意げな表情を見せる。


 エヴァの言う従魔(ペット)とは、人間と絆を結び、人間と生活を共にする、特殊な魔物の総称だ。

 高名な鍛冶師である父の名を継ぐ鍛冶師であるエヴァは、魔物と心を通わせ、従魔となった彼らを手懐ける者――従魔師としての才覚を、同時に持ち合わせている。幼いころよりその才覚を発揮していた彼女は、今の移動式鍛冶屋を始めるよりも前、実家に住んでいたころ、何匹かの魔物と絆を結んでいたのだ。


 そして、そんなエヴァと家族ぐるみで付き合いがあり、幼くして両親を亡くしたトーヤは、しばらくの期間彼女の実家に厄介となっていた時期がある。

 人と絆を結んでも、魔物がその内に秘める野生の本能を忘れるわけではない。エヴァの飼っていた魔物も例外ではなく、時々傷だらけで帰ってくることも珍しくなかった。そんな時、飼い主であるエヴァは決まって、トーヤに従魔たちの治療をお願いしていたのだ。その甲斐あってか、はたまた元から持っていた才能なのかは不明ながら、「従魔から非常によく懐かれる」という、不思議な体質が判明するに至ったのである。


「はぁ、なるほどな。だからあいつが適任だった、ってことか」

「そういうこと。いやー、上手くいってくれてよかったよ」


 にこやかな笑顔で、エヴァは知己の活躍に胸をなでおろす。と、ほどなくして商人たちの賞賛の輪から抜け出したトーヤが、エヴァたちの元に戻ってきた。


「お疲れ、トーヤ。さすがの腕だね」

「ありがとエヴァ姉。まあ、普通の動物相手は初めてだったから、上手くいくかはちょっと賭けだったけどね」

「いやいや、アタシは上手くいくと思ってたよ。……まぁともかく、協力してくれてありがとね」


 互いに笑いあっていると、感心した様子の男が声をかけて来る。


「……なぁ、トーヤだったか。お前、その仕事で食っていった方が良いんじゃないのか?」

「え? うーん……それも良いかもしれませんけど、俺には夢があるんです。それが叶うまでは、俺はまだ冒険者を続けますよ」


 少し苦笑を漏らしながら、トーヤはきっぱりとそう宣言する。

 ――トーヤの叶えたい「夢」は、途方もなく遠いところにある。口でこそそう誤魔化すトーヤだったが、言外には「冒険者をやめるつもりは毛頭ない」という意思が強く宿っていた。


「そうか、ならいい。悪いな、変なこと言っちまって」

「大丈夫ですよ。……気にかけてもらって、ありがとうございます」


 その、言外の思いを察してか、男は肩をすくめて言葉を撤回する。

 トーヤとしても、男の意図は読み取っている。だからこそ、トーヤは最後に一言だけお礼を付け加えて、言葉を返した。

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