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魔剣の騎士と白竜姫〈ドラグニア〉 ~平凡な冒険者ですが、伝説の生物と一緒に「最強」を目指すことになりました~  作者: 矢代大介
第4章 願う未来への第一歩

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第25話 破嵐の渦中にて

「があああああぁぁぁぁぁーーーーッ!!??」


 暴風が、空間を踊り、荒れ狂う。

 

 その場に在るもの全てを破壊せんと吹き荒れた、激甚な嵐――魔力によって破壊力を底上げされた、暴力的な破壊の衝撃波。絶叫すら切り裂かんほどの勢いで、その場にある全てを(つんざ)いたそれに巻き込まれ、トーヤの身体は、なすすべなく吹き飛ばされる。

 体勢を立て直すことすら許さないほどの凄まじい嵐に巻かれ、気づけばトーヤは、広間の入り口近くの壁面に、叩き付けられていた。


「が、ッは――」


 乾いた悲鳴だけを絞り出して、トーヤの身体がずしゃりと倒れ伏す。

 激痛でとぎれとぎれになる意識を、どうにかつなぎとめる。わずかに残された気力を振り絞って、辛くも破壊の嵐から生き延びてみせたトーヤは、あまりにも迂闊だった自分を呪っていた。


(やられた……もっと早く、気づくべきだった……!!)


 ストレングスベアは、こちらを警戒していたわけでもなければ、意味もなく傍観していたわけではない。プライドに縛られていたわけでも、受けた手傷をいたわっていたわけでもない。――大技を放つための、力を溜めていたのだ。

 もっと注意深く観察し、少し考えれば、すぐに大熊の目論見に気づくことはできただろう。だが、自分でも気づかないうちに積もり積もった静かな焦りと、強敵との戦闘という緊張感に中てられたことで、目先の現象にばかり目が行って、気づくことができなかったのだ。

 胸中で怨嗟をもらしながら、トーヤは剣を杖代わりにして、どうにか立ち上がる。ダメージは甚大極まりなかったが、どうやら奇跡的に、直撃だけは免れたようだった。


(まだ、動ける……! まずは、どうにかして治療魔法(パナケア)を使う時間を稼いで――?)


 そこで、ふと気づく。

 自分よりも先に動き出し、自分よりも無防備な状態で、自分よりも手痛い攻撃を貰ったであろう仲間の姿が、隣に無いことに。


「っそうだ、セナ! セナ!!」


 痛む体に鞭打って、トーヤは視線を巡らせる。

 硬質な建材で作られている広間だったにもかかわらず、映り込む光景はどこもかしこも無残な様相を呈している。空気の唸る音が過ぎ去り、静寂が訪れてなお、如何に先刻の一撃がすさまじい破壊力を有しているのかを、無音のままに物語っていた。


「っ、う……」

「セナ!」


 直後、トーヤの呼びかけに答えるように、ほど近い場所からか細い声が上がる。


 視線を寄越してみれば、そこには倒壊しかかった柱の瓦礫に身をうずめ、ぐったりと力なく倒れ伏す、華奢な少女の姿があった。


「セナっ!」


 自身を苛む痛みもひと時忘れて、トーヤは無心でアスセナの元へと駆け寄る。

 近づけばすぐに、その痛ましい様相がありありと映り込んだ。着込んでいた真っ白なワンピースは、まるで亡霊の死装束が如きズタボロの布切れに変わっている。その奥からはだけ出た肌には、青黒い痣と赤黒い血が塗りたくられ、普段の透明感すら感じる艶やかな肌とはかけ離れた、目を覆いたくなるような様相が顔を覗かせていた。


「ぅ…トー、ヤ……ごめん、なさい。油断、した……」

「ッ、喋らなくていい! ――治癒魔法(パナケア)!!」


 這々の体のまま、謝罪を口走ろうとするアスセナを半ば怒鳴るように制止して、トーヤは治癒魔法を施す。淡い光がぽわりと灯ると、わずかずつ、しかし確実に痛ましい傷はその影を引いていった。


(俺のせいだ! もっと警戒して、早く気づいていれば、この子にこんな怪我をさせることは無かったんだ――!)

 

 胸中で己を罵倒しながらも、トーヤは魔法を行使する。

 治療の片手間、ちらりとストレングスベアの方を見やってみれば、強烈な技を使用した反動か、肩口に刺さったままの槍さえ無視して、その場にどっかりと体重を落としている。荒い呼吸のままトーヤ達をにらみつけるその眼光には、心なしか、勝ちを確信したような光が灯っていた。


(今すぐヤツが動くことはないにせよ、復帰してくるのは時間の問題だ。――セナは動けない。この広間から脱出する手段もない……やれるのか、俺1人で?)


 かの大熊の戦闘力を、今更疑う余地などない。明確な手傷を負わせこそしたが、それも2人で戦ったこその成果なのだ。

 そして、退路を断たれたまま、アスセナが戦えなくなってしまった今、トーヤにできることは一つしかない。すなわち、ストレングスベアと1人で戦うことだ。


 額に、嫌な汗が伝う。それは、眼前に屹立する強敵との力量差を理解しているが故の、恐怖にも似た緊張が滲ませたものだった。


(どうすればいい。考えろ、思考を止めるな。なにも考えずに戦って、勝てるような相手じゃない)


 アスセナの傷を癒しながら、トーヤは思案する。

 不幸中の幸いというべきか、かの大熊は未だに動きを見せない。先の強烈な一撃を放ったゆえの反動は、こちらが考えるよりも重いものだったようだ。


(たぶん、あのヤバい技はもう使ってこない。あれだけ長く隙を晒すような技なんだ、奴としてもそうほいほい使いたくはないだろう)


 動きを止めている今こそ絶好のチャンスなのだが、ここで攻撃を仕掛ければ、恐らくは無理やりにでも抵抗される。満身創痍と言ってもいい状態でそれに巻き込まれれば、今度こそ完全な戦闘不能になってもおかしくないのが現状だった。


(でも、仮に奴へ仕掛けるとして、どうやって攻撃を通せばいい? セナに動いてもらうわけにも行かない。かといって、俺1人じゃできることなんて……)


 ここまでの戦いで、ストレングスベアにとっての有効打となっていたのは、どれもアスセナの攻撃だった。それが失われたということは、とどのつまり、ストレングスベアへの対抗手段を失ったことと同義。打つ手を無くしたも同義だった。


(いや、考えろ。ここまでを思い出せ。まだ、まだ何か、打てる手があるはず――)


 思案と共に、トーヤは視線を巡らせる。

 大広間に残る破壊の跡を見やり、その場に座り込むストレングスベアを見やり――そこで、ふと視界に映り込んだものがあった。


(……!!)


 同時に、思考が加速を始める。見つけることができた逆転の一手を活かすために、何ができるかを模索し始める。


 と、その時。不意に自分の服の袖が、くいと引っ張られるのを感じた。


「トーヤ……あり、がと。後は、自分で治せる」


 見れば、ボロボロの様相だったアスセナの顔に、幾分か生気が戻っている。今ひとつ焦点の合っていなかった瞳も、今はしっかりとトーヤの顔を見つめていて、重症に変わりはないものの、峠は越したであろうことがわかった。


「けど……」

「ん……へい、き。……私は、竜。だから、このくらいの傷、なら、少し休めば、すぐに、治る。……だから」


 一度言葉を切ったアスセナが、力なく持ち上げた手で、ストレングスベアを指差す。


「お願い。あいつを、倒して。私の分も、勝って」


 下ろした手が、今度は、治療魔法のためにかざされていたトーヤの手を握る。




 ――直後。


 燃えるような熱い「何か」が、握り合わせた手を伝って、トーヤの中に流れ込んできた。


「ッ……?!」


 凄まじい熱に、トーヤは思わず歯をくいしばる。

 が、手のひらを介して伝わってくる熱は、身を焦がすような苛烈なものではなく、むしろ、ダメージによって失われた熱を再び温めてくれるかのような、優しい暖かさを感じるものだった。


「私の力を……魔力を、トーヤに分けた。……動けないけど、私も、一緒に、戦わせてほしい」

「魔力を……って、大丈夫なのか?」

「ん。へい、き。竜の魔力は、ちょっと分け与えたくらいで、なくなるものじゃ、ないから」


 アスセナの言葉を裏付けるように、受けたダメージによる消耗こそ感じられるが、魔力を放出することによって消耗しているようなそぶりは見受けられない。

 なおも疑問を投げようとするトーヤだったが、事態が一刻を争うものだということを思い出し、思いとどまった。


「――そっか。なら、セナの力、ありがたく使わせてもらう」


 喉元で言葉を飲み込んだトーヤは、代わりに礼を口にする。

 小さく破顔しつつ、握っていたアスセナの手を離すと、かわりにくしゃりとその頭を撫でる。静かにこちらを見つめる金の瞳に視線を返してから、トーヤは改めて立ち上がり、その場で身を翻した。


「グオォォォ……!!」


 反転した視界に映り込むのは、動けるようになったらしいストレングスベアの姿。

 身を持ち上げ、二足の足で屹立するその大熊は、まるで自身の勝利は揺るがぬものとばかりに、両の前足を大きく広げ、威嚇の咆哮を上げた。


 相対するトーヤは、圧倒的な劣勢にあってなお、その瞳から輝きを失っていない。

 未だ、光明は見えない。しかしトーヤには、まだ切れる手札が残っているのだ。

 ならば、やるべきことなど、出すべき答えなど、とうに決まっている。



「セナのぶんも、勝って見せる。――だから、後は任せてくれ」


 傍らの剣を手に取りながら、トーヤは今一度、ストレングスベアへと向き直ってみせた。

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