第22話 赤のほこら
謎めいた紫ランクの女性、リディアとの邂逅。そして、その彼女から夢への道しるべとなる地図を受け取ったあの日から、おおよそ1週間ほどが経過した。
リディアから受け取った地図に記されていた「赤のほこら」の所在地は、偶然にも現在滞在しているエレヴィアの町から、そう遠くないところにあった。なのでトーヤたちは、この1週間の間、できうる限りの準備を進めていたのである。
依頼の遂行を通じての資金繰りや、それに伴う各々の実力向上と、連携の強化。必要になりそうな消耗品の調達や、それぞれの得物のメンテナンスなど、できる限りの準備を、できる限り万全に済ませてきた。
リディアいわく、一度ほこらに踏み入れば、挑戦中のメンバー以外による外部からの干渉は、一切できなくなってしまうらしい。それはすなわち、万一内部で倒れるようなことがあっても、救援は望めないということに他ならないのだ。
故に、トーヤたちは万全の準備を整えて、今日という日を迎えるに至ったのである。
***
「……情報によれば、ここの奥にほこらがある。セナ、手分けして探すぞ」
「ん、わかった」
炎を灯したたいまつを片手に歩むトーヤが、暗闇の中で指示を飛ばす。アスセナが了解の返事をすると同時に、トーヤたちの目の前に、薄闇に沈む開けた空間が出現した。
「1週間ぶりだな、ここに来るのも。……まさか、この洞穴がほこらへの入口だったなんてなぁ」
彼らが訪れているのは、1週間前に引き受けたリディアからの指名依頼でやってきていた、あの洞穴だ。何を隠そう、ほこらの所在地を示した地図は、ここを示していたのである。
「この前来た時には、全く気づかなかった。……どこにあるの?」
「リディアさんいわく、この中に仕掛けがあるらしいんだ。この〈カギ〉をかざすことで、ほこらへの道が開くんだってさ」
言葉とともに、トーヤは懐から小さな道具を取り出す。
カギと形容したそれはしかし、世間一般に知られているカギとはかけ離れた、メダリオンのような形状をしている。何かしらの意味を持っていると思しき、細やかな彫刻が貼られたそれは、リディアから受け取った地図の入れ物に同梱されていたものだ。
このメダリオンには魔力的ななにかが組み込まれており、それが扉を開くためのカギとしての役割を果たしているのだろう……というのは、これを見たアスセナの見解である。
「ともかく、まずは入り口を探そう」
トーヤの号令で、2人はしばし洞穴を探索する。
「トーヤ」
さほど広くはない洞穴の中をくまなく探索するのに、そう労力はかからない。数分もすれば、アスセナの声がトーヤを呼び止めた。
「見つかったか?」
「たぶん。ここの奥から、魔力の流れを感じる」
細い指が指し示す先は、一見すればただの岩壁だ。しかし、アスセナはただの人間ではなく、地上最強の生物とも目されるドラゴン。人の五感で気づけないような微細な違和感も、彼女にならたやすく拾うことができるのだ。
示された場所にたいまつの光を灯し、上から下まで精査する。
「――あった、これだ!」
やがて、そう時間はかからないうちに、岩壁に埋め込まれた結晶型の何かを見つけることができた。
「さすがだな、セナ」
「ん、このくらい、なんてことない。……それで、ここからどうするの?」
「えっと、このカギをここにかざせば、ほこらへの道が開かれるって話なんだけど……と」
灰色の岩肌の中で輝く結晶体に、メダリオンをそっとかざす。
キィン……と澄んだ音が響いたかと思うと、トーヤたちの目の前に鎮座していた岩壁が、ぼうっと淡く発光。
幻だったかの如く、痕跡すら残さず消滅した岩壁の先に、古ぼけた小さな建造物が姿を現した。
「すごいな……こんな隠され方じゃ、言われても見つけられないだろうな」
「ん。土の魔力で作られた偽装を、カギに組み込まれた魔力波が解いた。……こんなに小さく作られてるのに、すごく複雑にできてる」
「きっと、今の人間には到底再現できないものなんだろうな、このカギと扉は。――ともかく、道は開けた。行こう、セナ」
小さく頷くアスセナを伴い、トーヤは開かれた道の先、ほこらと呼ばれる小さな建造物へ向けて歩を進める。
音もなくそこに鎮座するほこらは、金属とも石材ともつかない、不思議な素材で建てられているらしい。深い赤に染まるそれは、軽く叩けば非常に堅牢であるらしいことがわかった。
「明らかに、今の文明で作れるような建造物じゃない、か。アタリで間違いなさそうだ」
確信を胸に、トーヤはさらに進む。
ほこらには、先ほど潜り抜けた入り口とは別に、観音開きに作られた、漆黒の扉が立てつけられている。軽く手で押してみれば、扉は重い抵抗感と共に、ゆっくりと開け放たれた。
開いた扉の中は、外観にたがわない程度の、少し手狭にすら感じる空間。人はおろか、長い年月の間、何人たりとも寄せ付けてこなかったそこには、透明感すら感じるほどの、神秘的な静謐が満ちていた。
――そして、そんな静寂を湛える空間のど真ん中。
長方形に切り出されたような金属の塊の天面にくぼみをつけた、台座のようなもの――ほこらが擁する修練場への入り口が、鎮座していた。
「……あった。あれが、私たちの夢を、叶えるための場所」
「ああ。あれにこの鍵をはめ込めば、道は開ける。――――セナ、準備は?」
「ん、大丈夫。今日の為に、いっぱい準備してきた」
「だな。じゃあ――行くか」
最後の確認を行って、2人は肩を並べ、ほこらの中央に座す台座へと、歩を進める。
台座の天面には、トーヤの持つメダリオンがぴったり収まるであろう、丸い窪み。そこにメダリオンをかざせば、不可視の力に引かれたメダリオンがトーヤの手を離れ、パチッと音を立ててはまり込んだ。
直後。台座から、魔力の光がほとばしる。
噴水のように吹き上がる魔力の奔流と共に、トーヤたちの耳朶を、何者かの声が叩いた。
《――閉ざされし扉を開きし者よ。汝ら挑戦者に、我は試練を課す》
虚空から降り注ぐ声は、どうやらこのほこらそのものに組み込まれていると思しき、何らかの魔法的な装置によるものらしい。
低い男性の声にも聞こえるそれは、トーヤたちに向けて、さらに言葉を告げる。
《此の地が司るは、万難を排する『力』。試練を潜り抜け、力を示せ。さすれば、我は汝らに証を授けん》
その言葉と共に、トーヤがメダリオンをはめ込んだ台座が地面へと潜り込む。
先ほどまで顔を出していた台座と入れ替わるかのように、その場に刻み込まれていたらしい装置が起動。ほこらの外観と同様の、緋色の光に輝く魔力で象られた、大きな魔法陣がその場に形成された。
《挑戦者よ、扉をくぐるが良い。我は、汝らの挑戦を歓迎する――》
最後にそう言い残すと、虚空からの声は聞こえなくなった。
「トーヤ。この魔法陣、どこかに繋がってるみたい」
「なるほど。これが、ほこらの中にある修練場への入り口、ってことか」
おそらく、この先へと足を踏み入れれば、トーヤたちはどこか別な空間に転送されるのであろうことは、想像に難くない。
物理的な繋がりを持たず、特別な道具によってのみ開かれる道。この先での救援が望まないことを改めて悟り、トーヤは今一度、腹をくくった。
「セナ。転送された先で、何が起こるかわからない。手を繋いで行こう」
「ん、わかった」
差し出されたトーヤの手を、アスセナのたおやかで小さな手が、しっかりとつかみ返す。
「じゃあ、行くぞ!」
「ん!」
掛け声と共に、魔法陣へと踏み込んだ二人の視界は、眩い光に満たされた。




