第21話 示された路
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「ほら、ここだよ。ここのご飯は量も味も良くて、ワタシもよく食べに来るんだ」
エレヴィアの町のメインストリートを外れ、人通りもまばらとなったわき道。
トーヤとアスセナの眼前を先行する、ダークブラウンのサイドテールを揺らす女性、ことリディアが、眼前に現れた一つの建物を指し示す。入口の上には、飲食店であることを示す看板が、気持ち控えめに掲げられていた。
「こんな場所に、食堂があったんですね」
「ん、すごい。街の中には、知らないところもいっぱいある」
「まあ、中堅どころの冒険者たちがよく利用してるから、大した穴場ってわけではないけどね。――ささ、何はともあれ入った入った。お詫びと報酬がてら、今日はワタシが奢るから、遠慮なく食べてってね」
まるで気配を感じさせずに背後へと回り込んだリディアが、トーヤたちの背中をぐいぐいと押す。
されるがままになりながら、二人はそのまま飲食店の中へと押し込まれていった。
洞穴にて遭遇した襲撃者、ことリディアとの手合わせ――彼女の言葉を借りるなら「実力テスト」を終え、無事にエレヴィアの町へと帰還したトーヤ達は、その足で組合へと直行。リディアから受けた指名依頼の達成を報告した。
そして、仕事を終えたトーヤ達は夕食を取るため、そのまま宿へと帰ろうとしたのだが、組合を出たところで待ち構えていたらしいリディアと遭遇。
「せっかくだから、ワタシと一緒に夕食でもどうかな? 君たちのこと、もっと聞かせてほしいんだ。お礼と言っては何だけど、支払いはワタシが持たせてもらうよ」と進言されたトーヤ達は、特に断るような理由もないことと、夕食代が浮くという理由から、リディアの申し出を了承。その足でリディアに連れられ、今に至ったのである。
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「……なるほどねー、最強の冒険者かぁ」
冒険者然とした装いの客たちがたむろする店の一角。テーブルの向かい側に腰を下ろし、トーヤ達の話を聞いていたリディアは、一足先に運ばれてきていた焼き豚串を咀嚼しながら、感心したように呟く。
「お互い、目指す目的は違うんですけどね。でも、目指す場所が一緒なら、ってことで、俺たちは一緒に行動することを決めたんです」
「なるほど、なるほど。やー、いいねぇそういうの。でっかい夢を持つことは素晴らしいねぇ」
しきりに頷きつつ、そのままもっちもっちと豚串を咀嚼するリディアの表情に、嘲りや侮蔑の色は存在しない。底知れなさこそあったが、その顔が映し出す感情に嘘偽りはないだろうと信じられるような、不思議な笑みだった。
「よし。そういうことなら、お姉さんにも協力できることがあるよ。きっと、君たちにとっても悪い話じゃ無いと思うけど……聞いてみるかい?」
続けて降って湧いたのは、思わぬ提言。一瞬驚くトーヤだったが、次の瞬間には、反射的に肯定の頷きを返していた。
「ぜひ、お願いします。……正直、具体的なプランも何も決めてなかったんです」
「あはは、だと思った。最強って言っても、どういう風な最強を目指すかによって、やることは変わってくるからね」
からからと笑うリディアは、そこで言葉を切ると、少しだけ真面目くさった表情を作ってみせる。
「そうだね。まず、2人はどういう『最強』を目指したいのか、聞かせてほしいな」
リディアの口から出た問いは、トーヤ達の指針を問うもの。
それぞれに少し思案を経た後、先に答えを出したのは当然というべきか、アスセナの方だった。
「私は、自分を守れるようになりたい。私のことを狙うモノを倒して、自分で自分を守れるようになりたい」
アスセナの掲げている目的は単純明快、自身に降りかかる火の粉を振り払うための強さを手に入れることだ。
ドラゴンとして生きているだけでは手に入らない、ヒトの持つ知恵や文明から生まれる強さ。それを手に入れることが、彼女の究極的な目標、といって差し支えないだろう。
「なるほどね。トーヤ君は、どうかな?」
にこやかに首肯するリディアの視線が、トーヤへと移る。
「俺は――」
自ら定めた指針。それを今一度胸中で見つめ直したトーヤは、一呼吸を挟み、再び口を開く。
「俺は、夢を叶えたい。両親から貰った〈最強〉っていう夢を、実現したい」
「誰にも負けない最強の男になれ」。それが、トーヤが両親から与えられた夢であり、冒険者として最強を目指している動機だ。
アスセナの掲げる指針に比べれば、トーヤの動機は、いささか主体性に欠けていると言えるかもしれない。だがそれでも、この夢はトーヤが長年掲げてきた夢そのもの。万が一リディアから否定的な言葉をかけられたとしても、この夢を曲げることは毛頭ない心づもりでいた。
「なるほどね。最強……ふふ、良い響きだねぇ。その夢、ワタシからも応援させてほしいな」
しかし、リディアからの反応はとても好感触なもの。応援させてほしい、とまで言われてしまい、トーヤは肩透かしを食らった気分になる。
「否定、しないんですね?」
「ん? どこかに否定する要素なんてあったかい? 夢を見て、夢に向かって歩くことは素晴らしいことだよ。たとえその先で夢に破れたとしても、それはその人の人生。応援はすれど、他人様の夢を否定するなんて、ワタシにはできないかな」
そう言って、またからからと笑うリディアの快活な笑い声に、トーヤの肩の力がするりと抜けていく。
どうやら無意識のうちに、紫ランクの人間に、長年の夢を否定されるようなことがあればどうしようか……と、ネガティブな方向に物事を考えていたらしい。
「よし、二人の目指す道はわかった。そして、ワタシがその助けになれることもね。……ここは一つ、お姉さんが知恵を貸してあげようじゃないか」
楽し気に笑うリディアは、自らの懐から、小さな筒を引っ張り出す。
何かの入れ物となっていたらしいそれのフタを開くと、中からは丸められた紙が姿を現した。
「それは?」
「ふふ、聞いて驚いてね? ――これは、君たちの夢を叶えるための、道標さ」
返答に驚くトーヤ達をよそに、リディアは丸められた紙を取り出し、テーブルの上に広げてみせる。
二人が覗き込むと、その紙はどうやら何かの地図らしい。縮尺や書かれている地名を見ると、現在トーヤ達が滞在しているエレヴィアの町の近辺を指しているものであることも見て取れた。
「二人は、この大陸の各地に点在している『ほこら』の存在をきいたことはあるかい?」
「ほこら? ……っていうと、大昔に作られた、小さな建造物ってことですか?」
「そうそう。大昔の遺跡は各地にあるんだけど、この場合のほこらっていうのは、現在に至るまで損耗せずに残り続けている、4つの建造物のことを指すんだ」
「……そこに、私たちが強くなるための何かが、ある?」
「察しが良いね。その通りさ」
言いつつ、リディアの指が地図の端を指さす。
「……『赤のほこら』?」
記されていた名前は飾り気のないものだったが、所在地を示すマークは星形に刻まれている。誰がどう見ても、それが重要な場所であることがわかるようになっていた。
「元々は、歴史的価値以外に価値の無かった、ただの遺跡だったんだけどね。最近の学会の調査で、このほこらは、昔の冒険者が腕を磨くために作った『修練場』だったことが明らかになったんだ」
「シュウレンジョウ……訓練をする場所?」
「そうそう、正解。より正確に言うなら、この遺跡の地下に、高度な魔法的技術で築かれた大きな空間があるんだ」
「それが、古代の修練場。……昔の人は凄い技術を持ってたんですね」
現代に生きる人間には想像だにつかないような単語を耳にして、トーヤは思わず感嘆を漏らす。
「魔法の道具袋なんかもそうだけど、昔の人たちは凄い技術をたくさん持ってたらしいからね。このくらい朝飯前、って感じなんだろうねぇ。……ま、ともかくとして」
とん、とマークの場所を再び指し示したリディアが、改めて口を開く。
「この赤のほこらの中には、さっきも言った通り、古代の修練場が存在している。で、子の修練場にあつらえられた試練を突破して、最奥にたどり着けた人間には、踏破した『証』がもらえるんだ」
「あかし? ……証を手に入れて、どうするの?」
「どうもしないよ。でも、この踏破の証を持っているということは、そのほこらを踏破したことの証明になるのさ」
「つまり、それだけの実力を持っているという証になる、と」
「そういうこと。――この大陸の各地には、合計で4つのほこらが存在している。古代の修練場と発覚したのはつい最近。加えて、ほこらに踏み入るためには『鍵』が必要ということもあって、踏破した人物は今だこの世に存在しない。そして、これらのほこらはいずれも踏破難易度の高いものばかり。それすなわち――」
「全てを踏破することができれば、最強に近づくことができる、と」
締めくくったトーヤに向けて、リディアが「その通り」と頷いて見せる。
「それに、噂によれば、全てを踏破した者は、とある存在に挑戦できるそうなんだ」
「とある、存在?」
おうむ返しに問うトーヤを見やったリディアが、目元だけでにやりと笑う。
「『地上最強の存在』。――四つの踏破の証を集めた者には、かの存在への挑戦権があたえられる。眉唾だけど、古い時代の文献には、たしかにそう記されていたんだ」
直後、彼女の口から放たれた言葉は、トーヤ達の耳朶を、重く叩いた。
「地上、最強。……それを倒せば、私たちが、本当の最強」
「そういうことさ。どうだい? 二人の目指す最強……誰にも負けない存在になるためには、これ以上ないくらいふさわしい相手じゃないかな?」
ウィンクと締めくくられたリディアの言葉で、トーヤとアスセナが互いに顔を見合わせる。
「良い。誰も勝てない敵を倒せば、私たちに敵はない」
「ああ。――決まり、だな」
二人の瞳に、迷いの感情は一片たりとも存在しない。その胸に抱いた夢をまっすぐに見据え、輝かしい未来を求めんと煌めく瞳を見て、リディアは得心したようにうなずいた。
「うん、君たちならそう言ってくれると思ってたよ。――じゃあ、この地図は君たちにプレゼントさせてもらうよ。君たちの夢を叶えるための、指針にしてほしい」
「はいっ、ありがとうございます!」
小筒に戻された地図が、静かに差し出される。抱きし夢への道標となるであろうそれを、トーヤは両手でしかと受け取った。
「お待たせしました。ラビ肉シチューと猪肉のステーキです」
その時、まるでタイミングを見計らったかのように声がかかる。トレイの上に料理を乗せた店員は。流れるように料理を配膳し、一礼を挟んでその場を後にしていった。
アスセナの前に置かれたのは、先日戦ったシルトラビットを初めとして、世界各地に生息する「ラビット」系列の魔物の肉である「ラビ肉」をふんだんに使った、ホワイトシチュー。そしてトーヤの前に置かれたのは、害獣として駆除以来の出されることが多い猪の肉を塩と共に焼いた、分厚いステーキだった。
どちらも、腹の虫をほどよくくすぐる、良い香りを放っている。
「さ、料理も来たし、進路相談はお開きにしようか。あとは食べて眠って、明日からも頑張ってね」
「ん。……これ、おいしそう」
「ふふ、ラビ肉シチューはこの店でも人気の品だからねー。アスセナちゃん、きっと気に入ると思うよ」
「ん、たのしみ。いただきます」
「俺も、いただきます」
「はい、召し上がれ」
腹の虫が鳴く音に従って、二人は同時に料理に手を付ける。
食べやすくカットして、なお厚みのあるステーキを口一杯に頬張れば、強い旨味がトーヤの口を満たした。
「……んん、美味い!」
「でしょ? ここの店は下処理が上手いから、ただ焼いて塩を振っただけでも美味しいんだよねぇ」
仕事柄、トーヤの摂る食事と言えば、宿屋で供される簡単な食事か、旅の最中に口にする干し肉や黒パンが大半であり、こういった分厚いステーキを食べることは滅多にない。なので、いつぶりかもわからない豪勢な食事ということもあって、トーヤの感動はひとしおだった。
「……ん、セナ、どうした? 口に合わなかったか?」
そして、そんなトーヤと共に一緒の仕事に就いているアスセナもまた、普段は同じようなものを口にしている。彼女自身、元がドラゴンであり、人間の食事を知らないということもあって、安物の食事を「とても美味しい」と言い、日ごろから好んで食べていたのだ。
そのアスセナが、匙一杯を口にしたきり、完全に硬直している。もしかすると、アスセナの好みと合わなかったのだろうか……とトーヤが懸念した、その直後。
「――美味しい! トーヤ、これ美味しい!!」
満面の喜色を押し出して、アスセナが声を張り上げる。……どうやら、不味くて硬直していたのではなく、美味しさに衝撃を受けていただけのようだった。
「お、おぉ……そりゃよかった」
「ん、すごく美味しい! 甘くてとろとろしてて、不思議!」
今までのアスセナとは似ても似つかない様子にあっけに取られるトーヤを尻目に、アスセナは金色の瞳を輝かせ、掬ったシチューがこぼれない程度の速度で、ぱくぱくと食べ進める。あどけない容姿も相まって、その様子はさながら大好物を食べる子供のような、そんなほほえましさに満ちていた。
「へぇー、アスセナちゃんはシチュー初めてなんだ? 初体験がこのお店なら、アスセナちゃんは運がいいね」
「ん……。とても運がいい。いつもの食べ物もおいしいけど、こっちはもっとおいしい」
「そっかそっか、それはよかった。もっと食べたいなら、もう一杯頼む?」
「ん、食べたい! トーヤ、お願い」
「はいはい。……っと、すみませーん!」
せがむアスセナの仕草が妙に愛らしく感じて、トーヤは思わず苦笑をもらしつつ、店員を呼び止める。
結局、アスセナはそのまま三杯を平らげる結果となった。
作者からのお知らせ…
ここまでの読了、誠に感謝いたします。
2020/08/30現在、本エピソードまで改訂完了済みとなっております。
今後も一章分の改訂が終了し次第、遂次こちらへと反映を行っていきます。読者の方々には多大なるご迷惑をおかけしており、大変申し訳ありませんが、何卒ご理解とご容赦のほどを頂ければ幸いです。