第15話 ヒトの知恵と、戦い方
それからしばらく、トーヤとアスセナは依頼を達成するために、シルトラビットを捜し歩いた。
途中からトーヤが加勢し、シルトラビットを挟撃して倒すことで、目的の素材、こと「シルトラビットの盾石」なる物品は手に入り始めたものの、アスセナ側はいまだに力のコントロールが効かないらしい。再び目の前で暴力的に屠殺されたシルトラビットを見下ろしながら、アスセナがしょぼくれた顔でトーヤの方を見た。
「……ぜんぜん、上手くいかない」
「うーん……やっぱりただ破るだけじゃダメみたいだなぁ」
案の定粉砕された亡骸から使えそうなものを剥ぎながら、トーヤは唸る。
ずぶの素人の初陣として見るならば、魔法持ちの魔物を何体も仕留めてみせたアスセナの戦果は、素晴らしいと言ってもいいだろう。しかし、今回の目的はただの駆除ではなく、明確な目的が存在しているのだ。トーヤとしては、彼女の初陣を失敗で終わらせたくない、というのが、正直なところでもあった。
「トーヤ、いい方法、知らない?」
「って言われてもなぁ……昨日も言った通り、俺はまだ駆け出しから卒業できてないんだよ。こういう手合いも戦ったことはあんまりないし、対処しようにも――あ」
不意に言葉を途切れさせたトーヤは、思い出したように懐を改め、一枚の紙きれを取り出す。
「忘れてた。何のためにメモしたんだか……」
「ん。それ、あの魔物の情報?」
「そうそう、さっきまとめて持ってきたやつだよ。確か、対処法みたいなのも写してたはず――」
ざっとメモを改めれば、そこには確かに欲していた情報――シルトラビットの有効な対処法が記されている。無駄にならなかったことが嬉しくて、トーヤは数十分前の自分を褒めたい気分になった。
「――なるほど、な」
「なにか、わかった?」
「あぁ。……なんていうか、知ってみれば簡単な理屈だったよ」
言いつつ、トーヤが周囲を見回すが、先ほどの戦闘で警戒されているのか、シルトラビットの物と思しき影は見当たらない。
「ともかく、まずは次を探さないとな。説明は、移動しながらにするよ」
「ん、わかった」
対抗策を知れるとあってか、心なしか好奇心で輝いた目をしているアスセナを伴い、トーヤは再び歩き始めた。
***
「――っていう感じかな。セナならできると思うけど……どうだ?」
道すがら、トーヤは集めた情報から得た対処法を、アスセナに説明する。
ひとしきりの解説を聞いたアスセナは、トーヤの言葉に力強く頷いて見せた。
「ん、大丈夫。魔力を操るのは、得意」
「よし――っと、居たぞセナ」
トーヤが指さす方向には、のんびりと草を食むシルトラビットの姿。アスセナもその目で視認したようで、硬い表情筋を彼女なりに引き締めたのが見て取れた。
「じゃあ、やってみる」
手にしたままだった槍を、ぎゅっと構え直す。
幾ばくかの静寂を経た後、アスセナは土を踏み鳴らし――矢のように飛び出した。
「!」
接近に気付いたシルトラビットが、威嚇の鳴き声を上げながら障壁魔法を繰り出す。それを確認したアスセナは、その手に握った槍の柄を、少し短めに持ち替えた。
「はっ!」
剣のような要領で振るわれた槍の穂先が、障壁魔法に激突し、甲高い音を上げる。
切っ先がしっかりとせき止められたのを見たアスセナは、少し力を緩め、上手く拮抗するように加減した。
「魔力には――魔力を、ぶつける!」
直後、叫ぶアスセナが槍の柄を強く握り込むと、肉厚な刀身部分に、おぼろげに輝く淡い光が生まれる。
一見すれば、それは戦技と呼べる代物。しかし、アスセナが繰り出した技は戦技ではなく、単純な「魔力を纏わせただけの攻撃」だった。
切っ先とぶつかり合う障壁魔法が、火花のようにバチバチと魔力の光を弾けさせる。
数拍を置いてその魔力の火花が弱まった頃、アスセナが力いっぱいに長槍を一閃。すると、シルトラビットが展開していた障壁は、ひと際強く火花を散らしながら、真一文字に切り裂かれた。
「!!」
よもや、障壁を突破されるとは思っていなかったのだろう。驚きに硬直するシルトラビットだったが、次の瞬間には大上段から叩き込まれた槍の一突きによって、一撃のもとに地に伏すこととなった。
「ん――手ごたえあり!」
「お見事。……なるほど、魔法には魔法なんだな」
硬い表情筋で会心の笑みを浮かべるアスセナを賞賛しながら、トーヤは得心する。
トーヤが集めた情報に記されていた対処法。それは簡潔に言うならば「魔法には魔法で対抗すべし」というものだった。
曰く、障壁魔法とは「物理的な攻撃を防ぐためのモノ」であり、生半な攻撃では突破すら難しい。しかしその反面、生み出された障壁は周囲の魔力の干渉を受けやすく、高濃度の魔力――たとえば魔法などをぶつけられると、障壁を構成する魔力に大きな揺らぎが生じる。そこに武器や魔法で追撃をかけることにより、障壁魔法を破ることができるのだそうだ。
そして、ヒトよりも魔力を自在に行使できるアスセナがそれを行うことで、シルトラビットの障壁魔法は、見事に砕かれた……というのが、事の真相であった。
「ん、すごく簡単に倒せた。……これが、人間の知恵。すごい」
「だな。……さて、肝心の盾石は、っと」
求めていたものの一端を知ることができたおかげか、やや興奮気味なアスセナの言葉に賛同しつつ、トーヤは討伐されたシルトラビットの死骸を改める。
どことなく緊張の面持ちで結果を待つアスセナに向けて、トーヤは力強くサムズアップを送ってみせた。
「セナ、上手くいってる! ほら、宝石は無事だ」
トーヤの手には、剥ぎ取られたシルトラビットの盾石が握られている。傷らしい傷もついていないそれを見て、アスセナは顔をほころばせ、小さくガッツポーズを作った。
「ん、やった! じゃあ、この調子で」
「あぁ、そうだな。……と言いたいところだけど、ちょっと日も傾いてきたな」
「え?」
トーヤの見つめる方向には、中天から逸れて西の空へと降りていく太陽の姿。それに伴い、真っ青だった空には、ほんの少しずつ朱が差し始めていた。
「速めに宿を取らないと、最悪野宿になっちゃうからな。……予定の数は、これで全部集まってる。今日のところは切り上げて、続きは明日に回そう」
「ん。……私は、野宿でも大丈夫、だけど」
「いや、休息はしっかり取った方が、後々効率を落とさずに済む。――それに、今日焦ったところで、明日いきなり強くなれるわけでもないんだ。焦らず、ゆっくり強くなろう」
「……わかった。じゃあ、続きはまた明日」
素直に了承してくれたことに、トーヤは内心で安堵する。
そうして意気込みを新たにしながら、二人はそのまま依頼を達成するべく、エレヴィアの町への帰路についた。
***
「……はい、討伐証明が完了いたしました。依頼達成、お疲れ様です!」
町の組合支部へと戻ったトーヤとアスセナは、その足で受付へと直行。依頼達成の旨を報告する。
討伐証明となる魔晶核を詰めた袋を手渡して少しすれば、二人には無事に依頼を達成できたことが伝えられた。
「では、こちらが今回の報酬になります。これからも、活躍を期待していますね」
「ありがとうございます」
「ん、ありがと」
会釈と共に、トーヤ達は受付を離れ、組合を後にする。
宿のある区画まで移動するべく歩き始めてから、トーヤは隣を歩くアスセナに声をかけた。
「初仕事、お疲れさま。どうだった?」
「ん。すごく、楽しかった」
問われたアスセナは、ほんの小さくだが、口元をほころばせてそう答える。満面の笑みとはいかずとも、その表情は彼女の口にした感想が、嘘偽りないものであることを物語っていた。
「楽しかった、か。それはなによりだ」
「ん、色んな事が知れた。やっぱり、ヒトの知恵は凄い。武器も、戦い方も、竜には考えつかない」
「はは、確かにな。技術も知識も、ここに在るものは全部、いつかに生きた人が考えて、今に受け継がれてきてる……そう考えると、確かに凄いよな」
忌憚のない賞賛に、トーヤも賛同する。
――きっと、アスセナが隣に居なければ、トーヤもまた、そんな感想を覚えることもなかっただろう。それを思えば、今日一日の経験は、トーヤにとっても大きなものに思えた。
「――これなら、きっと、私も強くなれる」
「そう、だな。……俺も、知らないことはまだまだある」
冒険者としての生活はそれなりに長く続けていたつもりだったが、自身の認識が甘かったことを、トーヤは痛感する。
シルトラビットの対処法一つをとっても、トーヤは何も知らなかった。しかしそれは、裏を返せばこれから知ることができるということ。伸びしろを諦めるには、まだまだ時期尚早だということだった。
「ともかく、今日はもう休もうか。――お疲れ、セナ」
「ん。おつかれさま、トーヤ」
互いの健闘を讃えながら、二人はゆっくりと宿へと向かっていった。
***
「……なるほど。おおむね、ここは異常なしって感じかな」
山向こうへと日が沈み、夜の帳に包まれた町の一角。
冒険者組合と呼ばれる施設の中、質の良い調度品に彩られた部屋のソファに腰を下ろす人影は、一言だけ、虚空に向けてつぶやいた。
ちらちらと揺れるろうそくの明かりの中、女性と思しき人影の手に握られているのは、数枚ほどの書類。報告書の体裁を取って書き記されたそれは、また一枚ページを進められた。
「ん?」
そこでふと、女性は声を漏らす。ソファに預けた身体を気持ち起こし、報告書に目を通すと、女性は口の端に、かすかな笑みを浮かべた。
「へぇ……中々興味深い新人さんもいるんだね」
女性が目を通していた書類に記されていたのは、今日新しく登録された冒険者の情報。
「アスセナ・ツィルニトラ」という名で登録されているその冒険者の情報は、併記されている同伴者と思しき冒険者の存在共々、女性の興味を強く引いていた。
「一緒に行動してる男の子は……なるほどね。どっちも実力は相応以上、か」
すっと細められた瞳が、好奇心の色に輝く。かと思えば、女性は書類を机に放り投げ、静かにその場で立ち上がった。
「一つ、彼らに会いに行ってみようかな? ――文献は知見に勝らず、ってね」
そう呟いた女性は、不敵な笑みを浮かべながら、その場を後にしていった。




