第14話 アスセナの初陣
紆余曲折を経て、ようやく依頼の準備を整え終えたトーヤとアスセナは、その足でエレヴィアの門をくぐり、町の外へと繰り出した。
今回引き受けた依頼の標的、こと「シルトラビット」と呼ばれる魔物は、トーヤが調べた限りでは、主に町の北側に生息しているという。大まかな風貌を捉えたスケッチはすでに頭に叩き込んであるため、標的が生息地を移しているか、あるいは組合に納められた資料に間違いがないならば、見つからないということはないだろう……と、トーヤは踏んでいた。
「――ん、あれか」
人通りもまばらな街道を伝い、目的地であるエレヴィア北方の平原へとやってきたトーヤの瞳が、程なくして標的の姿を捉える。
さながら第三の目のように額に浮かんだ宝石と、地面に引きずるほど長い耳がひときわ目を引くそれは、紛れもなくトーヤ達が探し求めていた魔物、こと「シルトラビット」の姿だった。
「じゃあ、倒す!」
「ちょいまち。確か依頼の中に、あいつの素材を持って帰って来てくれってのがあったはずだ」
意気揚々と飛び出そうとするアスセナを制止して、トーヤは懐から依頼書の写しを引っ張り出す。ざっくりと依頼文に目を通して見れば、そこには確かに「シルトラビットの〈素材収集〉」という題と、採取してほしい素材の名が記されていた。
魔物の身体から採れる骨や爪、翼に甲殻や皮などの素材は、冒険者たちが扱う武器や防具の素材として重用される。単に魔物を倒すだけではなく、そう言った素材を調達し、組合に納品することも、冒険者の仕事なのだ。
そして、今回の依頼者が欲しているのは、どうやらシルトラビットの特徴でもある額の宝石らしい。他に要求されている素材が無いことを確認してから、トーヤはアスセナへと指示を飛ばす。
「えっと……セナ、アイツらの額の宝石を傷つけないようにするんだ。はじめての戦いだし、なるべく気を付けるレベルでいいから、意識だけはしておいてくれ」
「ん、わかった!」
了解の意を示したアスセナのたおやかな手が、背に吊った長槍の柄を取る。ゆっくりと引き抜かれた長槍の切っ先が、少女の闘志を映すかのように、陽光を浴びてきらりと輝いた。
大ぶりな穂先を持つパルチザン系の武器である故、そこそこの重量を持つであろうそれを、しかしアスセナはトーヤに教わった動きをなぞって、軽々と振るい、構える。
普通の人間ならば到底成し得えないであろう動きを伴いつつ、アスセナは一息に、シルトラビットとの距離を詰めた。
「!!」
害意を持つ相手の接近を察知してか、シルトラビットが素早くアスセナの方を向く。直後、「きゅいーっ!」という何とも言えない鳴き声を鳴らしたシルトラビットの正面に、光で象られた壁が現れた。
シルトラビットの特徴は何と言っても、その額の宝石から繰り出す「障壁魔法」にある。
額の宝石に蓄えた魔力を練り、人間が使う障壁魔法とそっくりの形状に変化させて放出することにより、外敵の攻撃から身を守るのだ。人間が行使するそれよりも堅固な障壁は生半な攻撃を通さないため、いかにして障壁魔法を攻略するか、またはいかにして魔法を発動させずに仕留めるかが、この魔物との戦いにおける課題だ。
仕入れた情報を頭の中で反芻しながら、トーヤは目でアスセナを追う。
「はぁっ!!」
果たしてどう攻略するか、とトーヤが思索を巡らせるよりも前に、裂帛の雄叫びと共に、シルトラビットめがけて長槍が突き立てられる。勿論、何の対策もされていない槍の穂先は、炸裂音をまき散らしながら、障壁に拒まれた。
「――意外と硬い。でも」
しかし、その拮抗は永くは続かない。アスセナが腕に力を籠め、さらに強く障壁に負荷をかけると、みしりと軋むような音を立てながら、少しずつ魔力の障壁に光るヒビが生まれ始める。
「や、あぁぁっ!!」
幾ばくもしないうちに、長槍の切っ先が、障壁を割り砕くようにして貫通。ガラスが砕けるような甲高い破砕音が鳴り響いた直後、シルトラビットの顔面めがけて、肉厚の巨大な刃が叩き込まれた。
「……ん、良い。この武器、やっぱり使いやすい」
小さな身体には過剰な大きさの刃を受けたシルトラビットが、鮮血の花を散らす。撃破したシルトラビットを槍からふるい落としつつ、アスセナは満足げな表情で槍を撫でた。
――傍から見れば「血の付いた槍を撫でて笑う少女」という、中々猟奇的な光景を生み出しているのだが、当の本人は気づいていないらしい。
「そりゃ何よりだ。いざ実戦になって使いにくいって言われたら、どうしようかと思ったよ」
「ん、とてもいい。……最初は、武器なんていらないと思った。でも、使ってみてわかった。人間の知恵はすごい」
そう感想を述べるアスセナの表情はとてもご満悦そうで、トーヤはついつい苦笑をもらす。どうやらアスセナからすれば、武器とその使い方について知見を得られたことは、相当に大きな収穫だったらしい。
「ならよかった。……さ、それはさておき」
感触を忘れないようにするためか、そのまま素振りをするアスセナをしり目に、トーヤはいましがたアスセナが倒したシルトラビットの亡骸に手を付ける。
穂先の重量とアスセナのダメ押しで繰り出された、鋭く、重い一撃。側から見ていてもわかった通り、それは成人男性の膝程までしかないシルトラビットの矮躯には、過剰なダメージだったのだろう。亡骸は半身を抉られるようにして吹き飛ばされており――
「……うん、見なくてもわかる。こりゃダメだ」
「え? ……ぁ」
案の定というべきか、シルトラビットの額の宝石は、木っ端みじんに粉砕されていた。
「……忘れてた。ごめんなさい」
「まぁ、最初だからこんなもんさ。そもそも、その槍であれだけの攻撃は、オーバーキルもいいとこだろうからな」
トーヤの忠告を思い出して、自らの失敗を悟ったらしいアスセナが、しょんぼりした様子で謝罪する。その様子で、自分の駆け出し時代を思い出したトーヤは、苦笑いを浮かべながら、腰に差した小さなナイフを――素材の採集用に作られた薄刃のナイフを抜いた。
「でも、せっかく仕留めたんだ。肉は食用に使えるらしいから、血抜きして保存食にしてもらうか」
その様を眺めるアスセナを傍らに、トーヤは巧みなナイフ捌きをもって、てきぱきとシルトラビットの亡骸を解体する。数分もすれば、すぐに毛皮を剥がれて血抜きされた、小さな生肉の塊が出来上がった。
「よ、っと。……これを精肉店に持っていけば、旅の間に食べられる干し肉になるって寸法だ。こんな感じで、倒した魔物の素材はなるべく有効活用するのが、冒険者のたしなみって奴だな」
「ん、わかった。……私もそれ、やってみたい」
「構わないけど、それは追々だ。まずは、冒険者としての生活に慣れないとな」
肩をすくめて笑いつつ、トーヤはさらにシルトラビットの亡骸を解体していく。幾ばくもしないうちに、トーヤの手には別の小さな結晶が収まっていた。
「でもって、これが魔晶核。魔物の心臓ともいえる部分で、これが討伐証明になるんだ」
「マショウカク……私たちでいう「竜核」みたいなもの?」
アスセナの言葉で、「あぁ、そういえばドラゴンも魔物か」と今更なことを思い出す。
最も、ドラゴンの核を引きずり出すことができるのは、世界にも数人ほどしかいないだろう。そう考えて胸中で笑いながら、トーヤは剥ぎ取った魔晶核とシルトラビットから剥いだ生肉を、あらかじめ用意しておいた素材用の袋へと選り分けて詰め込んだ。
「あぁ、多分そうだろうな。……まぁそれはともかく、冒険者生活に必要なのは素材の剥ぎ取り技術と、この魔晶核の入手だ。それを覚えておけば、とりあえずどこの支部に行っても最低限の活動はできるから、セナも覚えておいてくれ。――それじゃ、次の相手行ってみるか」
「おー!」
軽く拳を突き上げながら、二人は引き続きシルトラビットを探して平原へと踏み入っていった。




