第13話 武器を求めて
組合支部に併設された資料室で、シルトラビットなる魔物に関する情報を集めたトーヤ達は、その足で組合を出た。
依頼書の写しと、集めた情報を書き留めたメモを懐にしまったトーヤの服の裾が、何かに引っ張られる。見れば、アスセナが相変わらずの無表情に疑問の色を浮かべながら、小さな手でトーヤの服の裾を掴んでいた。
「トーヤ、聞きたいことがある。――『私の体格をカバーできるような武器』って、なに?」
「え、武器? ……あぁ、そう言えば試験官の人が言ってたんだっけ」
先ほどアスセナの実技試験を担当していた試験官が言っていた言葉は、トーヤも耳にしていたので覚えている。
アスセナの体格は、平均的な身長のトーヤと比べても頭一つ分は小さい。当然、そのぶん手足も短く、体重も軽いため、いくらアスセナが戦技を使える身であったとしても、絶対的なリーチの差や、体格による不利をカバーすることができないのだ。試験官のアドバイスは、そういったことを踏まえてのものだろう。
「そうだな……じゃあ、少し探してみようか。ちょうど、うってつけの人もいるからな」
「うってつけ?」
「あぁ。武器を探すなら、その道の専門家にお願いするのが確実だからな」
そう言って、トーヤは後ろをついて歩くアスセナを伴い、一路町の外周区へと進路を取った。
***
町の外周区へとやってきたトーヤは、そこに停まっている無数の馬車のうち、露店としてあつらえられた一台の前へと歩み寄る。
合点がいったような表情を見せるアスセナを背に、木箱の上に置かれた小さなベルを鳴らすと、ほどなくして馬車の中から一人の女性が姿を現した。
「はーい……あれ、トーヤ?」
顔を出した女性、ことエヴァは、トーヤの顔を視認して驚きを見せる。
「さっきぶり、エヴァ姉。店はもうやってる?」
「やってるけど……どうしたの? セナちゃんの試験はもう終わったの?」
「うん、ついさっきね。それで、エヴァ姉にちょっとお願いしたいことがあってさ」
言いつつ、ちらりとアスセナを見やる。そのひと仕草でトーヤの言わんとすることを察知したのか、エヴァは得心した様子を見せた。
「あぁ、セナちゃん絡みのお話か。いいよ、話してごらん」
「ありがと、いつも助かるよ」
エヴァが用意してくれた即席の来客用椅子に腰を下ろしてから、トーヤは改めて口を開く。
試験官からもらったアドバイスの話を交え、アドバイスの際にあがった「アスセナの体格をカバーできる武器」を探している旨を伝えると、エヴァはなるほどとうなずいた。
「うん、事情は分かったよ。そうだなぁ……武器を売るのはいいんだけど、トーヤは今文無しだからなぁ。ツケにしてもいいんだけど、身内相手にそんなケチな事したくないからなぁ」
一人ごちながら腕を組んで悩んでいたエヴァだったが、不意にぱっと顔を上げると、ぽんと手を打つ。
「あっ、そうだ! アレならちょうど良いかも!」
「アレ?」
「うん、ちょっと待ってて!」
がたりと席を立ったエヴァの姿が、馬車の中へと消えていく。直後、中からガシャガシャと騒々しい音が響いたかと思うと、やがて武器らしきものを携えたエヴァが、再び姿を現した。
「……槍?」
エヴァがその手に携えていたのは、丁度彼女の身長と似通った長さに作られた、一振りの槍。斬突どちらにでも使えるよう設計されていると思しき穂先から見るに、それは単なる槍ではなく、俗に「パルチザン」と呼ばれる武装のようだった。
「それ、エヴァ姉が打ったの?」
「まぁ、打ったと言えば打ったって言えるかな? 昔、お客さんから修理のために預かった物なんだけど、もっと強い武器の当てができたーとか言って、修理代だけ渡されてそのままほっぽり出されちゃったんだよ」
困り顔のエヴァから、トーヤはパルチザンを受け取る。取り回しやすさを考慮して設計されているのか、槍にしては軽量に思えた。
「自分で打ったものでもないから店には並べられないし、溶かして鋳塊にしようと思ってたんだけど、いろいろやってたらさっぱり忘れちゃってね」
「それで、倉庫の肥やしになってた……ってこと?」
「そういうこと。……というわけで、もしトーヤ達さえよければ、その槍を引き取ってくれないかな? リーチのある武器ってことで、セナちゃんの要望にも答えられると思うんだけど」
その言葉で、トーヤはようやくエヴァの意図を悟る。
「いいの?」
「いいも何も、今言った通りだよ。穂先だけじゃ大した大きさのインゴットも作れないし、ずっと倉庫に居座られるのも困るからさ。正直、引き取ってくれるならアタシとしてもありがたいんだけど」
たははと困り笑いを浮かべるエヴァの表情を見るに、トーヤ達の為に理由をでっちあげているわけではなく、本心からの考えらしい。
当然、長年の知己からの厚意をむざむざ無下にするほど、トーヤは人の悪い人間ではない。なるほど、と少しわざとらしく得心して見せてから、トーヤは隣に座っているアスセナに、掌中の槍を手渡した。
「セナ、ちょっと試してみなよ」
「ん、ぜひ」
槍を受け取ったアスセナは、少し開けた場所に移動すると、ゆっくりと槍の感触を確かめ始め――ようとして、くるりとトーヤを振り向く。見れば、鉄面皮の顔に当惑の色が浮かんでいた。
「……トーヤ。使い方、わからない」
「……悪い、完全に忘れてた」
もともとアスセナはドラゴンである以上、武器という人間の文明の利器に対して疎いのはある種当然だ。
人間の少女と変わらない風体の現状、ついつい忘れてしまいそうになる自分を恥じつつ、トーヤはアスセナの元に行き、軽く使い方を説明する。
職業柄、槍を得物にする冒険者と一緒に依頼を受けたこともあるし、得物を決める前に軽く習った経験もある。基礎的な扱い方程度であれば、トーヤでも問題なく教えることができたし、アスセナもその指導を素直に聞いて実践していたため、瞬く間にアスセナは槍を扱えるようになっていった。
「――ん。トーヤ、これ良い。届かない場所まで、攻撃が届く」
初めて武器を握ったということもあってか、アスセナはきらきらと目を輝かせる。彼女の性に合うかと密かに心配していたトーヤだったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「気に入ってくれたなら、捨てられたその武器もちょっとは浮かばれるかもね。どう、セナちゃん? その武器、使ってあげてくれるかな?」
「ん、使いたい! トーヤ、良い?」
「もちろん。……じゃあエヴァ姉、この槍、ありがたく使わせてもらうよ。何から何まで、ホントにありがと」
「あはは、気にしなくていいよ。こっちとしては、処分を手伝ってもらっただけだからね」
そう言って、エヴァはいつもと変わらない快活な笑いを見せる。
「この後は、依頼をこなしに行くんだっけ?」
「うん。セナの慣らしがてら、近場の魔物を倒しに行くんだ」
「そっか。――セナちゃん、月並みな言葉で悪いけど、頑張ってね。冒険者の仕事って、話で聞くよりもけっこう大変らしいから」
「ん、大丈夫。強くなれるなら、どんなに大変でも、頑張りたい」
セナの瞳には、昨夜の語らいの時と何ら変わらない、決意の光が灯っている。それを見て、彼女の信念のほどを悟ったらしいエヴァは、優しい笑みを浮かべた。
「頑張るのは良いけど、無理はしちゃだめだからね? 今できないことがあったとしても、その時できることを地道に頑張っていけば、いつかできないこともできるようになる日が来る。だから、もし壁にぶつかったとしても、焦らずじっくり頑張ることが、大切だからね?」
アスセナの肩に優しく触れたエヴァは、諭すようにそう告げる。彼女の人生経験からなっているのであろうその言葉を受けたアスセナは、数瞬きょとんとした表情を浮かべた後、どこか曖昧に頷いた。
「まぁ、今は分からないか。――とりあえず、今の言葉をちょっとでも覚えておいてくれれば、アタシは嬉しいな」
「……ん、分かった。覚えておく」
「うん、素直でよろしい」
くしゃりとアスセナの頭を撫でたエヴァは、ぱんと手を鳴らす。
「さて、2人とも用は済んだよね? こっちもこれから店を始めるから、出てった出てった。自分たちのお仕事を、きっちりこなしていらっしゃい」
「そうだね、邪魔しちゃってごめん。――何度も言うけど、ありがと、エヴァ姉」
トーヤの言葉にぐっとサムズアップを返して、エヴァは馬車の中へと戻っていく。
「じゃあセナ、行こうか」
「ん。魔物と戦う!」
知己から受けた数々の厚意に底知れない恩を感じながら、トーヤはアスセナを伴い、町の外周区を後にした。




