第12話 実技試験の行方は
アスセナと、その付き添いとして同伴の認められたトーヤは、組合支部の裏手に存在する、そこそこに規模の大きな演習場へと通された。
幾人かの冒険者が思い思いに技を磨く中、2人は演習場の一角で待機する男性の前へと連れてこられる。試験官を務めるらしいスキンヘッドの男性は、訪れたトーヤ達の姿を見とめると、意外そうな表情でスキンヘッドを撫でた。
「ほぉ、今日の受験者は随分可愛らしいじゃないか。実技試験は、そのお嬢ちゃんだけか?」
「はい、俺は付き添いです。じゃあセナ、いってらっしゃい。頑張って」
「ん、全力でやる」
ぐっとガッツポーズをして、アスセナが白い長髪を翻し、試験官の元へと歩いていく。
対する試験官は、見かけの態度こそ力を抜き切っているように見えるが、その瞳に油断の色はない。試験官として選抜された者だけあって、あどけない容姿のアスセナを前にしても、少しの隙を晒すこともなかった。
「よし、じゃあ始めるとするか。ルールは単純、俺と戦って実力を証明して見せろ。倒すなり罠にはめるなり、手段は問わん。お前が冒険者として活動するに足る実力があるか、俺に見せてくれ」
「わかった。じゃあ」
「おう。……と言いたいところだが、お嬢ちゃん、武器は持たないのか?」
言われ、アスセナはこてんと首を傾げる。トーヤの側からうかがえたその横顔には、「どういうこと?」と言わんばかりの、疑問の色が張り付いていた。
「必要ない。私には、魔力がある。……確実かは、わからないけど」
「ほぉ、必要ないと来たか。――まぁいい。お嬢ちゃんがそう言うならこれ以上は野暮ってもんだな」
アスセナの答えを聞いた試験官は、不敵に笑いながら構える。
その手には、冒険者の間でもよく使われる、シンプルな長剣。特色も個性もないその武器は、挑戦者の力量を測るには、これ以上ないほどうってつけな武装だった。
「じゃあ、改めて始めようか。どこからでもかかってきな!」
「ん。じゃあ――」
男の言葉に応じて、アスセナも軽く構える。
「――全力で!」
直後、矢のように飛び出したアスセナの一撃が、試験官の男めがけて叩き込まれた。
「むっ――?!」
油断ならないながらも緊張のほぐれた表情を見せていた男の顔が、一瞬で驚愕に変わる。剣の腹で防御の体勢を取った男は、不可視のなにかが放った衝撃に晒され、土煙を上げながら勢いよく後退した。
(今のは、戦技?! ――いや、そうか。セナはもともとドラゴンっていう魔物だ。なら、戦技を使うくらいどうってことないんだ)
世界各地に数多生息する魔物たちの中には、人間と同じように魔力を行使し、人間でいう戦技とよく似た攻撃を繰り出す個体も多く存在する。トーヤが遭遇したパニッシュ・レオーネが繰り出したあの翼の一撃も、原理的には「超強力な戦技」なのだ。
それを考えれば、魔物以上に強力な魔力を行使できる存在であるドラゴンが、魔力を利用した攻撃――戦技を使えることは、ごく当たり前のこと。今更な事実を改めて認識しつつ、トーヤは更なる追撃に打って出るアスセナの姿を追った。
「やっ!!」
虚空を引っ掻くように腕を振るうたび、不可視の衝撃が試験官を襲う。とはいえ、試験官も流石に手練れなだけあるらしく、それ以上大きく後退させられることはなかった。
「なるほど、な。お嬢ちゃん、その身なりで戦技が使えるのか。どうりで、随分と自信ありげなわけだ」
「ん。まだ終わってない!」
それからしばらく、アスセナと試験官の男は打ち合い続ける。
しかし、最初こそ驚きを見せたものの、試験官はアスセナの戦技に対し、完全に適応している。アスセナの攻撃パターンが攻め一辺倒の単調な物であることもあってか、その顔には余裕が戻っていた。
「……ふぅむ、なるほど。――実力は申し分ないが、ちょいと戦い方が単純すぎるな。戦技が使えるなら問題はないだろう、がッ!」
そう語った男が、不意に反撃に転ずる。
繰り出されたアスセナの戦技めがけて振るわれた男の長剣が、ガァン! と音を立てて不可視の爪へと叩き付けられる。なんということはないただの反撃であることは見て取れたが、しかしその攻撃は、アスセナの細腕から繰り出される攻撃を相殺するには、充分な威力を持っていた。
「っ……!?」
思わぬ反撃を受けて、アスセナがたたらを踏む。ふらふらと覚束ない足取りのまま、たちまちどさりとしりもちをついたその様子を見て、試験官の男が難しい表情でスキンヘッドを掻いた。
「……戦技の威力と体捌きは相当いい線をいってるが、いかんせんその体格と、そもそもの経験不足が足を引っ張っている、ってところだな」
「ん……まだ!」
「いや、充分だよ。総合的に見れば、お嬢ちゃんは充分合格ラインに達してる。身の程をわきまえて大人しく引き下がるのも、冒険者にとっては必要な知恵だぞ」
そう告げながら、男はポケットを改めて、小さなバッチを取り出す。
「だが、今のままやっていくにはちょいと厳しいな。まずは、その体格をカバーできる武器を用意するのが良いだろう」
「ん……体格差をカバー?」
「あぁ。お嬢ちゃんの体格だと、戦技を相手に届かせる前に攻撃を受ける危険があるからな。……まぁ、詳しいことはお嬢ちゃんのお仲間に相談して決める方が良いだろう。――ともかく、実技試験はこれで合格だ。それを受付に渡して、証明証を発行してもらいな」
陽光でかすかに煌めくバッチを物珍しげに受け取ったアスセナが、男性の方に向き直り、小さくぺこりと頭を下げる。
「ん、ありがと。トーヤに相談してみる」
「おう。頑張んな、新しい冒険者さん」
短いやり取りを終えたアスセナは、くるりと身を翻すと、ぱたぱたと小走りにトーヤの元へと戻ってきた。
「トーヤ、終わった。合格、貰えた!」
「あぁ、見てたよ。おめでとう、セナ」
バッチを乗せた手をずいっと突き出し、誇らしげにそれを見せびらかしてくる。その顔には、。注視しなければわからない程度の変化でしかなかったが、包み隠さない喜びの色が浮かんでいた。
つい微笑ましい気分になって、トーヤは衝動的にアスセナの頭を撫でる。不快な気分にさせてしまわないだろうか、と後になって考えたが、それは要らぬ杞憂だったらしく、アスセナはかすかに目を細め、気持ちよさげにそれを受け入れていた。
「じゃあ、早いとこ登録も済ませようか」
「ん!」
弾んだ声で頷いたアスセナが、足早に踵を返して歩き始めるのを見ながら、トーヤも機嫌よさげに揺れる白い長髪を追いかけた。
***
「……はい、確かに合格バッチを確認しました。本日現時刻を持ちまして、アスセナ・ツィルニトラさんの登録を受理し、正式に冒険者として登録させていただきます。まずは、合格おめでとうございます!」
にこやかに笑う受付嬢が、差し出されたバッチと引き換えに、カウンターの上に小さなプレートを置く。俗に言うドッグタグのような、首から下げる紐のついたそれは紛れもなく、トーヤも身に着けている、冒険者であることを示す証明証だった。
「今後アスセナ様は、冒険者組合から正式な権限を与えられた一回の冒険者として、組合から発注される依頼の受注が可能になります。人々の生活を支える職に就く者として、規律ある行動を心掛けてくださいね」
こくり、とアスセナが頷いたのを確認して、受付嬢が説明を再開する。
「依頼の遂行や危険な魔物の討伐などを行い、各地の組合支部でそれらを証明することにより、功績に応じて『貢献度』と呼ばれる得点が付与されていきます。獲得した得点の数と、組合側からの評価に応じて、アスセナ様に割り振られたランク……権限の強さが変動し、ランクの高さに応じて、受注可能な依頼の種類も変わっていきます。ここまではよろしいですか?」
ふたたび、アスセナは頷く。その表情は真剣そのものだ。
「ランクは全部で6つの段階が存在し、下から順番に鉄、銅、銀、金、蒼、紫《アダマント》となります。……一応、これらよりもさらに高いランクに黒と呼ばれるものも存在しますが、こちらは過去に存在した偉大な冒険者たちのために、特別に与えられる称号となります。現状の最高ランクは紫という扱いになりますので、予めご了承くださいませ」
受付嬢の説明した黒ランクの存在は、トーヤも当然知っている。
大規模な戦争を未然に回避したり、天災ほどに強い魔物を単身で討ち取ったり、はたまたこの世界を滅ぼそうとした悪しき存在から世界を救ったり。いわゆる「英雄」や「偉人」と称されるような人間たちに与えられるそれは、彼らの活躍を称えるための、特別な称号なのだ。
「アスセナ様は今回初めての登録ということで、新人として鉄ランクからのスター十となります。一定数の依頼を達成し、貢献度を累積させたうえで、組合側から実力、人格ともに問題なしとされれば、組合から用意された昇格試験に受かることで、一つ上のランクへ昇格が可能です。……ただし、ランクに応じた依頼を何度も失敗したり、冒険者としての活動――この場合は組合から発注された依頼の受注が確認できなかった場合、降格処分や冒険者証の剥奪といった処置がとられる場合もありますので、ご注意ください。――以上で説明は終了ですが、何かご不明な点等はございませんか?」
「ん、大丈夫。問題ない」
「わかりました。……そうそう、もしアスセナ様がお望みであるならば、鉄ランクからでも受注できる依頼をすぐにお出しすることもできますが、いかがいたしますか?」
問われ、アスセナはくるりとトーヤの方を振り向く。
「どっちでもいいぞ。疲れたなら今日は休んでも良いし、仕事をしてみたいなら、受けても大丈夫だぞ」
「わかった。じゃあ、受けてみたい。なにか、魔物と戦ってみたい」
「俺も彼女と同じ依頼を受けたいです。二人で受けられるような魔物討伐の依頼をお願いします」
「かしこまりました。では、少々お待ちくださいね」
小さく一礼をした受付嬢が、ほどなくして何枚かの依頼書を持ってくる。ざっくりと目を通して見れば、そこには要望通り、魔物を討伐してほしいという旨の依頼が書き記されていた。
「どうぞ。ご希望に添える依頼は、今のところこの辺りになります」
「ん。トーヤ、読んでほしい」
「あぁ、わかった」
手渡された依頼書を読み上げながら、肩を並べて吟味する。
名を記されている魔物の特徴などを解説しつつ読み進めると、ほどなくしてアスセナが一枚の依頼書を指し示した。
「これが良い。『障壁を張る魔法を使う魔物』。良い特訓になる、と思う」
アスセナの小さな手が示したのは、「シルトラビットの素材調達」という依頼だった。
内容を読み込む限り、どうやら相手は魔力による障壁を行使できる魔物らしい。他の依頼書に記された魔物たちと比べても、確かによい特訓相手になりそうな魔物だった。
「なるほど……わかった。じゃあ、この依頼を受けたいです」
「はい、受理させていただきます。依頼対象に関する詳細な資料については、当施設内の資料室に資料が納められていますので、参考にしてくださいね」
「わかりました。それじゃ、軽くこの魔物のことを調べてから行こうか」
「ん、わかった!」
勢いよく頷いたアスセナは、どうやら初の実戦が経験でいるとあってか、少しわくわくしているらしい。
外見相応な、どこか子供っぽい無邪気なその様子を微笑ましく思いながら、トーヤはひとまず資料室へと足を運んだ。




