第11話 冒険者となるために
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「――うん、良い感じ! セナちゃん、可愛くなったよー!」
ふと、締め切られたカーテンの向こうからそんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、音を立ててカーテンが開け放たれる。
ようやく終わったことを察知したトーヤが顔を上げると、そこには見慣れぬ知己の姿があった。
「……おぉ」
ただ一言、感嘆の声が、思わず口をついて出る。気の利いた言葉ですらなかったが、それでもエヴァはトーヤの内心を察したらしく、満足げに頷いた。
外套の代わりにアスセナが着込んでいたのは、簡素な白のワンピースだった。
一緒にあてがわれた簡素な革靴共々、安く仕立てられたものだということは、なんとなく察することができる。だが、飾り気のないシンプルなその衣装は、不思議とアスセナによく似合う一品だった。
「どう? セナちゃん似合ってるでしょ?」
「う、うん。よく似合ってる。いい感じだと思う」
にこやかなエヴァの勢いに気圧されつつも、トーヤはその言葉に同意する。
褒められた当の本人はというと、初めて経験するらしい服に戸惑いを隠せないらしい。しきりにワンピースを触ったりひらひらさせたりと、落ち着きのない様子を見せているその顔には、相変わらずの鉄面皮と共に、心なしか当惑の色が見え隠れしていた。
「いやー、素地がいいせいで、何着せてもお人形さんみたいにすっごく似合ってさ。選ぶのに苦労しちゃったよー。……あ、ちゃんと予算に収まるように選んだから、そこは安心していいよ?」
着飾られた本人よりもご満悦げなエヴァに苦笑を返しながら、トーヤは改めて装いを新たにしたアスセナを見やる。
(……しかし、よく見たらセナって、滅茶苦茶かわいい顔してるんだな)
新しい衣装の存在もさることながら、視線を散らされる原因がなくなったことで、自然とその目線はアスセナの顔に集中する。
人間でいうならば、13~4歳くらいの容貌だろうか。あどけなさを色濃く残しつつも、ほのかな成人の色香を漂わせる、そんな絶妙な顔つき。どこか作り物めいた印象すら受ける目鼻立ちの整い方は、華奢で透明感のある白磁の肢体と相まって、精巧な人形が動いているかのような、そんな浮世離れした印象をトーヤに与えていた。
「どうしたの、トーヤ?」
改めてその美貌に見入っていたトーヤだったが、当の精巧な人形――もといアスセナの不思議そうな声に、一瞬で現実に引き戻される。びくっと硬直しながらも、トーヤはどうにか普段通りの調子を作ることに成功した。
「え? あ、あぁ。いや、なんでもない。安物だけど似合ってるなって、そう思っただけだよ」
「似合ってる? ……んー、よくわからない」
賞賛を言葉にして伝えてみるが、やはりというかアスセナはいまいち実感しづらいらしい。不思議そうな眼差しのまま、近くにあった姿見の方を見やり、ゆらゆらと体を揺らしていた。
「まぁ、知らなかったならこういう反応も無理ないか。……ともかく、これで多少は動きやすくなるんじゃない?」
「うん。組合にも気兼ねなく顔を出せると思う。――ほんと、何から何までありがと、エヴァ姉」
改めて謝礼を述べると、エヴァはなんてことないという風にひらひらと手を振ってみせる。
「いーのいーの。困ってる弟分を助けるのは年長者の務めだからね。……それよりも」
直前までの朗らかな笑みとは正反対の、真剣な表情を浮かべたエヴァが、トーヤの両肩をそっと掴む。
「セナちゃんのこと、ちゃんと守ってあげなよ。いくら本当の姿がドラゴンだったとしても、今のあの子は世間の常識も知らない。誰かの悪意にさらされても、気づかないかもしれないんだ。……だから、もしそんな輩が近づいてきたら、トーヤが守ってあげるんだよ」
「……うん、わかってる。一緒に行くって決めた以上、元よりそのつもりさ」
「なら、よし。――頑張ってね、トーヤ。アタシは、いつでもあんたを応援してるからね」
エヴァの暖かな激励を受けて、トーヤは力強く頷いて見せた。
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かつて、この世界がまだ未知に溢れていたころに、「冒険者」という職業は生み出された。
世界に数多蔓延る魔物の脅威と、誰も知りえない前人未到の地。それらに対処するべく名乗りを上げた勇士たちが寄り集まって、現代に連なる「冒険者」と「冒険者組合」という制度の雛型が形作られたのである。
未踏の地を開拓する探究心を持ち、国に仕える騎士に勝るとも劣らない武力を兼ね備える存在。それらを兼ね備えた「騎士よりも軽やかに動ける戦力」という可能性に着眼した各国による支援と、民間から舞い込む依頼の解決により糧を得るというシステムが組み合わさってできたのが、現代の冒険者という職業なのだ。
現代における冒険者の役割を一言で説明するならば、「何でも屋」という表現が一番適切な言葉だろう。
組合の施設へと持ちこまれる依頼に従って、時に強大な魔物と戦い、時に希少な素材を持ち帰り、時に危険な領域の調査を行う。それが、現代における冒険者の役割だ。
依頼を持ちこむ者は、民間人から国まで多種多様であり、その分、依頼の内容も多岐にわたる。中には一介の冒険者程度では手に負えないような依頼もあり、それらを請け負い遂行するのが、俗に言う「高ランクの冒険者」だ。
彼らは、ギルドから厚い信頼を得る者であると同時に、それぞれが並の冒険者では足元にも及ばない実力を持つ、熟練の戦士でもある。それ故、彼らと同じような地位に上り詰めることは、トーヤとアスセナにとっての、当面の目標でもあった。
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「番号札17番の方、お待たせしました。本日のご用件はなんでしょうか?」
冒険者組合の建物に踏み入って、手持無沙汰な待ち時間の間、アスセナにせがまれるまま冒険者に関する解説をしていたトーヤは、自分が持つ札の番号を呼ばれて顔を上げる。
建物内は冒険者や依頼人がたむろしていたが、幸いにも順番待ちの人数はさほど多くなく、さほど待つこともなく二人の番が回ってきた。
「この子の登録をお願いします。字が書けないんで、代筆もお願いしたいんですけど」
「かしこまりました。面接の方も併せて行いますので、こちらにどうぞ」
「はい。じゃあセナ、行ってきて。……くれぐれもホントのことは言わないようにな」
「ん、わかってる。終わったらここに戻ってくる」
「よし。んじゃ、行ってらっしゃい」
ぽそりと小声で告げると、アスセナは小さく、しかししっかりと頷いて、歩き出した係の職員と共に、奥の扉へと消えていった。
ここに来るまでの間に、トーヤは「アスセナの設定」を考え、彼女自身に教え込んでいる。そうしなければ、うっかり真実を喋ったアスセナが不審人物として扱われ、最悪冒険者として登録ができなくなる恐れがあるのだ。
本名や年齢、大まかな出身地――出身地については、トーヤのように旅の中で生まれたような者や出自の分からない物も居るため、あまり重要視されることはないが――など、大まかに必要な情報は、特にしっかりと教え込んでいる。アスセナは世間知らずだが、人の言うことを聞かないひねくれ者ではないため、しっかり釘を刺しておけば問題ないはずだ。
ともかく、合否はアスセナが帰ってこなければわからない。
うっかりボロが出ないことを祈りながら、トーヤはしばらくの間、支部の集会所でアスセナを待つことにした。
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「トーヤ、終わった」
それから10分ほどすると、アスセナが戻ってくる。その表情からは分かれる前に感じられた覇気めいたものが感じられず、慣れない会話に疲弊しているであろうことが手に取るように分かった。
「お帰り。……長話お疲れさま」
「ん……ヒトと話すの、疲れる」
やはりというか、人慣れしていないアスセナにとっては、面接のような場は相応に負担だったらしい。明らかに気力の削がれた様子の少女の頭を、トーヤの手がくしゃりと撫でると、アスセナは鉄面皮をほんの少し緩め、少し安心したように目を細めた。
「面接の方は、大丈夫だったか?」
「たぶん、大丈夫。教えられたことは、全部その通りに話したし、分からないこともなかった。――それに、メンセツカンっていう人が、次の……ジツギシケン? っていうのに行けって言ってた。それは、問題ないっていうことで、良い?」
実技試験に行けと言われたということは、どうやら面接試験は問題なく通過できたらしい。もしも人格や経歴的な問題が露呈したならば、その場で不合格の烙印を押されて強制的に帰されるはずだ。
「あぁ、なら大丈夫だ。その実技試験ってのをクリアすれば、セナも晴れて冒険者の仲間入りだ」
「ん、ならよかった。……次は、なにをするの?」
「試験官の人と戦って、実力を証明するんだ。無理に倒さずとも、ある程度の実力があると認められれば、それで合格になるから、あんまり気負ってやらなくても大丈夫だぞ」
実力を示す、と聞いたアスセナの顔に、気力が戻ってくる。心なしか、金色の瞳も期待にきらめいているようにも見えた。
「ん、戦う。頑張る!」
「あぁ。全力でぶつかれば、絶対に合格は貰えるはずだ。頑張れよ、セナ」
強く意気込んだアスセナに激励を送るとともに、職員がアスセナの名を呼ぶ。
覇気を取り戻し、軽やかにそちらへ歩を進めるアスセナに続き、トーヤもその白髪を揺らす背を追い、立ち上がった。