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第9話 帰還

***



「お待たせ。じゃ、行こ?」

「その前にこれを着てくださいお願いします」


 その言葉と共に差し出された外套を受け取った白い髪の少女、ことアスセナは、刹那の速さで首を背けたトーヤを見て、こてんと首をかしげる。布きれ一つ纏わないまま、無防備に裸身を晒す少女を前にしたトーヤは、最大限顔を背けながら、どうにか服代わりの外套を突き出して懇願するのが精いっぱいだった。

 不思議そうな表情をしつつ、アスセナが外套を受け取り、それを身に纏い始めたのを察すると、ゆるゆると向き直ったトーヤが、疲れたようにため息を吐きだした。


 トーヤとアスセナが空へと繰り出し、森の近郊にある町へと進路を取ってから、わずか30分ほど。地上を進むよりもはるかに短い時間を経て、二人は目的地であるエレヴィアの町――その近郊に位置する、コルシャの森の一角へと着陸した。

 森の中に降り立ったのは、何も伊達や酔狂というわけではない。ドラゴンという存在が人の目に触れれば大騒ぎになるため、それを避けるべく視認されにくい森の中へと紛れ込んだのだ。


「……町に入る前に、なんとかしてセナの服を調達したいところなんだけどなぁ」

「どうして? 私、このままでも大丈夫だけど」

「俺と世間が大丈夫じゃないんです。……最悪、エヴァ姉に頼むことになるかなぁ」


 眉をひそめ、困ったように頭を掻くトーヤを見て、アスセナがまたこてんと首をかしげる。

 ひらひらはためいて心もとない外套の下は、下着もつけない素っ裸……という、色んな意味で危なっかしいそのいでたちを見て、トーヤはもう一度、盛大にため息をついた。


 現在のトーヤ達を傍から見る人間が居れば、まず間違いなく「後ろめたい過去を持ってそうな人たち」というレッテルが張られるのは避けられないだろう。

 なにせ今のトーヤ達は、「武器も持たずに着の身着のままで歩く文無しの少年」と、「服すら纏っていない年端もいかない少女」という出でたちなのだ。これを不審に思わないならば、それはそれである種の異常だろう。


「それに、セナは身分も保証されてないからなぁ。まずは冒険者組合に登録して、最低限の身分を得ないとな」

「ん……でも、どうするの?」

「簡単だよ。今言った通り、冒険者組合に登録して、試験を受ければいいんだ」


 この世界における身分の保証というのは、大まかに分けて二つある。トーヤが目的としているのは、そのうちの一つである「冒険者」としての身分だった。


 国から保証される身分とは違い、冒険者は「国境越えの際の課税」や「国による保護を受けられない」などの様々な制約がある代わりに、国へ仕える義務を持たない。更に、発行元である冒険者組合は、各国の承認を得て全世界に支部を置いているため、「支部が存在する地域であれば、最低限であれど身分の保証が成される」という、大きな利点があるのだ。


 そして、冒険者として身分の保証を受ける最大の利点として、その取得が非常に容易ということが挙げられる。

 国に対する納税の義務や、国内への一定期間の滞在と言った制約がある国からの身分に対して、冒険者組合発光の身分証が必要とするのは「冒険者組合への登録」と「冒険者としての活動の義務」のみなのだ。

 むろん、登録に際しては犯罪歴や人格のチェックなど、相応に厳しい審査も行われるが、それさえ突破できれば、容易に身分の証明が可能となる。故に、トーヤやアスセナのような根無し草の人間にとって、冒険者の身分とはうってつけなのである。


「……というわけで、俺たちみたいな存在の大半は、冒険者として組合に身分を保証してもらってるんだ。わかったか?」

「ん、納得。……でも、私でも冒険者、なれる?」

「たぶん大丈夫だよ。俺だって、言ってしまえば身元不確かな根無し草だけど、こうやって冒険者になれてるからな。それに、いざとなれば俺から推薦するっていう手もないこともないし、なんとかなるよ」


 そんな会話を交わしながら、トーヤとアスセナは森を抜け、街道へ続く草原を歩き続けていった。



***




 一時間ほどの時間をかけて、トーヤとアスセナはようやくエレヴィアの町へとたどり着く。


「すごい! ヒトがいっぱい! 建物もいっぱい!!」


 せわしなく辺りを見回すアスセナが、声高に叫び、無表情なりに目いっぱい瞳をきらめかせる。容姿相応ともいえる無邪気なはしゃぎように、相手が超常の存在だということもひと時忘れて、トーヤは苦笑交じりにアスセナを諫めた。


「ほら、通行の迷惑になるから、こっちこっち」

「ん。……でも、ほんとにすごい。ヒトがいっぱいいるのは知ってたけど、こんなにたくさんいるなんて」


 呼び寄せられたアスセナは、いまだに興奮冷めやらぬと言った様子のまま、初めての街の感想をトーヤに語って聞かせる。

 トーヤとしては、少女の容姿と言動は、ともすれば悪目立ちしかねない……と懸念していた。しかし、町に入ってしまえば、丁度人の往来が始まった時間だったことも手伝い、二人の存在感は程よく薄まっていた。


「さ、ともかくは組合支部に顔を出しとかないとな。エヴァ姉たちがこの町に着いてるなら、まずは依頼達成の報告と、行方不明届を出すために、そこに寄るはずだ」

「ん。じゃあ、さっそく!」

「あぁ……って待った待った、はぐれたらマズいって! っていうかセナ、支部の場所知らないだろ?!」


 好奇心が疼いてやまないらしいアスセナがそそくさと歩きだしてしまい、トーヤも慌てて後を追う。

 口では注意しつつも、その様子を見ると、どうしても微笑ましい気分になってしまう。そんな自分に苦笑を漏らしながら、トーヤはふわりふわりとたなびく白い髪を追いかけていった。





 無数の人々が往来する雑踏の中を、トーヤ達は連れ立って歩く。

 目指す組合支部の場所はトーヤ自身も知らなかったが、雑踏の中には武器を携えた冒険者たちも多い。彼らの歩いていく先に着いていけば、時間はかかれどいつかは組合支部を見つけられるだろう……というのが、トーヤの目論見だった。


「……お、当たりだ!」


 はたしてその目論見は成功したらしく、トーヤ達の前に、周囲と比べてもひときわ大きな建物が姿を現す。観音開きの扉の横には、冒険者組合の支部であることを表す「開いた地図の上に翼のマークをあしらった紋章」が刻まれた看板がかかっており、一目でそれと分かるようになっていた。


「ん……大きい。周りの建物とは、全然違う」

「支部の建物の中には、集会所とか依頼斡旋所とか、そういう冒険者用の設備が纏めて入ってるからな。多少規模の違いはあっても、どの町の支部もだいたいこんな感じなんだよ。……とりあえず、中に入ろうか。入口で突っ立ってるのも迷惑だしな」

「わかった。楽しみ」


 道中でもいろいろなものに好奇心を刺激されてきたはずなのだが、アスセナは驚き疲れるどころか、さらに好奇心を掻き立てられているらしい。

 表情を読まずともわかる楽しみように苦笑しつつ、トーヤは扉に手を伸ばす。


「ぁでっ?!」

「うわっ!?」


 直後、乱暴に開け放たれた入り口をくぐり、外へと飛び出してきた人影に、真正面からぶつかってしまった。


「っつう……す、すみません」

「こ、こっちこそゴメンね? 怪我は……――?!」


 鼻をさすりながら謝罪すると、ぶつかってきた人物もまた詫びようとして、不自然に言葉尻を途切れさせる。

 いったい何事だろうか。怪訝に思ったトーヤが顔を上げると、その人物と真っ向から目が合って。



「……って――エヴァ姉!?」


 そこでようやく、ぶつかったのが知己――今のトーヤが捜している人物でもある女性、ことエヴァであることを認識するに至った。


「……ん、知り合い?」

「え? あ、あぁ。っていうか、この人が捜してた人だよ」


 首をかしげるアスセナに、ひとまず軽く説明だけを済ませる。改めてエヴァの方へと向き直ると、彼女はいまだに驚いた表情のまま固まっていた。


「…………トーヤ? ほんとに、トーヤなんだよね?」


 かと思えば、くしゃりと顔を歪めたエヴァの目尻に、たちまち涙がにじみ始める。幼いころから交流のあるトーヤですら、数えるほどしか見せたことのなかった知己の泣き顔に面食らいつつも、トーヤはすぐさま力強く首肯を返した。


「うん、そうだよエヴァ姉。……滞在していればいずれ、って思ってはいたけど、まさかこうも早く――」


 言葉を終えるよりも早く、トーヤの視界が不自然に横を向き、渇いた音がこだまする。遅れてやってきた痛みで、トーヤはようやくエヴァの平手打ちを食らったことを自覚した。

 視線を元に戻せば、そこには腕を振り抜いたままのエヴァの姿。頬に光る線を刻みながら、その表情は苦しげな怒りの表情に歪んでいた。


「こンの、馬鹿ッ!! あんたっ、あんた、自分がどんなことしたのかわかってるの?! 馬鹿みたいな無茶して、かっこつけたこと言って……どれだけ心配したと思ってるのよ!」


 震える怒声と、見た事もない烈火の如き気迫に、思わずトーヤはたじろぐ。


「確かに、あんたの自己満足で助けられたのは事実よ。……でも、それであんたが死んだら、意味なんてなかったのよ? 人の命を犠牲にして助かることがどれだけ虚しいか、知らないなんて言わないわよね……?!」

「う……」


 その言葉が示すところは、当然、トーヤもわかっている。

 父と母の犠牲の上に生き延びたトーヤもまた、エヴァと同じ思いを経験している。その時の悲しみをエヴァにも味わわせてしまったのならば、トーヤとしても、やることは一つだった。


「……ごめん、エヴァ姉。勝手なことして、心配かけて、ごめんなさい」


 謝罪の言葉を、口にする。

 今のエヴァが求めているのは、口先だけの釈明ではない。故に、後に続くような言い訳は全てのみ込み、最大限の誠意だけをこめて、静かに頭を下げてみせた。


 許してくれるだろうか、と不安を抱いた直後、トーヤの全身が強く引き寄せられる。声を上げる暇も抗う暇もないまま、気づけばトーヤはエヴァに強く抱きしめられていた。


「もう、こんなことしないでね。あんな苦しくて悲しい思い、もうしたくないから」

「……うん、もうしない。エヴァ姉を――誰かを悲しませるようなことはしないって、約束する」


 自戒の意味も込めて、トーヤは力強く頷いて見せる。

 その誠意がすべて伝わったかは定かではなかったものの、エヴァはようやく納得したらしい。最後にもう一度、力強くトーヤを抱きしめると、ゆっくりと彼を開放する。


「約束、だからね? ――じゃあ……お帰り、トーヤ。生きてて、よかった。本当に」

「――うん。ただいま、エヴァ姉。無事でよかったよ」


 そして、二人はようやく、お互いの無事を喜び合い、固い握手を交わした。

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