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プロローグ 託された夢

一話につき大体4000文字前後、マイペースに更新を行っていこうと思います。

少しでも楽しんでいただける小説を目指して頑張りますので、何卒応援よろしくお願いいたします。

 空が、燃えている。


 雲が、焦がし尽されていく。


 その光景は、まるでおとぎ話に出てくる地獄のようで。


 幼く無力な少年は、ただ、恐怖に震えることしかできなかった。






「っ、ぬぅ……!」

「く、うぅっ……!」

「とうさん! かあさん!!」


 眼前に広がる地獄の中、少年が乗る馬車の元に舞い戻ってきた二つの影を見て、少年が叫ぶ。

 父母と呼ばれた男女は、全身いたるところに傷と血を塗りたくりながらも、少年の方を見やり、安心させるように笑いかけて見せた。


「二人とも、もういい! これ以上あんな化け物を相手にしていたら、お前たちが――!」


 少年のすぐ後ろ――馬車を駆り、少年よりも幾分か年上と思しき少女を抱えた別の男性が、叫ぶように訴える。その表情は悲痛で、男性にとっても、少年の親である男女が親しい仲であることを、嫌が応にも理解することができる、そんな顔だった。


 直後、その言葉をかき消して、轟音が世界をつんざく。

 それは例えるならば、天を貫き、生きとし生ける全てを遥かな高みから見下すかのような、哄笑。その場にいる全てを例外なく竦みあがらせるような、そんなおぞましい「咆哮」が、少年たちを襲った。


 それぞれの得物を構える男女の向こう。煉獄と化した世界の中心に居たのは、黒。

 光さえも塗りつぶしてしまうかのような闇色の体色。畏怖さえ感じるほどに猛々しく、おどろおどろしい翼。そして口元に滾らせるのは、触れるもの全てを塵にする青い炎。


 そこに悠然と屹立していたのは、さながら伝説に語られる「ドラゴン」そのものだった。


 ――しかし、かの黒いドラゴンは、大地を焼き、空を燃やし、世界に地獄を顕現させた、張本人。それを、「人と共に邪悪を打ち倒した」という伽話を持つというドラゴンと形容するには、あまりにも禍々しく、そしてあまりにも邪悪だった。

 だが、いくら禍々しく邪悪な容貌の持ち主であり、地獄を生んだ存在であろうとも、それは間違いなく、本来ならば神話にその名を連ねる、伝説の存在。人が人の身で相対することなど、絶対に敵わない存在なのだ。

 それを理解してなお、傷だらけの男女はその場から退こうとしない。傍から見ても、すでに立っているのが奇跡と言えるほどの(むご)い傷を負いながら、二人はその手に握ったそれぞれの得物を、しかと構え直していた。


「それでも、だ。オレたちの引き受けた依頼は、お前たちの護衛。ならばオレたちは、オレたちの仕事をやり遂げるだけだ」

「えぇ、その通り。……それに、ここには私たちの可愛い子供がいるのよ? 子供の命ひとつ守れなくて、親を名乗る資格なんてないわ」


 覚悟を決めた表情のままに呟く男性に続き、苦笑する女性がその言葉を締めくくる。そうしてふと、二人の男女は数歩だけ引き下がったかと思うと、二人を見守っていた幼い子供――彼らの子である少年に向き直り、その頭を優しく撫でた。


「ねぇトーヤ。母さんたちはね、これからすっごーく強い魔物さんと戦わなきゃいけないの。……ひょっとしたら、帰ってこれないかもしれないのよ」

「なんで?! どうしてだよ! とうさんもかあさんも、いっしょににげようよ!!」


 トーヤ、と呼ばれた少年が必死に訴えかけるが、彼の両親は首を横に振る。


「……すまないな、トーヤ。これが、俺たちの仕事なんだ」

「そう。それにね、トーヤ。最初に出くわした時から、あいつはもう私たちを狙ってる。そんな状況でみんなで逃げちゃったら、トーヤやおじさんたちも、みんな死んじゃうの。だから、あいつはあたしたちが止める必要があるのよ。まったく、ままならない話よね」

「ダメだよ! あんなの、かないっこない! しんじゃうよ!!」


 自分の両親が勝てない戦いに挑もうとしていることは、幼いトーヤでさえ、薄々理解できている。故に、そんな悲劇を避けたい一心で、精いっぱいに声を張り上げて説得を試みるが、その言葉が二人の心を変えることはなかった。


「……いいかトーヤ、強くなれ。オレたちよりももっともっと強い、誰にも負けない〈最強〉の男になるんだ」

「いつかトーヤに大切な人ができた時、何があっても、どんなことがあっても、その子を守れるようにね。――大丈夫、トーヤは父さんと母さんの子なんだ。なれるよ、きっとね」


 父は背中越しにかすかな笑みを見せて。母は振り向き際に親愛のキスをして。

 二人の肉親は、トーヤを置いて、遠ざかっていく。


「すまないな、フレニア」

「いいのよ。――行きましょう、アデル。私たちの大切なものを守るために、ね」


 それぞれの得物を手に、大いなる邪悪へ向けて、二人が立ち向かう。

 その背中が、二人が、二度と手の届かない場所へと行ってしまうことを、幼い頭で本能的に理解して。



「とうさん!! かあさーーーん!!!」


 地獄から抜け出してゆく馬車の中。

 幼く無力なトーヤはただ、二人の名を呼ぶことしかできなかった。

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