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キーワード『う』 テーマ:うつ伏せ


『うつ伏せになる』




ふいに怠けをおぼえ、溺れるかのように僕はうつ伏せに倒れ込む。


身体中の皮膚や神経を麻痺させながら、そっと地面に背中をへばりつかせようと必死でじたばたと足掻き、


身動きのとれない自我と忘却を、まるで土下座でもするかのように何度もなんども泣きじゃくりながら一人で擦りおとすのだ



目の前に溜まったこの泥水でさえ、あの青い空を見上げているというのに‥‥‥、




‥‥‥今の僕は、


土砂降りの雨が降ったあとのような浮かない表情にすら、もはや安堵と孤独をおぼえだしている。




痛みや苦しみに抗いもがくのではなく、ただ、ありのままの自分を受け入れて欲しいと


素直にさらけ出すことも出来ずに作り笑いをして、自分の感情を目をつぶすように抉りながら押し殺してしまう。




このまま僕は、見ないフリをして自分に嘘をついてしまうのだろう。




分かってほしいと思いながら、理解ってくれるはずがないじゃないかと閉じこもるのだ。


同じような苦しさに浸ることはできても、「大丈夫だよ」としか返事ができず、




今日もあなたに「……笑顔でありますように」と、心の中で呟きやり過ごす。





あなたが側にいないと僕の世界は音もなく色もない、まったく平凡でおかしな寂しさがまとわりつくのだ。


どうしようもなくあなたが大好きなのだと、どうしようもない僕は気付くのだ。







『うつ伏せになったまま』




道端で一人の男がうつ伏せになったまま動かずにいる。




「だ、大丈夫ですか!?」


OL風の恰好をした若い女が駆け寄り身体をゆする。





「大丈夫です、少し刺さっているだけなんで……」


「……い、いま、救急車呼びますからッッ!!」




あまりの出来事に困惑した若い女はスカートのまま目の前にしゃがみ込み身体を必死でゆする。


男は意識を朦朧とさせながら、か細く声を絞り出す。




「いえいえ、本当に大丈夫です、ただ刺さったまま抜けないだけですから」


「大丈夫ですか!? しっかりしてくださいッッ」




なおも身体をゆする若い女。


男はさっきより少し苦しそうな表情で女に言う。




「だ、大丈夫ですから先にイッてくださ……いっ……あっあ」


「はい、30分で三千円になりまぁーす」




マンホールの穴へうつ伏せになって下半身を差し込み、オナホ代わりにしてプレイする風俗店か……、ありっちゃアリだな。


様々な趣味や性癖がある中で僕は未来を感じていた。







『うつ伏せでねる』





僕の母親はうつ伏せで寝ている。


それを見ながら、音を立てずに僕は玄関をあける。




さっき、「お弁当は?」と、母親に尋ねた。


「お弁当ならテーブルの上にあるでしょ」と、寝ぼけて台所も見ずに母親はいう。



テーブルの弁当箱をあけると空っぽだった。



……僕は知っている。


僕たち兄妹の為に毎日夜遅くまで働いて、まったく寝ないで頑張ってくれていることを。




……だから、僕は空っぽになったお弁当箱を鞄にしまって


起こしてしまわないようにそっと音を立てずに玄関を開けた。









『うつ伏せで見る』





「……オイ、誰か言ってやれよ……!」


「いやよ、なんで私が……」


「部長がいってくださいよッッ」


「いやいやワタシに言えるわけがないだろう!? ま、まだ家のローンも残っているんだぞ」



僕たちは会社の社員旅行のため京都へやってきていた。


そして、いま僕たちはなぜかうつぶせの状態ですすんでいる。


通り過ぎる人たちが怪訝そうにこの様子を見ている、中には携帯で写真をカシャカシャと撮っている輩もいる。




「誰かあのアホ社長にいってやれよッッ 伏見神社は、うつ伏せになって見る神社じゃないって!!」



当然、うつ伏せの状態では満足に景色も見れるわけもなく、社員旅行はまったく思い出には残らなかった。


だが、知らない人のSNSにはいっぱい残ってしまったようだ……。







『うつ伏せになって』




私のお婆ちゃんは昨日からうつ伏せになっている。


部屋の中で何をするわけでもなく、ただただ声も立てずに伏せている。




 ふいに、私は玄関を開け一人で街へ出る。



街中のひとたちもみんな道路や建物の中でうつ伏せになりその瞬間が来るのをあきらめている。



今日、生きていただけの世界が終わる。



ミサイルが雨のように空から降ってきて、私たちの頭上にスローモーションになって落ちてくる。




 私たちは言葉しか発さずにただ選ばなかった。


でも、それは何もしないことを選んでしまった、そういうことなんだろう。



だから皆うつ伏せになって手をつないでいる。


もうやり過ごすことも、逃げ出すこともできない現実になってしまったのだから。




……私は最後までじっと空を見上げていようと思った。それが私が選んだ最後なんだ。




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