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市之丞奇譚〜千代といふ名の迷い子〜

作者: とりたにしん
掲載日:2017/10/14

初投稿です。

読んでくれるだけで満足です。

文章力もなく下手ですが自分なりに頑張ったつもりです。

 袴の裾を引っ張られて若侍はその場で立ち止まる。

「お侍さま…」

 消え入るような幼な子の声はなぜか少しの憂いをおびていた。

 振り返ると彼の腰の辺りには、目を真っ赤に腫らした女の子がいた。

 夜の帳も降り始め、酒場にも活気が戻り始めつつある時刻に幼子が一人

―母親とはぐれてしまったのだろうか?―

 若侍は幼子の視線に合わせるように腰を屈めると優しい声音で問いかけた。

「どうしたのだ?、母上はどこにおられる?」

 女の子は何も言わず、代わりに小さなかぶりを左右に振った。

―やはり迷い子か、さて如何したものか…―

 腰を伸ばし辺りを見回すがそれらしき人物は見当たらない。

 近年城下は物騒と聞く、幼子といえどかどわかされ人買いにでも売られることも考えられる。

 このまま捨て置くわけにもいかず、番所にでも連れて行くかと若侍が思案していると、幼子は先程より強く若侍の袴を引っ張ってきた。

 ん?、と視線を戻すと、幼子はその大きなな瞳にいっぱいの涙を溜めて不安そうな顔で若侍を見据えていた。

 若侍には年の離れた藤乃という名の妹がいた。

―ちょうど藤乃と同じくらいになるだろうか?―

 親元離れてはや三月、本人は認めたくなくても元服したての若い侍は家族を恋しく思っていたのかもしれない。妹とさほど歳も違わぬ幼子を不憫に思い、知らず「母上を探してあげよう」と約束してしまった。

―しまった…―後悔したがもう遅い。若侍の言葉に幼子は涙で汚れた頬のまま満面の笑みを浮かべた。赤いべべを着たこのおかっぱ頭の幼子の笑顔がなんとなく藤乃の大切にしている人形を連想させた。

 はあ、一度大きく溜息をつく。

「そうと決まれば暗くならぬうちに母上を探さねば。と…」

 そこで若侍はこの幼子の名を聞いていないことに気が付いた。

「そなた名を何と言うのだ?」

 若侍の誰何に幼子は『千代』と答えた。

「千代か、良い名だ」

 若侍に褒められ千代は破顔する。

「俺は市之丞だ。よろしくな千代」

 市之丞は千代の手を引き往来を歩き始めた。


 千代を連れ立って市之丞は旅籠の暖簾をくぐっていた。

「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた女将に道すがら千代から聞いた母親の特徴を語り聞かせ、心当たりはないかと問いかける。

「いえ、そのような方はうちにはお泊りになっておりません」

 こんな女将の答えを幾度となく聞かされた。

「そうか手間を取らせた」

 もし見かけたら知らせて欲しい旨を女将に伝えると、頭を深く下げ旅籠を後にする。

 千代の母親は『おりん』と言い、齢は二十三になるという。

 父親はなく千代は母親を二人で暮らしているとのこと。目を覚ますと知らない土地に連れていたらしく、困っているところをたまたま通り掛かった市之丞に助けを求めたそうだ。

 知らない土地で一人ぼっちとはさぞ心細かっただろう。

 人通り激しい往来に千代を連れ出せば、あるいはおりんと出会えるかと考えてはいたが、なかなか思うように事は運ばない。千代の話からすると彼女らがこの城下の人間ではないとのことだったので、しらみつぶしに旅籠の暖簾をくぐっていたのだ。

 辺りはすっかり暗くなり店先の提灯が灯りだす。

「さて、困ったな」市之丞が思案していると腹がきゅうと鳴いた。

―腹が減っては戦はできぬ、と言うしな―

「なあ千代、俺は腹がぺこぺこだ。お前はどうだ、腹が減っているだろう?」

 市之丞の問いかけに、千代は上目遣いのままこくりと小さく頷いた。

「よし決まりだ。ええっと…。うんあそこにしよう」

 市之丞は十間程(約十八メートル)先の赤く灯った提灯を指さし千代の手を引いて歩き出した。


 山盛りの飯を市之丞は胃の腑へとかき込んだ。

 人足達の喧騒に初めのうちは怯えた様子を浮かべていた千代であったが、卓が賑やかになると千代は目を大きく見開いて、ごくりと喉を鳴らしたのだが箸を付けようとしない、市之丞から「さあ、食べなさい」と促されても、しゅんと下を向いたまま膝の上で小さな手をぎゅっと握っているだけである。

 そこで市之丞は「銭のことは心配するな、俺の奢りだ遠慮はいらん」そう言いながら頼もし気に自分の胸を叩いた。

 すると千代ははじかれた様に顔を上げ、ぱぁと花が咲いたような笑顔になってやっと箸を手を伸ばす。

 ぱくつき始めてからの千代は周りの喧騒を気にも留めず一心不乱に箸を動かし続ける。

 山盛りの飯と焼いた川魚、煮物にお吸い物、そして少々の漬物。素朴な味付けだが悪くはない。

「どうだ千代、美味いか?」

 頬にご飯粒を付けた千代が笑顔でうなずいた。

 よほど腹がっ減っていたであろうことが見て取れる。

「そうか美味いか!。腹いっぱい食うんだぞ」

 千代はこくこくと頷いて、幼女にはちょっと大き過ぎる茶碗に顔を埋めてしまった。

 いつしか市之丞は千代を妹の藤乃と重ね合わせていた。

―藤乃は元気だろうか、俺恋しさに泣いていないだろうか?―

 遠く離れた妹に思いを馳せていると、千代が不思議そうな顔で自分を見つめていることに市之丞は気が付いた。まるで自分の心の中を覗かれた気がして少し気恥ずかしい。

「なんでもない。そんなことよりお代わりはよいのか?」

 満足な顔でこくりと頷く千代をみて「では行くか」と卓の上に二人分の勘定を置いて立ち去ろうとした時、たまたま縄暖簾をくぐってきた男たちの会話が飛び込んできた。

「…色白の別嬪だったなぁ、娘がいなくなったときたもんだ…」

 聞き捨てならない話を耳にして市之丞は男に詰め寄った。

「すまぬがその話、詳しく聞かせてもらえぬか?」

「へ、へい。一刻程前の話しですが…」

 男は行商人であった。日も傾きかけた時刻、一刻でも早く城下に入らねばと急ぎ足で街道を一人歩いていた。その時だった。

「年の頃なら二五前後の色白の女がですね、一人で立っていたんでさぁ」

 凝視してみると、山歩きに似つかわしくない小綺麗な着物を身に着けた女が道の真ん中でさめざめとないているではないか。「もし、どうしました?」と声をかけてみた。すると…

「娘がいなくなってしまった。あの子のことを思うと心が痛くて仕方ないと、泣き出す始末で…」

 住んでいる所は近くなのか?、そう問いかけると消え入るような声で「はい」と答えた。

 それではもう遅いので家に帰ったのではないか?、と問いかけると両手で顔を覆い隠し大きくかぶり振るばかり。

「もし娘を見かけたら街道沿いの大きな楠の下で待っているので伝えて欲しいと懇願されちまいやして。女があまりにも不憫でしてね、あっしも任せとけって言っちまったわけでさぁ」

「すまぬが行方不明になった娘の名を教えてもらえぬか?」

「娘の名ですかい?、娘の名はたしか千代、とか言ってたな」

「千代だな、その女子の娘の名は千代と申すのだな」

 市之丞が興奮気味に男に詰め寄る。

「へ、へい、間違いございません。お侍さんはその、千代をご存知なのですかい?」

「ああ、知っておる知っておるぞ!」市之丞は傍らに立っていた千代の背中を軽く叩いて「この子が千代だ」と行商人に引き合わせた。

 行商人は「へぇ、この子が千代ですかい」と関心した様子で幼子の頭から爪先まで視線を這わせた。

「街道沿いの大きな楠の下で待っていると言ったのだな?」行商人の肯定的な返事を聞き

「良かったな千代、母上に会えるぞ。と言っても今日はもう遅い、どこかの旅籠で夜を明かしてからでも良いか?」

 今すぐにでも千代を連れて母親の下に向かったほうが良いのかもしれない。しかし夜の山道を歩くには何かと難儀する。特に子供の足でとなるとなおのことだ。母親にも勿論千代にも悪いが一晩我慢してもらうしかあるまい。

「世話になったな」市之丞が行商人に礼を述べ、店を後にしようと歩き出したのだが千代が付いて来ない。振り返ると行商人の商売道具である色とりどりの風車に視線が釘付けになっていた。市之丞が「千代」と名を呼ぶとはじかれたように顔を上げ、市之丞との距離が離れていることに驚いたように目を大きくに開いた。

 市之丞は千代の下まで歩み寄り

「風車が欲しいのか?。…なに遠慮はするな、どの色が欲しいのだ?」

 千代は小さい声で「赤いの」と呟いた。

「赤いのだな、この赤い風車をひとつ貰おう」

 千代は大喜びで市之丞から赤い風車を受け取った。


 何度も何度も息をふうと吹きかけてはからからと回転する風車を満面の笑みで見つめている。

 手を繋ぎ街道を歩いている市之丞はそんな市之丞の姿に藤乃の面影を見る。

 旅籠で二人は一夜を明かした。幸い宿屋の女将は良い人で事情を話すと「それは大変なことで」と特別に一部屋を空けてくれた。早朝の出立時には握り飯まで持たせてもらった。

「千代、もう少しで母上に会えるぞ」

 幼子は嬉しそうに繋いでいる手を大きく振って小躍りでもするかのように飛び跳ねて進んでいく。

 やがて街道を進むうち一際大きな楠が見て取れた。

「ほお、これは立派な楠だ」

 青々と生い茂る大きな楠を仰ぎ見て市之丞が感嘆の声を発した。

 幾重にも伸びた幹が計り知れない自然の力を感じさせる。

 市之丞がしばし楠に見とれていると、突然千代が「お母さん」と叫んで繋いでいた手を放しそのまま走り出してしまった。

 楠ばかりに気を取られ、根本に立っている人影を見逃していたらしい。

 人影は色白の美しい女子であった。藤色の着物を身に着けた千代の母おりんは走って来る我が子を腰を屈めて抱きとめた。

「お母さんお母さん―」と泣きながら連呼する千代をおりんは強く強く抱きしめる。おりんの瞳からきらりとこぼれるものがあった。

 おりんは腰を伸ばすと二人を静かに見守っていた市之丞に向かい丁寧いに頭を下げる。

「娘が大変お世話になったようで、ご迷惑をおかけしました」

 母親は「さあ、おまえからもお侍さんに礼を言いなさい」とばかりに娘の頭を下げさせる。

「いや、俺の方こそ久しぶりに藤乃と、いや妹と過ごせたようで楽しく思えたぞ。

 千代、もう母上と離れるでないぞ」

 千代はうんと大きく頷く。

「市之丞様、この風車大切にするね」


 風が吹いた。

 強い風だが温かい風だった。

 突然吹き抜けた風に驚いた市之丞は目をきつく閉じて

 そして…

「千代、どこへ行ったのだ?」

 ほんの数舜のできごとのはずなのに二人の姿が掻き消えているではないか。

 狐につままれた心持で辺りを見回すがどこにも二人の姿はない。

―いったい何が起こったのだ?―

「どうなされましたお武家様?」

 突然声をかけられ市之丞は弾かれたように振り返った。そこには怪訝そうに市之丞を見つめる老爺が立ったいた。

「実はな―」

 斯く斯く云々と市之丞は老爺に語り聞かせると、老爺は皺だらけの顔に驚きの表情を作って見せた。

「ほお、そりゃまた不思議なことあるもんですな。

 おや?…」

「如何なされた?」

「そこの楠の下にお地蔵様がおられるでしょ」

 老爺の言う通り楠の下には大小の地蔵があった。

「そこの小さいお地蔵様が二、三日前の大雨でどこかに流されてしまって心配しとったですわ。いやぁ、どなたかが持ってきて下っ去ったようで安心しましただ。

 …こりゃ一体どうしたこった⁈」

 最後の言葉を発する時、老爺の目は驚きのあまり大きく見開いていた。

 大きな地蔵の傍らに寄り添うように立っている小さな地蔵の手には風車が彫られていた。

 市之丞は旅籠の女将から貰った握り飯を地蔵に添えると静かに手を合わせる。

―千代、母上といつまでも仲良くな―

 梢のざわめきに混ざり幼子の笑い声が聞こえたような気がした。



 

 


まずは読んで下さってありがとうございました。

言葉を知らなかったり、表現力がかなりダメダメだと改めて自覚致しました。

いつになるか分かりませんが、二話三話と書いてみたいと思っております。




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