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ハグレモノ・ダンジョンキット  作者: ルフ
四章 闘いは王国の大迷宮編
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第84話「進めよ我らが帝国軍」

 クロストアの森はドイルヴァノンの領地だが、そこに人が住み着いたことはない。

 理由は『出現の迷宮』と呼ばれるダンジョンから、他のダンジョンでは考えられぬほど多くの魔物が現れるからだ。

 普通の迷宮ならば、外に出てこれるのは長生きして魔素を蓄えた一部なのだが、何故だかここだけは若い魔物も容易く人の世界へと這い出てくる。

 一説には迷宮の環境が森と酷似しているために、魔素がなくとも生きていけるのだろうと言われるが、真相はいまだに明らかにされていない――迷宮の入り口は魔物達によって隠され、誰も見たことがないからだ。

 だが魔物が森から出てくることは少なく、場所も丁度ポエニマールとの国境に近い。それは不可侵の領域であると同時に、他国からの侵入を阻む最初の城壁でもあるのだ。


 そんな森を帝国軍は進んだ。


 おそらく主力部隊なのであろう。

 それは小さな森を埋め尽くすのでは、と錯覚するほどの大軍であった。軍列の外周は――とてもじゃないが軍人には見えない軽装、そして長い外套を羽織った集団が囲うように布陣しており、その内側に行くにつれて鎧をまとった騎士らしい部隊で固められている。おそらく機動力のない者を中心に置いた隊列なのだろう。それだけでは軍隊の練度は測れないが、普通ならば見ただけで圧倒されそうな数である。


 ――とは言えだ。

 魔物に軍隊を恐れる感覚は希薄である。

 彼らにとって大事なのは、自分達の縄張りである森に侵入されたと言う事実。そしてそれを排除せねばという単純な考えだけだった。

 しかし彼らが人間を襲うべく、木の上から軍隊を囲んでいたときだ。


 ――――――


 気付けば、軍団の中でも最も外周に布陣していた軽装の集団が忽然と姿を消していた。

 最初に弱そうな彼らを狙っていた魔物達は、そのことに戸惑い辺りを見回したが――


 ――――次の瞬間、その視界は自らの血で赤く染まった。


 魔物達を肉塊にした外套の者達は、手際良くその肉を分けていく。いや、正確には()()()()()()()のでなく、()()()()()()()()()()のだ。


 ――人はその技術を持つ者を食材師と呼ぶ。


 彼らは切り分けた肉のほとんどを本隊に受け渡すと、隊列から離れて森の中へと散っていった。




 クロストアの森を抜けると途端に景色はひらける。

 王国へ続く道――イヴェン平原だ。

 ここは元々農家以外に家は少なく、広さに対して人は少ない。

 また帝国軍の目的地が城下町と聞くなり、平原に散らばる領主達は沈黙を決めてしまったようだ(もっとも彼らの私兵で対抗できる数ではなかったので、結果的には英断だったのだが)。


 となると軍団の道を阻むものはいない。

 だがそれは逆にポエニマールにとっても、何の益のないただの通過点に過ぎないということだ。精々畑の作物が盗られるくらいで、大人しく見守っていれば、何の行動も起こさずに通りすぎて行くだろう。

 それがドイルヴァノン王国側の考えだった。


 だから()()()()()()()()()()()()()()とき、宮中はにわかに混乱したという。


 それは森に残った部隊に比べれば、幾分か軍人らしさがあった。

 鍛え抜かれた体に武器の扱いに対する慣れ。

 そして常に周りを警戒しつつも殺気を放つ姿勢は、やや刺々しすぎるものの間違いなく戦う者の雰囲気だ。

 だが多くの人は彼らを"軍人"とは認識しないだろう。

 一つは服装。鎧などでなく、布と獣の皮をなめしたものを合わせた衣服は、あまりにも野性的すぎた。

 一つは言動。進軍中は大声で騒ぎ続け、皆が好き勝手動くので隊列はバラバラである。規律がないとまでは行かないが、少なくともそれを重んじてはいないようだ。

 また粗野と言うなら冒険者もそうなのだが、それとは少しだけ服装も装備も違った。魔物を相手にする冒険者は武器は大振りになるし、防具も過剰になりがちだ。対して彼らの武器は短剣が多く、代わりに細々とした道具が入った袋を腰に下げている者が目立つ。

 つまるところ、彼らが何に見えるとかというと――ドイルヴァノン市民ならば()()だと答えるだろう。


 だがポエニマールの者なら分かる――()()()()()()と。


 平原に残ったその部隊は、本隊を見送ると忙しそうに動き始めた。

 始めに向かったのは近くにあった古い木造家屋だ。

 彼らはそこに遠慮なしに踏み込んで行ったが、中には物資もなければ住人もいなかった。当然だ。そこは随分前に農業を辞めた農家の残骸――跡地なのだから。

 だが彼らの顔に落胆の色はない。

 むしろ安堵の声を漏らす者さえいるようだ。


 さて……と誰かが言うと皆が一斉に腕をまくる。

 彼らの()()はこれから始まるのだ。




 先に進むは二つの部隊を切り離しながらも、尚も巨大なポエニマール帝国軍本隊である。

 重く猛々しい鎧に身を包み、長槍を携えた正規兵たち。

 その見た目は出発時とは違い、紛うことなき軍隊であった。


 ……いや、良く見ると僅かにだが、違和感を覚える隊列がある。

 全体の一割にも満たない少数なのだが、何故か彼らだけは手枷を嵌められていた。

 良く見れば両足も速く走れぬよう鎖が繋がれている。

 しっかりと鎧をまとっていることから囚人にこそ見えないが、自らの意思で歩を進めているようにも見えない。

 そう、彼らは軍人でもなければ希望してここに来たわけでもない。

 だが闘いに関しては――下手をしたらここにいる誰よりも専門家(プロフェッショナル)だった。


 ――彼らの職業は剣闘士(グラディエーター)


 金がないために、あるいは不幸な生まれのために自由を奪われ、日々見世物として闘いを強いられる持たざる者たちである。

 暗く重い足取りの剣闘士をも引き連れて一行は進軍する。

 もっともここまで来れば王国は目の前だ。

 ドイルヴァノン王国城下町を囲う城壁が、いつ見えてもおかしくない距離まで近付いているはずだ。それはすなわち本来格上であろう王国の喉に、刃の切っ先を突き付けるに等しい偉業とも言えよう。



 ――しばらくして。


 遠水鏡(えんすいきょう)を持った索敵係は、何もない平野に変化を見付ける。

 それは"点"でなく"線"で地平に現れた。

 見付けた者は最初は当然城壁に辿り着いたと思った。

 思わずその吉報が喉から漏れようとした――――だが、すんでのところで飲み込むこととなる。


 何故ならその"線"はまばらに動いていたからだ。


 瞬時に索敵係の顔つきが変わる。

 彼とて訓練を積んだ軍人だ。

 その光景を見て、尚も暢気に希望的観測を続けるような真似はしない。

 このまま警戒しつつも、その詳細が掴める距離まで歩みを進めて欲しいと上官に伝えた。


 ――10歩。


 ――20歩。


 ――そして30歩にやや届かないくらい進んだところで、索敵係はその壁の正体を確信した。

 今度は先程のような喜びではない。

 かと言って想定外のことが起きた驚きでもない。

 ここにいる誰もが予想していた――正にその時が来ただけだ。

 覚悟を決めて、大声で叫ぶ。



「敵軍を発見! 繰り返します! 敵軍を発見!」



 ポエニマール帝国軍。

 ドイルヴァノン王国軍。


 その瞬間、両軍は互いの姿を捉えたのだった。

次話はまた木曜日。

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