第82話「少年と青年」
魔物名:ルタ
種族:奇蹄種
ランク:D
味:D
農家や土木に携わる人たちにとってゴーレムが身近なように、運搬や長距離の移動を常とする職には欠かせない魔物だ。
性格は温厚で人になつく。三歳にもなれば人間を乗せて走れる大きさまで成長し、多少の悪路であっても力強く移動することが出来る。
元々は気性が荒かったらしいが、時を経て少しずつ人に慣らした種族だと言う。
現在乗り物として利用されるのは他に、遅いが強いトロルオックス、希少だが俊足のバジリスクがいるが、ルタの最大の長所は繁殖力と調教のしやすさだろう。乗り心地も良い。
ルタに車を引かせたものはルタキャラバンと呼び、こちらも商人や旅人御用達の移動運搬手段である。
味は――食べられるが固く、移動力を削いでまで口に入れるものではない。
だがどこかの国では食用に育てられたルタも存在すると言う。
(一度口にしてみたいものだ)
また愛好家も多いので、わざわざ「食べた」と口外するのはやめておくのが賢い選択だろう。
ベイグリー=ブランチ著
『ドイルヴァノンの魔物』より
◆
「あれは何だ? なに? あれもまた食堂なのか! まったくこの国は食べ物のことしか考えてないな。――良いねえ。 あっちの建物は何だ? 闘技場? なるほど、面白そうな催しだ。後で観に行っても良いか?」
俺の名はボーロネザー……まぁ、ボロでいいか。
ポエニマールの首都で配達人をしている俺は、奇妙な縁で奇妙な美少年と共に街に帰ってきたところだった。
「しかしこの街の住人はお洒落だな。見ろ! あんな老人が若い婦女子をお茶に誘ってるぞ。それに軍人もチラホラと見かけるな。ふっふっふっ、何とも威張り慣れてない子供のような踏ん反りかたで笑えてくるな」
「あ、あのー……いつまで付いてくるんだ?」
「たまたま同じ道を歩いてるだけってのじゃ駄目かい?」
駄目だろう。
怪しさの塊なのに、どうにも掴み所のない人物だった。
まず服はポエニマールのものなのに、明らかに初めて訪れたかのような反応をしている。
その上で自然と言うか――不思議と周りから浮いていないのが、隣にいる俺には尚更不気味だった。
しかしだ。
こちらも聞きたいことがあったので、すぐに別れなかったのは少しだけ嬉しい。
早速あのときの疑念をぶつけてみる。
「まず聞きたいのは、何でさっきはタルチオ――門番はあっさり通してくれたんだ? ろくに検査もしてないぞ」
それは普段ですらあり得ない異例中の異例だった。
美青年は「あぁ、そのことか」と事も無げに答える。
「この徽章をよく見ると良い」
彼が取り出したのは、先程の徽章だった。
特に前と変わりない絢爛な造形だ。
俺が首を捻っていると、彼はここだとばかりに指差した。
そこは黒い竜の角…………あれ? 黒?
「確か前にタルチオに見せてもらったときは金一色だったような……」
「気付いたか。そう、彼が持っている本物は角が金色の竜だ」
――だが、と青年は付け加える。
「それは本当の意味で本物ではない。五国魔益会談の徽章は初めから二種類あるんだ」
「そう……なのか?」
「一つは彼が持つ金の角。これは会議の警備や会場設営をした者達が付けていた徽章。勿論名誉ある役職だが、軍で探せばいくらでも見付かる」
タルチオの自慢気な顔が浮かんでくる。
彼が徽章を胸につけずに、袋で持ち歩いていたのは、大切にしているからだと思っていたが、そういうことだったのか。
つまりそれが分からないような――俺のような政治や国のことに疎い人を脅すために使っていたのだ。知っている人から指摘されることを恐れていたのだろう。
青年は徽章を指で弾いて「そしてもうひとつ」と翳してみせた。
「黒角の徽章は実際に会議に参加していた――50名にも満たない五か国の重鎮たちになる」
それで全て納得した。
タルチオは野心も出世欲も強い。
だからこそ上層部に進言できる権力を持つものの前で、不正な徴収や恐喝を行ったことがバレる可能性を考えたのだ。
さっきはさぞかし焦っただろう。
――そして分かったことはもうひとつ。
目の前の青年にどこか気品を感じた理由。
「そうか……あなたはきっと高名な……」
「まぁ、これは万年筆で黒く塗っただけなんだけどさ」
………………
………………はぁ?
「えーと、ちょっと待って――」
「そもそもこの徽章自体さっきの門番の物を借りただけだしね」
………………
………………そ、それって……。
「……と、盗った……のか?」
「いやーあんまり無防備に近づかれたから、つい面白いものがないかと漁ってしまったよ。大丈夫さ。こんなものに大した価値はない。それにだ――」
彼はあろうことか徽章を近くの川へと投げ込んだ。
そして空となった両手を広げて見せる。
「証拠もない」
「なにしてんの!? この人!」
詐称。窃盗。それに国家侮辱か?
門ひとつ抜けるのに、どれだけ罪を重ねているんだ。
更に問題なのは、俺も成り行き的に共犯者のようになってしまったことである。
と言うかこれではもはや手引きするための囮役では……。
「少年よ。良い演技だったぞ」
「やめろ!」
今ので確信した。
天然とかじゃなく、こいつは分かってやっている。
…………だが何故か怒りは沸いてこないかった。
あまりにも綺麗にしてやられたからか? いや、それとも違う……。何と言うかこの青年の顔を見ていると不思議とそういう気にならないのだ。
「まぁそもそも角の色は表向きの見分け方で――いや、終わった事の話をするのは止めよう。しかし本当に君には助けられたと感じている。ボク一人でやろうとすると、もっと怪しまれたはずだ」
「考えるでもなく無茶過ぎると思うが……疑われたらどうするつもりだったんだ?」
「なに、そのときは東門に行くさ」
「強いなあんた……」
俺が臆病な子悪党なら、この人は大悪党の豪傑だ。
そう考えると改めてこの状況に疑問が湧いてくる。
「もう一度聞くがいつまで――――いや、あんたみたいな頭の切れる人が何で俺なんかに付いてくるんだ?」
俺のこの後の予定地なんてなんの面白味もない。ただ預かった荷物と社用馬を会社に返しに行くだけだ。
すると青年は途端に真剣な顔になって、空を見上げた。
「君はさっきボクが捕まった時に、一度逃げようとしただろ?」
「え……そ、それは……」
「いいんだ。むしろ当たり前の行動だ。だがそれをしなかった。君のそんな正義の心のようなものに惹かれてしまったんだ」
その言葉は俺の胸に刃物のように突き刺さった。
誤解だ。買い被りだ。
そんな風に言わないでくれ。
「あれはただ俺が臆病で動けなかっただけで――」
「まぁ、嘘なんだけどね」
「が……ぐ……っ……本当何なんだよあんたっ!」
「ふふっ……からかってすまなかった」
彼は自分の胸に手を当て恭しくお辞儀をする。
「ボクはこの国にいくつか調べもの――あと捜し物があって来たんだ。だが正直言って街の地図には疎いのでな。君にはその案内役を務めて欲しい――無論報酬も出す」
「案内人……」
結局、あまり彼の情報は増えていない。
怪しさが増しただけだった。
だが少なくとも俺を指名した理由だけは分かった。
街内を普段から走り回る、配達人のような仕事なら道案内にはうってつけと踏んだのだろう。
だからと言ってこんな変人を……
…………いや、俺は断れないだろう。
それだけは先程から確信があった。
理由はいくつかある。
一つ目は強い物に従ってしまう、悲しい俺の本能だ。
次に結果的に無事門を通れたことに、少なからず恩義を感じてしまっているからだ。
またたかが道案内とは言えど、誰かに必要とされるのは初めてだったからというのもある。
――しかし、最大の理由はそこではなかった。
「分かったよ……丁度仕事も一息ついたし、危険な所でなければ案内するよ」
「ありがとう! 感謝する!」
青年はここ一番の笑顔を見せた。
屈託のない、純真な笑みだ。
そうだ、この顔だ。この顔が問題なんだ。
「じゃあ、契約したってことでいい加減名前を教えてくれよ」
「あぁ、そういえば名乗ってなかったね」
彼が告げる。
「ボクの名は――リットだ」
聞いたことのない名前だ。
それなのに不思議とこいつの顔を見ていると、どうしようもなく懐かしい気持ちになってしまう。
まるで十年来の友と偶然の再開をしたときのような、嬉しくもあるが驚きと戸惑いと恥ずかしさと――そんな感情の入り混じった落ち着かなさを感じてしまうのだ。
「俺はボーロネザー……いや、ボロでいい」
「よろしく、ボロくん」
それは危険だが――手放したくない甘い誘惑だった。
次話は3/22(木)の朝に投稿予定。
順調にいっている時は毎週木日の2回更新を続ける予定です。




