第80話「夜明けの集い」
魔物の城下町襲撃から一夜が明けた。
上を見上げれば――昨日の事がなければ――つい鼻歌でも歌ってしまいたくなるような気持ちの良い青空が広がる。
死傷者こそ出なかったものの、街に残された傷跡は深い。
暴れていた魔物は冒険者が――そして、王城近くの魔物を片付け駆け付けた兵士によって、一晩かけてようやく始末されたが、アルミラージやゴーレムのような大物までもが暴れていたのだ。建物への被害は食い止め切れずとも仕方ないだろう。
特に初期発見地帯である大通り周辺は、昨日までの雑踏が嘘のように瓦礫に埋もれてしまっている。
中には何十年と貴重な品を集めていた老舗の店もあっただろう。
誰も死ななくて良かったなどとは、とても言えるものではなかった。
だが真に被害が大きいのは、建物でなく人々だった。
いつもなら働いているはずの店の前で呆然と佇む店員たち。
人生の大半を過ごしてきたであろう場所で咽び泣く店主。
彼らの無念は誰にも推し量ることは出来ない。
――さて。
本来ならば国王軍が復興の指揮を取っているはずだった。
このような荒れた場では、心まで荒んだ人が出るものだ。
暴徒が現れないよう、国が見張るのはこういった災害時の決め事である。
だが、今日はその場に兵士はいない。
彼らは訓練所に集まっていた。
――そう、戦いはまだ始まってすらいないのだ。
◆
訓練所には訓練兵がほぼ全員整列していた。
いや、周りから見れば、とても整列してるようには見えないだろう。
小さな敷地に圧し込まれたように並ぶ兵士たち。
元々彼ら全員が入るには、訓練所は狭すぎるのだ。
しかもまだまだ暑い日が続く季節。
ただでさえ通気性の悪い鎧を着た彼らは汗まみれになっていた。
それでもここから動くことは出来ない。
彼らは国からの指示が来るまで、待機してるよう命を受けていたのである。
「ちくしょおぉーまだかー」
中には待つのに耐えきれずに私語を漏らす者も僅かながらいた。
『重戟剣』のゴルガム。
彼は暑苦しい性格通り、暑いのもまた苦手であった。
「しっ! 静かに!」
愚痴を漏らすの者もいれば、それを嗜める者もいる。
彼の姉貴分――『誠弓』のルミナだ。
彼女は落ち着きのない彼を見て「やれやれ」とため息をついた。
ゴルガムは元々落ち着きはないが、今日は特に苛立っているようだ。
ただし原因は既に分かっている。
「フローンの奴は今頃室内で涼んでやがるんだろうなー!」
「そんなことはないと思うけど……」
フローン=カタフラムは今日この場にいなかった。
いや、良く見ればフローンだけではない。
普段来ているはずの訓練生の一部は来ていないようだ。
階級も役職も一見するとバラバラだが、ルミナは既にどういった兵士が来ていないかを察していた。
(坊ちゃん兵士たちが軒並み来てないみたいね……)
親が有名な軍人だったり、あるいは箔を付ける為に軍に入っている貴族の息子。
そういった人だけが綺麗に姿を消していた。
フローンもカタフラム将軍の息子だ。
十分にその条件に当てはまる。
ルミナはその時点で嫌な予感がしてならなかった。
(昨晩の一件といい、一体この国に何が起きてるの……!?)
その不安はゴルガムでなくとも、心を掻き乱される。
体に纏わりつくような、得体の知れぬ不吉な気配。
自分たちは一体ここで何を聞かされるのだろう。
そう考えていると――
「おーい、まだ――もがっ」
「――来たわ」
ルミナは咄嗟にゴルガムの口を塞ぐ。
この不安を――良くも悪くもー―唯一晴らすことの出来る人がやってきた。
軍からの支持を伝えにやってきた、王城の役人だ。
彼が壇上に上がると、兵士たちの視線を一手に集めた。
だがそんな彼らの顔には少しばかりの戸惑いが見える。
ルミナも同じく困惑していた。
(あの男は……誰だ?)
いつも来る人は大体決まっていた。
普段は全く来ないくせに、こういう時だけ上から尊大な態度で命令する年寄り――ミルヒンズ曹長の上官に当たる人だ。
だが今日来ていたのは別だった。
見るからに若い――ルミナよりも若いかもしれない男だ。
高圧的ではないが、代わりに信用のならない笑顔が顔に張り付いている。
彼は「あーごほん」と一つ咳払いすると話し始めた。
「訓練兵の皆さんお早うございます。あ、私は軍人ではないので今日は格式ばった挨拶とかは抜きにさせてもらいますね。自己紹介だけさせてもらいますと、私は宮中顧問官のイヅミと申します」
緊張感のない声。
だが、次の一言は兵士たちを驚かせた。
「中には既に聞いている人もいるかもしれませんが、3週間後にポエニマール帝国がこの国に攻めてきます。あなたたちにはその国を守護する最初の防壁となってもらいます」
ルミナはごくんと唾を飲んだ。
確かに噂は聞いていた。
昨日の襲撃事件が帝国によるものであること。
そして、その国の軍隊が今こちらに向かってきていることも。
だが、改めて聞かされると――更に自分たちに戦線に立てと言われるとどこか実感がない。
魔物とは何度も戦っていたとしても、人間――ましてや国相手の戦争なんて誰も経験したことがないのだ。
他の兵士たちも「嘘だろ……」「俺たちが……?」などと小声で漏らす者もいれば、逆に放心したように口を開けたままになっている者もいる。
イヅミと名乗る壇上の男はそんな兵士たちを無視して話を進めた。
「迫りくる帝国、そこに立ち向かえるのは若く力もあるあなたたちです! 勝てば輝かしい功績が。更に後ろには頼りになる二陣――正規兵の人たちが見守っていてくれます。一体何を恐れることがありますか! 今こそ祖国ドイルヴァノンの礎となるべく、明日を向いて剣をかざしましょう! これまでの何万回と振るってきたその腰の剣はそのために存在していたのです!」
拳を突き上げるイヅミ。
だが彼の熱弁も、未だ状況を飲み込め切れていない訓練兵には届かない。
ゴルガムなどは「よっしゃ! やってやるぜ!」等と騒いでいるが、これは少数派だ。
戦争とは無縁だったこの国において、そこまでの覚悟をもって訓練に臨む者は少ない。
魔物を倒し、治安を守ることが自分たちの仕事だと信じているのだ。
(それに……正規兵は後ろにって、それって……)
ルミナを初めとし、勘の良い者たちは気付き始めていた。
この作戦においての訓練兵の役目とはもしや……。
「ふぅ……」
そうして彼らの半数が気付きだしたころ、イヅミは一息つく仕草をした。
そして、先程の熱い演説の時とは裏腹に、今度は哀しそうな顔をしている。
彼は続きを話す。
「何人か気付かれた方もいるみたいですね……。私程度の演技では聡明な貴方たちを騙すのは難しいみたいです……」
再びざわざわと兵士たちが不安に顔を曇らせる。
「はっきり言いましょう。今回の相手の数は正規兵と同じか、希望的に見ても僅かに少ないくらい。少なくとも訓練兵よりはまず多いと考えて下さい。更に今回の戦争に備えて何らかの策か何かがあると予想されます。こちらはその何かにまったく対策を取れていません。ほぼ無策で得体の知れない敵に向かう形になります」
曇っていた顔から血の気が引いて行く。
「悲しいですね。悔しいですね。良ーく分かります。国を守るために玉砕なんて聞こえは良いですけど、それだけです。そうならないように作戦を立てない上層部が悪いんです。あるいはそこまで困窮してるなら負けを認めてしまうべきですね」
絶望していた内の何人かの顔に色が戻っていく。
いや、その色は赤――怒りだ。
「でも決まってしまったものは仕方ありません。皆さんに頑張ってもらうしかないんです。私も指揮する立場として実は――――」
「――もういいッ!!」
軽い恐慌状態になりかけていた兵士たちの間を怒声が通り過ぎる。
仕えていたはずの国から死ねと命じられ、おまけにこの軽薄そうな男のふざけた演説。
悲しみを通り越して、こうして怒りをあらわにする者がいても仕方ない。
(はっ……! まさか!)
ルミナはもしやと思いつつ、隣を見る。
「いや、今言ったの俺じゃないからな……」
「ほっ……」
ゴルガムは冷ややかな視線で「そこまで短気じゃねえよ……」とルミナを見る。
ならば先程の声は――と探そうとすると、声の主は自分から人を押しのけてイヅミの前までやってきた。
「俺は確かに軍に入っているが命まで預けた覚えはねえぜ! 不慮の事故とかならまだしも、先陣切って死んで来いだと!? ふざけるのも大概にしやがれ!」
唾を飛ばしながら叫んでいるのは――ルミナの知らない若い男だった。
まだ汚れの少ない服や、見慣れない顔であることを考えると入ったばかりの新人か。
ここに集まった訓練兵は若い人ばかりだ。
だから軍人としてはまだまだ未熟で、「死んで来い」「はい!」と答えられるような生粋の兵士はそうそういない。
それにしても上官に突っかかるとは、その中でも類を見ない若さと言える。
「ふざけてはいませんよ。勿論今向かってる敵軍もふざけも容赦もしてくれないでしょうね」
「チッ……! 話にならねえ。俺は今日で除隊する」
男はそう言うと「どけっ!」とまた人をかき分けて、出口へと向かって行った。
他の訓練兵たちはそれに声をかけることも、また止めようともしない。
むしろ、その後を続いて帰ろうかと悩んでさえいるようだ。
(無理もないけどね……)
ルミナとて本当は逃げ出したいのだ。
彼女にはまだ帰りを待つ両親もいる。
休日に遊びに行く友人だっている。
こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
「…………」
イヅミは壇上から、男が帰るのを黙って見守っていた。
男は振り返りもせずに出口から出て――――
――――ひゅん
「な、なんだぁこれ!?」
男の声に誰もが振り向いた。
すると彼はいつのまにか縄で縛られている。
どこから? そしていったい誰が?
衆目の場で曲がりなりにも軍人である男を一瞬で捕縛するとは相当な手練れだろう。
皆がその縄の主を探していると、今度はもう一本――
――ひゅっ
と飛んできた二本目の縄に男は再び捕まり、今度は訓練所の端にある木に引き寄せられた。
そして、その使い手は彼を木に縛り付けると、その陰から姿を現す。
「まぁ話くらいは最後まで聞いてあげないか?」
その男に何人かは心当たりがあったらしく声を上げる。
ルミナもその一人だった。
(あれは……捕縛のウッドハット!)
縄での捕獲ならば、Aランクにも匹敵すると言われる男。
Bランク冒険者のウッドハットだ。
(だが何故冒険者が軍の訓練所に?)
彼を冒険者と知る訓練兵が疑問を抱いた時だった。
彼ら彼女らは列を成してそこに現れた。
「おい、あれは……」
「Cランク『囁き』のウェストだ」
「いや、勝鬨の団員ほぼ全員いないか……!?」
「あっちにはBランクのミゲイルもいるぞ!」
「何で冒険者がこんなにいっぱい……」
もはや声を抑えずに騒ぐ訓練兵たち。
彼らの前に現れたのは、冒険者ギルドに所属するこの街の冒険者たちだった。
意外にもイヅミは「まさか本当に来るとは……」と本人が一番驚いていた。
だが、その顔は今までの信用できない笑い顔と違う――心から笑いが込み上げてきたかのようなニヤケ面だった。
そして彼はこの時をまっていたとばかりに話を再開する。
「えーと、どこまで話しましたっけ? そうそう、私もあなたたちの為に指揮するつもりです、の後からですね。実は――その為に今回は応援を要請してありました」
そして、新たに隊列に加わった人々を指差す。
「そう、最もダンジョンが多いこのドイルヴァノン王国で、最も魔物を多く倒している人々――冒険者です! つまり――――」
そして彼はその日伝える最後の――そしてこれを伝えるために来たと言っても良い最後の台詞を口にした。
それは王国初めての戦争の口火であったが、それだけではない。
ドイルヴァノンには二つの側面が存在する。
一つはダンジョンに集まってきた人々。
もう一つは国そのものだ。
二つは敵対こそしないものの、長きにわたって互いに不干渉を貫き、その場限りの同行はしても決して協力体制を取ろうとはしてこなかった。
騎士と冒険者。
その垣根が――今取り払われた。
「王国軍と冒険者の連合軍! 自分たちの住む場所を守るのは、後ろでふんぞり返ってる奴らじゃない――私たちだと知らしめてやりましょう!」
◆
予想外の援軍に戸惑いながらも歓声を上げる人々。
そんな中に一人の少女がいた。
彼女は兵士たちをかき分けて、誰かを探しているようだ。
しかしやがて諦め、その歩みを止めた。
俯いて表情は窺えない。
だが、最後に一言だけ呟いた。
「サツキ……」
――3週間後。国は戦火に包まれる。
三章 商いは模造の迷宮編
終
四章 闘いは王国の大迷宮編 に続く
三章完結!
予定していた量の三倍くらいまで長くなってしまいましたが、ここまでお付き合いいただいた方ありがとうございます!
今後の予定はまず不定期で番外編をいくつか。
それが終わり、ある程度構想がまとまったら四章を書きはじめたいと考えています。
感想なども頂けるとすごく嬉しく、やる気も湧いてきます。
些細な事でも良いので宜しくお願いします。
そして評価、ブックマークありがとうございます!




