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ハグレモノ・ダンジョンキット  作者: ルフ
三章 商いは模造の迷宮編
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第79話「あいつなら」

「待て! 一度落ち着いて考えるんだ!」


 未曽有の事態に混乱をきたしていた軍事会議室。

 そこにディッツェルの声が鳴り響いた。

 総督の掛け声だ。さすがに無視するわけにはいかない。

 だがシンと静まり返る程でもない。

 そこには明らかに、今回の失策の一因であるディッツェルを責める様な、懐疑的な視線が見て取れた。

 彼はその場から逃げ出したい気持ちになりつつも、かろうじてそこに踏み止まる。

 それは体面を取り繕いつつ、ここまでのし上がってきた彼の最期の意地でもあった。


「今にも敵軍はこちらに向かっているのですよっ!」

「まぁ、落ち着きなさい」

「でも――」

「いいから黙って聞けッ!」


 半ば自棄になって出たディッツェルの命令。

 だが、普段感情を露わにしない彼のそんな姿が珍しいのか、喧騒と混乱はそこでようやく静まった。

 ディッツェルも自身を落ち着かせるために一息吐いてからゆっくりと喋る。


「確かに今回ポエニマールに完全に裏をかかれてしまった。おそらく城下への魔物の侵入もこちらの指揮系統を混乱させ、対処を遅らせるための陽動だったのだろう」

「じゃあやはりすぐにでも――」

「だが、今回ポエニマールへと出兵しているのは全体の4割に満たない。残った兵士だけでもまだあちらの軍より数は勝っている」

「しかし――」

「更にポエニマールは我が国以上に戦いの少ない国だ。当然その兵の熟練度は劣る。これに関しては以前からあの国を調べ続けている諜報部からも裏は取れている」

「…………」

「地の利だってある! 相手が総力戦をしてきたとて、我がドイルヴァノン王国軍が負ける理由は万に一つも存在しない!」

「そ、そうか……なるほど」


 またも部屋はがやがやと騒がしくなるが、今度は先程と違い皆どこか安心した表情を浮かべている。

 当然だ。ディッツェルが言ったことは、この場を鎮めるための方便ではなく紛れもない事実なのだ。

 むしろ先のような混乱こそが相手の真の狙いなのであろう。

 数でも個々の力でも劣る帝国が、こちらに勝機があるとすればそのくらいだからだ。

 更にディッツェルは止めの一言とばかりにある考えを話した。


「もう一つ良い事を教えよう。先ほど出兵したのは4割と言ったが、それはあくまでも成人した"正規兵"の数がという意味だ」

「……まさか」

「そうだ、今回の作戦では訓練兵等、これからの国を担う若者にも力となってもらうのだ! ならばその勢いは万全の軍にも劣らぬものとなるだろう!」

「おぉー!」


 何人もの官吏がディッツェルの言葉に上げた。

 彼はその後「では私は作戦の詳細を考えるので一時解散。決まり次第再び集まってもらおう」と会議をまとめた。



「ふぅ……何とかなったか……」

「内容とは裏腹にすごい冷や汗じゃのうディッツェルよ」


 会議室から帰る際、彼にそう声をかける老人がいた。

 その老人の名はオメロ=ウィズダム。

 王宮魔導士の長にして、先々代の王から仕える重鎮である。


「これはこれは。お見苦しいところをお見せした」

「ふ、仕方ないさ。儂にも今回のことは想定できんかったしの」

「全く困ったものだ。ところで何か用でも?」

「いやなに、ちょっとした確認じゃよ」


 ディッツェルは「何でしょう?」と言いつつも、あまり良い予感はしなかった。

 この老人が声を弾ませている時は大体嫌な質問をするのだ。

 オメロは質問の前に、と前置きをした。


「実際帝国は予想外に入念な策を練ってきおった。これは決して突発的なものでも、こちらを舐めてかかっているわけでもなかろう」

「…………うむ」

「それでもこの戦略差で挑んできおった。何とも不気味じゃなぁ……。なぁ? 総督殿もそう考えていたのだろう?」

「……ふっ、さすがお見通しか」


 あの場で言ったことは事実ばかりだ。

 だが、それで万に一つも負けはないと断言することは出来なかった。

 そこだけはあの場を落ち着かせるための嘘だった。


「おっと、嘘をつくな。他の者を騙したのはそこだけじゃなかろう」

「…………む」


 オメロがしたい質問――いや、確認はそこだった。

 つまりディッツェルが思いつきながらも、皆には黙っていた部分。

 そして、先程の台詞でのもう一つの嘘。


「若者の力などと言っていたが、お前さんはそんなことは全く考えていない。むしろ家柄的に繋がりのある正規兵に武功をあげ、かつより慎重に事を進ませたいはずじゃ」


 次にオメロが言ったことは、まさに彼の考えていた戦略だった。



「訓練兵を偵察――いや、捨て駒として相手の手の内を探るつもりなんじゃろう?」


 ディッツェルは数秒黙った。

 だが、顔には何の表情も浮かべずに返す。


「……私は先陣をきって彼らに活躍の場を与えたいだけですよ」

「くっくっ……悪い男じゃ……」


 彼らはその後、今の話題に触れることなく各々の部屋へと向かった。





「遅くなって申し訳ありませんサツキさん」

「会議終わったか」

「はい、まぁこれから何回もあるでしょうけどね」


 イヅミは軍の会議に参加していた。

 かりそめの最終決定権を持つのはあくまでも王だ。

 軍と王とを繋げる仕事も彼の仕事の一環なんである。

 最終決定権と言ってが、それは本当に形式上の物に過ぎない。

 今は王が留守にしているが、仮にいたとして彼らは「緊急時」だ何だと理由をつけて意見を押し通すだろう。

 今の王の力などその程度なのだ。

 それでも会議に出席する権利が残っているのは救いだった。

 イヅミは自分たちがどう行動するかを考える為にも、それをサツキに話した。

 民間人であるサツキに話すのは本来おかしい。

 だが、女王がこの時間(タイミング)でわざわざ呼んだという事は、おそらく彼が必要とされるような事態を想定しているはずだ。

 サツキは話を聞き終わると、逆に質問をした。


「その会議の内容は鵜呑みにしてもいいのか?」

「うーん、私は諜報部と親しいですが、情報自体は間違ってませんよ。だけど――」

「だけど?」

「――あの総督はまだ作戦隠してますね」


 イヅミはディッツェルと言う男を知っていた。

 彼は冷静と言うより臆病だ。

 そして「若者を」なんてどう考えて彼に似合わなすぎる。

 ディッツェルは戦争の後で友人の死体の数よりも、誰が大将首を獲り、その武勲によってどのような変化が起きるのか気にする男だ。


「つまりどういうことだ?」

「訓練兵を使うのは本当でしょうね。問題はその使い道です」

「使い道……?」

「……おそらく得体の知れない帝国軍に対して、その力を推し測るための捨て駒としてぶつけるつもりでしょうね」

「……そういうことか」


 あの男ならきっとそうするはずだ。

 そして、今の軍は彼の作戦に賛同するだろう。

 訓練兵に身内がいない以上、正規軍を差し置いて彼らが活躍することを良く思わない官吏は大勢いる。

 そして建前上は決して捨て駒等と公言することはないだろう。


「…………」


 サツキは考え事をしている。

 無理もない。

 イヅミは見慣れていても、彼にとっては初めて知るこの国の実情だ。

 ダンジョン景気によって一見潤ってはいるが、いざ戦争となれば年寄りの保身の為に若者を死地へと赴かせる。

 数年後にはきっと女王がそれを変えてくれる。

 だが、時はそれを待ってくれなかった。

 それに下手をすれば訓練兵に知り合いがいるかも知れない。

 諜報部の調べからするとカタフラムの息子とは、ダンジョンで一緒に行動していたのだったか?

 だがあの家の息子なら正規兵側に編成させるはずだ。

 訓練兵と言えど家柄は重視される。

 だが平民出の彼の友人などがいたら、そこまではどうしようもないが……。

 それでも少しは慰めになるだろう。

 イヅミがサツキにそう声をかけようとすると――――


「なぁ、訓練兵が捨て駒として組まれる可能性は高いんだよな?」


 サツキは突然そう聞いてきた。

 考えてたのは友人の事ではなかったのか……?

 サツキの質問は続いた。


「はい、私の推測ですけど、まず間違いないと思いますよ」

「捨て駒って事は負けるってことだよな」

「そりゃまあ当然……」

「つまりそれを指揮してる奴にとっては不名誉だよな」

「……そう、なりますかね」


 実際、今まさにその事で気を病んでいる官吏もいるだろう。

 いわばこれは切るに切れない厄介者を追放する機会でもあるのだ。

 誰も死にゆく体の頭にはなりたくない。




「そうか、それならお前が名乗り出ろ」

「――――は?」




 サツキはイヅミを指差してそう言い放った。


「どうせお前って他のお偉いさんには嫌われてるんだろ? だったら立候補すれば怪しまれこそすれ、あっちにとっては願ってもないことだし賛成されるだろ」

「ちょっとちょっと待ってください。どうしてそんなことを――」


「――そりゃあ、訓練兵を勝たせるためだよ」



 

 自信満々に言う彼にイヅミはどう答えて良いのか分からないくなった。

 その姿を見てサツキも「まぁとりあえず聞けよ」と言って、イヅミの耳を寄せる。



 ――そして、サツキは自分の考えていた作戦を話す。



「――どうだ? この策は」

「ふーむ……なるほど。色々と解決しなくてはいけない問題がありますが、思った以上に現実的な発案ですね」


 イヅミは彼の作戦を聞いて、彼が自信を持つのも少しだけ分かる気がした。

 これは軍の連中には決して思いつけない作戦だ。

 そして思い付いても実行するのは不可能だろう。

 だが、多少縁があるとは言えサツキにその最初の問題がなんとかなるのだろうか?

 イヅミは半信半疑で聞いた。


「良い作戦ですが、まず()()にそう簡単に話を通すことが出来るんですか?」

「あー、確かにそこを突破しないことには何も始まらんわな」


 だがそう言う彼の顔は何故か嬉しそうだ。


「まぁ最悪事後承諾だな。だが何となくいけそうな気はするがな」

「どうしてです?」


 これについては根拠はない。

 だが、サツキには謎の確信があった。

 それは()()がどういう性格だかを知っているからだ。

 今街には魔物が出現してしまった。

 更に今頃は隣国が攻めて来ていることも広まっている頃だろう。

 ()()()ならそんな渦中で、大人しく出来るとは到底思えないのだ。



「いいからその方向で話を進めておけ。まずは軍議で第一陣の指揮を勝ち取れ。その後は動かせるようになった訓練兵を集合させろ。あとは上手く事が進むように俺が――いや、()()()が何とかしといてやるよ」

明日で3章終わりの予定です。

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