第77話「第二報:国境より」
ディッツェル=ランスという男について。
六軍器の一つランス家の長男として生を受け、両親の期待のもと幼い頃から軍人として育てられる。
武芸の才はそこそこあったが、幼馴染であり戦いの天才でもあったバルボルド=カタフラム(現将軍)と比べられることが多く、自身も長い間それを劣等感として抱えてきたという。
だが座学に置いては当代きっての秀才と周りから言われ、武力よりも判断力と戦略に重きを置くランス家にとって二番手であることはあまり恥とされなかった。彼の両親に至っては"虚ろな木偶よ何故剣振るう(カタフラム家の紋章は鎧である)"と攻撃一辺倒のバルボルドを揶揄して息子の優秀さを疑うことはなかった。
だが、彼自身はカラフラム家嫡男がこの先上へと駆け上がることを確信していたし、また自分がこのままただ軍人を志しても、彼ほどの大成はないことを本能的に悟っていた。
周りが褒めてくれる戦術論にしても、彼が得意なのはあくまでも状況に応じた即時判断と、苦境に置いても決して奇策に走らずに定石を貫くことだけで、教科書的な受けは良くとも実際の戦争に置いて決して英雄にはなれないことはどうしようもないほどに実感していたのだ。
だから彼は武芸と同じくらい、政治についても学んだ。
そして幼い頃より、家の名を最大限活用しながら国の重鎮たちと親睦を深め、徹底した人脈作りとその人脈を最大限活用するだけの知識を蓄えていったのだ。
それから8年ほどの月日が流れ――それまで宮廷と訓練所を往復していた彼は始めて大きな実戦へと赴くことになる。
それは現麓星城のある場所にあるAランクダンジョンの攻略作戦であった。
当時の王が急進していた町の開拓計画の為にはどうしてもその区画が必要であり、まだ実践経験のない若い兵士たちが何人もその地に送り込まれ、そして儚くその命を散らしていたのだ。
その無謀とも言える戦いに彼は勝った。
王はその事を大いに喜び、また称賛した。
その時に参謀を務めていたディッツェルは「ここが己の人生の分岐点だ」と思い、自らを必死に売り込んだという。限りなく不可能に近い攻略作戦であったが、自分の策が0%を1%に、更にその場での指揮が1%を勝利まで押し上げたのだ、と。
結果として彼は宮廷の軍事面に置いて強力な発言権を得ることができ、それが現在の国王軍総監というドイルヴァノン王国の軍の指揮を一手に任せられる地位――それを手に入れることに繋がったのだ。
――――だが彼は知っていた。
その魔境と言い換えても良い迷宮において彼の指揮など何の役にも立たなかったことを。
後に将軍となる超人的騎士が3人も参戦していたこと。更に二人のAランク冒険者の"勝手な振る舞い"があったからこそ、ボスを倒して自分が何とかそこから生きて出てこられたという事を。
当時は誰かがその真実を話すのではと、夜も眠れぬ日々を過ごしていたが、今ではもう当時の事を知り王国に残っている者はほとんどいない。全ては今では忘れられし先代の王の暴虐と共にあの山――ドイルヴァノン山の奥底へと置いてきた一片の記憶に過ぎないのだ。
◆
数週間前のディッツェル=ランスという男について。
伝令が届いたのは、また日が昇って間もない時間帯であった。
彼はいつも通りに日の光を浴びつつ朝食のパンの茶を嗜んでいたそう。
いかに軍人と言えど今ではすっかり老兵。早朝と聞いて連想するものは朝日と共に始まる訓練の掛け声でなく、自らの内より聴こえる長生きを求める食生活や健康の事ばかりだ。
人はそれを平和ボケと呼ぶのかもしれない。だがそれに関しては仕方ない。彼を責めるのはあまりにも酷というものであろう。
三方を険しい山々で囲われたドイルヴァノン王国。
日夜戦うその相手は近隣の魔物ばかりであり、発生する場所も、種類も、行動原理ですらもはや見慣れた物ばかりとなってしまっていた。つまりそれはこの国が安定期に入ったということでもあり、素直に喜ばしいことだろう。
血の気の多い軍人は出世していくにつれ、それらの魔物狩りに参加しなくなり、鍛え抜かれた自分たちの力を持てあましていたが、元々宮廷仕事のほうが性分に合っていたディッツェルにとっては平穏で素晴らしい毎日だ。
だが伝令の一言がその日常をぶち壊した。
「ポエニマール最寄りの兵士から連絡で、帝国が国境沿いに兵を集めているそうです!」
彼は驚いた。
そんなことは初めてだ。
ドイルヴァノンにとって最も近い国、ポエニマール帝国。
隣国という事で一応警戒して、近くに見張り用の兵士は常に配置しているし、定期的に諜報員を送ってその軍備についても調査させている。
だがポエニマールはどちらかと言うと軍事面には力を入れずに、豊かな海に囲まれた漁業と優れた料理や細工などの職人に支えられた小さな国だ。
この王国と違い、山とダンジョンが少ないこともその一因で、魔法具が自国から取れず、冒険者もあまり寄りつかないことからも戦争と言う野蛮なものからは遠いことが分かる。
それにドイルヴァノンの領地であるシアードベルとも国交が盛んで、むしろこの国とは良好な関係にあると誰もが思っていたはずだ。
それが国境沿いに兵を揃えるとはどういうことだ。
彼は早速そのことについて軍議を開いた。
そこで出たのは大よそ皆似たような意見――つまり"ポエニマールが己の力を過信し武力を見せつけてきた"といったものである。
つまり近年すっかり戦いから遠ざかってしまったドイルヴァノン王国。それに対して産業などで力を徐々に蓄えた帝国が軍をこちらにチラつかせ、それを背景にシアードベル等との交易について、自分たちの国に優位な条約を結ぼうとしているのでは、といったものだ。
ディッツェルは悩んだ。
彼も基本的には似たような意見であった。
外的諜報部に最近の調査においても、ポエニマールがドイルヴァノン以上の軍力をつけているとは到底思えない。隠して育成した兵士を見積もっても精々こちらの6割程度の兵力であろう。
それが戦いを挑むにはあまりにも無謀だ。
それに攻めてくる経路も彼らからすると難しいだろう。
道は簡単に分けると二つ。
一つは南に延びるドイルヴァノン山と海の間を通る、最も近く整備された道だ。
だがこちらはその道中にシアードベルの町がある。
ドイルヴァノン軍がその町の潤沢な支援を受け続けられる以上は、単純な国力の差でみてもポエニマールに突破する力はないだろう。
二つ目は東側より迂回してイヴェン平原を通り、東門に侵入する道のりだ。
しかしこちらは更に過酷である。
まず軍人ですら入りたがらないクロストアの森を抜けなくてはならないのだ。
更にその道筋は時間がかかり過ぎる。
仮にポエニマールにこの国の兵が出兵中であっても、敵が森を抜ける頃にはシアードベルの経路で国に引き返すことも出来るだろう。それでは奇襲にすらならない。
彼は結局悩んだ末に、その国境付近に軍を向かわせる事を決意した。
それも相手が逃げ帰る程にしっかりと兵士を揃えてである。
つまりポエニマールの威嚇に対して、更に大きな力を見せることで改めて上下関係をハッキリさせるのだ。
舐められていると激昂していた他の軍人たちもこれなら納得いくだろう。
それに何よりこの作戦の良い所は、あくまでも戦いを事前に避けられる可能性が高く、また道筋の面で相手が不意をつく動きをしても対応しやすいことである。
――結局のところ危険をさけた安全策が最善策なのだ。
ディッツェルは六軍器含む将軍たちと、この国の兵力の4割をそこに向かわるよう指示をした。
◆
その日のディッツェル=ランスという男について。
彼は数時間前より混乱した城内の渦中にいた。
始めは城の近く、更に城下町の真ん中にBランク帯の魔物が数匹以上現れるという異常事態。
更にそれを放ったのではないかと言う怪しい人物たちの目撃報告が重なり、普段は平静を保っている官僚たちも多くの情報が錯綜する中で落ち着かないようだ。
だがそれでもまだこの時はマシであった。
少なくともBランク程度ならば軍が倒してくれる。自分たちにその凶刃が届くことはない。
ならば先に考えるのは一体誰にこの騒動の責任があるか、その処罰をどうするかなどだ。
彼らにとってはそれがもっとも日常的会話であり、一種の現実逃避にも成り得る議論なのだ。
問題は次の伝令が届いた時で、彼らの日常は脆くも崩れ去ることになる。
「タ、タラスクの丘より、名無しの高原にてポエニマールの兵士が……丘――そして王国の方角へと……し、進軍中とのことです……」
進行は確かにそう読み上げた。
ディッツェルは混乱する。
おかしい。国境沿いは確かに見張っていたはずだった。
つまり報告に書いてあるだけの軍隊が出発すれば、必ずそれは見つかるはずであったのだ。
推測できるのは抜け道である。
国の中から高原の入口まででも良い。そこまで地下からでも道を作ることが出来れば、国境沿いと言えば逆側に配置された王国の軍からも見られずに兵を動かすことが出来るかもと考えたのである。
つまり今現在にらみ合いを続けている敵の軍は、こちらを誘い出すための罠――少数の軍隊を大軍に見せかけた張りぼての兵士たちということか。
彼は「やられた」と思った――だが取り乱す程でもなかった。
何故ならそのような奇襲が通じないよう、王国に近い側の道に兵を出したのである。
今敵の軍が高原の途中にいるとして、もしクロストアの森を無事に抜けて来られても3週間はかかるであろう。
対してこちらは10日もあれば、全軍国へと帰還させることが出来る。
どれだけ慎重に動こうが、素早く動こうか間に合わないのである。
問題があるとすれば、未曽有の事態にこちらの宮廷内――指揮系統が混乱しているということだ。
街に現れた魔物の事件の平定だけでも、それなりに時間がかかるだろう。
そこから相手の動きに対応出来るまで、どれほどで出来るものか……。
だがそれを含めてもおそらく間に合うと彼は考えていた。
――その後に来た二つ目の伝令を聞くまでは。
それはまだ魔物の襲撃、敵軍の発見に城内が混乱している時であった。
血の気の引いた顔で現れた伝令は告げる。
「シアードベルの南方――山と海に挟まれた小路が――――落石により塞がっているとの報告が入りましたッ!! 現在ポエニマール国境にいる兵士たちの帰還が難しい状況です!!」
ディッツェルの退路をも確保した最善手は長く支持されてきた。
だが最善手とは得てして、相手にとっても最も読みやすい手なのだ。
そして、それは発案者だけでなく周りまでを思考停止へと導いてしまう。
結局彼が自ら考え出せるのは、出世の道筋だけだったのだ。
ランス家(槍)は落ち着いた軍師気質が多い。
『ドラゴン†ランス』の主人は軽い性格の異端児。
シールド(盾)とカラフラム(鎧)も六軍器の家系です。




