第74話「魔法具倉庫の異変 前編」
ソロモン魔法具の倉庫は、丁度ギルドを挟んで反対側に存在している。
毎朝一度、店員がそこから前日の販売補充分を運んでいくのだ。
本店で一番の売上は魔法呪符。
特に火を使う場合、城下町の多くの住人はそこでまとめて買っていくのだ。
他の扱う商品は様々だが、基本的にはどの分野も最も人気で扱いやすい物を置いてある。
例えば魔法剣。
人の手で属性付与されたそれらは、発掘品に比べるとそこまでの威力はない。
ただ炎を纏った魔物を倒すときに水の魔法剣を使う時など、必要に応じて使う分には手に入り易く比較的安いので重宝されている。
一つの属性剣を極めたい。
もっと切れ味の良い名刀を使いたい。
そういった欲が出てきたら武器の専門店へ向かえば良い。
だが大抵の冒険者はここの魔法具で事足りてしまうのだ。
売れ行きが良ければ在庫も多いという事で、倉庫は山のような魔法呪符と束ねて収納された魔法剣などで溢れかえっていた。
「(人がいないか気を付けて捜そう)」
「(分かった)」
「(あぁ)」
まず倉庫内に入ったオピニアと冒険者2人は小声で話す。
冒険者の男たちはCランクの剣士。
槍や弓といった長距離武器の使い手は、今回狭い倉庫と言う事で本店の方へと向かってもらった。
無論、倉庫も店も戦闘にならずに済むのであれば、それに越したことはないのだが……。
少なくとも魔物を放った黒衣たちが、まだ街を出た確証がない以上は油断することは出来ない。
(さすがに入口から見える様な場所は何ともないようね……)
考えずともそれは当然であった。
さすがに毎日在庫の移動の為に行き来する空間に、魔物を配置するわけにはいかないだろう。
少し先に進むと『危険物取扱注意』と書かれた部屋が見つかる。
そこには立派な錠前がかけられていたが――
「ここは俺がやる……」
と一人が刀を取り出した。
柄に手をかけゆっくりと息を吸うと――
――キィーン
彼が声を殺して抜刀した剣先は、見事に錠前の一部を切り取っていた。
どうやら鞘走る速度で一点を切り裂く"居合"と言う技術らしい。
【消音】のシルでもこの錠前を壊す力はないと思われるので、ここは大きな音を出しても仕方がないと思っていたが、存外静かに突破することが出来たのは大きい。
(もっとも、鋭い人ならこの音だけで気付くだろうけど)
それはもうどうしようもないと割り切るしかない。
前向きに考えれば、相手は冒険者がここに来ていること自体想定外のはずだ。
ならば精神的に戦いの準備が出来ているのはこちらということになる。
そうだ、そもそもここに敵がいるのは、あくまでも最悪の事態である。
それよりまずは魔物出現の手がかりだが――――
(そっちはそんなに難しくなさそうね)
扉の奥に入った途端に、ダンジョンで嗅いだ時よりも更に密度の高い魔物の臭いがした。
他の冒険者二人も顔をしかめている。
それほどの分かり易い臭いだ。
更に暗くてあまりよく見えないが、奥の方には檻のような物が大量に置かれていた。
(これは――当たりかな)
どうやらここに魔物を置いていたのは間違いないらしい。
どうしてソロモン魔法具がそんなことをしていたのか……。
果たしてそれは商会そのものの指示なのか。
色々と疑問は残るが、ひとまずはここを集中して捜査する必要がありそうだ。
(当たりとなると、ますます刺客の存在が気になるわね……)
もっともこれを目撃するまでそれらしい影はない。
元より後始末をしている暇などないと考えると、バレるのは承知の上なのかもしれない。
ならばとっくに街の外に逃げているはずだ。
どうやら先程の居合の使い手もそれは思ったらしい。
「どうやら、問題ないようだな」
彼は安心したのか声を抑えずオピニアに話しかけた。
オピニアも確かにそうは思ったが、少なくとも調査を終えて倉庫を出るまでは慎重に行動すべきだ。
小さく彼をたしなめる。
「(ちょっと! あんまり喋ると……)」
「なぁに、その時はまた俺がぶった切って――」
――――タンッ
と飛び降りる音が聞こえた時にはもう遅かった。
「まさか上に――ぐあぁぁああーーっ!!」
「敵襲っ!!」
突如頭上から降りてきた剣撃に、居合の男はあっさりと斬り伏せられる。
そして襲撃者は返す刀でそのままオピニアを斬りつけようとした。
だが――――
――ひゅん
オピニアも足音と同時に後ろに飛びのき、それをすんでのところで躱す。
そして近くにあった魔法剣を手に取ると、もう一人の冒険者と共に剣を構える。
どうやら奇襲での攻撃はここまでと敵は判断したらしく追撃はこない。
かわりにゆっくりと暗闇からその黒衣の姿を現す。
「意外と素早いじゃねえか嬢ちゃん」
「くっ……! もう嗅ぎつけれたのか!?」
「ふーん……」
――――敵は……3人!
オピニアはすぐに相手の戦力を把握しようと努める。
まず今攻撃してきた戦闘員らしき禿頭の大男。
既に逃げ腰な痩せた男。
そして深く外套を被り顔は見えないが、どこかとぼけた声を出している小柄な人物。
――いや、他にも伏兵が潜んでいるかもしれない。
油断は禁物だ。
「嬢ちゃん冒険者ギルドか?」
「私はただの商人よ」
大男の軽い口調での問いかけにオピニアは答える。
無論無暗に情報を与えるつもりはない。
男はボリボリと頭をかくと「まいったな」と口にした。
「さすがにギルドの戦力がこれから押し寄せてきたらひとたまりもねえな。おい、レオン」
「な、なんだよヴィーコ……」
レオンと呼ばれた痩身の男は震えながら答える。
どうやら彼は戦闘員ではないらしい。
となると戦えるのは主にこのヴィーコとかいう大男だけか。
「俺がこいつらを何とかするから、お前らは――えーと新人、お前何て名前だ?」
「ん、ボクの事かな? 名前は――リットだ」
「あぁ、そんな名前だっけか。確かにいた気もするがあんま覚えてねえや……。とにかくお前らは結果を依頼主に伝える為にもさっさと街を出とけ」
「あ、あぁ……何とかしてくれよ」
「了解」
二人はそう言うとオピニア達の脇をすり抜けて、出口へと向かっていく。
仲間の冒険者がそれを止めようと剣を構えるが――
「ちゃんと前見てた方がいいよ」
「くっ……」
明らかにその隙を狙って身構えるヴィーコを見過ごすわけにはいかず、オピニアは彼を押しとどめた。
どうやら彼自身もそれは分かっているらしく、歯噛みしつつも前を向き直る。
「何だよ、楽に終わるかと思ったのに冷静じゃねえか」
対してヴィーコは落ち着いたものだ。
向き合っているこの剣圧。
おそらくボイズと同等かそれ以上の実力者だろう。
仲間の冒険者もCランクではあるが、直情的な男らしく今は雰囲気に呑まれてしまっている形だ。
精神的には優勢であったはずなのに、先程の奇襲で一気に流れを変えられてしまった。
そしてどうやら――話し合いではすまないようだ。
ヴィーコは改めて剣を構え――――
「そういうわけであいつらを逃がすためにも――」
オピニアたちを目がけて一直線に――
「ここで死んでくれッ!!」
その身ごと剣を突っ込ませる――。
だがそれはオピニアに届く前に遮られた。
「そう簡単にはさせない!」
冒険者の男が彼女を庇うように剣を割り込ませたのだ。
ガインッと重い金属音が響き、彼らの剣が交差した。
「くっ……!」
「お、なかなかデキるな」
それから幾度となく剣同士の衝突音が鳴り響いた。
そして両者の刀身が赤く染まっていくのに気付く。
(二人とも火の魔法剣――!)
どうやら偶然にも、彼らは二人とも火属性の付与された剣を使っているらしい。
その熱と炎は、通常ならば鉄の剣を軽く捻じ曲げ、数度の激突でへし折ってしまうだろう。
だが今回は同属性で相殺されていることもあり、剣への被害は互角に見えた。
だとすれば後は使い手同士の戦いとなるのだが……。
「ぐぐ……っ!」
「ハッハッハッ!!」
ヴィーコのほうが明らかに力強く、徐々に冒険者の男は押し込まれていく。
だが完全に負けているわけでもない。
彼は自分がこのままではジリ貧となるのを察したのか、覚悟を決めた顔をして気力を振り絞った一撃を出した。
――ガキィーーン
「はぁあああーーーっ!!」
「うおっ」
その一撃によって、両者の剣は手から零れ宙を舞う。
そして各々の足元へと――
――ザクッ
――ザクッ
と同時に刺さったようだ。
ヴィーコもさすがに驚いた顔をしている。
冒険者の彼としては、これは千載一遇の機会であった。
「はっ!」
と軽く息を吐いて瞬時に足元の剣に手をかける。
ヴィーコはまだ剣を拾う体勢に入っていない。
ここは攻めた側の心構えの差だろうか。
先手を手にしたのはこちら側だった。
「よしっ! くらえ――」
と剣を手にして引き抜くままに斬りつけ――
「甘いっっ!!!」
斬りつけようとした彼に飛んできたのは、ヴィーコの強力な蹴りであった。
「がっ……」
冒険者の男はそのまま壁に叩きつけられ、手から剣が力なくカランッと落ちる。
どうやら不意の一撃で気を失ってしまったらしい。
ヴィーコは「ふぅ」と言いつつ肩を鳴らしている。
「普段魔物ばっか相手してるわりには案外やるもんだな。冒険者ってやつも」
その場に残されたのはヴィーコと――オピニアだけだ。
ヴィーコは既に弾かれた剣を拾い上げている。
その隙に一撃――と言えない程に彼に油断の色は見えなかった。
そして剣をオピニアに向けて言い放った。
「さぁ、終わりにしようぜ」
「……ふんっ」
慣れない剣を構えるオピニアにヴィーコは襲い掛かる。
前話の後書きで書き忘れたどうでも良い話。
Bランク冒険者のウッドハットの見た目はカウボーイ風。




