第7話「困惑の獣」
魔物名:ワームウルフ
種別:無脊椎四足魔獣
ランク:C
味:E
暗く湿気の高いダンジョン下層~中層に生息する魔物。
眼は退化しているので、嗅覚のみを頼りに獲物を捕らえる。通常20~30匹の群れで行動しており、特に足の速い個体が斥候として散策。強敵と判断すると群れに報せに行く。
この事から知能が高いと思われがちだが、実際それは昆虫の習性のようなもので、決められた行動以外の応用力は低い。
犬のような姿と肉食なことからウルフとつくが、実際はミミズなどの仲間である。土だけを食べるEランクの魔物ワームドックとの関連性は解っていない。
生でかじると体液が口に広がる。ジューシーと言えば聞こえは良いが、その味は控えめに言って泥水である。乾燥させるととても縮むがやはり食用にはならない。
ベイグリー=ブランチ著
『ドイルヴァノンの魔物』より
◆
ワームウルフの群れは繁みから飛び出した。
しかしそこには誰もいない。ただ先程に偵察の2匹が浴びた苦手な匂いの粉末が、ほんの少しの残り香と共に散らばっているだけだ。
それでもワームウルフ、群れの数は28匹。全員で探せば足取りを掴めぬ動物など存在しない。辺りの道だけでなく木々の根本や、あるいはその上。木々の葉の中の僅かな匂いでさえ見逃すことはないだろう。
―――数分後。
群れが総出でいくら探しても、やはり匂いは完全にここで途切れている。
多くが困惑する中、群れのリーダーは焦らず冷静に状況を把握する。ワームウルフの嗅覚は近くまで来れば、その場の構造を立体的に捉えることも出来る。それこそ樹木の形からその中の小さな生物の動きまでもだ。それが28匹で見付からないとなれば、木々の上に逃げたと言う可能性は排除しても良い。となれば――
(残るは下か)
臭いの立体化とは上方だけではなく、地下にいても嗅ぎ分けることは可能だ。事実ダンジョンの中においても、地面に埋まった宝箱が掘り出された状態で見付かることがあるが、それはワームウルフの仕業である場合も多い。彼らは臭いのスペシャリストであると同時に、土にも精通しているのだ。
武器も持たぬ人間如き、一瞬で見付けてみせる――リーダーはそう意気込むが。
――――更に数分が経った。
「ぐるるる…………」
おかしい。地下にもそれらしき匂いはない。
今回の場合、土壌には先の粉末の匂いが僅かに残っているので、地下に穴を掘って隠れた場合はそこだけ匂いが薄くなるはずだ。
なのにいくら探しても、そのような差は見付けられなかった。
これは一体……。
「ぐ……ヴ……?」
群れでも特に匂いに敏感な若いワームウルフがまず始めに気付く。
立体的に見えていたはずの世界が、どんどんと平坦に――そして歪んできていることに。
「ヴ……ゥ……!」
「……ル……ヴ……」
それに続くように仲間たちも皆様子がおかしくなってきた。いつの間にか囲まれていたこれは――臭いだとという段階を既に通りすぎている。何故今まで気付かなかったんだ? そうかとっくの昔に鼻は麻痺していて……いや、そんなことを考えてる場合ではない。これは――――毒だ!
恐慌は伝染し群れはパニックに陥る。
鼻が利かないので仲間同士や木にぶつかるものも表れ、気付けば完全に統率はとれなくなってしまっていた。
「きゅ……ぐぐ……!」
「うぅ……ぅ……」
盲目と化した犬たちは駆け出し、そのままリーダーの撤退の声を待たずして森の奥へと散っていった…………。
◆
「――行ったかな?」
「行ったようだな」
ワームウルフの群れが撤退して10分後。
サツキがダンジョン出入り口内側の蓋についたハンドルを回すと、キリキリといった音と共に少しずつ隙間は広がり、うっすらと落日の鈍い光が中へと差し込んできた。
「すーはー……。真っ暗な中にいたせいで、これでもまだちょっと眩しいわね。 夜になるの待ってれば良かったかな」
「ふぅ……いや、ここで夜を迎えるのは危ない。とっとと小屋まで戻ったほうが安全だ」
「でも上手くいったわね。犬の薫製作戦」
「恥ずかしいから名付けんな。ここまでやる必要もなかったかも知れんがな」
「しかしダンジョンキットにこんな力もあったなんてね」
オピニアのポケットには、摘んだばかりの青々としたコルタバの葉がたっぷりと詰まっていた。
「早くも一攫千金ね。ふふふふふ……」
「あぁー……でもそれは多分…………いや、何でもない」
「なに? 気になるじゃない」
「どうせすぐに分かる」
キョトンとした顔をしたオピニアを無視し、サツキは自分達が隠れていた穴へと再び目を向ける。
(確かにこれは使いづらい――が、なかなか面白い)
蓋の内側には小さくこう書かれている。
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ダンジョン名:コルタバの迷宮(Easy)
難易度:E
状態:コア破壊済み
階層:地下2階
生息:コルタバ、リトルナイフタートル(Boss)
地下1層は一面に広がるコルタバの群生地帯。湿気は少なくとも栄養ある土の元で緑繁る気持ちの良いフロアだが、ボスであるリトルナイフタートルが巡回している。ダンジョンの8割を占める地下2層は、その実ただの空洞である。
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何が起こったかは次回。