第72話「サツキとイヅミの護るもの」
シルがサツキを城へと送り届け、イヅミが引き継いで王室へと案内している時。
その時点ではまだ街への魔物襲来は城まで伝わっていなかった。
王城近くに魔物侵入で少し浮き足立ってはいたが、今回は魔物の量が多かっただけでそれ自体はさして珍しい事はない。
まだダンジョンの多かった時は半月に一度はあったほどである。
だが周辺の危険なダンジョンは潰され、警備も充実してきた。
城に住まう人たちは軍を信用しているのだ。
今回は念のために訓練所の兵士まで借り出したので、兵力としては過剰と言っても良いだろう。
イヅミですらこの段階では、違和感を覚えただけで街への襲撃までは読めていなかった。
サツキに対して予定通りに話を進めていたのもその為だ。
襲撃者の計画は完璧だったのだ。
地道に長い期間を経て少しずつ――感づかれないように進めてきた襲撃作戦。
事前に察することは誰であろうと不可能だ。
その過剰なまでの自信は確かにその通りで、襲撃を知る者はいなかった。
――ただ1人を除いては。
この国で唯一街への襲撃までを予測したある者は、イヅミがサツキを案内しているその時。
密かに街へと駆け出していた。
火急の事態。
街どころか、下手したら国そのものが危機に脅かされている。
――だが、その者が向かう足取りはどこか楽しげで……。
それから数刻遅れて、イヅミの元にも街に魔物襲撃の一報が送られてきた。
◆
報せを聞いたイヅミから笑顔が消える。
そしてサツキへと向き直り、その事を伝える。
「サツキさん、お話の途中でしたが問題が発生しました」
「……どうした?」
「城下町が魔物に襲撃されたそうです」
「――――!」
サツキも驚きを隠せなかった。
そしてすぐに思い当たる。
街で待ち合わせしているオピニアの安否に。
「……俺は街に戻るぞ」
「――いけません!」
椅子から立ち上がり、真っ直ぐ扉へと向かおうとするサツキを慌てて引き止める。
サツキはその制止を聞かずに出ようとしたが……。
「ゴートン! 彼を部屋から出さないようにしてください」
「……はい」
巨漢の老人ゴートンは扉の前へと立ち塞がった。
静かで大人しい物腰だが、よく見ればその顔や体の各所に生傷が伺える。
この体格といい、おそらく退役軍人か傭兵か。
サツキでは到底突破出来ないだろう。
だがサツキは――
「どけよ」
と言い懐から瓶――を取り出した。
だがここは室内。
とてもではないがキットを埋める場所はない。
なのでこれはハッタリだった。
イヅミにはサツキがダンジョンを作る魔道具を持ってきていることは伝わっているはずだ。
ここで取り出したということは、当然これがその魔道具だと気付くだろう。
相手にとっては未知の魔道具。
多少は武力的な威圧をかけての交渉も可能になるかも知れないと踏んだのだ。
実際イヅミはそれを見て焦っているようだ。
「それが……話に聞くダンジョンを作る道具ですか」
「あぁ、ここで発動させればこの部屋どころじゃない。城中が迷宮になって魔物で滅茶苦茶になるぞ。俺も危ないだろうが、お前たちもまず助からねえ」
「ぐっ……」
「分かったらさっさと道をあけろ」
ハッタリにハッタリを重ねた詭弁だった。
だが今のイヅミは王室の留守を預かる身なのだ。
こんな脅しをかけられれば、少なくとも事なかれ主義の役人などだったら引き下がるしかないだろう。
緊急事態だ。
客人を帰したことぐらいでは、そこまで責められないだろう。
そう思ったサツキが扉に一歩近づくと――
「いーや、行かせませんよ……サツキさん」
イヅミの手にはいつの間にか変わった形状の道具が握られていた。
持ち手のついた小型の筒とでも言えば良いのだろうか。
大きさが違いすぎるものの大砲の形にも似た道具だった。
イヅミは自分から説明をする。
「これは小型炎流筒と言う、火魔法と風魔法の力で筒から鉄の弾を発射する魔道具です。僕が考案したんですが、使う魔法量に対して威力が低すぎるって言われちゃいましてね。でもこのくらいの距離からガラス瓶を撃ち抜くくらいは出来るんですよ」
「…………何となく見覚えのある武器だ」
「……! 分かりますか。これは恐らく異世界の道具ですよ。あくまでも模倣品ですがね」
「そこまでして俺を引き止めてどうするんだ?」
サツキは彼の決死の形相に戸惑いを感じた。
王室で武器を使うなど、サツキを外に出してしまうこと以上の重罪だろう。
イヅミはその問いに対し「ふぅ」とため息をついた。
「なんでですかねぇ。陛下がどうしたいかとか私が教えて欲しいくらいですよ」
「…………なら――」
「――でも私はたとえどんな処罰を受けようとも、陛下から頼まれた事を優先します。サツキさんをここに呼んでこいと頼まれました。ならば城が壊れようが、死刑になろうがまずは陛下の望みを優先するだけです」
その顔からは決して冗談ではない、先ほどまでの演技めいた物言いでもない決意のようなものが見えた。
彼にとっての王とはつまりそういう存在なのだろう。
だがサツキにも退けない理由はある。
イヅミの覚悟にも劣ることのないほどの大切なものがあるのだ。
「俺はそれでも――」
「まぁ待ってください。ちょっと私も熱くなりすぎました。一度冷静になって出ていってはいけない理由を聞いてください」
「…………」
「まず街に現れている魔物はBランク並みだと報告を受けています。例えあなたが出て行ったところでその実を危険に晒すだけでしょう――そんなことは私が許しません」
「…………別に魔物くらい――」
「次に既に冒険者ギルドに人が逃げ込んでいるとも聞きました。サツキさんの友人かご家族かでもいるのかも知れませんが、今のところ街そのものが破壊されてはいるものの、住人にそこまでの被害は出ていないようです。ならば下手に動くのは得策ではないでしょう」
「…………だが」
「最後にその魔物の討伐に冒険者――とくに鎧のサイファが出て行ったと報告が入ってます。彼女がいるならばひとまずは安心して良いでしょう」
「そこは信用していいのかあんまり分からないんだが」
「……彼女は変な人ですけど、戦いに関しては信じてあげてください」
イヅミの懸命な説得にサツキは――
「はぁー、ったく分かったよ」
と床にどっかりと腰を下ろした。
イヅミも「やれやれ」と言って武器をしまう。
「じゃあひとまずここに留まってくれるんですね?」
「あぁ。よく考えたらアイツがそのくらいで死ぬようなタマじゃねえしな」
「(アイツ?) こちらとしてもサツキさんとは協力して行きたいと考えてます」
「なら届いた情報は全部教えてくれよ? 少しでも状況を知りたい」
「分かりました」
イヅミはそう言うと早速届いた情報をまとめて伝える。
襲撃に現れたのがどんな魔物か。
おおよそどこらへんに現れたかなどだ。
サツキは黙ってそれを聞いていたが、説明を聞き終えると口を開いた。
「どっかに魔物を送り込んだやつがいるな。街に事前に隠していたか穴を掘ったか……いや、この量からして両方か」
「――――!」
イヅミはその発言に驚き聞き返す。
「なんでそう思うんですか?」
「まず完全に野生のゴーレムがダンジョンから出ることはまずない。仮に出たとしても自分から人を襲いにいったり街を壊したりはしないな。奴らはダンジョン内での防衛装置の一部だ。あくまでも狭い範囲での自衛しかしねえ。この動きは明らかに人が仕組んだものだ」
「……なるほど」
「それにBランクの大型の魔物。アルミラージにカットカットラットか。こいつらは一見凶暴な魔物だが、どちらも睡眠薬なんかの状態異常に弱くて、更に特定の植物の香りで酩酊状態――活動が止まる性質がある。食材師の間なんかでも生きたまま取引されることが多い。他の魔物も性質さえ知ってれば、運搬して隠しておくならそんなに難しくない魔物ばかりだ」
「…………!」
イヅミはサツキのことを見誤っていたことを認めた。
ダンジョンに精通していることは予測できていたことだ。
そうでなければ魔道具の扱いは難しいだろう。
だが、彼は単純に知識があるだけではない。
これは自らダンジョンに足を踏み入れ続けていないと分からない、実体験に基づいた知識だ。
また冒険者の目線と食材師の目線。
その双方を兼ね備えた上で話している。
(一体この人はどんな人生を送ってきたんだろうか……)
サツキはそこまで話すと「だが」と言った。
「今の情報で俺が分かるのはここまでだな。どこにそれだけの魔物を置いていたかまでは分からん」
「大丈夫です。それはきっと軍の兵士が――」
「――まぁ、放っておいてもアイツあたりなら見つけそうだがな」
「……? とりあえず今のサツキさんの話はすごい重要な情報です。早速軍の者にも伝えておきましょう」
「あぁ」
今まで完全に不意をつかれた襲撃だった。
だがこの方向で捜査を進めれば、何か進展があるかもしれない。
イヅミが軍へと連絡をいれようとするとサツキが「そうそう、一つ言い忘れてた」と呟いた。
「何ですか?」
「これは関係ないかも知れないから性急に判断されても困るが――」
サツキはそう断ってから、イヅミのほうを向き直って言う。
「俺が襲われたのはソロモン商会のことを調べていたときだ。これはあくまでも勘だが――これと今回の魔物の襲撃は繋がった事件だと思うぞ」




