第6話「ダンジョンキット お試し編」
「わざわざ奇人を騙る物好きはいないだろ……」
サツキはようやくオピニアを説得すると、彼女の策を聞こうと向き直る。おおよその時間ではあるが、ワームウルフが戻ってくるまで15分もないだろう。
辺りはまだ明るいが、元々が太陽のないダンジョンに住む魔物。奴等に野性動物の常識は通じないのだ。
「あ、私の作戦話す前にだけどさ。サツキ」
「年長者に敬意がねえなぁ。なんだ」
「さっきのってコルタバの葉を煎じたものでしょ? ようはあの犬どもはあの匂いが苦手なのよね。 だったらもっとそれ持ってないの?」
オピニアの質問はもっともであった。
(このガキ、緊張感ないかと思うと案外色々考えてるな……)
先程の量を見れば個人的に密造してると考えてもおかしくはない。
「ない」
「作ってる訳じゃないんだ。じゃあ何であんなにいっぱい持ってたの?」
「持ってたというより、さっきのでまとめて使ったんだ。どっかの無謀な死にたがりのためにな」
「うっ……そうなんだ」
「残ってるのは腰に持ってた一握り分だけだが……これじゃあ到底足らねえな」
そもそもコルタバの粉はあのように使うわけではない。
今サツキが持っているように、少量だけ持ち鼻の敏感な魔物が近寄らないようにするためのものだ。
しかし、あれだけ接近されてしまうと、予備の分をまとめて投げるしか追い払う方法はない。せめて火を点けて煙を出せれば少量で済んだのだが、あの場ではそれをする余裕はなく、直接大量にぶちまけることでようやく追い払うことが出来たのだ。
「まぁやれたら私の話にいちいち乗ってないか……」
「それでお前は何が出来る――と言うよりずっと持ってるその瓶だな。俺にはただの空き瓶に見えるが、それは一体何なんだ?」
オピニアのやや小さな手では少し隠しきれないほどの小さな瓶。
それと他には水と食料、道具袋くらいしか彼女の持ち物はない。
あの状況で手離さないということはただの瓶ではないのだろう。
「これは――『ダンジョンキット』って私は呼んでる」
「ダンジョンキット……聞いたことないな」
「私のお爺ちゃんが作ったものだからね。その効果は名前の通りダンジョンを作れるの」
「ダンジョンを……作る……? そんなこと無理だろ……」
ダンジョンが作れるなどと言う話聞いたこともない。
そして仮にそんなものがあれば国が放ってはおかない。そう言ったレベルの代物だ。
「いいか、ダンジョンってのは天然の資源だ。魔物の素材。宝箱。そして経験値。それらのためにみんなわざわざこんな山奥までやってくるんだぞ? 町中のダンジョンなんてすぐに狩り尽くされちまう。それが作れるんだったらもうそんな苦労は――」
「ないわ」
「ほらみろ、そんな苦労がなくなるわけ」
「ないのは宝箱よ」
「――――は?」
「敵の素材も落ちないわ。これで作ったダンジョンの魔物はただ消滅するだけよ」
「…………それでも安全に経験値くらいは」
「この中で産まれた魔物の経験値は通常の50分の1くらいね。しかも狭い分だけ数もいないから、再出現を待つ時間ばかりだわ」
「……………………」
サツキは少しだけ考えて言った。
「それって何に使うんだ?」
「いや、それをあなたに聞きに登って来たんだけど……」
それらの使い方は勿論一番初めに試している。
これで出来るのは資源の作製でなく、あくまでもダンジョン環境の再現なのだ。
「で、さっきはそれでどうやってワームウルフを撒こうとしてたんだ?」
「それは私が思い付いた使い方の一つで、名付けて『超簡易ダンジョン』よ!」
「つまりは?」
「落とし穴よ!」
落とし穴と言っても相手が落ちるものでなく、自分が隠れるための穴だ。
「この道具の使い方は瓶に作りたいダンジョンの中身を用意して、ボスのコアを入れた魔物型人形を瓶の中に。最後に瓶ごと地面に埋めれば地下でそれが巨大化。ダンジョンの出来上がり」
「超簡易ってのは?」
「弱い魔物1匹と襲われないための高台だけ入れて、自分たちはそこに逃げるの」
「あぁー……」
かなり乱暴で単純な使用法だが、確かにちゃんとした使い方ではあるだろう。だが――
「ワームウルフ相手ではいまいちだな」
「なんでよ」
「あいつらは目が退化した分鼻が良い。地下の人の匂いくらいは嗅ぎ分けて来るぞ。掘り返されたらお仕舞いなんだろ? 良かったなさっきやらなくて」
「ぐ……でも現に今だってそれしかないじゃない」
「ふむ…………」
サツキは考える。その場凌ぎとしてはオピニアの作戦は悪くない。地面の中ならワームウルフも諦めるかもしれない。
(土台のほかにあるのは、ナイフと薄い木の板か。つまりはこれが足場何かの代わりに置かれるってことか? 後は小さな棒? 何に使うんだ……。ナイフで戦うのは論外として。他にやり方はなさそうだ……だが)
◆
「そろそらあいつらが戻ってくる時間ね……」
「そうだな……だがもう少しで」
「ダメ、もう草の音が聴こえる! 予定通り逃げるわよ!」
「チッ……! 仕方ねえ」
「急ぐよ」
オピニアはサツキから渡された瓶を掘っておいた土に埋める。
――草を大勢の何かが走る音が間近まで迫ってきていた。
埋めたところに更に土を被せる。
――草の音だけではなく唸り声も。
そしてついにワームウルフはオピニアたちのもとへと――
「超簡易ダンジョン! 開放!」
ワームウルフたちは草むらから躍り出た。