第63話「やれ少女、兎に追われて何処へ行く」
魔物名:アルミラージ
種別:哺乳魔獣種
ランク:B
味:A
3階建ての建物にも匹敵する巨大な兎型の魔物。
またその耳は背中の方へと垂れ下がっているが、その長さも驚異的であり、聞き耳を立てるように垂直に伸ばせばその大きさは更に倍近くまで増大すると言う。
通常の兎と違う点として角の有無が挙げられるだろう。
角は合成で3本。まず額に一つ、更に両肩にそれぞれ角が生えている。
二足の足で熊のように起き上がることができ、主な攻撃は爪による薙ぎ払いだ。
だが耳で体を包むように丸めた時、この魔物はもう一つの顔を見せる。
それがかつて冒険者たちが『自走する巨岩』と呼び恐れた転がりながらの移動方法だ。
通り道にあるものを押し潰し、両肩の角で壁を削りながら走るその姿は、手練れの冒険者を持ってして"この世のものでない"とまで言わしめたと言う。
それだけの危険な魔物でありながら、それを仕留めようとする冒険者は後を絶たなかった。
何故ならその肉のまた"この世のものでない"と言われるほどに美味かったからだ。
またその角は魔力の源であり、漢方や魔法薬の材料など数多の使い方をされている。
ベイグリー=ブランチ著
『ドイルヴァノンの魔物』より
◆
兎の魔物アルミラージに追いかけられながらも、オピニアは考える。
ドイルヴァノンの街を隔てる壁や門。
それらは城そのものに比べると、確かに緩い作りとなっている。
だからと言って、魔物が――ましてやこの大きさの魔物が出入りするなど不可能なはずだ。
アルミラージは大きく手を使える半面、走るのは兎と違い得意ではない。
オピニアを追って走るも、街の構造を知るオピニアにはなかなか追いつけない。
また彼女は狭い道を選んで逃げているので、その巨躯すらも重荷となっていた。
オピニアは更に考える。
侵入の可能性として考えられるのは3つだ。
一つは単純な中央突破。
正門が魔物によって破られ、そこから入ってこられた可能性である。
だが彼女はその可能性は真っ先に除外した。
先ほどの街の住人の反応を見るに、魔物が現れてから時間は経っていないだろう。
仮に正門から来たのならば、とっくに軍――つまりはフローン達にも通達が行っているはずだ。
つまり正門を通らないからこそ、軍の目にも止まらず情報が遅れてしまっているのだ。
アルミラージの攻撃は手を振り回すだけだ。
だがその威力は強大で、家々の屋根や壁が次々と破壊されていく。
破片が飛び散り、下の人間にとってはそれが当たるだけでも致命傷だ。
逃げ惑う少女にとっても重圧となるはず。
そう考えていたのだが、少女の走りは未だ毅然としたもので一向に歩を緩める気配はない。
アルミラージは次第に業を煮やし始めた。
オピニアは次に考える。
二つ目の侵入路――隧道が掘られている可能性だ。
ダンジョンの魔物が意図して街の地下まで掘ることは考えにくい。
やはり誰かがダンジョン――ないしはその付近から繋げたのだろうか。
それならばいきなり街中に高ランク魔物が現れるのも納得がいく。
それだけではない。
もしかすれば城付近で発生したと言う多量の魔物侵入すらも、同じ者の犯行という可能性すら浮かび上がる。
なるほど、すべての辻褄が合う。
――だが、事はそう簡単ではない。
仮にも国の足元に穴を掘り進めるのだ。
それが気付かれないことなどまず有りえない。
つまり、それだけではない――それは同時に第3の可能性にも繋がる最悪の想定だ。
アルミラージは体を丸めた。
普通に走っては追いつけないと判断して、転がり押し潰すことにしたのだ。
地面に額の角を押し付け、それを爪のように引き寄せ一気に加速する。
だが、オピニアはそれも想定済みであった。
彼女は脇道から脇道へと、ジグザグに街を走る。
一見転がる形態は大きく、そして速く驚異的ではあるが、視界を狭め急速な方向転換を困難にする弱点も持ち合わせている。
彼女にとってそれはただ獣に追いかけられるよりも単純で逃げやすい動きだったのだ。
そして少女を見失った。
オピニアは尚も考える。
3つ目――それは内通者の存在である。
内通者が魔物を手引きする方法と言えば、まず一つは荷物に乗じて運び入れることだ。
そして、時が来るまではどこか地下に潜伏させておけば良い。
だが、先の隧道説を考えるともう1つ余罪が浮かんでくる。
それが穴掘りの手引きである。
穴の出口だけ見ても、国内からそこを封鎖しておくだけでも作業は断然楽になるだろう。
運び入れと進入路。
この場合は楽観視せずに両方あったと考えるのが妥当だ。
これだけ秘密裡に行えたという事は、単なる個人的な破壊活動ではあるまい。
恐らく団体単位――いや、下手をすれば国家単位の――――
「さぁ、こんなもんかな」
オピニアは高い建物の上にいた。
下には相手を見失い辺りを見回すアルミラージだ。
完璧に相手の死角に入った。
これでこちらの次の一手を外すことはないだろう。
「よっと!」
オピニアはバッと『一切れの異次元』を魔物の頭上に展開する。
中に入っているのは、道中逃げながら地道に集めた爆薬や武器の数々だ。
ダンジョン内ならまだしもここは天下の城下町。
攻撃に使える物資などいくらでも調達できる。
それらは尚も上を見ようともしないアルミラージに降り注ぐ――――
――――だが
「躱されたっ!!?」
アルミラージはそちらを見ようともせずに、その場から飛びのいたのだ。
彼女はアルミラージの機動性ばかりを気にして、その聴力のことを忘れていた。
その巨大な耳は飾りではなく、町中の音を聞き分ける探知機である。
空から聴こえる金属の擦れる音は勿論、実の所オピニアが上に逃げたことも分かっていたのだ。
Bランク――キャノンバームと同じ危険度とされる魔物。
その力は知識や地の利だけで勝てるほどに甘いものではない。
「まずいっ……!」
オピニアは嫌な予感がして急いで下へ降りようとするも、アルミラージはその建物をその爪で攻撃する。
揺れるなどと言う生易しいものではない――壁が削れ、数発後には建物は倒れ込むように崩れ去った。
「くっ……」
何とか倒壊には巻き込まれずに済んだものの、何度か地面に叩きつけられオピニアは肩で息をする。
迫りくるアルミラージ。
(…………あれ?)
だが、その後ろにもう一つ小さな影が見えることに気付いた。
それは先程も見た黒い外套だ。
人数は一人だけだが、アルミラージに続くように音もなくこちらに寄ってくる。
(なるほど……あれがつまりこの国の敵対者だったみたいね……)
オピニアは朦朧とする意識の中でぼんやりとそのことを思い出した。
内通者は結局誰だったのだろうか……そういえば、最近他にも小さいながら魔物が侵入した事件があったような……。
(そうだ……ソロモン商会……)
魔物食材。食材師。検問の不手際。国外への手引き。
様々なことがオピニアの中で一つに繋がっていく。
これは本当に商会の決定的な隙を見付けたかもしれない。
ジグソー商店の再建。祖父の夢。そして両親の――
彼女の心には同時に希望の兆しが見え始めていた。
だが――――
(どうやら、それを実行できるかは怪しいみたいね……)
オピニアの逃げる足はついに止まる。
目の前まで迫っていたアルミラージはその手をオピニアに向け――
――――そのまま音もなく爆散した。
「え……」
さすがのオピニアも事態が呑み込めず硬直する。
そして、混乱したままの彼女に頭上――文字通りアルミラージの頭上から声が届く。
声の主を見れば、つい先ほどまで魔物の後ろにいた黒い外套であった。
消え入るようにか細く若い――女の声だ。
「…………あなたがオピニアさん、ですね」
黒い外套の下から現れたのは、白い少女であった。
彼女の手や足元をよく見れば、それは魔物に投げて外したはずの武器の数々だ。
つまり先程の爆発は、オピニアが集めた爆薬によるものだったのだろう。
白い少女はふんわりと音もなく地面に降り立つ。
「そうだけど……あなたは誰……?」
オピニアは目の前の相手が、敵か味方か判断に迷っていた。
最初の黒外套5人組の仲間?
だとしたらこうして姿を見せた意味は?
この女にはどこか陰がある気がする。
純粋に信頼して良いものでもないだろう。
だが、今助けてくれたのもまた事実だ。
少女は勿体ぶらず、だがゆっくりと名乗った。
「…………私はシル――シル=スノウバグ」
その所属は――――
「……この国の諜報部実行部隊副隊長です」
そして彼女のここに来た目的を。
――――その名を口にした。
「――――サツキさんが今どこにいるかを話しに来ました」
今後名前が出てくる可能性低そうなので補足。
シルが名乗ってる諜報部は正確には
"ドイルヴァノン王国内的諜報部実行部隊"
……になります。(大体の人は略して諜報部と呼ぶ)
国外へのスパイ活動は別に"対外諜報部"があります。




