第4話「オピニアと言う少女の性格は」
目なし狼――冒険者たちがワームウルフと呼ぶ魔物は、突然転がってきたそれに一瞬怯む。
山ではあまり見ることのないキラリと光る透明な空き瓶のようなもの――と言うか紛れもなく空き瓶だ。
それこそが少女が背負っていた荷物の全てだった。
15……いや20はあるであろう瓶は地面を埋め尽くすには届かないものの、狭い森の獣道。その道を塞ぐほどの数であった。
仮に人間が相手ならば。足を取られ十分足止めになったかもしれない。
しかし身軽なワームウルフにとって、本来その程度では歩みを鈍らせることすら難しいだろう。
それでも彼らが一瞬気を向けてしまったのは、それらから僅かに果実の香りがしたからだ。
文字通りオピニアの短い半生を投げるような渾身の一手。その効果は――。
「よしっ! さすが私特製ジャム! 空き瓶になっても役に立つわね……ってもう追ってきた!」
戸惑ったのは数秒ですぐにオピニアへと向きを変える。
いくら荷を捨てて走りやすくなったとは言え、相手は犬と等しい速さを持つ魔物だ。稼げた時間は数分どころか数十秒にも満たない。
(どうする? 戦うか? それともアレを使う?)
一瞬思い立つがすぐに首を振る。
(いや、仮にこの場で使ってもすぐに見付かってしまう……!)
山小屋までは距離はあるものの、幸い今は少しだけ魔物との距離は取れている。
初めから選択肢など、逃げる以外には存在しないのだ。
(ハァ……! ハァ……! ここまで追ってこれるかしら!?)
木に手をかけ背丈ほどの岩壁を昇る。
何度か岩へと強かに体を打ち付け全身に痛みが走った。
ワームウルフは回り道するも、差は広がらない。
(しつっこいわね! じゃあこれなら――)
姿を隠せればと思い繁みへと飛び込んだ。
枝で服はあちこちが破れ、肌に無数の裂傷が出来る。
痛みにやや顔を歪ませながらも、あえて深い草むらを通り、全力で走り続ける。
――しかし奴等も痛みなど感じぬかのように後を追ってくる。
やはり差は広がらない。
(くそっ!)
必死で通りづらい道を選ぶも、それでギリギリ追い付かれない距離しか保てない。
宿まではまだ距離があるなか、道は少しずつ開けていくのが逆にオピニア自身の逃げ道を狭められているかのようであった。
だが、そんなとき――
(……あれは?)
前方に動く影――いやハッキリと人影が見えた。
中腹に来てからは初めて見る他の人間である。
この近くでダンジョンに潜るほどの冒険者なら、ワームウルフ2匹程度は敵ではないだろう。九死に一生。すぐに助けを求めなくては。
「そこの人! たすけ――」
だが距離が近づいたところで、オピニアは出しかけた救援の声を止める。
この世界の魔法はあまり攻撃に向かない。
なので冒険者と言えば肉弾戦を中心とした筋骨隆々な男が多い。
装備も含めて見た目の強さがそのままステータスとなるのだ。
しかしその男は50代ほど、この切迫した状況で贔屓目に見ても、中肉中背のただの一般人にしか見えなかった。何よりその腰には何の武器も下げていない。とても戦える身とは思えなかったのだ。
(商人か、あるいは山小屋の管理者か!? なら――)
気付くや否やオピニアは魔物への向きを変え、そのまま後方へ聞こえるように叫んだ。
「――逃げて! 犬型の魔物2匹! 私が食い止める!」
オピニアは自分が無茶をしていることは分かっている。
例え男が戦力にならなくとも、一人で対処するよりはマシだろう。
あるいはここは弱肉強食の自然の中で、誰が見ているわけでもない。
男に魔物を押しつけて逃げたところで責める者はいないのだ。
――いや、今この瞬間に限ったことではない。
山を登るのだって、冒険者を雇えば良い。
彼女と言う足枷で彼らの戦闘を妨げたってそれが普通なのだ。
そもそも町で知り合いを訪ねてそれに頼れば良い。
他の家族がいなくとも、店で築いた伝手はいくらでもある。
彼女はまだまだ頼ることの出来る相手はいるはずなのだ。
だが、それでもだ――――
(私の都合で知らない人を巻き込んで、一方的に寄りかかって命を預けて足引っ張って。そんな生き方も死に方も――――私は死んでもごめんだわ!!)
それが彼女の性格だった。
――しかし、そうなるといよいよ生存は絶望的だ。
逃げることすら許されない。
残された道は戦う事か――あるいは男ごと姿を消すか。
(ここで使って効果があるかは難しいけど……)
あれを使うしか道はない。
オピニアはそう判断するや否や唯一持ってきた瓶の蓋を開ける。
――1つだけ持ち出した瓶。
山に持ちこんだ瓶の中でも数少ない、未使用の綺麗な瓶だ。
その中に摘まめるほどの小さな人形を入れた。
ワームウルフは今にも飛び掛かってくる距離まで来ている。
(お願い! 上手くいって!)
オピニアは蓋を閉めると急いで地面に瓶をつけ叫ぶ 。
「超簡易ダンジョン!かいほ――」
「少し口を塞いでろ」
彼女の叫びは背後から聞こえた声に防がれ、そして状況を確認する間もなく視界は白に包まれた。