第3話「道なき道のその奥へ」
一つ、ダンジョンには魔物が発生する。
一つ、魔物を倒すと経験値が手に入る。
一つ、経験値は人を強くする。
一つ、討伐時に体の一部を落とす場合もある。
一つ、それ以外の体は消滅してしまう。
一つ、消滅した魔物はまた甦る。
一つ、宝もまた魔物と同じものである。
一つ、通常は内部構造が変わることはない。
一つ、長く生きた魔物は外へと出てくる。
一つ、ボスと指定された魔物がいる。
一つ、ボスを倒すとダンジョンは消滅する。
一つ、ボスは外へ出ることが出来ない。
一つ、我々が知るダンジョンは一部に過ぎない。
「ドイルヴァノン山、中腹山小屋の古びた貼り紙より……か」
明朝。オピニアは小屋で朝日に照らされたそれを読み上げるが、それに応えるものはいない。
ダンジョンは山の高所に行くほどに難易度は増す。
ただでさえ危険なこの山のダンジョンでは、大抵の冒険者が中腹に来る前に、そこそこのダンジョンに潜っていってしまう。
無論それより上を目指す冒険者もいるが、運が悪いことに、その日そこまで来たのはオピニアただ一人であった。
(先に野良魔物に会うか、目的の奴に会えるかの勝負になりそうね)
オピニアは今回武器を持ってきていない。
それは彼女が扱えないからであるが、普通の人は念のための武器は持ちたくなるものだ。しかし彼女にはその重量は逃げるときの邪魔になるとしか思えなかったからだ。
死に際に10%生存率が上がる保身をするなら、そこに陥る可能性が11%下がる選択肢を選ぶ。それが彼女の性格だった。
大事なのは早いうちに危険を感知すること。
荷を置いて逃げる勇気を持つこと。
そして言うまでもなく運だ。
「さて! では今日から本格的に探しますか!」
自らを鼓舞するようにあえてそう口に出した。
噂のダンジョン整備士は中腹付近での活動が多いらしい。
しばらくはこの山小屋を拠点として捜索することになるだろう。
(しかし『小枝遊び』のサツキねぇ。実在しなかったら野垂れ死にに来たようなものね)
サツキについて分かっていることは非常に少ない。
山の中、あるいはダンジョンの中で見かけることが多いということ。
冒険者にも宝にも興味はないようで、もっぱら道の掃除をしたり、ダンジョンの壁を弄っているということ。
話しかけても迷惑そうに追い返されるだけということ。
それだけ長くいるのだから強いのではないかと噂されるが、彼が戦うところを見たものはいないということ。
数十年は山にいて、その前は記憶喪失で町を彷徨っていたらしいということ。
記憶を失う前は某国の貴族だったということ。
実は魔物だから襲われないのではということ。
不老の体を持った美男子だということ。
(おっと、途中からは完全にただの噂話か)
聞いた話の荒唐無稽さに、そしてそれを探す自分に自嘲気味に笑いながらも、捜索は次第に森の奥へと進んでいく。
道はやがて獣道へ。そしてそれすら先細るように消えていく。枝を掻き分け、岩場を降りながらもオピニアの足は萎えることなく動き続けた。足取りがやや軽くなったのには理由がある。
(こうして歩いてみると……なるほど。全く希望がないわけでもなさそうね……)
道中、オピニアは先程までの道との違いを実感していた。
冒険者たちは「人が歩けば道はできるものさ」と言うが、それにしても先程までの道は歩き易すぎたのだ。
素人のオピニアでも分かる――いや、むしろ素人だからこそ分かったのだろう。普段ここの山を利用する者にとって当たり前になっているのだ。何十年も前から整えられ続けている山道に。
(少なくとも道を舗装する何者かはいる……と。しかしそれにしては範囲が広すぎるわ……単独ではないのかな?)
――――
その時僅かに草むらから音がした。
オピニアは立ち止まり、瞬時に悟る。
気配だのと言っている段階は既に過ぎていることに。
冷たい汗がすっと流れる。
(そうだ、単独か以前にまず人か――)
そう、オピニアは素人だ。
素人が気配を感じるなどまず出来ない。
あるいは踏みいった時点で逃げることすら――。
――――
草影から、のそっと四足の獣が現れる。
犬、狼――――いや、ダンジョンの発生する山に普通の動物は少ない。それは一軒青色の毛並みの狼だがその頭には目がついていなかった。
そして続くようにもう一匹。こちらも同じく目なしの狼。まず間違いなく仲間だろう。
(あるいは魔物か……!)
オピニアは相手の姿を確認するや否や、咄嗟に荷物の中身を一つ掴み、残りを狼に向かって蹴飛ばすと、元来た道を駆け出した。