第2話「ジグソー家の遺したもの」
「ハァ……ハァ……こんなもの……ジャムの荷卸しに比べれば……まだ全然大丈夫……」
オピニアが歩くは冒険者用の山道。
それもまだ3合目といった地点だ。
ドイルヴァノン山はダンジョンの多い危険な山だ。
だがある程度までは冒険者も多く、道も作られている比較的安全な道程である。
周りで冒険者たちの多くが期待に満ちた談話を交わす中、オピニアは一人それを登りながら自分のこれまでを思い返していた。
それは期待とは到底言えぬ藁を掴むような希望の記憶だ。
だがこの歩みを進める唯一の燃料でもある。
忘れぬように。挫けぬように。何度も思い返しては自分を奮い立たせているのだ。
(そう、本当に何てことはないわ。誰が帰ってくるでもない家で死んでしまうことに比べれば……!)
…………
……
オピニア=ジグソーは商家の娘だ。
商家……と言ってもここ何年かちゃんと商売をしてきたのはオピニアだけで、そういう意味では彼女自身が生まれながらに商人を志した、と言った方が良いだろうか。
何でも彼女が生まれる前は、彼女の祖父が比較的まともな店をやっていたらしい。
しかし祖父は商才がなく、おまけに物を売るより作る方が好きだった(もっともそちらの才能があったかと言うとあやしいが)。
店番を幼いオピニアに任せ発明に没頭する日々。
その悪癖は年を追うごとに酷くなり、ある日を境についに店を放置して、完全に自分のアトリエへと籠るようになってしまった。
両親はそんな店に早々に見切りをつけて、夫婦揃って冒険者に転向。
「冒険者になれば、一攫千金も夢じゃないぞ!」
「オピーちゃん、私たちは少しの間家に戻れないかもしれないけど、おじいちゃんのいう事を聞いて良い子でいるのよ」
しかし昨日まで算盤しか弾いたことがない二人がいきなり大成できるわけもなく、半年後にはドイルヴァノン山から帰ってこない無数の冒険者――その一組となった。
祖父は悲しんだ。だが何とか立ち直ると決心する。
「そのうち店の棚を全部儂の作ったもんで埋めてやるからなオピーよ! ポリオミノ商店にでかい面もさせないし、ギルドにぼったくられる心配もないぞ!」
彼は真面目に店をやり直そうとはせず、尚一層研究に没頭することとなる。
その頃にもなるとオピニアも、両親含めたジグソー家の性格は諦めてきており、祖父に期待するでもなく一人で店を切り盛りするようになっていた。
「ははは! どうだこの発明の数々は。そこらの店じゃこれほどの物は置いてないだろう!」
そう笑う祖父の店で結局一番売れていたのは、ギルドから仕入れた害虫退治の薬品で、二番目に売れたのが水場の桶。三番目は自作ジャム(オピニア作)だ。
彼の作った作品は店の中央で、空気のように扱われ続けゆっくりと埃を被っていった。
――ちなみに"売れていた"だ。そう、これは過去の話である。
ひと月前に祖父が他界した。死因はただの老衰。
最後まで発明品を作り続けた、わりと幸せな最期だっただろう。
問題はその後に起きた。
「ここは名義の人がいなくなって、成人の跡継ぎがいないだろう。だったらうちが引き取ってあげようじゃないか。私たちに任せなさい。ねぇお嬢ちゃん?」
「…………」
祖父の死から数日後、ギルドによって半ば強制的に店は畳まされてしまったのだ。
もっとも曲りなりにも一軒の店。
齢14歳に過ぎないオピニアにとって重荷になりかねないそれを、当面暮らせるだけの金額で引き取ってくれたギルドには、感謝こそすれ怒りはなかった。
――少なくともその時は。
そうしてオピニアは家族と家を失った。
だが彼女は悲しみに暮れることはなかった。
それは彼女の性格もあるだろう。
だがそれだけではない。
彼女には何も残っていない訳ではなかった。
祖父――不遇の発明家レイヴィス=ジグソーは死ぬ前に、彼の最大にして最後の発明をオピニアに渡していたのだ。
「オピーよ。儂はこれを作るために生涯を捧げてきた……。これまでの作品はこのための試作品に過ぎない……。これは紛れもない完成品だ……だが、まだ儂はその使い方を……」
祖父が最後に残した言葉、その時は意味が分からなかった。
しかしその発明品の名前と効果を聞いてから、徐々にその期待は高まっていった。
本当にこれが祖父の言っている通りなら凄いものだ!
コレがあれば、冒険者たちが命を賭けて取りに行くダンジョン資源。それが労せずして安全に手に入るかも――いや、商売と言うだけでなく、もしかしたら世界の構造そのものを変えてしまうかもしれない。
不謹慎と思いつつもオピニアは期待に胸が踊る。
…………
……
しかし1週間ほど試してそれは不安に変わる。
更に3日ほど知り合いの店に売り込んで、不安は落胆に変わっていく。
祖父の言ってることは嘘ではなかった。
確かに凄い発明品ではあるのだ。
試せば試す程に落胆と不安は渦巻くように彼女の心中を満たしていった。
「おじいちゃんの言ってる通りではあるんだけど……」
彼女はそれを試している最中何度も同じ疑問を口にした。
「これ……どんな使い道があるの……?」
その発明品の名は『汎用型迷宮環境発生装置』。
通称をダンジョンキットと呼ぶ。