第11話「町を東に 山を背に」
「あぁ、暇だ――――って、あれ?」
ドイルヴァノン山入り口のゲインの、寝ぼけかかっていた頭は一瞬で目覚めさせられた。
「ただいまー。門番のおじさん」
「お、おう……」
ゲインの驚きをよそに、何とも気の抜けた挨拶をしてきたのは、確かに2日前に山に入っていた少女――名はオピニア。
(本当に無事に帰ってきやがった……)
それにしても早すぎる。
いくら中腹までは歩きやすく危険の少ない道とは言えど……途中ですぐに引き返したのでなければ、この細い足で大した健脚だ。
それに武器も持たずに無傷での帰還――運もある。だが、こいつには目的があったはずだ。
「帰りは別に名前書く必要はないんだよね。じゃあね。しばらく来ないと思うけど」
「あぁ……。しかし早いな。さすがに目的の男には会えなかったようだが、無事に帰ってくるだけでも十分だ」
それを聞くとオピニアは「何を言ってるのか心底分からない」という表情で振り返る。
「…………? いや、目的なら果たしてるけど?」
「おい、立ち話してないでとっとと行くぞ」
「はーい、宿無し職無しの方のおじさん」
「……ここに置いてくぞクソガキ」
「ごめーん」
ヘラヘラとふざけるオピニアの後ろには見たことない50代程の中年の男がいた。
あまりにも目立たないというか、一般人に紛れていて気付かなかったが、確かに良くみると只者ではない立ち振る舞いをしている……気がする。
(あれがもしかして……サツキ……なのか?)
少女はまたゲインに一つ謎を残したまま去っていった。
◆
ドイルヴァノン王国城下町。
この地の名を聞けば、多くの人々は山やダンジョンにばかり目を向けがちだ。しかし実際初めて訪れた冒険者たちは、その城下町と言う華やかなる迷宮で1日を費やしてしまう者は少なくないだろう。
ダンジョンからの産地直送の魔物素材やマジックアイテムは勿論のこと、大手商会ギルドのマギア=ソロモンの統括する商店街は各国から集められた珍品の数々で出迎えてくれる。
その他にも鍛冶屋、薬屋などどれを取っても一級品。
例えBランクダンジョンを軽く抜ける熟練冒険者と言えど、ここを通り抜けることは不可能に近いのである。
ルップル社 『ドイルヴァノンの歩み方』より
「…………で、その町を素通りと」
オピニアとサツキは山から城下町の西口に入り、そのまま店に目もくれずに大通りを直進。まもなく東口へと出ようとしていた。
「何か用でもあったか?」
「いや、別にないわ。それにさすがにここらの通りの中にダンジョンはないし、ダンジョンキットの実験するなら郊外に出ないとね」
「分かってるなら良し」
「むしろサツキが町の構造分かってるほうが驚きなんだけど」
「別にずっと山籠りしてた訳じゃないからな。正規のルートは通らないだけで、ちょこちょこと町には買い出しに来てたぞ」
謎に包まれていたサツキの暮らしだが、実際それほど特別な暮らしをしていたわけではない。
そもそも冒険者は決められた道を外れることは滅多になかった。なので少し道を外れた所に家を建てようが、裏から食料を買いに行こうが、山草などを売りに行こうが気付かれることはそうなかった。
もっとも暮らし始めた頃は不馴れさ故に何度か見つかり、そのせいで未だに不当な噂が残っているのだが。
「思ったより適当なのね」
「お前みたいにわざわざ道を外れるやつは珍しいんだよ……っと、あの店はまた珍しいもん売ってるな」
「…………マギア=ソロモン」
東門隣のその店では魔物食材を売っていた。
グリスコカトリスの肉、ヘルズハーブの葉、ミノバッファローの舌。
どれも滅多に見ることがない珍品ばかりだ。
「どうせ値段的にまともに売るつもりはないわ。入り口で売ってるのはあくまでも力を誇示するためよ」
「商会ギルドかの元締めか……。それにしたってきっと良い食材師がいるんだろうな」
魔物は通常殺した瞬間に角などの素材を一つ落として消えてしまう。
しかし例外として、生きたまま切り取った肉はそのまま残るのだ(角などは切り取ると消滅する)。
ただでさえ手強い魔物を生きたまま解体する技術者。彼らを食材師と呼ぶ。
「あんなのいいから先急ぎましょ」
「ん? あぁ、そうだな」
サツキはオピニアの反応に少し疑問を抱いたが、
(まぁ、ここの商人ならいくらでも思うことはあるか)
彼女が話さない以上聞くべきではないと判断し、先を急ぐこととした。
東門を抜け、二人は城下町を後にする。
◆
周りを山に囲まれたドイルヴァノンで、唯一山に面していない東門。
そこを潜ると視界は一気に開け、一面の草原が広がる。
交易の通り道――イヴェン平原だ。
「ここからの道案内は任せたぞ」
「大丈夫、私も何度も来てるしそんなに遠くじゃないから」
「ん。じゃあ向かうか――」
オピニアの祖父――レイヴィス=ジグソーのアトリエに。




