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「共闘」


私たちは隊を離れ、先に王宮へと向かう。

ふたりとも無言だった。

唇を引き締めて無言のまま馬を走らせる私の耳に、竜の鳴き声が聞こえた。

「翼竜・・・・?」

「あれって・・・もしかしてラプタ・・・!?」

・・・あっちは・・・王都の方向・・・・・・

間違いなくラプタだろう。おそらく、ライオネスたちが乗っているはずだ。

「先をこされたか・・・」

隣のランスロットはそういうと一度目を伏せ、馬にむちをうった。

「・・・どちらにしろ好都合ではある・・・だが父上を倒すのは・・・この私だ」

・・・ランスロット・・・

悲痛な決意に、心がずきんと痛む。

彼はもう、私の言葉など忘れてしまったのだろうか。

・・・ひとりでなんて・・・だめだよ・・・

ランスロットはそのまま速度をあげ、王都へとひた走った。

私も慌て馬を急かし、彼に遅れまいとする。

彼のかたくなにも見える背中。それが、私の不安を大きくしていく。

だが今はどうすることもできず、祈るような気持ちで、ただ彼の馬を追った。


王宮の内部は散々な有様だった。

異形も人間も入り乱れ、重なり合って皆息絶えている。

あたりには血のにおいと肉の焦げたような悪臭が漂い、その光景をより壮絶なものにしていた。

「こ・・・っ・・・これ・・・・」

剣や武器で傷つけられたものもいるようだが、特に異形の多くは全身を焼かれ、

黒い異物の塊と化している。

「・・・・これが・・・・魔法・・・魔剣の力か・・・」

目の前は死体だらけだ。足の踏み場もないとはこのことか。

ランスロットが凄惨な廊下の様子を見て、顔をしかめる。

・・・異形が・・・こんな・・・みんな息絶えて・・・・・・

たぶんクライストの魔法の力なのだろう。

もう動かないにしろ、こんな大量の異形は見てていい気分もしなかった。

「クライストさんたちは・・・もうウェルム団長のところへ?」

「・・・・・・」

だいぶ前には到着していたのだろうか。しかし・・・

考え始めた私の脇をすっと通り過ぎ、ランスロットが歩き出す。

私を振り返り、至極厳しい表情で言葉を吐いた。

「父上は・・・おそらく、玉座の間にいるはずだ。急ぐぞ」


王宮の奥、長い長い回廊。

ランスロットは玉座の場所を知っているのか、迷うことなく王宮内を駆けていく。

私にはどこを走っているのかまったくわからない。

ひたすら彼のあとをついて、走っていると・・・

「・・・!」

ふいに、ランスロットが足をとめた。

・・・え・・・?

私も慌てて立ち止まる。ワインレッドのじゅうたんが敷かれた広い廊下。

その先には、ひとりの女性が、倒れていた。

・・・あれって・・・


背中までの長い髪が、血の混じった廊下にいっぱいに広がる。

宝石をちりばめた気品のあるドレスは血で汚れ、ところどころが切り裂かれていた。

・・・あれってまさか・・・

「ユリア様!!」

ランスロットが駆け寄って、彼女を抱き起こす。

もはや事切れているのかと思ったが、まだ息はあったらしい。

ユリアはうっすらと目を開け、ランスロットの顔を見た。

「・・・らんす・・・ろっと・・・さま・・・」

か細い声で、今にも消え入りそうな声で、彼の名前を呼ぶ。

その頬には血の気もなく・・・もはや助かる見込みはないだろう。

「・・・ユリア様・・・」

ランスロットもそれをわかっているのか、彼女の背中を支えたまま、苦しげに目を伏せる。

だがユリアは息もたえだえに、それでもとても嬉しそうに、微笑んだ。

「お会いできて・・・よかった・・・最後、に・・・」

・・・ユリアさん・・・

今、こんなことを思うべきではないのだと思う。だけど・・・

ランスロットの腕がユリアに触れている。

それを見ただけで、なんだか胸の中がもやもやした。

ユリアはランスロットの許婚で、彼が彼女を気遣うのは当たり前のことで。

今まではそう、何も感じなかったはずなのに。

不快な気分を押し込めるように、私は自分の胸元をぐっと握り締めた。

「ユリア様・・・申し訳ございません・・・・・・父上が・・・まさか・・・このような・・・・・・」

ランスロットはユリアを抱いたまま、うなだれて謝罪する。

ユリアがかろうじて、首をかすかにふった。

・・・ランスロット・・・

ユリアが、ランスロットを見つめる。

ランスロットは目を閉じ、しばし躊躇してから、口を開いた。

「・・・私は・・・」

「・・・いいのです、ランスロット様・・・」

「ユリア、様・・・?」

ユリアがランスロットの言葉をさえぎる。彼が目を見開くと、

ユリアは微笑んで、今にも消え入りそうな声で・・・つぶやいた。

「・・・謝らなければならないのは・・・私の、ほう・・・」

「・・・どういう・・・」

いぶかしげなランスロットに、ユリアがまた微笑む。

そして、彼の後ろにたたずむ私に、ちらと視線を送った。

・・・え、ユリアさん・・・?

「私は、わかっていました・・・。

あなた様の心の中にはもう、ほかの女性がいらっしゃること」

「・・・!」

「それをわかっていて・・・私はどうしても・・・諦めることができなかった・・・

だから・・・お父様に・・・」

「・・・・・・ユリア様・・・」

「それ、ばかりか・・・イレインさんに嫉妬して・・・あなたから遠ざけようと・・・」

「・・・」

言葉をなくす彼に、ユリアは弱弱しく笑いかける。その目から涙がひとつぶ、零れ落ちた。

「でも・・・あなた様はそれでも、優しかった・・・。こんな卑怯な私に・・・」

語尾が消え、ユリアのその目が、ゆっくりと閉じられる。

「ユリア様!」

ランスロットがはっとして、名前を呼ぶと・・・彼女はかすかに目を開けて、言った。

「・・・私は・・・嬉しかったのです・・・とても」

・・・ユリアさん・・・

ユリアは心から、彼のことを慕っていた。

その想いが痛いほど読み取れて、私はうつむく。

ユリアがまた、口を開いた。

「ありがとうございます・・・ランスロット様・・・

最後に、さいごにあなたの声がきけて・・・よか・・・った・・・」

「・・・ユリア様・・・?ユリア様!!」

ランスロットが慌てて再度、彼女の名前を呼ぶ。

しかしユリアはもう彼の呼びかけに、応じない。

ぐったりとその背中を彼の手にあずけたまま、彼女は静かに、その生涯を閉じた。


「・・・・・・・」

ランスロットはユリアのなきがらを抱いたまま、しばらく瞑目しじっとしていた。

私も目を閉じ、黙祷をささげる。

・・・ユリアさんは、本当の本当にランスロットのこと・・・

胸がきゅっとなる。

自らの身分を利用して婚約をこぎつけた、其の行為は本人の言うとおり・・・

卑怯といえるかもしれない。

でもそうするまでに彼女はきっと、ランスロットのことが好きだったのだと思う。

たとえ振り向いてもらえなくても、そばにいてほしい。

そんな気持ちが・・・今は・・・私にもわかる気がする。

・・・私・・・


「イレイン」

ランスロットはユリアをそっと横たえて立ち上がり、私のほうへ体をむけた。

「ランスロット・・・?」

「行くぞ」

「えっ・・・で、でも、ユリアさんは・・・」

決意のこもった紺の瞳が、私をまっすぐに射抜く。

私が戸惑っていると少しだけ目を伏せて、言った。

「今は・・・父上をなんとかしなくてはならない。

のちほど、部下たちとともに、丁重に埋葬する」

「ランスロット・・・」



「隊長!!」

私たちの後ろから、エクターはじめ部下たちが走ってくるのが見える。

ランスロットはそれを認め、私の顔を見、うなずいた。

・・・そうだ、今はウェルム団長を・・・

私がうなずき返すと、ランスロットはエクターたちに目で合図する。

エクターたちが了承するのを確認してから、身を翻し、駆け出した。

長い長い回廊の先に、豪奢な飾りが彫られた大扉が、見えてくる。

・・・これが・・・玉座の間・・・!?

躊躇もなく、ランスロットがその大扉に手をかけ・・・扉がぎぎっと音を立てて静かに開いた。

目の前に現れる広大な部屋。その奥にどっしりと鎮座する玉座。

そうしてその玉座を背にして、聳え立つ巨身。皺の深く刻まれた厳しい顔。それは―

・・・ウェルム王宮騎士団長・・・!


「・・・お前にはエルムナードの関所を任せたはずだが

こんなところまできて何用だ」

ウェルムは皺の間からのぞく険しい紺の瞳を、ランスロットに向けた。

思わず背筋が震えるような、その鋭いまなざし。

だが、ランスロットは臆せず自分の父親を睨み返した。

「・・・それはこちらの台詞です。父上。なぜ玉座の間に?」

ウェルムが鼻で笑う。

「ふん・・・いてはおかしいか?」

「・・・・・・・。どこまで、しらを切るおつもりですか」

ランスロットはみずからの腰に固定した黒い双剣、レコンキスタを抜き放った。

ウェルムが目を細める。

「どういうつもりだ、ランスロット。上官でもあり、父でもあるわしに武器を向けるか」

「・・・その理由は、父上がよくわかっていらっしゃるのでは」

ウェルムが余裕のしぐさで腰に手を当てる。

ランスロットと、それから私のほうにも視線を向けた。

「・・・・この騒動、お前らの仕業か」

「・・・厳密に言えば違います。が、」

ここで言葉を切って、ランスロットは黒刃の切っ先をウェルムにむける。

「目的は同じです」

腰を落とし、構えの姿勢をとった。


「・・・・ふん」

ウェルムはさげすむような目で息子を一瞥し、同じく双剣の構えを取る。

その両手に出現する真紅の、光刃。

「魔剣ヴァエル・・・!!!」

声をあげた私を、ランスロットがちらと見る。ヴァエルの刃を見つめながら、口を開いた。

「・・・・・その魔剣で、ラルズ宰相とユリア様はじめ、王族一族を手にかけたのは、

真でしょうか」

「だったらどうするというのだ?この世にいない国王に報告でもするつもりか?」

にやりと笑うウェルム。罪の意識さえ微塵もみられないその笑み。

ランスロットが目を見開いた。

「!!!父上・・・まさか・・・本当に陛下まで・・・・・・」

「・・・お前にはわからぬだろうな。

やつら王族がどれだけ腑抜で愚かどもだったかということが」

ウェルムはきっぱりと言い放つ。

ユリアの最後の姿が頭に浮かんで、胸の奥がぐっと捕まれたように痛くなった。

「それでも・・・!たとえそうでもこんなこと・・・」

・・・こんなこと・・・

相手が誰であれ、殺人をものとも思わないその態度。

信じられなくてうつむいた。ウェルムの言葉が耳に響く。

「馬鹿は死なねば治らぬ。わしはこの国の膿を取り除いただけのこと。

自らの保身しか考えていなかったやつらに、クレールの未来を任せるわけにはいかなかったのだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

ウェルムは自分の部下でもある息子、ランスロットの顔を見据えた。

ランスロットはただ黙って、ウェルムをまっすぐに凝視している。

「きれいごとを述べ立てるだけでは、何も変えられぬ・・・。

わかるだろう、ランスロット」

「・・・・・・・・・」

二人の双剣使いは構えをとかないまま、お互いに見つめあった。

張り詰めた空気がこちらにも伝わってくる。沈黙と・・・そして、緊張。

・・・ランスロット・・・

自信に満ちたウェルムの表情は、息子が肯定の返事をすると確信してのものなのだろうか。

だが・・・ランスロットはそのウェルムの顔をにらみ付けて、言葉を放った。

「・・・わかりません」

「・・・なんだと」

ウェルムが眉をあげる。

ランスロットはうつむき、唇をかみしめ、はき捨てるように、続けた。

「どのような理由があったにしろ・・・父上・・・貴方は・・・

このような愚かなまねをする男では、なかったはずです」

ウェルムが息をつく。落胆したように瞑目し、口を開いた。

「・・・残念だ、ランスロット・・・。お前ほどの優秀な男が・・・わしの考えを理解できぬとはな」

再び開いたその瞳には、殺気のみが宿っていた。ランスロットが私に目をうつす。

「・・・・・イレイン、下がっていろ」

「ランスロット・・・」

「・・・大丈夫だ」

微笑みかけられて、胸の中の不安を抱えながらも私は間合いの外まで下がった。

ウェルムが再び腰を落とす。赤い刃をランスロットに向ける。

またランスロットも、ウェルムへ黒い刃を向け―

・・・そうして、決戦の火蓋が、落とされた。


冷静に考えれば、勝機が十分にあるような戦いではないと思う。

そんなことは、私でもわかる。

いつものランスロットなら、こんなリスクの大きな戦いに進んで臨むことは

なかったのだろう。

しかも、たった、ひとりで・・・・。

けれど、彼はそうせざるを得なかった。

・・・そう・・・ランスロットは、きっと、自分を責めてるんだ・・・

誰も、責めることなんかないのに、ほかの誰もそんなこと、

思ってはいないのに。

自らから生まれたその『責任』に追われるように、レコンキスタを構えるその姿に、

少しだけ視界が滲んだ。


・・・速い・・・!!

ふたりの剣戟は、到底私の目に追いつくものではなかった。

だが、紅い光の筋は、確実にランスロットを追い詰めている。

それだけはわかった。

「っく・・・」

ランスロットはその光のひとつひとつを受け止めるので精一杯のようだ。

「相変わらず左脇が弱いな、ランスロット!!」

ウェルムが余裕の笑みすら浮かべて叫ぶ。

「っ・・・・・」

「どうした!あの小娘にいいところを見せるのではないのか?」

返答すらできないランスロットから目をそらし、

ウェルムがかすかに視線を後ろで見守る私にずらした。

・・・え・・・

「父上・・・何を・・・!」

「・・・わしが気づいておらんとでも思ったか。

ユリアとの結婚を勧めたのも、あの娘がお前に一目ぼれしたからではない」

そこまで言って、ウェルムはランスロットの双剣を振り払う。

「イレインからお前を引き離すためだった!」

「・・・ち、父上・・・」

なんとか体勢だけは崩すまいとするランスロット。私はぐっと自身の胸元を抑えた。

・・・私と、ランスロットを・・・じゃあ、ウェルム団長は・・・

「弟子という名目で手篭めにでもするつもりかと思っていたが、

まさか本気であの小娘にほれ込むとはな」

「っっ!!!・・・では、あの処罰も・・・」

搾り出すようなランスロットの声。ウェルムは笑った。

「当然だ。惚れた女のためにわしの命令に背くなど・・・お前にはつくづく失望する!」

「え・・・」

私は目を見開く。惚れ・・・って・・・・。

ランスロットが・・・私を・・・?

「ぐぁっっ!!!」

ひときわ大きな金属音、そして紅い光と、誰かが倒れこむような音に、

私ははっと顔をあげた。

「ランスロット!!!」

ウェルムが思いっきりランスロットを弾き飛ばしたらしい。

離れた石床に倒れこむ彼に、あわてて駆け寄ろうとして―

「ウェ・・・ルム・・・団長・・・・」

目の前にたちはだかる、巨体といってもいいほどの風貌。

禍々しい血の赤に染められし、双剣に姿を変えた魔剣ヴァエル。

その威圧感に、思わずあとずさる。震える手でかろうじて、腰の双剣を探った。

ウェルムがゆっくりと口を開く。

「・・・たいした娘だ、お前は。

双剣を使いこなすだけでなく、師匠のランスロットまでもをその虜にするとは」

本当・・・なんだろうか・・・。頭の中を、疑問がぐるぐると回る。

ランスロットが、私を・・・。

今はそれどころじゃないはずなのに、混乱して何も考えられない。

・・・駄目・・・駄目だ、こんなんじゃ・・・今は・・・剣を・・・とにかく剣を・・・

「生かしておいては面倒なことになりかねん。悪いが、ここで死んでもらうぞ」

ウェルムが紅い魔剣を振り上げる。

・・・だめっ・・・もう、まにあわないっっ・・・!!!!

観念し、目をつぶったそのとき。

すぐ頭上で、剣戟が響いた。

・・・え・・・?

瞬間、まばゆい光に襲われて、私は思わず目をつぶる。

「な、なんだとっ!?」

ウェルムの焦りを含んだ声。こわごわ目を開けた先には・・・

「・・・彼女に、触れるな」

「クライストさん!!」

魔剣アグレアスでヴァエルを受け止める、クライストの後姿。

アグレアスの蒼い光が、ヴァエルの紅い光まで覆うように輝きを増す。

ヴァエルが押されている―。そんなふうにまで感じた。


「・・・貴様・・・『蒼い悪魔』か・・・」

それでも相手を蔑むようなウェルムの口調に、クライストが不敵に笑う。

「光栄だなあ。俺のこと、覚えててくれたんだ?

まあその、不名誉なネーミングはどうにかしてもらいたいとこだけど」

「そこをどけ」

「・・・悪いけど、そういうわけにもいかないんだ」

そういったクライストが、後ろの私をちらと振り返る。

「クライストさん・・・」

「間に合って、よかった」

あんなに嫌なことをされたあとなのに、なぜだかその微笑にどきりとした。

「くっ・・・」

ウェルムが一度ヴァエルの刃を退き、体勢を整えもう一度クライストに斬りかかる。

だが、険しい表情のクライストはそれをなんともなしに受け止め、微動だにしなかった。

「・・・彼女を傷つけることは・・・この俺が許さない」

・・・クライスト・・・さん・・・

「親父いいいいっ!!!」

[runisi]

ウェルムの背後から、駆けてきたライオネスが巨大な大剣を振り上げる。

「ちっ・・・」

ウェルムは舌打ちして、クライストの剣を弾き

ライオネスに対応した。

ライオネスの後ろから、トリスタンたちが駆け寄ってくるのが見える。

・・・みんな・・・!

「できそこないがっ・・・!!」

「んぐっ・・・」

ウェルムが紅い双剣でライオネスに猛攻撃をしかける。

かろうじて受け止め、避けるライオネス。

そこへ黒い刃がウェルムの背後をとらえる。

「兄貴!!」

「ライオネス、手を出すな!!」

・・・ランスロット・・・!

クライストが現れた間に、体勢を整えたのだろう、

ランスロットが猛然とウェルムに黒い双剣を振るいはじめた。

再び打ち交わされる、黒い刃と赤い刃。

ライオネスは一度大剣を退くと、舌打ちした。

「馬鹿野郎!! いつまでも意地はってんじゃねえよ!!」    

たちまちのうちに負けることはないにしても、力の差は歴然としている。

ライオネスもそれを十分にわかっているからこその、台詞だった。

・・・そうだよ・・・ランスロットだって、わかってるはずなのに、

それなのに・・・『手を出すな』なんて・・・

「いいじゃないかライオネス。ひとりで戦わせてあげなよ」

「てめ、クライスト、何を・・・」

・・・クライストさん・・・!?

「どうしても、格好つけたいようだからね」

クライストは少々意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「そうだろ?ランスロット」

「・・・・っっ・・・・その、言い草は気に入らないが・・・

とりあえず感謝せねばならないのだろうなっ!!!」

紅の刃を寸前で受け止め、ランスロットが叫ぶ。

クライストが心底楽しそうに笑った。

「さっさと終わらせなよ。それとも、ヴァエルに勝つ自信がないのかな?」

「笑止!!!」

ランスロットは思いっきり黒の双剣を鮮やかに振り上げ、ウェルムがたじろぐ。

「・・・お前ひとりでわしに勝てると思っているのか

そこまで愚かだとは思っておらんかったが」

そうつぶやくウェルムも、少しだけだが息が切れていた。

「・・・・・・・・」

ランスロットはそんな父をただ睨み付け、双剣を構える。

「腑抜けになったものよ・・・」

息子へのはき捨てるような台詞とともに、再び剣戟が始まった。


「おい・・・やばいんじゃねえか・・・このままじゃ」

二人の戦いをハラハラと眺めながら、ライオネスがつぶやく。

クライストが肩をすくめた。

「しょうがないよ。本人の希望なんだし。これで死んでもまた本望だろ」

・・・死・・・って・・・

「てめ・・・クライスト・・・!?」

こともなげな台詞に、ライオネスがクライストを振り向いて・・・その視線が、私の上で止まった。

「イレイン・・・」

劣勢は明らかだ。おそらくランスロットは負けてしまう。

みんながわかっている。だけど、止めることはできない・・・

・・・でも・・・このままじゃ・・・

「っっく・・・ひっく・・・」

涙があふれだして、頬の上をこぼれおちる。

ライオネスの戸惑った顔。クライストの驚いた表情。

それでも、泣き止むことなんかできない。

泣いたってどうしようもない、それでも、涙が止まらない。

「・・・・・・・・・イレイン・・・・・・・・・」

クライストがつぶやく。

「・・・まいったな・・・君が・・・そこまで・・・」

「クライスト・・・さん・・・?」

滲んだ視界で見上げれば、クライストは諦めたような笑顔で、私に笑って見せた。

「まあ、うすうす気づいてはいたけどね・・・」

そういって、ヴァエルに苦戦するランスロットの姿を見やる。

「あの堅物のことだから、俺が手助けしたら後々悔恨を残しそうだ。

ここは・・・君自身にがんばってもらうしかないかな」

・・・え・・・?

クライストは一瞬真顔になり、私のそばへと一歩近づく。

「!」

思わず反射的に後ずさった私に、微笑んで目を閉じた。

「・・・怖がらせて・・・ごめん。でも、これでもう終わりだ」

瞬間・・・クライストの体から、鮮やかな青い光がほとばしった。

「・・・・!クライスト、さん・・・」

「クライスト、なんの真似だ!あまり魔力を使うなとあれほど・・・・」

背後のほうで怒鳴り声が聞こえる。あれは、レムの声だろうか。

クライストが静かに答えた。

「レム、少しだけ彼女に、力を与えるだけだ。

足りない魔力のぶんは、君が補ってくれるだろう?」

「あきれたやつめ・・・」

盛大なため息を尻目に、クライストは私の体に手をかざす。

蒼き光が輝きを増し、私の体を包み込んだ。

「・・・・あ・・・・・あ・・・・」

・・・アグレアスの光が私に・・・なに・・・これ・・・なんだか、みなぎるような・・・


まるで私を守るように、光は体のまわりを覆っている。

驚く私に、クライストは目を開け、微笑んで見せた。

「さあ、君の、出番だ」

「クライストさん・・・」

「あの堅物を助けたいんだろ?その剣で、力になってやりなよ」

・・・剣・・・?・・・・あ・・・・!!

みると私の双剣が蒼い光をおび、クライストのアグレアスのようにゆっくりと

一定の点滅を繰り返している。

「これ・・・!」

「ヴァエルからのダメージも、これでだいぶ軽減できるはずだ。

破壊の魔力を、再生の魔力で相殺する」

「・・・・どうして・・・・」

呆然とクライストを見つめると、彼は綺麗にでも少し寂しげに、笑って見せた。

「・・・愛する人を失った君の泣き顔を、見るには耐えないからね」

「クライスト・・・・さん・・・!!!」

「えっ・・・てことは、イレイン、お前・・・」

ライオネスが驚いて私を見る。私は双剣を抜き、クライストのほうを向いた。

「ありがとう・・・!!」

クライストがうなずき、微笑む。

「きれいな笑顔だ。俺だけに向けてくれたらいいのに、現実は厳しいね・・・」

涙はもう、止まっていた。

代わりに力強い何かが、私の中に宿っていた。

アグレアスのおかげかは、わからない。

だけどその自分の中の勢いに押されるように、私はランスロットのもとへと駆け出した。


ひとつだけ、気づいたことがある。

ウェルムは、ランスロットと戦う間、魔法を一度も使っていない。

魔法を使えば、おそらくいとも簡単に勝ててしまうことだろう。

強大な力を得た者の驕り、というよりはむしろ・・・それを使わないのは、

彼の性格ゆえではないかと感じた。

そう、息子であるランスロットと同じく、ウェルムもまた、

クライストの言葉を借りるなら「堅物」で・・・。

親子ともども、愚かなほどにまっすぐなのだ。きっと、そうだ。

「剣の切っ先が鈍っているぞランスロット!!どうした!!」

「う・・・くっ・・・」

ひときわ大きな金属音が玉座の間に木霊し、ランスロットが赤い刃に飛ばされる。

その瞬間を見計らって私はウェルムに向かい走り出した。

「やああああっっ!!!」

「ぬうっ・・・小娘・・・!!」

がきん、と私の双剣にヴァエルの刃が食い込む。

「懲りずに無駄な抵抗をするか・・・」

余裕な台詞をはいたウェルムだったが、私の双剣を見るやいなや顔色を変えた。

「その力は・・・」

私の双剣にまとわりつく蒼い光が、ヴァエルの紅の光に反応し白く色を変える。

「なっ・・・なぜ、魔剣が・・・!」

アグレアスの蒼に吸い込まれるように白くにごり消滅していくヴァエルの紅い光。

・・・ヴァエル自体が・・・アグレアスの影響で弱っている・・・?!

それを証明するかのように、私の双剣がウェルムのヴァエルを押し始める。

ヴァエルの力が弱った・・・あとは・・・技量で勝てれば・・・!!

私はヴァエルをはじき、ウェルムの懐を狙う。だがすばやく身を翻した彼に

その攻撃は阻まれた。

「くだらぬ小細工をしおって・・・!

だが小娘のお前がわしにかなうわけがなかろう!!」

力の差はあった。だけど、技とスピードで押せれば・・・

私は必死にウェルムの攻撃をかわし受け止めながら、隙をうかがう。

だけどそのうちにも、私はじりじりとウェルムの攻撃に追い詰められていった。

「あっ・・・うっ・・・」

足がふらついたところを攻撃され、勢いでついには床に倒れこむ。

「イレイン!!!!」

私を追ったヴァエルを、ランスロットの剣が受け止めた。

「ランスロット!!」


近くで見れば、彼は満身創痍だった。

ヴァエルに浅くきられた傷のあちこちから出血している。

「イレイン!これしきでへばるな!!立て!!」

「ランスロット・・・」

「立てっっ!!!」

疲れに覆われ震える足を叱咤して私は立ち上がる。

ランスロットがウェルムの剣をはじき、私は体勢を整えた。

「お前のあの剣のおかげだ。今はあの魔力は弱ってきている。今なら、勝てる」

「ランスロット・・・」

「行くぞ!!」

「はいっっ!!!」


彼の紺の瞳が、強く私を射抜く。

私はそれをまっすぐに見つめ返して、うなずいた。

・・・ふたりで・・・

四つの剣の軌跡が、弧を描いてウェルムを包み込む。

ウェルムは、いらついたようにヴァエルを思いっきり振りあげた。

「こざかしいわっっ!!!・・・・な、なにっ!?」

だが振り上げた刃は宙を切り、彼の目を見開かせる。

ランスロットのその体勢から、次に彼が何をするのか、私にはわかりきっていた。

教えてもらったとおりに、軽々しく羽のように踊る、まるで舞人のように身を捻り-

まったく二人同時に、「技」を放った。

ウェルムの体を、左右対称に刻む・・・鮮やかな剣の軌跡。


「ぐっ・・・・はあああああああああ・・・・!!!」

噴出したウェルムの血が、私の頬と、ランスロットの頬に・・・散った。


「レム!いまだ・・・」

「やれやれ・・・」

クライストが魔剣アグレアスの蒼い魔力を解放したらしい。

剣から蒼く綺麗な光がほとばしる。レムが目を閉じ手を上にかざすと、

蒼い光はさらに範囲を増し・・・

倒れ付したウェルムから遊離したヴァエルの赤い光を忽ちのうちに取り込んでいく。

そこにいる皆が呆然と眺める中、紅い光を取り込んだ蒼き光は何事もなかったかのように

魔剣の形をかたどり、クライストの手に収まる。

「・・・クライスト、さん・・・」

蒼き魔剣の持ち主がこちらを振り返る。その顔には満面の笑み。

ゆっくりと、深くうなずいてみせた。

「や・・・やった・・・・!!!よかった・・・あ・・・」

・・・でも・・・

その場には、安堵の雰囲気が広がっていた。

だけど、ふと目を移せば、ライオネスは父親の遺体を前にして崩れ落ち、

ランスロットはその後ろでうなだれている。

「・・・ランスロット、ライオネス・・・」

ランスロットがこちらに気づき、私のほうに歩いてきた。

感情の見えない顔で、私をじっと見つめる。

「らんす、ろっと・・・」

見上げた私をそのまま無言で、抱きしめた。優しくではなく、ぎゅっと、強く。

・・・・・・・・・・・・・・・ランスロット・・・・・・・・・

私は彼の背中に手を回す。ふたりのぬくもりが重なる。

ランスロットが再び腕に力をこめて、私を自身の胸に押し付ける。

それに私が答える。きつく重なり合う体。

私の小さな腕では、彼の深く苦しい気持ちを受け止めることすらできないのかもしれない。

だけどせめて彼の悲しみが癒えるまでは、こんなふうにしていたかった。



「クライストさん・・・本当に行くの?もうちょっとゆっくりしていっても・・・」

王都の門の前。私がそういうと、クライストは残念そうに笑顔をみせた。

「俺もそうしたいところではあるんだけどね。レムがうるさくて」

「おじさんが・・・」

「人間の多いところは好かん」

「・・・・・・・・」

少し離れたところにいたレムが、ふんと鼻を鳴らしてそのまま先に歩いていく。

クライストがそれを眺めつつ、肩をすくめた。

「あの堅物と、仲良くね。・・・君に色々嫌な思いをさせて・・・すまなかった」

「クライストさん・・・」

クライストは綺麗に微笑んで、それから目を伏せる。伏せたまま、口を開いた。

「どうあがいても、手に入れられないのなら、いっそのこと嫌われたほうがいい。

・・・・・・・・そんなふうに、思ってた」

「え・・・・」

「でも、やっぱり俺には無理だった。悩んだり傷ついたりする君を俺は見ていられない。

手が届かなくても・・・笑顔でいてほしいから」

・・・クライスト・・・さん・・・

クライストは顔を上げる。私の目をまっすぐ見て、すがすがしく笑った。

彼のあの行為の意味が今わかって、私はうつむく。

「・・・あいつに言っておいてよ。

イレインちゃんを泣かせることがあったら、俺がすぐにさらいにいってやるってさ」

「!・・・く、クライストさんっ・・・」

顔が熱くなる私に、いたずらっぽく笑って見せる。

クライストは片目を私につぶって、そのまま身を翻した。

「・・・じゃあね」

「クライストさん・・・

ありがとう・・・ありがとう・・・!!」

私は彼の背中に向かってお礼の言葉を叫ぶ。クライストが後姿のまま、手を振った。

・・・クライストさん・・・

クライストとレムの姿が、遠ざかっていく。

私はそれを見送りながら、ふと、ランスロットの顔が頭に浮かんだ。

「あ・・・・・・そうだ・・・」

今朝、父の埋葬が終わったと言っていた彼、その表情を思い出す。

「お墓参り、いかなくちゃ・・・」

・・・ウェルム団長の・・・



王都の西、ガイアの森の中の片隅には、共同墓地が広がっている。

私が花を持って森の中を歩いていくと、少し離れたお墓の前、たたずむ人影が見えた。

・・・あ・・・

「・・・ランスロット・・・」

「・・・イレイン」

近づいた私に、長身の彼が振り向く。至極穏やかな顔で私の手元を見やった。

「花を、手向けにきてくれたのか」

「う、うん・・・」

「ありがとう」

見ると、彼の足元にも何本かの花が供えてある。

・・・これって、ランスロットが・・・?

「ライオネスは、先に帰った」

「え・・・あ、きてたんだ・・・じゃあ」

ランスロットがふっと笑う。

「あいつが花を持っている姿は、そうそう見れるものではないな」

・・・ライオネス・・・

「・・・・・・・・・・・・」

墓石にはウェルム王宮騎士団長の名前が刻まれている。

その名前をじっとみつめながら、ランスロットはひとつ、息をついた。

・・・ランスロット・・・

何か言葉をかけたほうがいいのか、黙っていたほうがいいのか。

私が迷っていると、彼がこちらを見て口を開いた。

「・・・あいつは、もう行ったのか」

「え・・」

・・・あいつって・・・あ・・・

ランスロットの紺の瞳がまっすぐに見つめてくる。

誰のことかはすぐわかって、私はゆっくりとうなずいた。

「・・・・・・・うん。ついさっき、門を出て行ったよ」

「・・・・・・そうか・・・・・・」

静かな墓地に、鳥のさえずりが遠く聞こえた。

ウェルムの墓に向きなおって、ランスロットがもう一度、息をつく。

「・・・・・・・・ひとことでも、礼を言いたかったな・・・」

「ランスロット」

「父上に勝てたのは、あいつのおかげなのだろう?」

「・・・うん・・・」

私がうなずくと、ランスロットは目を伏せ笑みを浮かべる。少しだけ、肩をすくめた。

「・・・まあ・・・礼を言ったところで・・・私のためではないというのだろうが・・・」

「・・・・・・・」


森の中に風がざあっと吹いて、供えた花がランスロットの足元に転がる。

彼は一歩墓に近づくとしゃがみこんでそれを再び供え、そのまま瞑目した。

私も持ってきた花を彼の背後からそっと置き、目を閉じる。

「・・・・・・・・・・・・・・」

再び目を開け、ランスロットのほうを見ると、彼はじっと、ウェルムの墓を見つめていた。

・・・ランスロット・・・

やがてしばしののち、彼はたちあがり、うつむく。

それを見ながら私も腰をあげようとしたとき・・・彼がぽつりとつぶやいた。



「・・・父上を超えることは」

「え?」

「父上を超えることは・・・私の目標だった」

「ランスロット」

私からは、うなだれたランスロットの後姿しか見えない。その背中が、また語った。

「技を磨き・・・いつかは・・・と思っていた。だが・・・

手合わせするときもないまま、父上は魔剣を手に入れてしまった」

「・・・・・・・・・」

その声に、あまり抑揚はなく。

だけど、手のひらをぎゅっと握り締めるのが、はっきりと見えた。

「父上も力を欲したのだろうが・・・魔剣など・・本来の力ではない。

所詮借り物に過ぎぬのだと・・・

そんなことがわからない父上ではないと思っていたのだがな」

・・・ランスロット・・・


必死に、何かに耐えているような表情。

ずっとずっと、いつでも小さかった私の前を歩いて、穏やかで、冷静で、

「師匠」であり続けた彼の・・・

ランスロットの、そんな顔を見るのは・・・初めてだったように思う。

胸の奥が痛い。

師匠ではなくて、ランスロットという一人の男の、その人の心に

少しでも寄り添いたい。

想像もできない、、深い深い悲しみと戦うその人に・・・

私はランスロットに近寄り、彼のその腕にそ、っと手を触れた。

「イレイン・・・」

ランスロットがはっとこちらを見る。私と目が合うと、ふっと相好を崩した。

「お前にも・・・礼を言わなくてはならないな」

「え?」

「お前が助けてくれなかったら・・・おそらく今私はここにいないだろう」

「そんな・・・私は・・・」

あわてて首をふる。そう、あのときのは私の力などではないのだから。

「たいしたことしてないよ・・・。

それに、クライストさんがいなかったら、私だってやられてたかも

しれないし・・・」

「・・・それでも、お前がいなければ力を借りることはできなかったわけだろう」

「・・・・・・それは・・・・」

「・・・ありがとう、イレイン。

お前が・・・お前がそばにいてくれて・・・よかった・・・」

ランスロットの瞳が、近づく。

深い深い・・・深い、紺碧の、青―。

彼の腕が、私の背中にそうっと回されて・・・気づいたら。

ふわりとあの懐かしい胸の中に、私はいた。

小さいころから、私を包み込んでくれた、ぬくもり。

よく知ってる、何よりも安心できる・・・この暖かさ。

・・・・・でも・・・・・

どうしてだろう。今は・・・

・・・・・どうしてだろう・・・やっぱり、なんか・・・

小さいころなら、こんなこと何度もあったはずだと思うのに・・・どうして・・・

違和感を感じた。それは早まっていく胸の鼓動とともに、

確実なものになっていく。


決して不快じゃなくて、むしろ・・・うれしいような、心地よいような・・・違和感。

・・・すごく安心する・・・ほっとするのは変わらない・・・だけど、ドキドキ、して・・・

・・・これって・・・?

「イレイン」

ランスロットが、私の名前を呼ぶ。

そう、出会ったときから変わらない、やわらかくて・・・

すっと胸にとけるような・・・優しい声。

今まで何度も何度も、この声に呼ばれた。

呼ばれるたびに安堵してた。そんな気がする。だけど今は、今は。

きゅっと、胸を締めるような、切ないような気持ちに襲われて・・・。

「ランスロット・・・」

見上げた私を甘く見つめる、彼の瞳から、目が離せない・・・。


「イレイン・・・私は・・・」

言葉を紡ごうとする、彼の唇。

・・・こんなじっと見つめたことなんてなかった・・・

「・・・・・・お前のその声を・・・ずっとそばで聞いていたいと思う」

「え・・・・」

どきん、と大きく心臓が跳ねる。

・・・声を・・・そばで・・・ずっと・・・って・・・

「私は・・・」

・・・ランスロット・・・

ランスロットの目に、私の姿が映りこむ。

だけどそれに気づいた瞬間、彼は徐に目をそらした。

・・・えっ・・・


「・・・いや・・・すまない」

「!!」

・・・なんで・・・?どうして・・・?

「ランスロット!」

胸の鼓動がどくどくと激しい。

気づいたら、責めるように彼の名を叫んでいた。

納得できない、そんな気持ちが心の中を広がる。

でも、何に納得できないっていうんだろう。

「なんでもないんだ・・・気にするな」

「なんで・・・気にするよ!どうしてそんな・・・言いかけてやめるの・・・?

ランスロット・・・らしくないよ」

そう。全然彼らしくない。こんな・・・こんな・・・。

「・・・・・・・・・今・・・・私の気持ちを言ったら・・・お前は私を軽蔑するだろう」

「・・・どうして?今更・・・しないよ」

ランスロットが何を言いたいのか、何を言おうとしているのか、

私にはわかっていたのかもしれない。

・・・軽蔑なんかしない。するわけないよ・・・だって

だって私・・・

「・・・それでも、駄目だ。こんな・・・」

「ランスロット・・・」

ランスロットが顔を覆う。

その姿に、なぜだか・・・涙がこぼれた。

「っく・・・」

「イレイン・・・」

ランスロットが気づいて、目を見開く。

「なんで・・・駄目なの・・・。

駄目じゃないよ!だめなんかじゃ・・・・・・ないよっ!!」

どうして泣きたくなったのかなんて。どうしてこうしているのかなんて。

自分でもわからない。ランスロットの胸にしがみついて、私は叫ぶ。

「イレイン・・・」

「嫌ったりなんか・・・しないよ。私・・・わからないけど・・・」

そう、わからない。この感情が、なんなのか。

どうしてこんなにもこの人のことを・・・こんなにも・・・

「わからないけど・・・でも・・・ランスロットともっと一緒にいたいって・・・

思うから・・・」

「!」

彼の体が、少しだけたじろぐ。それでも私は続けた。

「もっと・・・もっと・・・」

・・・そう・・・私・・・貴方に・・・

「だ、抱きしめてほしいって・・・思うから・・・」

「イレイン・・・っ」

「・・・そんなことっ・・・言わないで・・・っ・・・」

涙が止まらない。とまらなくて、何度も何度もしゃくりあげる。

「・・・イレイン・・・」

ランスロットは体の力を抜くと、

私のあごをそうっと指で持ち上げた。

「・・・お前は・・・そんなことを言って・・・・」

「っく・・ひっく・・・ぅ」

「・・・後悔しても知らないぞ・・・?」

「こ、後悔なんかしないよ・・・するわけないよ・・・」

「イレイン・・・・」

「ねえ・・・だから、ちゃんと言って・・・・?」

「・・・・・・・・イレイン・・・・・・・・」

「教えて・・・ランスロットの・・・気持ち」

そういうと、ランスロットはふ、と、微笑んだ。

いつものあの、優しい笑み、それよりももう少し、甘い笑顔で。

「・・・・・・・・。・・・もう、わかっているんじゃないのか?」

・・・そう・・・きっと知ってる。

私・・・ランスロットが私に何を・・・伝えたいのか・・・本当は・・・だけど・・・

「・・・聞きたいの。ランスロットの、言葉で・・・」

・・・聞きたい・・・その声で・・・

「・・・・・・イレイン・・・・・」


ランスロットが、そうっと私の髪を撫でる。その気持ちよさに目を閉じると・・・

耳元に唇を近づけて、囁かれる・・・愛しい言葉。

吐息がくすぐったい。

でも、それよりももっと、胸の中がくすぐったくて、恥ずかしい。

顔がみるみるうちに熱くなった私を、ランスロットは改めてぎゅうっと抱きしめた。

その優しい腕で、強く強く。

「・・・お前の返事を、聞きたいんだが?」

もう一度囁かれる、耳元の熱い吐息。

恥ずかしくて胸がいっぱいで、だけどなんとか、口を開く。

「・・・ランスロット・・・私も・・・だいすき・・・」

『大好き』・・・これはそう、今までどおりの意味じゃない。

「イレイン・・・」

それは、うれしそうな彼の唇が、何よりも証明してくれる。

初めての・・・優しい、本当に優しい・・・口付け。

自然に目を閉じて受け入れたそのぬくもりは、今までで一番・・・あたたかくて。

私の頬をまた、涙が一粒零れ落ちる。

愛する人の指が、その嬉し涙を愛おしそうに・・・

本当に愛おしそうに・・・ゆっくりと、撫でてくれた。


End.

長らくのご愛読、誠にありがとうございました。

この小説シリーズは、女性向け恋愛ゲームであるDiva dos espada -love.ver.project-をお話化したものです。

こちらに情報がのってます。

http://www.geocities.jp/hyperkyri/diva/lovever.html

長ったらしい話でしたが最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!!

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