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「気まずい再会」

「・・・うーん・・・」

・・・なんだかあんまり、調子よくないな・・・

私はため息をついて、快晴の空をうつした海面を見つめる。

魔剣ヴァエルが契約者を手に入れたと知った私たちは、王都クレールへと船を急がせていた。

だが、そう簡単にすぐ到着できるはずもない。

海のモンスターが一日に何回かは行く手を阻んできた。

そう苦戦はしなかったものの、慣れない船上での戦いは骨が折れる。

そのせいもあってか、なんとなく双剣の調子も悪い気がして。

私は腰に固定してあった双剣の片割れを手に取った。

・・・一見、悪いところは見当たらないけど・・・

しかしじっと見ていると、使い慣れているはずの剣が、なんだか別物のようにも思えてくる。

・・・だめだ・・・こんなことじゃ。甲板でもいいから、素振りや型の確認もしないと・・・

そう思って剣身を抜こうとしたそのとき、後ろから足音が聞こえた。


「やあ、イレインちゃん」

「あ、クライストさん・・・」

現れたのはクライストだ。鮮やかな髪色が、まぶしい日の光に反射している。

「どうしたの?なんかさえない顔してるけど」

「・・・あ・・・。んーと・・・ちょっと調子よくなくて・・・」

なんと答えたらいいかわからなくて、あいまいに答えると、クライストは表情を曇らせる。

「身体の具合でも悪い?船酔いかな?」

心配そうな顔に、私はあわてて首を振った。

「う、ううん、身体は大丈夫。なんだけど、その・・・」

「うん?」

「さっき、海のモンスターと戦ったとき・・・」

巨大な怪魚だった。

船に乗り上げてきたためクライストも思い切った魔法が使えず、

少しだけ苦戦したのだが。



「ああ、うん」

クライストがうなずく。私は腰の双剣に手を当てて口を開いた。

「双剣の調子が・・・ちょっとよくなくて。腕が、鈍っちゃったのかなって・・・」

自分で言うと、本当に鈍ってしまったような気もする。ちょっとうつむくと、

クライストは私を元気付けるように微笑んだ。

「ずっと船に乗ってるし、鍛冶屋にも見てもらえないからね。

でも俺が見てた限りでは、いつもと変わりなかったよ」

「そ・・・っか・・・なら、いいんだけど・・・」

けれど、それはあくまで他人から見て、変わらないだけで・・・

その筋の人間が見たら、また違うのかもしれない。

その筋の人間・・・脳裏に師匠の顔が浮かんで、私は唇を引き結ぶ。

クライストがひとつ息をついた。

「そんな不安にならなくても・・・イレインちゃんのことは俺が守るから、心配しなくていいのに」

「そ、そんな、私だって戦えるんだもの、みんなにばかり任せるわけにはいかないよ」

守られてばかりなら、双剣使いである意味もない。だが、クライストは肩をすくめた。

「やれやれだなあ。男はさ、かわいい女の子を自分の手で守りたいって思うものなんだよ?」

「え・・・?そ、そうなの?よくわからないけど・・・」

「そうそう。だからイレインちゃんは俺に守られてればいいんだよ」

クライストがにっこり微笑む。

彼の気持ちは迷惑というわけでもなかったが、同意はできない。私は首を振った。

「そんなの、悪いよ・・・私は、私にできることはしたいもの」

私の言葉に、クライストがすっと目を細める。幾分低い声で、つぶやいた。

「ずいぶんと殊勝なことだね。それも、あの堅物の影響なのかな」

「堅物って・・・」

もしかして、と考え始めた私を、クライストがさえぎる。

「・・・こっちの話だよ。まあともかく、戦闘に関しては心配することないよ。俺がいるんだから」

安心させるように、笑顔をみせた。

「君は、何も心配しなくていい。・・・ね?」

「・・・・・・う・・・・・・うん・・・・・・」

その笑顔に押し切られるように、私はうなずく。

クライストはそれを見てうんと満足そうにうなずき返すと、そのまま船倉へ降りていった。


クライストさんは、ああいうふうに言ってくれたけれど・・・

明日にはもう、王都近くに到着の予定だ。魔剣ヴァエルとの戦いが、すぐそこに迫っている。

だが・・・

自らの双剣を見つめて、ため息をつく。

大丈夫なのだろうか、自分は、果たして戦えるのだろうか。

心細さが生まれる。とそのとき・・・、ふ、と「彼」の顔が、頭をよぎった。

・・・ランスロット・・・

もうずいぶん、会っていない気がする。

・・・会おうとしたって、もう、会えはしないんだけどね・・・

思い出すと、やっぱり胸がきゅっとした。胸元を押さえる。

・・・今はきっと忙しいのかな。

そうだよね・・・地方騎士団がなくなって、王宮騎士団の仕事も増えたし・・・

彼がそばにいたなら、こんな不安など、感じずにすんだはずだ。

いつも一緒にいて、その笑顔で見守ってくれていたら。きっと。


・・・ランスロット・・・


ランスロットの微笑みを思い出す。彼の紺の瞳は、いつも優しい。

でも、そういえば・・・時々切なげな表情をすることもあった。

・・・なんで、だったんだろう・・・私が正騎士になれてから、だよね・・・

・・・私が・・・気にするようなこと、でもないのかな・・・

・・・今更・・・確かめることなんてできないのかもだけど・・・

だけど・・・

「だけど、気になるな・・・」

「何が気になるって?」

「きゃっ!!」

「あ、ごめん。驚かせちゃったかな」

いつのまにか、私の背後にはクライストが立っていた。目を見開いた私に、軽く謝ってみせる。

「く、クライストさん・・・」

「ずいぶん思いつめてた感じだったけど、やっぱり剣の調子のこと?」

「う、うん・・・それも、あるけど・・・」

「?」

「・・・ランスロットに・・・あ・・・会いたいな、って・・・」

「・・・・・・・・」

「あっ・・・その、調子のこともあるし、そ、相談とかもしたいし・・・」

クライストが一瞬真顔になって、私はどぎまぎしながら言い訳する。

何に対してなのかわからないけれど、なぜか言い訳しなくちゃならないような気がした。

「それに王都のことも・・・ランスロットは強いけど・・・もし何かあったらってちょっと心配で」

「ふうん・・・」

クライストは、何かつまらなそうに船の縁にもたれた。

甲板の少ない明かりが、彼の伏せた長いまつげに影をつくる。

彼はうつむいたまま、私のほうは見ずに口を開いた。

「・・・そんなにあの堅物が気になるんだ。

剣の師匠なのに、弟子が心配するのはおかしいんじゃない?」

「そんなの・・・だって、相手はあのヴァエルだよ?

もし持ち主が現れたら・・・普通の人間が敵うわけがない・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・?クライスト、さん・・・?」

クライストは暗闇の中、私をまっすぐ、射抜くように見つめた。

彼のシアン色の瞳は、闇の中だと特に目立つ。

無表情で凝視されれば、少なからず恐怖も覚えた。


「イレインちゃん・・・俺が・・・前にウェスタで言ったこと、覚えてる?」

「・・・え・・・?」

クライストが顔を近づける。反射的に後ずさったら、背中に船の縁が当たった。

もう、吐息が触れそうなほどにクライストは私に近づいて、ふっと妖艶に笑う。

「・・・妬けるなー・・・って」

・・・えっ!?妬ける・・・って、やきもち焼くとかそういう・・・

「や、妬けるなんて・・・何言って・・・

だ、だからクライストさん、ランスロットは剣のお師匠で・・・」

「師匠でしかない、本当にそう?」

「え・・・・・・・・・・」

「君が、気づいてないだけのように見えるけど・・・」

どういうことなんだろう。

さっぱり、意味がわからない。

ランスロットは剣の師匠で・・・それ以上に何があるっていうんだろう。

確かに、大事な人、ではあると思う。だけど・・・

「気づいてないって・・・何に?」

聞き返した私に、クライストはいつもの微笑を浮かべた。

「・・・・そうだな・・・それなら・・・

君が気づかないうちに、俺は手を打っておこうかな」

「え?」

「・・・おいで」

腰に手を回され、いきなりぐいっと引き寄せられる。

「く、クライストさんっ!?」

目を見開いた私の唇に、クライストは人差し指をそっと当てた。

「・・・しーっ。皆起きちゃうよ?」

「な・・・な・・・」


驚きで声も出ない。ただ、クライストの微笑みをただ、見つめていることしかできない。

「・・・可愛いな、そういう反応」

「クライスト・・・さん・・・っ・・・」

「・・・・・・・・。いたずらしたくなる」

「えっ・・・ぁ・・・ぁあっ」

クライストは私をさらに自身に抱き寄せると、まるで噛み付くように首筋に強く口付けた。

・・・なっ・・・なんでっ・・・

「やぁっ・・・・んっ・・・」

そのいきなりな刺激に身体がびくっと震える。

甲高い声が出て、思わず手で口を押さえた。

「いい声だね・・・抑えちゃうのももったいないけど、じゃあ、代わりに・・・」

クライストは口を押さえた私の手を退け、顔を近づけてくる。

何をされるのか直感でわかって、私は慌て首を横に思いっきりそむけた。

・・・クライストさんっ・・・なんでいきなり、こんなっ・・・い、いやだ・・・

嫌だっ!!・・・

「いっ・・・やああああっ!!」

私はクライストを渾身の力で突き飛ばして、逃げるように船倉へと走りだす。

顔が熱い。すごく熱い。頭の中は混乱して、わけがわからない。

だけどそれ以上に、胸の中は嫌悪感でいっぱいだった。

・・・信じられない・・・クライストさんが・・・

クライストさんがあんな・・・あんなこと・・・

「っあっっ!!」

部屋へと逃げ込む途中、足がもつれて転ぶ。

打った膝も痛んだけれど、それよりも触れられた腰と首筋に残るあの感触のほうが強かった。

胸焼けがする。

部屋に戻り、ベッドにもぐりこんだあとも、手が細かく震えていた。

眠れるわけなんか、なかった。


翌朝。

昨夜のことは悪い夢・・・ではなかったと、首筋に残る跡が証明していた。

嫌悪感が胸にこみあげる。

・・・なんで急にクライストさん、あんなことっっ・・・

「・・・・・・・・・甲板・・・行きたくないな・・・でも、行かなきゃ・・・」

憂鬱な気持ちを押し込め甲板にあがると、ライオネスが気づいて首をかしげた。

「どうした?首なんか押さえて」

「!・・・き、昨日ちょっと、寝違えちゃって・・・」

「ドジなやつだなぁ」

・・・よかった・・・勘づかれはしないみたいだけど・・・

ほっとしつつも甲板を見渡す。忙しく働く船員たち、船酔いから立ち直ったトリスタン、

それから・・・

・・・あ・・・

クライストが船長と話していた。こちらにすぐに気づいて、妖艶に微笑む。

「っ・・・」

逃げるようにその瞳から、目をそらした。不快な思いが、再び胸に生まれる。

唇をかみ締めて、それに耐えていると・・・ライオネスが大剣の調子を見ながら話しかけてきた。

「・・・それでよイレイン・・・聞いてるか?」

「なっ・・・なに?」

「クライストのやつ、すげえだろ、あの髪と目の色」

「えっ・・・そ、そうだったっけ・・・?」

あからさまなのだろうが、そんなのに気づく余裕は今の私にはない。

事情を知らないライオネスはちょっとあきれたような顔になった。

「なんで気づかねえんだよ・・・ともかく、王都に向かうのにあれじゃ目立ちすぎるから、

俺とお前とトリスタンとおっさんだけで行くことになった」

「そ・・・そうなんだ・・・」

・・・ちょっと、ほっとした・・・かな・・・

胸をなでおろした私の顔を、ライオネスが覗き込む。

「お前大丈夫か?王都じゃ何があるかわかんねえからな。気ひきしめていけよ」

「わ・・・わかってるよ!」

・・・そうだ・・・今は、こんなんで動揺してる場合じゃないはず・・・

暗い気持ちを振り切るように、私は仲間たちと武器の調整や道具の準備、点検を始めた。

クライストの視線を感じたが、それに気づいていることすら、悟られたくない。

頭の中を無理やり切り替えて、ただ無心に、体を動かした。


王都クレールへむかう街道の途中には、深い森が広がっている。

その森の中に足を踏み入れると・・・なにやらがやがやと人の声が聞こえた。

「・・・森の中が騒がしいみたいだけど・・・」

しかもただの話し声ではない。怒号や叫びが混じっていて、馬のいななきも聞こえる。

不穏な雰囲気に警戒しながら足を進めると、トリスタンが前方を見て声をあげた。

「・・・おい!あれは・・・」

「・・・うっ・・・うう・・・」

誰かが歩いてくる。

怪我をしているようで、前かがみでやっと歩いているという感じだ。

・・・あ・・・あれは・・・!!!

ぼろぼろの皮鎧を身に着けているが、間違いはない。

私は目を見開いて、彼女の名前を呼んだ。

「セレさんっ!!??」

「セレっっ!!!」

トリスタンが飛ぶように走り、セレさんの体を支える。

私とライオネスも急ぎ駆け寄った。

「おいお前、なんでこんなところに・・・その格好・・・」

ライオネスが呆然と立ち尽くし、荒い呼吸をするセレさんを眺める。

・・・ひどい傷・・・セレさん・・・いったい・・・王宮騎士団にいたんじゃなかったの!?・・・

トリスタンが傷と出血の具合を確かめ、応急処置を始める。

セレさんが私の顔を見て、苦しげに声を出した。

「皆・・・戻って・・・きたのかっ・・・」

「しっかりしろ、セレ!何があった!!」

処置を続けながら、トリスタンが叫ぶ。

セレさんは顔をゆがめながら、搾り出すように言葉を、吐いた。

「ウェ・・・ウェルム団長が・・・国王陛下とラルズ宰相を・・・手にかけて・・・」

「ええっ・・・」

・・・ウェルム団長が・・・!?

「親父が・・・なんで、なんでだよ!?」

王宮騎士団長のウェルム。息子のライオネスは、私より驚いたことだろう。

「謀反を起こした・・・ということか・・・ウェルム団長が・・・」

トリスタンが唇をかみしめる。国王まで手にかけたということは、事実上のクーデターだ。

セレさんが首を緩慢に振った。

「理由はわからない・・・ふたりだけでなく、他の王族も・・・彼に逆らった者は皆殺された。

ウェルム団長の手には真っ赤な・・・紅蓮の双剣が握られていて・・・みなその剣に・・・っっ」

ここまでいうと、セレさんは息をつく。がくりと倒れそうになるのを、トリスタンが支えた。

「真っ赤な剣・・・それってまさか・・・」

「・・・そうだ・・・クライストの持っていたあの剣に似ていた・・・光を放つ、あの不思議な剣に・・・」

私の言葉に、ほとんどトリスタンに体をあずけながら、セレさんがつぶやく。

「親父が・・・・・親父が・・・・ヴァエルを手に入れたって、ことか・・・!?」

ライオネスはそれ以上、何もいえないようだ。ただ呆然と、傷ついたセレさんを眺めている。

トリスタンがセレさんの腕を肩に固定して、体勢を整えた。

「セレ・・・・・・ともかくセレを船に運ぶぞ。このままでは・・・」

「うん!セレさん、しっかり・・・」

トリスタンが歩き出そうとする。だが、セレさんは表情をさっと変えて叫んだ。

「だ、だめだ、みんなまで・・・巻き添えに・・・!!

にっ・・・逃げてくれ!逃げるんだ!!」

「なんだって・・・どういう」

トリスタンの言葉の語尾に、馬のひづめの音が重なった。

・・・えっ・・・

「いたぞ!あの女だ!!仲間がいたのか!!」

「ウェルム団長に逆らう反逆者だ!皆殺せ!!」

森の奥から現れたのは、王宮騎士たちだった。セレさんがトリスタンの体を必死に引き離す。

「セレっ!!!」

「だめだトリスタン、逃げろ!!」

だがトリスタンはセレさんを無理やり抱きこみ、かばった。

そのまま王宮騎士の剣を自らの槍ではじき返す。

「勝手なことを言うな!!俺の気持ちくらい少しは考えろ!!」

「・・・トリスタン・・・」

セレさんが目を潤ませた。

ライオネスが大剣を振りかざし、王宮騎士に声をはりあげた。

「親父のやろう・・・てめえら!あんなやつのいう事なんか聞いてんじゃねえよっ!!」

「なんだと!?われらがウェルム団長を侮辱する気か!!」

「ちっ・・・」

複数の王宮騎士が、ライオネスに襲い掛かる。

彼は舌打ちしながらもその刃をはじきかえした。

「何を言っても無駄なようだな・・・ともかく、セレを守りながら船に戻るぞ!」

「はっ・・・はい!!」

トリスタンが槍を扱いながら言って、私もあわてて前に走り出す。

セレさんを守るように、ライオネスの隣で剣を構えた。


次から次へと襲ってくる王宮騎士たち。

私たちは負傷したセレさんをかばいながら、船へと退却した。

ウェルム団長はクレールの政権を握る王族のみならず、自分に従わない騎士たちまで、

抹殺しているという。

いったい、彼になにがあったのか・・・それは、考えなくてもわかる。

・・・きっと・・・魔剣ヴァエルのせい・・・なんだよね・・・

・・・ヴァエルがクレールへの復讐を望んでいるから・・・?

だけどなにか、腑に落ちない。

ウェルムは自分に従うものは、殺さない。

ヴァエルの復讐なら、クレールの人間全員を手にかけそうな気もする―

楽勝とまではいかなかったが、ライオネスやトリスタンがいることもあり、

王宮騎士にはさほど苦戦しなかった。

私も必死に双剣を振るい、襲ってくる騎士たちに立ち向かう。

・・・一度、船に戻って、セレさんの手当てをしながらまた対策を立てなくちゃ・・・

クライストと顔を合わせるのが気まずかったが、

今はそれを気にしている場合ではない。

私は仲間たちとともに追っ手を振り切り、船にたどりつく・・・

・・・・・・はず、だった。


だが。


「・・・まずい・・・どうしよう・・・」

・・・ライオネス・・・セレさん・・・トリスタン・・・船はどっちに・・・

戦いに集中しているうちに、私はライオネスたちとはぐれてしまったようだった。

もう、あたりに仲間の姿は見当たらない。

うっそうとした木々たちが、私ひとりを見下ろすように聳え立っていた。

「・・・はあ・・・はあ・・・」

先ほどの戦いで、疲れもピークに達している。

気がつけば、日も傾き始めていた。

潮のにおいをたよりに、海岸線を目指して歩いているはずなのに、

船はなぜだか見えてこない。

・・・どうしよう・・・一度、夜を明かしてからまた明日船を捜すしかないのかな・・・

・・・こんな森の中じゃ、不安だけど・・・

宵闇があたりを覆う。

ほとんど周りが見えなくなりかけたとき、ちらっと何か明かりのようなものが

目に入った。

ひとつではない。複数だ。それはゆらゆらと揺れ、どんどんこちらに近づいてくる。


・・・きっとあれ、たいまつの火、だよね・・・

安堵感と、同時に警戒感が、胸に広がる。

旅人か何かなら、もしかしたら助けてもらえるかもしれない。

だが、王宮騎士や盗賊などの類なら・・・

「っ・・・」

何があるかわからない。私は腰の双剣にそっと、手を添えた。

やがてたいまつの主は私を認めたようだ。

炎に照らされたその顔と格好に、私は息を飲んだ。



・・・王宮騎士・・・!

「・・・驚いたな。森の中で迷ったか。娘」

「え・・・?」

目を見開いた。相手は確かにいでたちからすると王宮騎士だ。

だけど、王都からセレさんを追ってきた騎士たちとは違う、らしい。

「どうした。疲れ果てて動けないか」

「あっ・・・あの・・・い、いいえ・・・だ、大丈夫です・・・。

けどその・・・仲間とはぐれてしまって・・・」

もしかしたら信用してもいいかもしれない。

どうしてかそう思って、訳を話すと騎士はうなずいた。

「もう日は落ちた。狼や賊の類も出るだろうし危険だ。

我々はこの近くの関所に常駐している。今夜はそこで、休んでいくといい」

・・・関所・・・関所ってもしかして・・・

「あ・・・ありがとうございます・・・」

エルムナード関所のことだろうか。思いながらも礼を言う。だけど油断はできない。

・・・もし・・・王宮からセレさんのことと一緒に私のことも伝わったら・・・

確実に処刑されてしまうに違いない。

ここは、とりあえず休んで夜明け直前にでも出て行くしかないだろう。

・・・そうだよね・・そうしよう・・・

たいまつを持った複数の騎士たちについていく。

関所は、やはりエルムナードの関所のことだった。

・・・エルムナードの関所に王宮騎士団が駐留するようになっていたなんて・・・

「我々の指揮官に許可を得る。少し待っていろ」

・・・指揮官・・・?


関所の門を入り、広間のようなところで待たされる。

かつて、ライオネスと一緒に偵察の任務で入った場所だ。

今は、すっかり内部は様変わりしている。

関所に駐留するからといろいろな物を持ち込んだからだろう。

・・・ここに王宮騎士団がいるってことは・・・

エルムナードを、クレール領にするつもりなの・・・?

国王陛下の命だろうか、それともウェルム団長が強行したことなのか。

・・・セレさんたちは・・・無事船についたかな・・・

トリスタンとライオネスがいたし、大丈夫だとは思うけど・・・

私がライオネスたちの身を案じたそのとき、懐かしい声が耳に響いた。

「イレイン!!」


「えっ・・・」

関所の二階へと通じる階段・・・そこから、さっきの騎士を従えて降りてきた人物。

それは、私のよく知っている王宮騎士だった。



「・・・ランスロット!!!」



・・・ランスロット・・・

「・・・ら、ランスロット・・・ほ、ほんとに・・・?」

私は、思わず彼に駆け寄る。もう会うことはない、と思っていた。その彼が、目の前にいる。

濃いブロンドと、優しい紺の瞳で―――。

ランスロットは、目を細めてうなずいた。

唇が、震える。

「・・・あ、あの・・・ウェルム団長から、罰って、聞いて・・・もう・・・会えないって・・・」

「・・・ああ・・・イレイン・・・。すまなかった、突然・・・父上から命が下って・・・」

「っく・・・」

涙があふれる。彼の顔がよく見えない。

何か言いたい、だけど何を言ったら良いのか、よくわからない。

するとランスロットは、ふ、と微笑んで、私の涙を指でぬぐった。

「・・・ライオネスから、ウェスタに出発するとは聞いていたが。無事、戻ったんだな・・・」

「うん・・・うん」

私は涙をこぼしながら勢いよくうなずいた。

ランスロットがそんな私の髪をそっと、慰めるように撫でてくれる。心配そうに顔を覗き込んだ。

「ご、ごめんなさい・・・もう、二度と会えないかもって思ってたから、その・・・っ」

こんな形で・・・再会できるなんて。たくさん話したいけれど、涙が邪魔をしてうまくしゃべれない。

「・・・そうだな・・・」

ランスロットは、静かにうなずく。嬉しい気持ちが胸いっぱいに広がって―――

・・・あ・・・でも・・・

「・・・でも、ウェルム団長に知られちゃったら・・・また・・・」

ふと不安に襲われる。接触禁止と言い渡されたのに、それを破ればさらに重い処罰がまっているのかもしれない。

心配になって顔を上げると、ランスロットは私をぐいっと引き寄せた。

・・・え・・・!?

「・・・いや・・・大丈夫だ。父上がなんと言おうと・・・もう、お前を・・・決して離しはしない」

「らんす、ろっと・・・」

そのまま、彼は私を胸の中に抱き込む。暖かくて懐かしいぬくもりが、体を覆って・・・私は思わず、目を閉じた。

私を抱きしめる、その腕は・・・小さいころから私を包んでくれた。

甘えたこともあったと思う。だけど今は・・・どうしてだろう。ほんのすこし、違和感を感じる。

何・・・?この気持ち・・・。

嬉しいけれど、恥ずかしいような、それでいて、どきどきする。

なんで・・・私・・・?

違和感の正体がわからなくて首をかしげていると・・・ランスロットが私をちょっとだけ離して、頬に触れた。

「・・・本当に、すまなかったな・・・」

「う、ううん・・・ランスロットは、悪くないよ・・・。だって地方騎士団のこと、助けてくれたせいで・・・こんなふうになっちゃったんだし・・・謝るのは、私のほうだよ」

「イレイン・・・」

「でも、大丈夫なの・・・?」

ウェルム団長とのことが心配になって再び聞くと、ランスロットは微笑んで、私の頭を撫でた。

「大丈夫だ。お前はなにも心配しなくてもいい」

不安が消えるわけではないけど、その力強い微笑みに、心も落ち着いてくる。涙もいつのまにか、止まっていた。

・・・ランスロット・・・

「・・・しかし・・・なにかあったのか?・・・」

「え?」

見つめると、彼はふと真面目な顔つきになって、そう切り出してくる。

「部下からの報告では、お前は森で迷っていたということだが・・・」

「あ・・・」

私はわれに返った。現在の状況を思い出し、身が引き締まる。

・・・どうしよう・・・ヴァエルのこともウェルム団長のことも、いろいろありすぎて、

何から話したらいいのか・・・

考えあぐねていると、ランスロットがひとつ息をついた。

「色々と、積もる話もありそうだな。とりあえず、私の部屋で休もう」

「は、はい・・・」

返事をして、先にきびすを返した彼を追う。

・・・ランスロット・・・

その・・・見慣れた後姿。子供のときからずっとずっと後を追ってきた、背中。

本当に久しぶりに、やっと会えた。

嬉しい・・・確かにそれもあるけれど、それ以上に感慨深くて、私は胸元をきゅっと握り締める。

気づいたときには、今まで感じていた不安や心細さも、いつのまにかすっかり消えうせていた。


関所の建物の二階、ランスロットの自室。

石造りの部屋は、ランプひとつが頼りなく照らしている。

その中で私が今までの出来事を語ると、彼はその端正な顔をゆがませた。

「・・・父上が!?」

「・・・自分に逆らう人たちを、容赦なくって・・・追われてきたセレさんが・・・」

「なんだと・・・」

彼は信じられないというふうに首を振った。

無理もない。自分の父親が国王を殺したというのだから。

「ランスロットは、知らなかったの?」

私が問うと、彼はゆっくりとうなずいた。

「三日ほど前、父上から突然エルムナード関所への駐留を命じられて、陛下がエルムナードを

クレール領にしたがっているからといわれていたのだが・・・」

ここで言葉を切って、顔を覆う。深いため息まじりにつぶやいた。

「私のいない間に、王宮がそんなことに・・・」

「ウェルム団長は、どうして・・・陛下を・・・。魔剣ヴァエルを、手に入れたせいで・・・?」

「・・・・・・・」

動機を知りたくて、師匠の顔を見るも・・・彼は目を伏せて黙り込んでいるだけだ。

「・・・ランスロット?」

ランスロットは、ほんの少し、躊躇してから首を振った。

「・・・詳しい動機はわからない。だが、自らの身分も顧みず、王家に反乱を起こすなど・・・

到底許されるような行為ではないことは確かだ」

「う・・・うん・・・」

「・・・父上・・・」

ランスロットのこんな苦しそうな顔を見るのは、初めてかもしれない。

内乱を起こした父親に怒っているというよりもむしろ・・・深く落胆しているような表情だった。

・・・ランスロット・・・

ランスロットはしばらく考え込んでいたようだったが、やがて気をとりなおすように顔をあげた。

「とにかく、ライオネスたちはもう王都近くまで来ているということなんだな」

私はうなずく。

「うん・・・王都に向かう途中、追われてたセレさんを助けて船に戻ったはずだと思うんだけど・・・」

はぐれたのは私だけだったと思う。

そのときのことを思い出していると、ランスロットがちょっとだけ息をついた。

「・・・・・・・。

戦闘に集中するのは大切なことだが、それでこの結果では、あまり褒められたものではないな」

・・・うう・・・

苦言が体をうつ。確かに不注意だっとしかいいようがない・・・。

「まあいい。そんな顔をするな・・・お前はまだまだこれからだろう?」

「ランスロット・・・」

元気づけるような言葉に、うつむいていた私は顔をあげる。ランスロットが笑顔を浮かべた。

「森の中で迷ってしまったにしろ、怪我もほとんどないようだし・・・

実力は王宮騎士たちにひけをとらないほどなのだろう」

「そう、なのかな・・・」

彼は満足そうに深くうなずく。

「ああ。少しの間で、ずいぶんと成長したようだ、な・・・・

・・・・・・・・?」

と、ふと、彼が目を見開いた。いぶかしげな視線で私を見つめている。

・・・?どうしたんだろ・・・

「・・・・・・・・・。・・・・・えと・・・ランスロット・・・?どう、したの・・・?」

おずおずと問うと、ランスロットは少し躊躇していたようだったが

やがて・・・ゆっくりと口を開いた。

「・・・・・・・・・・。お前・・・首をどうした?」

「!!」

「さっきからずっと、手で押さえているようだが・・・怪我でもしたのか」

「そ、れは・・・」

私は首の・・・その「跡」がある部分を無意識に押さえていたらしい。

クライストのあのときの瞳が脳裏をよぎって、不快感が胸に生まれる。

とっさに答えられなくて、まごついていると、ランスロットが心配そうに眉をよせた。

「怪我なら、手当てを・・・」

「そ、そういうわけじゃ・・・」

「?」

ランスロットが不思議そうに私を見つめる。その紺の瞳。

どうしよう。いったいどう、答えたらいいのだろう。でもとにかく、何か言わなくてはならない―。

私は苦し紛れに、口を開いた。

「な、なんでもないから、ちょっと寝違えたっていうか・・・だから、気にしないで!」

「・・・・・・」

見え透いた嘘なんか、つくんじゃなかった。

つきあいの長いランスロットには、すぐにばれてしまうに違いない。

・・・それでも、クライストさんにき、キスされたなんて・・・・言えないよ・・・

ランスロットは少し考え込むような表情をしている。

だが、すぐにおもむろに私に近づくと、

首を押さえているほうの腕を素早くつかんで引いた。

「あっ・・・」

慌ててもう片方の手で押さえようとしたけれど、もう遅い。

「・・・・・・・・・・・・!」

ランスロットの目は、私の首筋の、クライストが口付けした部分―に、注がれていた。

「・・・なんだ・・・これは・・・」

押し殺したような声で彼が言う。怒っているというよりは、

むしろショックを受けているような、そんな顔だった。

「あ、あのね、虫にさされちゃって・・・それで・・・」

「嘘をつくな」

「!」

浅はかな言い訳を後悔する。

ランスロットにはこれが何なのか、わかっているような感じだった。

さっきつかんだ手首は離してくれない。

触れたこともある彼の掌なのに、全くの他人のような気がしてドキリとした。

どうしたらいいかわからず、視線をさまよわせる私に、ランスロットが止めを刺した。

「誰にやられた?」

「っ・・・」

彼の視線を、首筋に痛いほど感じる。

誰に口付けされたか、など、恥ずかしくて答えられるはずなどない。

「ら、ランスロットには関係ないじゃない・・・べ、別に怪我ってわけじゃないし・・・」

反発の気持ちも起こってきて、私は目をそらしたまま答えた。

「・・・・・・・・」

・・・ランスロット・・・

言ってしまってから申し訳なくも感じて、何か付け加えようと思ったとき・・・

「・・・そうだな」

沈黙を破り、ランスロットがひとつ息をつく。ため息のようにも聞こえた。

「・・・詮索してすまなかった」

「・・・ランスロット・・・」

「お前はもう私の手を離れている・・・私が口を出すべきことではなかったな」

ランスロットは私を静かな眼差しで見つめながら、つぶやくように言った。

その言葉になぜか、ちくりと胸が痛んだ。

「・・・・・・。

ともかく、お前は一度船に戻ったほうがいいだろうな。ライオネスたちも心配しているだろう」

「・・・・・・う、うん・・・・・・」

心の中がなぜかもやもやする。

自分でそうしたはずなのに、彼のこの態度がなぜか・・・気に入らない。

「私も、詳しい話を聞きたいしな。明日、船まで送っていこう」

「で、でも場所、わかるの?」

聞くとランスロットは身を翻して、石枠の窓際へと近づく。

黒い窓の外を見ながら、後姿で答えた。

「・・・王都の海岸近くに定期船ではない船が停泊していると報告を受けた。おそらくそれだろう」

「そ、そっか・・・」

うなずいていると、ランスロットは振り向いた。

その顔はどこか冷徹な感じもして、どきりとする。

「それじゃあ、今日はゆっくり休んで、疲れを癒せ」

「わ、わかりました・・・」

有無をいわさぬ、まさに師匠としかいいようのない表情だった。

胸の中に寂しさが生まれる。

それがどうしてなのかも考えられないまま、私は彼の部屋をあとにした。


翌朝。

船上に現れた私たちに、最初に気づいたのはライオネスだった。

「イレイン!!お前無事だったか・・・って・・・兄貴!?」

「久しぶりだな、ライオネス。息災なようで何よりだ」

ランスロットが私の後ろから歩いてきて、彼の弟に答える。

「ライオネスたちとはぐれたときに、ちょうどエルムナードの関所にランスロットがいて・・・」

私が説明を付け加えると、ライオネスは納得したのかひとつうなずき、ランスロットのほうに

目を移した。

「そうだったのか・・・だいたい、話は聞いたのか?」

「ああ・・・父上が魔剣を手に入れたことも」

ランスロットが冷静な顔でさらりと答えて、ライオネスは唇をかみ締める。

苦渋の表情で、頭を振った。

「親父・・・」

「王族を抹殺し、反抗する者たちを手にかけているというのは本当なのか」

ランスロットの言葉に、ライオネスが目を閉じる。

「・・・・ああ・・・・。王宮から命からがら逃げてきたセレが話してくれた」

・・・そういえば、セレさんは・・・・・・

苦しそうにしていたセレさんの表情を思い出す。

「セレさん、大丈夫なの?」

「トリスタンが面倒見てる。命に別状はねえみたいだ」

「よ、よかったあ・・・」

ライオネスが答えて、私は胸をなでおろす。ランスロットが静かに腕を組んだ。

「・・・そうか。しかしともかくは、早急にこちらも準備にかからなくてはな・・・」

「え・・・ランスロット、準備って・・・」

「お前たちは父上を止めるつもりなのだろう。それは私も同じ思いだ。

・・・部下たちには厳しい選択を迫らなくてはならないだろうが・・・」

ここまで言って、ランスロットは顔をしかめる。司令官としての苦悩がそこにはにじみ出ていた。

いや、実際はそれだけではないのだろう。

肉親とすすんで戦いたいと思う人間など、そうそういるものでもない。

ライオネスが盛大にため息をつく。

「・・・止める、か。そんな生易しいもんですむなら、そうしてえとこだけどな・・・」

・・・そうだ・・・ヴァエルを封印するには、まず宿主を倒さなきゃ・・・ならない・・・

・・・ランスロットとライオネスのお父さん・・・ウェルム団長を・・・

「どういう意味だ?ライオネス」

「・・・前に、話しただろ、兄貴。ヴァエルのことをよ・・・」

ライオネスが目をふせたまま、つぶやく。その言葉の語尾を、背後からの声が受けついだ。

「ヴァエルを倒すためには、宿主でもあるウェルム団長を倒さなくちゃいけない」

はっと振り向くと、視界に入る鮮やかな蒼。

長いまつげに縁取られた瞳が、私を見つめた。

「!・・・クライストさん・・・」

「イレインちゃん、無事だったんだ。心配したよ?途中ではぐれたって聞いたからさ」

「っ・・・」

クライストはふっと微笑んで、私に一歩近づく。私が反射的にあとずさると、肩をすくめた。

「そんなつれなくしなくても、いいのに」

「・・・クライスト・・・どういうことだ・・・。父上を手にかけるとは・・・」

「・・・・・・・・・・・」

ランスロットがクライストを厳しい目で見つめて、問いかける。

ライオネスはといえば、うつむいたまま、ただ黙り込んでいた。

「魔剣ヴァエルは古代魔族が魔力を結晶化して作ったもの。

彼らを迫害する発端となった『クレール王国』を滅ぼすために。

ヴァエル自身が持ち主を手に入れ、王国を滅亡に導こうとしている」

「・・・では・・・つまり・・・父上は・・・」

クライストが横目でランスロットを見やった。

「ウェルム団長は、その『宿主』に選ばれたわけだね。

おそらく、変な野心でも持ってたんじゃない?」

「・・・・・・・・」

・・・ランスロット?・・・

黙り込んだランスロットを尻目に、クライストが話を続ける。

「精神体であるヴァエルは宿主の体によって守られている。

自らを剣として具現化し、力を与えてね。

だから宿主を殺してヴァエルを出現させて、どっか行っちゃわない内に封印する必要があるわけ」

「・・・封印・・・」

ランスロットのつぶやきをクライストは目で受け止める。

なぜだか挑戦めいた笑みを浮かべて、口を開いた。

「俺の魔剣アグレアスにヴァエルを封じ込める。

ここにはいないけど、強力な助っ人の力を借りて」

「・・・その封印ってやつをするためには・・・親父を・・・その・・・」

ライオネスは口ごもり、黙ってしまう。クライストがふっと笑った。

「無理やり戦う必要はないと思うよ。俺だってひとりでもヴァエルには負けるつもりはないし」

・・・クライストさん・・・

「・・・・・・・・・・・・・」

・・・ランスロット・・・

ランスロットはしばらく、目をふせて思案しているようだったが・・・やがて、顔を上げた。

「・・・・そうか・・・・・。命を奪わずに、ということも考えてはいたが・・・

確実に手を下さなくてはならない、そういうことだな。

わかった。・・・残念なことだが、王族を手にかけたとなれば、

本来なら死刑もまぬがれないことだ」

「あ、兄貴・・・」

冷静極まりない口調だった。

ライオネスがとまどったように兄の顔を見つめる。クライストが腰に手を当て息をついた。

「・・・・・・・・・傍観者でいるつもりはない、ってこと、か。まあいいよ。それを君が選ぶのなら」

「隊を再編成する必要がある。早急に関所へ戻りたいところだが・・・」

「それなら、ラプタに乗ってけ。今あいつ寝てるけど、そろそろ起きることだから・・・」

ライオネスの提案に、ランスロットは深くうなずく。

「翼竜か。わかった。それなら、甲板で待たせてもらう」

「・・・・・・」

クライストはそんな彼をしばらくみていたが、諦めたように息を吐き、

そのまま船倉へと降りていった。

ライオネスが翼竜、ラプタがつながれている船尾のほうへ走っていく。

・・・・・・ランスロット・・・・


平気なはずはない、と思う。だけどランスロットの態度は、いつもどおりだ。

でも逆にそれが不自然にも思えて・・・。

でも、なんと声をかけていいかわからなくて・・・私はただ、彼を見つめる。

ランスロットはそんな私の視線にも気づかず、目を細めて海原を眺めていた。


・・・準備、万全にしていかないと・・・これとこれと・・・あ、これもいるかな・・・

「あんまりいっぱい持ってはいけないから、選んでいかないと・・・でも難しいな・・・」

私は船の倉庫で、ふうと息をついた。

万全にしていかなければならないと思えば思うほど、荷物は増えてしまう。

「・・・ライオネスたちにも相談してみようか・・・」

ライオネス、そしてランスロットの顔を思い出す。

弟のライオネスは明らかに戸惑っていたが、ランスロットは決断も早く、

そんなそぶりは微塵もみせてはいない。

心の中まで本当にそうであったかはわからないが・・・

・・・ライオネス・・・ランスロットも・・・大丈夫なのかな・・・相手は、ウェルム団長なんだものね・・・

「・・・」

これからヴァエルと戦わなくてはならないというのに、気持ちは沈んだままだ。

何よりも、あの平然としていたランスロットのことが、頭から離れない。

・・・私が心配しても、仕方のないことなんだろうけど・・・でも・・・

自然とため息が出る。荷造りの作業にも集中できず、倉庫でひとり悶々とした。

道具の確認をしてもらおうと甲板に戻ると、ランスロットの姿が目に入った。

・・・あれ・・?まだ、関所に帰ってなかったんだ・・・

「・・・・?」

・・・あれ、なんか、ライオネスと言い合ってる・・・?


「近づけさせるなとあれほど言っていただろう!」

ランスロットが声を荒げる。いつも穏やかな彼には珍しいことだ。

ライオネスが舌打ちした。

「仕方ねえだろうが・・・俺だって四六時中あいつにくっついてるわけにはいかねんだよ!」

「それでも・・・」

食い下がるランスロット。ライオネスは深々とため息をついて、言葉を続けた。

「・・・それに・・・俺はよくわかんねえが、イレインのやつだって

あいつのことが好きなのかもしんねえ」

・・・え・・・

「・・・・・」

ランスロットは弟から視線をそらし、海のほうに目を向ける。

その姿を見つめながら、ライオネスがややきつい調子で言った。

「そしたら、誰にも止める権利なんかねえだろ」

「そうでも、あいつは危険だ」

兄は弟のほうを振り返って、きっぱりと答える。

その強い口調に、ライオネスは多少面食らったようだったが、息をついてがりがりと頭をかいた。

・・・あいつって・・・もしかして、クライストさんのこと・・・?

ランスロットのその様子から、なんとなくそう思えた。

元々、彼はクライストのことをよくは思っていないようだったし・・・

兄弟ふたりの間に、流れる微妙な雰囲気。私がそれにはらはらし始めたとき・・・

「あれ?面白いことになってるね」

「!」

突然背後から聞こえた声。振り返ると当のクライストがいて、思わず後ずさる。

「・・・冷たいなあ、逃げることないのに」

「・・・・・・っ」

「そんなに警戒しなくても、何もしないよ」

そう言ったクライストの表情は、少し寂しそうにも見えた。気のせいだろうか。

「・・・こないだは・・・いきなりごめんね」

「え・・・」

いきなり謝られて目を見開くと、クライストは私の首筋に目をやった。

「・・・跡・・・まだ残ってるね」

つぶやきながらクライストが私の首に指を伸ばす・・・そのとき。

「イレインに触るな」

厳しい声がその場をさえぎった。


「ランスロット・・・」

ランスロットは険しい表情で、ライオネスは驚いたような顔で、私とクライストを見ていた。

「おい・・・お前らまさか本当に・・・」

「ちっ・・・ちがっ・・・」

慌てて弁解しようとする私の腰を、クライストがすかさず抱き寄せる。

「きゃっ・・・」

「そんなつれないこと言わなくてもいいのに」

「・・・や・・・やだ・・・」

「クライスト!」

ランスロットが私の腕をぐいとひっぱり、クライストから引き剥がした。

ちなみにライオネスといえば、完全に言葉をなくし、固まっている。

「ランスロット!」

「・・・触るなと言ったはずだが」

クライストが目を細める。

「剣の師匠が、弟子の色恋にまで口を出すんだ?」

「・・・イレインは八歳のときから私が面倒を見てきた。親ではないが、保護者としての責任はある」

・・・ランスロット・・・

「『ホゴシャ』ねえ・・・」

クライストはあきれたような顔をした。ライオネスもため息をついて腕を組む。

「『言い訳』にしては、あまりにも陳腐すぎる気もするけど」

「なんだと?」

「気を悪くしたらごめん。だけどさ、俺には体のいい言い訳にしか思えなくて」

「・・・・・・・・だな」

クライストの発言に、ライオネスが同意するようにうなずく。

「・・・・・・・・。・・・・確かに、本来私が口を出すようなことではないかもしれないな。

だが、相手がお前となれば話は別だ」

クライストは不敵な笑みを浮かべた。

「そんなに俺が、気に入らない?」

「・・・・・・」

クライストが肩をすくめる。

「これは大変だね。

君にいちいち気に入られなきゃ、イレインちゃんには触れることもできないわけだ」

「・・・特にお前はな」

ランスロットはクライストをにらみつけた。

「ライオネス、君も大変だねー。イレインちゃんの番犬がわりにされちゃってさ」

「全くだ」

うなずきながらライオネスは改めて、ランスロットに向き直った。

「・・・そんなに大切なら、なんでウェスタ行きを許したんだよ」

「ライオネス・・・」

「王宮に軟禁されてても、できることはあったはずじゃねえのか?」

「っ・・・」

「俺なら・・・絶対離したりしねえ。いつでも近くにいて、自分の手で守ってやりたいと思う。

兄貴、てめえみたいな真似はしねえよ」

「・・・・・・・・」

弟に言い切られて、ランスロットが沈黙する。

それを認めてから、ライオネスはすっと船尾のほうへきびすを返した。

「・・・・・。ラプタの調子、見てくる」

・・・ライオネス・・・

・・・いつでも近くにいて・・・って・・・

『お前のそばにいられない私を、どうか許して欲しい』

私は、伝言で聞いたあのランスロットの言葉を思い出す。

・・・本当は・・・ランスロットだって・・・もしかしたら・・・

あの言葉は、本当はライオネスのようにしたいのに・・・そうできない、はがゆい気持ちから

出たものなんじゃないだろうか・・・。

処罰でこうなってしまったことによる謝罪よりも、むしろ・・・いつも、そうしたくても、できなくて、だから・・・

・・・ランスロット・・・

そう思うと・・・なんだか、切ない。私はランスロットを見つめる。

「・・・・・・・・」

ランスロットはずっと目をふせ、黙ったままだった。クライストが腕を組んで、口を開いた。

「あくまでも、自分の気持ちを認めないばかりか、理由をつけてイレインちゃんを

縛り付けておくわけだ」

「縛り付けるつもりはない。ただ、あんなふざけた真似をするお前が私は許せないだけだ」

クライストが片眉をあげる。

「へえ・・・。キスの跡がそんなにショックだったってこと」

口元に笑みを浮かべ、クライストはランスロットを覗き込む。ランスロットがそんな彼をにらんだ。

「・・・なんとでも言え。ともかく、これ以上イレインには近づくな」

「・・・・・・・・どうするつもり?ライオネスはもう協力してくれなさそうだよ?」

「イレインは、私のもとに連れて行く」

・・・ランスロット・・・

彼は強い瞳で私のほうをちらと見る。どきりと、心臓が鳴った。クライストが眉を寄せる。

「・・・・ずいぶん勝手な言い草だね」

「・・・お前のようなやつの近くに彼女は置いて置けない」

クライストはやれやれというようにため息をつき、私のほうに視線をうつした。

「・・・・・だってさ。

イレインちゃん、どうする?」

「私、私は・・・」

目の前にランスロットがいる。

私は・・・

もう・・・・・・あのときのような思いは、したくない・・・。

そばにいたいと、そう、思った。

いつでも、どんなときでも・・・。

私は、彼の紺の瞳を見つめながら、言った。

「私、ランスロットと一緒に、いく」




関所につくと、ランスロットは開口一番謝った。

「・・・・・・・。・・・その・・・イレイン、すまない・・・」

「ランスロット?」

「私の判断で、お前を無理やりに連れてきたようなものだな」

「・・・そんなこと・・・」

私は首を振る。ランスロットが言い出したことだけど、決めたのは私だ。

そんな思いもこめて彼を見つめると、ちょっとだけ安堵したように紺の瞳が揺れた。

「・・・・すまない・・・どうしても・・・・・・。お前のことが心配だった」

「ランスロット・・・・・・・」

ランスロットは申し訳なさそうに目を伏せる。

しばし、しばらくのち、躊躇したあと・・・ゆっくりと遠慮がちに、口を開いた。

「・・・あいつのことが・・・・」

「え?」

「・・・あいつのことが・・・好きなわけでは・・・ないんだろう?」

ランスロットの目が、私をまっすぐに射抜いた。

その瞳に不安の色をたたえながら、ランスロットはじっと、私の言葉を待っている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それはまるで、そうであってほしいと嘆願しているようでもあった。

初めてみた、気がする。剣の師匠の、ランスロットの・・・こんな弱気な姿を・・・。

思わぬ彼の表情に戸惑いながらも、私は言った。

「・・・もし、そうだったら・・・ここには、きて、ないよ・・・」

ランスロットが一瞬目を見開いて、それから、目を伏せる。

視線は合わせないまま、その唇が動いた。

「・・・・・・・そうか・・・。すまない、愚問だったな」

「・・・・・」

彼はそのまま、関所の建物のほうへ歩き出す。その、どことなくさびしげな後姿。

胸の奥が・・・痛い。

何か声をかけたいと思いながらも何を言ったらいいかわからなくて。

私はただ無言で、彼の後姿を追った。


エルムナードの関所に到着すると、ランスロットは部下の騎士たちを集めて

全員に話をした。

王宮騎士団長ウェルムの謀反を聞いた騎士たちは当然のように

皆困惑している様子だった。


そんな部下たちの反応を静かに受け止めながら・・・ランスロットは口を開いた。

「・・・私の言うことを、到底信じられない者も当然いるだろう。だが・・・残念ながら真実だ。

・・・さまざまな思いが諸君にあるだろうが・・・もし、私の言葉を疑う者がいるのなら、

それはそれで構わない」

・・・ランスロット・・・!?

隣に立っていた長身の騎士がはっとランスロットを見やる。

・・・あ、あれって・・・

あのとき、伝言を伝えてくれた王宮騎士、エクターだった。

エクターは私に気づくと、少しだけ笑みを浮かべて、だけどすぐにランスロットのほうに視線を移す。

30人以上はいるだろう・・・ランスロットの部下たちが、戸惑いの表情を浮かべるのが見えた。

ざわめきのなかで、彼らの隊長は一度目を伏せ・・・それから再び、話し始めた。

「本来ならば・・・我々は騎士団長の命に従うべきなのだろう。

だが・・・私は陛下を手にかけたウェルム団長を、許すことはできないと思っている」

関所の広間に、どよめきが響いた。無理もない。

だがランスロットはただ冷静に、惑う部下たちを静観していた。

彼の補佐であるエクターもまた、目をとじてじっとざわめきを聞いているようだ。

・・・・・・っ・・・・・

彼らの隊長は目をとじ・・・それからまた、口を開いた。

「諸君らには、私の命令を無理強いするつもりはない。

だが、もしも従ってくれる者がいるのなら・・・」

『隊長・・・』

隊員たちが口々にランスロットを呼ぶ。彼はそれにひとつうなずき、厳しい表情で前を見て・・・

宣言するように、声を張り上げた。



「出発は、明朝だ。夜明けとともに王都へ向かう。出立する者は門前に整列するように。

・・・以上だ。エクター、あとは頼む」

ランスロットはきびすを返し、エクターの肩をたたいた。

エクターは静かにうなずき、いまだ落ち着かない部下たちに静まるよう叫ぶ。

副隊長の険しい怒号に、めいめいが口をつぐんだようだったが・・・

不安そうな表情が変わることはなかった。


そして。

大広間には再び、喧騒が響いていた。

だが、さっきとは違う。戸惑いのざわめきではない。

それぞれが皆自らの得物を磨き、お互いに装備の点検や戦いのための荷造りをしている。

・・・結局みんな・・・ランスロットについていくことにしたんだ・・・

・・・ウェルム団長よりも、ランスロットに・・・

ランスロットの人望の賜物、ということなのだろう。

何しろ騎士団長にそむくほどだ。よほどの信頼があったに違いない。

そんな人が自分の師匠というのも、少し誇らしかった。

「って、考え事してる場合じゃない、私も装備の点検しないと・・・」

われに返り、騎士たちの中で私も双剣の具合をみる。

・・・鍛冶屋さんにも行けなかったしなあ・・・剣、大丈夫かな・・・

「一見、大丈夫そうには見えるんだけど・・・」

しかしそれは見た目だけのこともある。

いざというとき使い物にならなければ自らの命さえ危うくなるのだ。

今から鍛冶屋に向かうわけにもいかず、どうしたものかと考え込んでいると・・・

背中から声がかかった。

「イレイン」

「あ、ランスロット」

ランスロットは略服姿だった。略服は、制服の下に来ているシャツのようなものだ。

首元の襟も彼には珍しく緩めていて、少しリラックスした雰囲気のようだ。

はだけた襟元から引き締まった胸元が見えて、ちょっとドキッとした。

周囲の部下がランスロットに挨拶する。

彼は部下たちを鼓舞するように軽く笑いかけてから、こちらに向き直った。

「・・・双剣の調子か?」

「う、うん・・・双剣見てくれる鍛冶屋さんなんてなかなかないし・・・そんな余裕もなかったから

大丈夫かなって・・・」

私は双剣の剣身を抜いて、刃の具合を確かめる。特に目立つ毀れなどはないようだが・・・

悩んでいると、ランスロットの手が双剣に触れた。

「それなら、私がみてやろう」

「・・・えっ、大丈夫?忙しいんじゃ・・・」

目を見開く私に、彼は微笑んでみせる。

「この双剣を鍛冶屋に頼んだのは、私だからな・・・仕様も私が細かく注文したものだ」

「あ・・・」

・・・そうだったっけ・・・そうなんだよね。私がようやく、剣をどうにか使えるようになったときに・・・

すごく嬉しかった、そのときの気持ちを思い出す。

ちょっとだけ弾んだ気分になっていると・・・ランスロットの沈んだ顔が目に入った。

「・・・・・・・・・・」

・・・ランスロット・・・?・・・

「あ、あの、調子、どう?もしかして・・・」

不安な気持ちが浮かんできて、私はおずおずとランスロットに問う。

ランスロットがはっと顔をあげた。

「あ、ああ、いや、大丈夫だ。双剣のほうは問題ない」

「そっか・・・よかった・・・」

胸をなでおろす。私が双剣を受け取り鞘に戻すと、ランスロットは感慨深げに私の顔を見つめた。

「・・・・・・。お前がここまで、成長するとはな・・・」

「ランスロット・・・」

彼がふっと笑って、濃い目のブロンドが揺れる。

その笑顔に、どうしてか心臓がどきり、と鳴った。

・・・な、なんで・・・

私の戸惑いも知らず、ランスロットは私の双剣を眺めながら、今度はひとつ息をつく。

「師匠としては私も鼻が高い。まあ、少し・・・複雑でもあるが」

「・・・どういう意味??」

口元は笑っていたが、彼の紺の瞳は伏せられたままだった。

聞き返した私には答えを返さず、ランスロットはそのまま立ち上がった。

・・・ランスロット・・・・・?

「・・・明朝早くには出立する。お前も、早く休めよ」

「は、はい・・・」

反射的に返事をすると、ランスロットはあいまいに笑い、軽く手をあげる。

「・・・・・。じゃあな」

去り行くその背中。なぜだろう、何か、胸騒ぎを感じて。

私はしばらく彼の後姿から、どうしても・・・目が離せなかった。


その夜。私が部屋で休もうとしていると、ドアをこんこんとたたく音がした。

・・・誰だろう?・・・

「・・・・はい?」

おそるおそる返事をする。すると、ドアの向こうから穏やかな声が聞こえた。

「・・・・私だ。・・・少しだけ、いいか」

「あ、はい!」

ドアの取っ手に手をかける。いつのまにか・・・胸がどきどきしている。鼓動が、早い。

・・・なんだろ・・・これ・・・

部屋に入ってきたランスロットは、私の姿を見て目を見開いた。

「・・・!」

「?ランスロット?」

名前を呼ぶと、彼はふいと目をそらす。そらしたまま、ぼそっとつぶやいた。

「・・・も、もう少し、上に何か着ろ」

「えっ・・・あ、は、はい・・・」

・・・そんなに、薄着だったかな・・・?・・・

いつも眠っている服装なのだが、成長してから彼が見たことはなかったかもしれない。

ランスロットはまだ目をそらしたままだ。

部屋のランプに照らされたその頬が、少し赤い。

困ったような顔で、つとめてこちらを見ないようにしていた。

・・・恥ずかしい・・・のかな・・・?はじめてみた・・・

自分よりだいぶ年上のはずなのに、その表情はあどけなくも思える。

・・・なんか・・・かわいいかも・・・

でも、そのままにしておくのも申し訳ない。

備品のマントを取り出して自分の肩にかけた。


「いよいよ、明日だね・・・」

部屋の中は静かだ。今頃はみな、明日に備えて寝静まっているのだろうか。

「ああ」

ぽつりと私が言った言葉に、ランスロットが返事を返した。

ランプを見つめる、その表情は少しだけ憂いているようにも見える。

明日には、父親であるウェルム団長との戦い。不安に思わないわけもないと思うのだが―。

「・・・ランスロット・・・その・・・大丈夫?」

私が彼の顔を覗き込みながら問うと、ランスロットは私を見て、ゆっくりと目を閉じた。

「・・・・ああ・・・・」

ため息まじりの声。いつもどおりの彼・・・というわけではないと思う。

「・・・・・・」

私が彼の横顔を見つめていると、ランスロットはかすかに笑って、私のほうに目を向けた。

「・・・・・・・父上のことを気にしているのか」

「あ・・・・・う、うん・・・」

うなずいた私に、ランスロットは笑顔を見せる。

「私のことまで心配する余裕があるのか?お前は」

・・・そりゃ・・・

相手は王宮騎士たちだ。

この間森で戦ったときにはそう苦戦しなかったが・・・手練れの者もおそらくいる。

もちろん、激しい戦いにはなるだろう。

だけど・・・私はそれよりも、ウェルム団長と戦うことになるランスロットのほうが、

心配だった。

「ありがとう。だが、私のことは心配するな」

ランスロットは笑みを浮かべて、私の髪にそっと触れる。そのまま力強く、うなずいた。

「明日は・・・必ず勝ってみせる」

・・・ランスロット・・・

私はなんだかいたたまれなくなって、目を伏せた。ランスロットはいつも、こうだ。

いつでも、そう、私の前では・・・優しくて頼もしい師匠の姿を見せている。

否、見せようとしている。

・・・でも・・・相手は・・・お父さんなんだよね・・・

ウェルム団長は双剣の達人で、双剣術の創始者でもある。

きっと気の抜けない戦いになるのだろう。彼も、わかっているはずだ。

そして肉親であるという躊躇が・・・そのまま死につながる危険があることも。

・・・不安を感じないはずないって思うのに、それでもこんなふうに・・・

弟子の前だから師匠らしく振舞わなくてはならないとでも、考えているのだろうか。

・・・私は弟子・・・だから、いつものランスロットしか見せてくれないのかな・・・

そう思うと、なんだか途端に気持ちが沈んできた。

絶対に大丈夫なはずなんかないし、それを本人もわかっていると思うのに。

彼が私に本当の本音を、話すことはない・・・。

・・・・・。弟子じゃなかったら、こんなふうにはならなかったのかな・・・

ふと・・・彼の婚約者であるユリアのことを思い出す。

彼女のような立場だったら、ランスロットは私にもっと、本音を言ってくれてただろうか。

私はランスロットの一番近くにいて、ずっと一緒にいた。

だけど・・・ランスロットが本音を見せる相手はきっと違うのかもしれない。

・・・私は弟子でしかない・・・

弟子として認められたときには、嬉しかった。なのに

なんでか今はその立場がすごく、嫌だ。

自然にため息が出てうつむく。

ランスロットはずっと黙っていて、何を考えているかはわからない。

・・・が・・・顔をあげてふと気づくと、

その紺の瞳は、まっすぐ私にだけ向けられていた。

「え・・・?」

・・・ランスロット・・・・?あ・・・

その視線が首筋に注がれていることに気づいて、はっと思い出す。

「あっ・・・あのこれ・・・これは・・・その・・・」

もう遅すぎるけれど、いまさらながらに隠そうとすると、ランスロットがふっと目をそらした。

「・・・・・ライオネスの言うとおり・・・」

「え・・・?」

「ウェスタになど行かせるべきではなかったのかもしれないな・・・・」

「ランスロット・・・」

ランスロットは目を伏せ、自嘲気味に笑った。

「私の、身勝手な願いだがな。

だが・・・離れている間・・・会えない間・・・ずっとお前のことばかり考えていた」

「・・・!」

・・・私のことばかり、考えて、って・・・

胸の鼓動が早まる。ただ、師匠として弟子の私を心配していただけのことなのかもしれない。

・・・だけども・・・そうじゃないって、思いたい・・・

なんでこんな気持ちになるのか、理由もわからないけれど・・・

でも、彼に弟子、とだけ思われるのは・・・嫌、だった。

「正直・・・なぜ何もできなかったのかと・・・父上からの処罰とはいえ

馬鹿正直に従った自分を・・・悔やんだ」

「ら・・・ランスロット・・・でもそれは・・・」

それは、仕方なかったはずだ。もし逆らえば、身分社会である王宮では命を奪われることだってあるのだから。だが、ランスロットは首を振った。

「いや・・・。自分の気持ちに気づかなかった私が・・・愚かだっただけなんだ・・・。会えなくなって、お前がどれほど大事な存在か・・・今更ながらに気づくなど・・・」

「ランスロット・・・」

・・・それは、私も同じ・・・

彼に会えないことが、どんなに辛いか、こんなふうになるまで、わからなかったのだから・・・。

・・・ふたりとも・・・同じ、気持ちなんだ・・・

私は思わず胸元を押さえた。なんでか、どきどきが、おさまらない。

ランスロットは顔をあげて、私の目をじっと見据えた。

「お前は・・・私のことをただ『師匠』として慕っているのだろうな・・・

・・・・だが・・・・私は・・・・・・・・」

・・・え・・・

「・・・!・・・ランスロ・・」

ランスロットが私の肩に、手を触れる。そのまま、彼の整った顔が近づいて・・・

・・・ランスロット・・・

目の前には彼の、紺の瞳。長めの睫が・・・すごくきれいに思える。

すっと通った鼻筋。ランスロットの顔を・・・こんなに近くで見たのは、初めてかもしれない。

私の額に自分の額をそ・・・とくっつけて、ランスロットはその瞳に笑みを浮かべた。

「・・・明日は・・・笑顔でいてくれ。そうしたら・・・きっと、父上にも勝てる気がする」

「・・・・・・・・。うん・・・・・・」

額から、彼の体温を感じる。

相変わらず鼓動は早いけれど、そのぬくもりが・・・すごく、嬉しかった。

ランスロットのその、薄い唇が言葉を象る。

「・・・お前の声は・・・優しいな。

できるならばずっと、聞いていたくなる」

・・・ずっと・・・って・・・

彼のひとつひとつの言葉、それに深い意味があるって信じたいのは・・・どうしてなんだろう。

『ただ『師匠』として慕っているのだろうな・・・。だが・・・私は・・・』

その先の言葉が知りたくて・・・だけど、聴けない。

何もいえなくて、私は額にある彼の温度にそっと目を閉じる。

でも、今は・・・このぬくもりだけでじゅうぶんだと、そんなふうに、思えた。


ランスロットは額を離して、手を伸ばすと、私の頬をやさしく撫でた。

まるで慰めるようなその指の感触。思わず目を閉じる。

ふ、と温もりが離れて目を開くと、彼は私のほうは見ずに、目を伏せ立ち上がる。

「・・・じゃあな、明日、寝過ごすんじゃないぞ」

「そ、そんなことしないよ!」

もう半人前じゃないんだからと思いをこめてちょっとだけ睨む。

「・・・ははっ。そうだな・・・おやすみ」

・・・ランスロット・・・

「おやすみ、なさい・・・」

彼の背中が遠ざかり、扉が閉まる。

ぎゅっと何か、胸が締め付けられるような思いがして、私は自身の胸元に手を当てた。

・・・なんだろ・・・、この気持ち・・・

明日は血を分けた父親との戦いに望む彼が、あんなふうに優しく微笑むたび、

何かが苦しい。

それだけじゃない、彼の触れたあちこちを、何故だか妙に意識してしまう。

・・・今までは、そう、あのとき離れ離れになるまでは、きっとこんなこと、なかったと思うのに・・・

『明日は、笑顔でいてくれ。そうしたら・・・』

・・・ランスロット・・・

・・・駄目だ・・・明日は大切な日。しっかりしなくちゃ・・・



・・・しっかり・・・しなくちゃ・・・



翌朝。ランスロットの部下たちは皆、関所の門前に集まっていた。

皆が皆、緊張の面持ちだ。当然だが・・・。

私もその中で、双剣の具合や荷物を確かめる。

・・・装備は・・問題ない、よね。よし・・・

双剣を腰にしっかりと固定して、私が歩き出そうとしたとき・・・

門より少し離れた、井戸のほうで声がした。

「・・・隊のほうは頼んだぞ、エクター」

・・・ん?なんだろう?ランスロットの声・・・だよね・・・

・・・もうひとりはエクターさん・・・ってこと?なんだろう・・・

気になって、そっと近づき城壁に隠れながら様子を伺う。

するとランスロットと、副隊長のエクターが井戸を背にして向かい合っていた。

「・・・隊長・・・」

「父上のことは私の責任でもある。あれだけ近くにいながら、阻止することさえできなかった。

・・・兆候はいくらでもあったはずなのに・・・」

ランスロットが目を閉じ、ぐっと唇をかみしめる。

昨夜私に見せたのとは打って変わった、苦悩の表情だった。

「しかし、隊長ひとりでは危険すぎます。相手はあのウェルム団長ですよ」

「・・・問題ない」

「隊長!」

顔をあげ、冷静に答えるランスロットにエクターが叫ぶ。

ランスロットはエクターをひたと見据えた。

「私の腕を疑うのか?」

「そういうわけでは・・・」

エクターが口ごもる。ランスロットはそれをみて、口元に笑みを浮かべた。

「けじめをつけさせてほしいんだ。わかるな、エクター」

諭すような言葉に、エクターはじっとランスロットの顔を見つめていたが・・・

やがてふっと息をついた。

「隊長のわがままには困りましたね」

お互いにつきあいが長いからこその、台詞なのだろう。ランスロットが眉尻をさげ、微笑んだ。

「ふっ・・・なかなか言うな、お前も」

「ご武運を、隊長。あとのことは、お任せください」

「ああ」

・・・ご武運って・・・。けじめって・・・

・・・ランスロット・・・まさか・・・ひとりでウェルム団長と・・・!?

エクターがこちらに歩いてきて、私は慌てて門のほうへ走る。

早い鼓動が収まらない。ランスロットは・・・まさか―。


「おはよう、イレイン」

「ら、ランスロット・・・」

胸元を押さえていると、当のランスロットがそばにきていた。

見上げた私に優しく微笑んで、頬をなでてくれる。

「どうした?そんな泣きそうな顔をして。笑顔でいてくれと言っただろう・・・

・・・緊張、しているのか?」

頬にふれた指先の体温が、心地よい。

でも・・・

「・・・ランスロット・・・行っちゃうの?」

「イレイン?」

躊躇するまもなく、私は彼につめよっていた。ランスロットが目を見開く。

「ひとりでなんて、無理だよ!だってヴァエルだよ!?

魔剣の力がどれだけ強いか、ランスロットはわかってない!」

「!イレイン・・・お前、さっきの話・・・」

疑問が確信に変わる。やはり、ランスロットは先にひとりで王宮にむかうつもりだったのだ。

「わかってないよ・・・駄目だよ・・・ひとりでなんて・・・」

「・・・イレイン・・・」

私はすがるようにランスロットの制服の襟をつかんで、首を振った。

・・・気持ちは・・・わからない、わけじゃない・・・

・・・けじめをつけたいって・・・ランスロットは、そういう人だから・・・

責任を感じてるのは、わかるけど・・・

「・・・・・・・・・・だめ・・・だよ・・・」

ヴァエルの力は、ルシアと対峙した私が知っている。

ライオネスさえも、斬りふせられて一気に致命傷を負ったのだ。

いくらランスロットといえど、命を落とすことだってじゅうぶんにありうる。

・・・お願い・・・

ランスロットの胸元をつかんだまま、私はうつむく。

こんなことをして、叱られるのだって覚悟の上だ。

彼を失ってしまうことのほうが、よりずっと恐ろしかった。

「・・・・・・・・・・」

ランスロットはどうして黙っているのだろう。うつむいた私には彼のブーツしか見えない。

・・・いってほしくない・・・

なぜだか目頭が熱くなってきて、視界がにじみ始めたころ・・・

ランスロットの手のひらが、私の手をふわりと覆った。

どきりと、心臓がはねる。思わず顔をあげた私に、ランスロットは微笑んだ。

「・・・・なら、お前が一緒に来てくれるか」

「え・・・」

彼の手に、力がこもる。

手をぎゅっと握って、ランスロットは私の目を覗き込んだ。

「お前に、私の力になってほしい。イレイン」

「でも私・・・・あ・・・・」

「・・・・・・そばに・・・・・・いてほしいんだ・・・・」

ランスロットは握った手はそのままに私の耳元に唇を寄せ、そっと、ささやいた。

・・・ランスロット・・・・・・・・・・。なんだろ・・・・この気持ち・・・

「・・・ランス、ロット・・・・・・・・・・・・・」

心臓の、早い鼓動がおさまらない。

かろうじて彼の名前を呼べば、ランスロットは目を細めて私を見つめてきた。

その紺の瞳には不安の色がにじんでいる。今まで見られなかった、本音の色が―。

「・・・・・うん・・・・わかった・・・・」

私は彼を見つめ返すと、ゆっくりとうなずいた。

うなずくと同時に彼が、満面の笑顔を浮かべた。

「ありがとう・・・イレイン」

お礼を言ってランスロットは私をゆっくりと胸の中に抱きこむ。

こんな仕草・・・きっと、子供の頃にもあったはずだと思う。

きっと・・・でも・・・

・・・・・・ドキドキする・・・どうして・・・・・・・?

どうしてか恥ずかしくて、体が熱くなる。でも、そのままでいてほしい気もして・・・

ランスロットのその、制服の襟元をそうっと、掴んだ。



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