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「レムと言う人物」

レムという人物が住む洞窟は、ネド砂漠のちょうど南端のあたりにあった。

いくつか自然にできた洞窟が点在する中で、ひときわ大きな洞窟、その前でクライストが立ち止まる。

「・・・こ、この洞窟に、住んでるの?」

「うん。まあ本人、変わり者だからさ。色々事情もあって」

「事情・・・?」

聞き返す私に、クライストがあいまいに笑う。詳しくは答えず、彼は洞窟の中に歩き出した。

「とりあえず、行こうか。足元に気をつけて」

「う、うん・・・」


「やあ、レム。ひさしぶりだね」

「・・・・・クライストか。なんだそいつらは」

こ・・・この人がレム・・・さん?

長身痩躯に、ぬれたような長い黒髪が背中を覆う。鋭い蛇のような瞳が、私たちをぎろりと睨みつけていた。

そのまるで憎しみのこもったような気迫に、私だけでなくライオネスやトリスタンまでもが言葉を失う。

「ちょっと色々あってね」

クライストだけが慣れたように、肩をすくめてみせる。レムはもともとあった眉間の皺をより深くした。

「・・・・・・・・・」

クライストは私たちそれぞれと目を合わせたあと、レムに向き直る。ゆっくりともったいぶったように、くちを開いた。

「レム・・・・。・・・・・力を・・・。力を、貸して欲しいんだ」

「・・・・・・断る」

えっ・・・

思わず絶句する私。ライオネスもトリスタンも、目を見開いている。クライストがため息をついた。

「・・・そういうと思ってたよ」

「・・・クライスト。俺が人間との関わりを避けているのを知っていて言っているのか?」

人間との関わりを・・・避けるって・・・

「ああ。だから今まで、君を巻き込まない解決方法を探していたんだ。だけど今回は、俺たちの力だけじゃどうにもならないらしい」

「・・・・・・・・」

だが、レムはかたくなに沈黙したままだ。

ライオネスもトリスタンも、何もいえないでいる。クライストが再び口を開いた。

「とりあえず、話だけでも聞いてもらえないか」

「帰れ」

「お、おいおい・・・なんだよそれ・・・」

「さっきから、ずいぶんと無礼な態度じゃないか」

ライオネスが思わず口を出し、トリスタンは責めるような口調だ。レムが再度、私たちをぎろりと睨んだ。

「無礼だと?無礼なのは貴様らだろう。いきなり押しかけて・・・」

「・・・それは、謝るよ。だけど・・・レム」

「人間の話など聞く気はない。さっさと帰れ!」

「レム・・・」

クライストが目をふせる。レムは私たちを睨みながらつぶやいた。

「クライスト・・・貴様はわかっているはずだ。俺が今まで、どれだけこいつらに苦しめられてきたか・・・」

・・・え?

「・・・レム、彼らがやったわけじゃないよ」

「それでも同じだ。俺にとって人間は憎い敵でしかない」

敵、という言葉に、私はぐっと唇をかみしめる。ライオネスもトリスタンも、神妙な顔をしていた。

敵・・・って・・・やっぱり・・・この人が・・・魔族・・・?

レムが私たちに背中を向ける。クライストがその背中に、一歩近づいた。

「だけど、それを言うなら俺も人間だ。その人間の俺を、君はあのとき助けてくれただろ」

助けた・・・?

「・・・・・ふん・・・・・・」

レムは鼻を鳴らした。

「・・・・・・・ただの気まぐれだ。どうせ、魔剣の持ち主など、最後にはどうなるかしれているからな」

「本当に・・・、そうなのか?」

そのときのクライストの表情は、どこか切実だった。だが、レムは振り返って彼をさげすむように言葉を放つ。

「それ以外に何かあるとでもいいたいのか?そんなくだらぬ期待を持つような甘い奴だとは思っていなかったが」

「・・・・・・・」

クライストさん・・・

「・・・ともかく、これ以上人間どもと関わる気はない。・・・帰れ」

レムが再び私たちに背中をむける。もう、話したくないとでも言うように。

いや・・・実際、話したくもないのだろう。なにしろ魔族からすれば人間は・・・。

「・・・・レム・・・・」

クライストはしばらくその背中を見つめていたが、やがて深々とため息をついた。

「・・・わかったよ。いきなり来て、色々とすまなかった」

「・・・・・・・・・」

「けれど俺は、感謝してるよ。例え気まぐれでも・・・あのとき君が助けてくれたことを」

「クライストさん」

彼はちょっとだけ目を閉じて、それから何かを振り切るように声をあげた。

「イレインちゃん、ライオネス、トリスタン、帰ろう」

「ちょ、ちょっと待て、せっかくここまで来たんだぞ?」

「・・・クライスト」

トリスタンとライオネスが食い下がる。当然だ。海を隔ててはるばる航海してきたというのに・・・

だがクライストは首を振った。

「ごめん、やっぱり・・・レムの気持ちを考えたら・・・。ヴァエルについては、他の方法を探そう」

「・・・ヴァエル・・・」

・・・え・・・?

ぼそりと、レムがつぶやいた気がした。気のせいだろうか。

トリスタンもライオネスも、しばらく納得いかない表情だったが、クライストの説得に折れ、しぶしぶ同意したようだった。

・・・レムさん・・・

私はレムの後姿を見た。彼のかたくなな体は、微動だにしない。洞窟のかすかな光に、彼の艶やかな黒髪が反射していた。

魔族の人からしたら・・・当然なのかもしれない。・・・でも・・・

「・・・それじゃ、行こうか」

最後の頼みの綱が、切れてしまったようだった。レムを頼りにしてきたのに、このさきいったいどうすればいいというのだろう。

クライストの後ろに、ライオネスとトリスタンが続く。私もうつむきながら歩き出そうとした、そのとき。

「・・・おい」

レムの声が、私たちをひきとめた。クライストが、いぶかしげにレムを振り返る。

「・・・・・?レム?」

「・・・今、ヴァエルとか言ったな」

え・・・

「・・・・ああ・・・・。ヴァエル。魔剣ヴァエル。

以前に君が言っていた・・・アグレアスと対になるもうひとつの魔剣だ」

レムが腕組をする。

「・・・強大な魔力を北から感じたが・・・あれはやはりヴァエルだったか・・・」

「・・・レム」

レムはクライストと私たちに改めて向き直った。

「詳しい話を聞かせろ」

・・・レムさん・・・?

「・・・・・・・・わかった」

クライストが了承したようにうなずき、これまでのことを話し始める。

とりあえず、話は聞いてもらえるらしい。少しだけ、希望の光が見えたような気がした。


クライストが一通り話し終えると、レムは厳しい表情でぼそりとつぶやいた。

「魔剣ヴァエルがエルムナードに・・・」

「ああ。持ち主のエルムナード女王は倒したが、ヴァエルは宿主を探してさまよっている状態だ」

レムが再度腕を組む。クライストをはじめ、私たちを見渡して口を開いた。

「・・・なるほどな。それで・・・貴様らは何をしようとしているんだ?」

レムの視線が私の上でとまる。自分に聞かれているような気がして、私はおずおずと言った。

「・・・その、ヴァエルを、倒そうと・・・」

「・・・ディーヴァを・・・倒すだと・・・?」

レムの、その蛇のような瞳が見開かれる。息をのんでそれを見つめていると、彼はとたんに声をあげて笑い出した。

「くっ・・・・はははははっっ!!」

「何がおかしい!」

むっとしたかトリスタンが食ってかかる。だがレムは意にも介さず、クライストを見て言った。

「人間ごときがディーヴァを倒すだと!?とんだ笑い話だな、クライスト」

「・・・・・・・」

「ここのクズどもに情がうつって、俺に話をしにきたとでも言うつもりか」

「てめえっ・・・」

見下した口調に、ライオネスが激する。私はぐっと胸元のこぶしを握り締めた。

そんな・・・言い方・・・

レムはなおも続けた。

「ずいぶんと虫のいい話だな。自分たちが彼らにしてきた所業・・・その報いを受けることなく

彼らが精神体となったのちもなお、その存在を潰そうとするとは」

レムの言葉は真実だ。クレール国民が魔族を根絶やしにしようとした残酷な事実。だが・・・

「・・・ヴァエルのことは・・・確かに昔のクレールの人たちが悪いのかもしれないけど・・・

・・・でも・・・」

「小娘。彼ら・・魔族が迫害を受けていたのは何もクレールだけのことではないぞ。」

「え・・」

レムの言葉に、私は目を見開く。レムはなおも蔑んだような目で私を凝視し、続けた。

「世界中の魔族という魔族が、人間たちから差別と虐待を受けていたのだ。

・・・彼らは人間たちに何もしていないというのに・・むしろ、弱き人間たちを手助けしていたというのに・・・

人間たちはその力に恐れおののき、彼らを追放し、残虐な方法で殺戮した」

「古代人魔戦争の文献には、この戦争は魔族が火種だったとされているけど・・」

クライストが口を挟む。すぐさまレムが反論した。

「それは人間側の言い分だ。ずるがしこい人間どもは、歴史を都合のいいように美化するからな。

・・・迫害を受け、滅び行く直前、魔族たちは自らの魔力を結集して、ふたつの魔剣を作り出した」

「!・・・それが・・・アグレアスと・・・」

「ヴァエル・・・・」

私の言葉をクライストが受けつぐ。レムがうなずいた。

「そうだ。ふたつの剣は人間どもへの復讐のために作り出された、いわば呪われた剣」

「呪われた・・・剣・・・だと!?し、しかし・・・」

「・・・・・・・・・」

あまりな言いように、トリスタンが驚いたようにライオネスと目を合わせる。

すさまじい力を持つ、魔剣。それは魔族に作られた、復讐のためののろわれた剣だというのか―。

「どうして・・・剣に・・・」

「人間の命を喰らうためだ」

「!!!!」

命を・・・食らう!?

「なっ・・・命を喰う・・・って・・・なんだよ・・・それ・・・」

ライオネスが声を上げる。レムが心底馬鹿にしたような目でライオネスを眺めた。

「魔剣は命を喰らう。契約した宿主の肉体を使ってな。

宿主がいなくなれば、また次の契約者を探す。

そうしてすべての人間の命を刈り取るまで復讐は続くのだ」

「復讐のためだけに存在する・・魔族の怨恨・・それがディーヴァ・・か。」

目を伏せて言うクライスト。レムはにやりと笑った。

「人間は本当に愚かだ。より強い力を得ようと、次から次へとディーヴァと契約する。

・・・なあ、クライスト」

「・・・ああ、そうだな・・・。」

クライストがうなずく。

魔剣はのろわれた、剣・・・じゃあ・・・クライストさんのアグレアスも・・・

「・・・く・・・クライストさんのディーヴァも、人間の命を欲しがるの・・?」

心臓の鼓動が早まる。私は胸を押さえた。そんな恐ろしい魔剣を、クライストが・・・。

「・・・そうだよ。・・命を欲するのは、ディーヴァの性だから。

それがなければ、魔力を維持できないというのもある」

彼は平然と躊躇もなく、うなずく。その冷静さが、なんだか逆に不自然だった。

「じゃあ・・・魔剣の持ち主は、絶えず命を奪いつづけていなければならないということなのか・・?」

「・・・まあ、一度に大量に手に入れば、当分は持つよ。俺がこの仕事をしてるのも、都合がいいからで・・・大幅な強化ならともかく、魔力の維持だけなら、たいしたことない」

「・・・・・・」

トリスタンの問いにクライストはやはり普通に答える。

「クライストさん・・さらっとすごいこと言ってる・・」

感覚が、麻痺しているのだろうか。命を奪うことに、なんの疑問ももたないような話しかただった。

ライオネスが質問する。

「なあ・・命を欲しがるのはわかるけど、あえて人を殺さなかったらどうなるんだ?他を探してでていっちまうんじゃねえのか?」

レムが答えた。

「それはないな。ディーヴァは貪欲に生命を欲する。殺したくなくても、魔剣に振り回されながら無差別に虐殺を繰り返すはめになる」

「・・・・マジかよ・・」

目を見開いたまま、呆然とつぶやくライオネス。レムはおもむろに口を開いた。

「・・・・・・・この際だから、はっきり言ってやろう。お前らがディーヴァを倒すことなど、不可能だ」

不可能ということばに、胸がえぐられるような気持ちになる。だけど・・・私は慌てて声をあげた。

「っ・・・で、でも、今は手も足も出ないけれど、もし・・・」

「仮に直接攻撃をできたとしても、人間が魔族の魔力にかなうわけがなかろう」

「っ・・・」

私は言葉につまった。確かに、レムの言うとおりだ。魔力を持たない私たちに、魔族に勝つことなど・・・

だけど・・・だけど・・・

「と、いうわけだ。俺は貴様らに協力などする気は微塵もない。さっさと帰るんだな」

「だってこのままじゃ・・クレールの人たちがヴァエルに・・・!!」

搾り出した声はほとんど叫びに近かったと思う。

だが、そんな私をあざ笑ってレムは言葉を吐いた。

「だからなんだというのだ。魔族の恨みを買うようなことをするお前らが悪いんだろう」

「それは昔のことじゃない!今の人たちはそんなこと知らない!」

「知らないから、罪はないというのか?ふざけるな!!!俺の母や父を血祭りにあげたのはお前らだろう!」

「!」

血祭りって・・・

「・・・あなたのお父さんやお母さんが・・・?」

「・・・レム。イレインちゃんたちがやったわけじゃないよ」

クライストがレムをいさめる様に言う。しかしレムは鼻で笑った。

「それに何の意味がある?さっきも言ったが、俺にとって人間は敵でしかない」

ライオネスとトリスタンが、厳しい顔でお互いを見やる。

協力は期待できそうにない、と彼らの表情がすでに物語っていた。

「・・・予想はしてた。だけど・・・俺を助けてくれた君なら・・・あるいは、と淡い期待を抱いていたよ」

「気まぐれを優しさと勘違いされても困るな。人間とはつくづくおめでたい生き物らしい」

「レム・・・」

クライストがどこかすがる様な目でレムを見つめる。彼のこんな表情を、初めて見た気がした。

「・・・・・・・・」

それでも、レムは少しも表情を変えない。クライストはやがて、深い深いため息をついた。

「・・・・・・・・。わかったよ。・・・無理を言ってすまなかった。

酷な話だよな。親を人間に殺され、自身もずっと人間に追われ続けてきた君にとっては・・・」

「・・・・・・・・」

レムは何も答えない。そのまま、顔をそらしてクライストは歩き出した。

「・・・行こう」

「クライストさん・・・」

私はレムのほうを気になりつつも、彼の後姿を追う。

「お、おい待てよ!」

「・・・クライスト・・・」

ライオネスとトリスタンのふたりが、慌ててあとに続いた。


これから、どうすればいいのだろう。

絶望的な気分が、胸の中を覆っていた。

私だけではない、ライオネスもトリスタンも、そして、クライストも・・・皆、険しいとしかいいようのない表情をしていた。最後の頼みの綱であったレムはもう、協力はしてくれない。

今はまだ、持ち主を得ていないヴァエル。だがそれも、時間の問題だろう。

いずれは・・・。最悪の事態を想像して、私は唇をかみしめた。

帰りを待っていた船長が、私たちの顔を見て目を見開く。それに反応する余裕もないまま、船倉へ入ろうとすると・・・

「なんだ?あんたら、仲間が増えたか?」

船長のいぶかしげな声。私は顔をあげた。彼が甲板の向こうを指差している。そこには・・・

「・・・お前らのためじゃないからな」

「レム・・・!」

海風に黒く長い髪をなびかせる、レムの姿があった。クライストが駆け寄る。

「レム・・・いいのか?」

レムはすっと目をふせた。

「・・・ただの暇つぶしだ。ありがたく思え」

っていうことは・・・!!!!

胸の中の暗雲が、たちまちに晴れていく。知らぬ間に私は、レムのところへ走っていた。

「ありがとう!おじさん!」

「おっ・・・おじ・・・?」

「・・・レム・・・すまない・・・」

クライストが申し訳なさそうに、謝る。その顔を静かに眺めながら、レムは海原のほうへ視線をそらし、口を開いた。

「・・・見届けてやる」

「え?」

顔をあげたクライストの脇をすっと通り過ぎ、すたすたと甲板を歩き出す。その唇が、また語った。

「お前が選び取った生き方を。・・・退屈しのぎにちょうどいい」

「・・・レム・・・」

クライストさん・・・

そのときのクライストの表情。私が今までに、見たこともない、

限りなくうれしそうな、そして限りなくさびしそうで悲しそうな・・・そんな、笑顔だった。




作戦会議は船長の部屋で行われた。

協力してくれることとはなったものの、レムは変わらず尊大な態度で、私たちに言葉を吐いた。

「・・・正直、ディーヴァ・ヴァエルは人間の力でどうこうできるような存在ではない。

たとえ俺が協力したとしても、倒すなどということは到底無理な話だろう・・・だが」

「レム・・・」

「・・・術がないわけでもない」

「どういう意味だよ?」

回りくどい言い方にライオネスが聞き返す。クライストが顎に手をあてた。

「倒すのが無理・・・とするならば」

「・・・・・『封印』だ」

聞きなれぬ言葉に私は眉をひそめる。

そんな私の顔を見て、レムは深いため息をつき面倒くさそうに口を開いた。

「ディーヴァ・ヴァエルを、アグレアス内に封印する」

「・・・えっ・・・ええええっ!!??」

「な・・・なんだそりゃ・・・」

トリスタンが素っ頓狂な声をあげ、ライオネスは呆然とつぶやく。

「・・・アグレアスの、中に・・・」

クライストは自身の胸に手を当てた。

「クライストさん・・・」

「・・・・・・・。具体的には、どうやって?」

クライストがレムと目を合わせる。レムはクライストの胸元を見つつ、説明をはじめた。

「まず、宿主がいる場合なら・・・ヴァエルの持ち主を倒す。ディーヴァヴァエルが出現したところで、アグレアスの魔力を全解放し、俺がそれを増幅する」

「・・・魔力の抱合・・・か・・・」

「抱合って?」

クライストのつぶやきに思わず質問すると、レムがかわりに答えた。

「異なる性質の魔力同士は、より強大な方が小さなほうを包括することがある」

「・・・増幅したアグレアスの魔力で、ヴァエルの魔力をアグレアスの中に封じ込めるってことか」

レムがうなずく。

「そうだ。一度封じ込められた魔力は抱合反応により一時的に包括魔力の質と同化する」

「え・・・えーと・・・????」

抱合・・・とはなんだろうか。さっぱりふたりの会話についていけない。

「つまり・・・」

「・・・どういうことなんだよ?」

トリスタンとライオネスも同じようだ。レムがせせら笑った。

「・・・頭が弱そうだと思っていたが、銀髪、どうやら本当に中身もそうらしいな」

「こんのやろっ・・・」

ライオネスがレムを睨みつける。クライストはそれをなだめながらも、私たちに向き直って口を開いた。

「つまりはこういうことだよ。

レムの力を借りて、俺のアグレアスにディーヴァ・ヴァエルを封じる」

「ふ、封じるって・・・でも・・・そんなことして大丈夫なの?」

強大な力を持つアグレアス。それにヴァエルの力までをも加えるとなると・・・とんでもないことになりそうな気がする。

「ふたつの異なる魔力に力の差があるとき、低い魔力は高い魔力の属性に同化する性質があるんだ。だから、アグレアスの魔力がヴァエルより格段に大きければ、ヴァエルはアグレアスと同化する」

「ヴァエルが・・・アグレアスに・・・」

「・・・もちろん、一時的なものではあるけどね」

「同化しても、完全ではない。何かのきっかけで分離する可能性はあるが・・・それでもヴァエルの力を削ぐには、これで十分だろう」

レムがこともなげに言う。なんだかすごい方法のようだが・・・

だいじょうぶ、なのかな・・・

私はクライストをちらりと見る。いつものなんでもないような顔をしているけれど・・・

クライストさん・・・

「し、しかし・・・本当に、可能なのか?できるのか?」

トリスタンも同じような気持ちのようだ。レムはそんな彼を小ばかにしたように見やった。

「無意味な質問をするな。成功する可能性など、誰にもわからん」

成功するかどうかは、わからない・・・だけど・・・

「・・・でも、方法は、それしか、ないんだよね・・・」

「イレイン・・・」

つぶやいた私を、クライストが見つめる。私は彼の不思議な瞳を見つめ返した。

「・・・クライストさん・・・」

クライストはまるで私を安心させるように、微笑む。

「・・・わかってるよ、イレインちゃん。必ず、成功させて見せる。だから、心配しないで」

「・・・・クライストさん・・・!・・・・あ・・・ありがとう・・・」

その、きれいな笑顔とやさしい声。思わずお礼の言葉が出た。けれど・・・

だけど・・・本当に、大丈夫なんだろうか・・・

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

ライオネスとトリスタンも、なんとなく、複雑そうな表情をしていた。

この方法でなければ、クレールは助からないという。だが・・・・・・・・。

「・・・レム、ヴァエルは今・・・?」

クライストの問いに、レムが目を閉じる。しばらく閉じた後、目を開けてにやりと笑った。

「・・・クライスト、面白いことになってきたぞ」

「え・・?」

「ヴァエルが宿主を手に入れた。誰かはわからんがな。場所は・・・クレール王国だ」

「!!!」

「な・・・なんだって・・・」

ヴァエルが・・・ヴァエルを宿した人がクレールに・・・!?いったい・・・

レムの宣言するような声に、その場は騒然となる。

クライストが静かに、言った。

「・・・クレールに、急ごう」



船は一路、クレールへと出港した。

船員たちがあわただしく働く中、船倉に下りると、廊下に向かい合う二人の男の姿が見えた。

あ、クライストさんと、ライオネす・・・?

ふたりが話しているのは珍しいことでもないけれど、ライオネスのほうは深刻な顔をしている。

どうしたんだろう・・・?

なんとなく声もかけづらい雰囲気で、私が彼らを見つめていると、ライオネスが口火を切った。

「・・・なんか、悪いな・・・」

クライストが聞き返す。

「ん?何が?」

「ヴァエルのことを、お前ひとりに任せるような感じに、なっちまってよ・・・」

「なんだ、そんなこと。いいよ、別に」

私のほうからはクライストは後姿しか見えない。だけど、肩をすくめたのが微かにわかった。

ライオネスが首を振る。

「よくねえだろ・・・」

「ライオネス」

「もともとお前は騎士団の人間ってわけでもねえし、クレールに住んでたわけでもねえのに・・・

そのお前に・・・俺らクレールの人間が、頼りきるしかねえなんてよ・・・なんか・・・」

ライオネス・・・

ライオネスの顔は気まずそうだった。たぶん、本当に申し訳なく思っているのだろう。

「・・・仕方ないよ。人間がどうこうできる相手じゃないって、レムも言ってただろ」

「・・・・・・・・」

ライオネスは目を伏せたまま、何も答えない。クライストがそんな彼を見つめながら、ふっと息を吐いた。

「・・・むしろ俺は、嬉しいんだ」

「・・・・・・・なんだって?」

ライオネスが聞き返して、クライストの顔を凝視する。クライストは、静かに語った。

「・・・人の命を奪うことしかできなかった、こんな俺に・・・できることがあるってことが」

「クライスト・・・・・・・・・」

「・・・のろわれた力でも、誰かのために使えるのなら・・・それを持つのも悪くないって思える」

・・・クライストさん・・・

クライストは・・・笑顔でも浮かべていたのだろうか。ライオネスが目を見開くのが見えた。

「・・・・・・・・お前」

「・・・だから、俺は絶対に成功させるよ。せっかくレムが、力を貸してくれるって言ってくれてることだしね。

それじゃ、またあとで」

そのままクライストは歩き出し、ライオネスとすれちがう。そのまま廊下の奥に姿を消した。

「・・・・・」

ライオネス・・・

私は一歩、二歩、沈黙するライオネスに近づく。ライオネスが私を見て、唇をかみしめた。

「・・・俺、何もわかってなかった」

「え?」

「・・・あいつのこと。あいつは、いつもあんな平然とした顔して・・・本当は・・・」

彼はじっと、船倉の木でできた床を見つめている。その瞳がこころなしか・・・潤んでいるようにも見えた。

「・・・ライオネス・・・。クライストさんは、そんな人じゃないんだよ」

クライストを疑ってばかりいたライオネス。自責の念に駆られているのか、どうかはわからないが・・・。

彼は拳をにぎりしめ、天井を仰いだ。

「・・・ああ・・・。お前の言うとおりだな。本当に苦しい奴は・・・苦しいなんていわないもんなのかもな」

「・・・クライストさん、それでも私たちのために・・・」

「・・・ああ・・・」

ライオネスが再びうつむく。

『・・・のろわれた力でも、誰かのために使えるのなら・・・それを持つのも悪くないって思える』

・・・・・・・クライストさん・・・・・・・

きっとこの言葉も、あの変わらない笑顔でいったのだろう。

複雑な思いたちを抱きながら、私たちは王都へと海を渡る。

王都クレールをヴァエルから、救うため。ただ、それだけのために。

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