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「別離」

○王都におとずれるつかのまの平穏。

王宮騎士団長の命令に背いたランスロットを案じるイレインは、ランスロットの部下だという王宮騎士に呼び出される。

そうして・・・・・私たちはたくさんの犠牲を出しながらもエルムナードに勝利した。

王都に凱旋するとたくさんの市民たちが歓声をあげ、街は祝賀ムードに包まれる。

だが、大切な者の訃報を聞き、その場にくずれおちる人が視界に入ると単純には喜べなかった。

地方騎士団が壊滅的な打撃を受けたのと反対に、王宮騎士団はほとんど負傷者を出してはいない。

当然だ・・・戦闘が始まったと同時に、ウェルム団長が撤退命令を出したのだから・・・。

地方騎士団も王宮騎士団も、負傷者の手当てや亡くなった人の埋葬など、しばらくは後始末に追われ、目の回るような忙しさだった。

でもクライストのおかげで負傷者の手当ても手間がなく、だいぶ早めには落ち着きそうだ。

命を落とした騎士たちを丁重に弔い、ガイアの森で手を合わせる。

たくさんの人が亡くなってしまったけれど、これでもう、異形に苦しめられることはなくなるのだろう。

王都の復興もきっとうまくいく・・・。私はそう願いながらも、命を賭した英雄たちに敬意を表し目を閉じた。


それから、数ヶ月後。

人々は悲しみをなんとか乗り越え、街は復興も波にのり、以前のようなにぎやかさを徐々に取り戻し始めている。

まだまだ元通りには程遠いが、ルシアが倒されたのもあって、希望の光が見えてきたのは確かだった。



そんなある日。私は突然団長に呼びだされた。

・・・団長・・重要な話ってなんだろう・・・何か私やらかしたかな・・・それとも異形のこととか?・・・

ルシアが倒れたとはいえ、異形が消滅することはなく、まだ王都の周辺では異形が見られることがたびたびあった。

大きな戦いは終わったものの、まだまだ気は抜けないところは多い。

うんうん考え込みながら廊下を歩いていると、ふいに声がかかった。

「イレイン!」

・・・あれ、この声・・・

よく通る澄んだ声に顔を上げると、懐かしい顔がそこにあった。

「セレさん!!!」

もうだいぶ会ってなかった気がする。私はセレさんに駆け寄った。

「セレさん、フランチェスカから戻ったの?」

セレさんはルシアとの戦いが始まる前、フランチェスカに出張していたのだった。

セレさんはうなずいた。

「ああ。父さんからの手紙で、エルムナード侵攻がはじまると聞いて・・・すぐに駆けつけたかったのだが、こちらも落ち着かなくてな・・・」

「セレさん・・・」

「結局、戦いに参加することはできなかった。・・・申し訳ない・・・」

セレさんが目を伏せて謝る。私は首を振った。

「いいよ。だってそれに、フランチェスカの人たちもセレさんがいて助かっただろうし。、ルシアにも勝てたし。セレさんが気にすることないよ」

「イレイン・・・」

セレさんが感慨深げに私を見つめる。

私がうんとうなずいて見つめ返すと、セレさんはふと気づいたように手に持った袋を差し出した。

「ああ、そうだ、これを」

「?」

私は袋の中を覗き込んで・・・

「あ!フランチェスカパイ!!やったー!!!」

「お詫び・・・などというわけにもいかないのだが、たくさん手に入れてきたから、あとで一緒に食べよう」

「うん、うん!!」

・・・このパイ、クリームがたっぷり入っててすんごく美味しいんだけど、フランチェスカまでいかないと手に入らないんだよね・・・

「しかし・・・・父さんもお前も皆・・・無事でよかった」

セレさんが心底安堵した表情で言う。私はうなずいた。

「セレさん・・・そうだね、トリスタンもね」」

「え?」

「あ、あ、ううん、なんでもないの。これから、団長のところ?」

「ああ。今ちょうどついたところなんだ。到着の報告をしないとな」

「じゃ、一緒に行こう?」

私とセレさんはフランチェスカでのことや、本部であったことなど話しながら、団長の部屋へ向かった。


「失礼します・・・、と・・・」

・・・みんなそろってる・・・。なんだろう・・・

部屋にはクライストとライオネス、トリスタンがいた。

団長も加え、皆が神妙な表情をしている。なにやら深刻な雰囲気だ。

・・・どうしたんだろう・・・

「おお、セレ、戻ったのか。手紙では明日という話だったが、早く到着したようだな」

「はい。・・・戦いに参加できず、大変申し訳ありません・・・」

「気にすることはない。クライストのおかげで、ルシアにはなんなく勝つことができた」

「クライストが・・・」

セレさんがクライストのほうを見ると、彼は肩をすくめた。

「自分で思ったほど大活躍はできなかったんだけどね。だけど、役にたったならよかったよ」

「クライスト・・・。だが、ありがとう。地方騎士団に協力してくれて・・・父さんもすごく助かったようだし」

セレさんがクライストに微笑む。クライストはにっこりと笑みを返した。

「君のような美女にそんなことをいってもらえるなんて、協力した甲斐があるなぁ。なんなら今夜食事でも・・・」

「ふざけるな貴様っっ!!」

すかさずトリスタンが横槍を入れる。クライストは心底おかしそうに笑った。

「あっははは・・・冗談だよ、冗談」

トリスタンが今にも噛み付きそうな勢いでクライストを睨む。

セレさんがため息をつき、ライオネスはやれやれと言う風に首を振った。

「・・・まあ・・・だ、クライストの協力もあり、とりあえずルシアとの戦いは決着がついたわけだが・・・」

気をとりなおすようにグレッグ団長が口を開く。

その気になる言い回しに私がグレッグ団長のほうを向くと、団長は眉間に皺を寄せた。

「団長・・・?もしかしてまだ何か問題でも・・・?」

団長は目を閉じて、うなずく。

「そのとおりだ。イレイン。今日お前を呼んだのは他でもない。そのことについてだ」

「・・・」

いやな予感を感じ、私は思わず黙り込む。せっかく異形の騒動も治まってきたというのに・・・。

「セレ、お前もいいタイミングだった。イレインと一緒に、話を聞いてもらいたい」

「父さ・・・団長。・・・はい」

団長のその厳しい口調に、セレさんも表情を引き締めたようだった。

「・・・クライスト、さっきの話の続きを」

「・・・わかりました」

団長がクライストに目配せをして、さっきまで笑っていた彼は真顔になり・・・淡々と話しはじめた。


「魔剣ヴァエルが・・・まだ!?」

私は思わず声をあげた。クライストがうなずく。

「ルシアは確かに俺が倒した。だけど、持ち主を失った魔剣ヴァエルは、俺たちには不可視の姿でさまよっている」

「剣が不可視の姿・・・??」

魔剣の説明をされたセレさんが考え込む。

「魔剣は、普通の武器とは違う。精神世界に存在する思念・・・ディーヴァが、持ち主と契約することで、この世に武器の形を成したもの」

「ディーヴァって・・・あのときの・・・」

私が聞き返して、クライストは首を縦に振った。

「そうだよ。イレインちゃんには、あの言葉が聞こえちゃってたんだね」

「どういうことだよ?じゃあ、ルシアを倒してもヴァエルがクレールを襲ってくるってことなのか?」

ライオネスの質問に、クライストはしばし思案するように視線を落とす。落としたまま、口を開いた。

「・・・本来なら、ディーヴァは持ち主となる者を探し力を与えるだけで、一国に復讐する意思を持つということは聞いたことがない。だけど・・・」

「・・・だけど?なんだよ」

「だけど、ヴァエルが俺に言った、あの最後の言葉・・・」

「最後の・・・って、クライストさん?」

クライストが顔をあげ、その場にいる面々を深刻な面持ちで見渡す。

「『我の復讐を邪魔するな』ヴァエルはそういった。おそらく持ち主であるルシアとの利害の一致を利用して、ヴァエルがクレールへの復讐を考えていたんだと思う」

・・・魔剣ヴァエルが、クレールに・・・復讐・・・!?

「・・・・・・。しかしこれまでの話からすると、ヴァエルは思念のようなものだというのだろう?それが復讐と言われても、ぴんとこないが・・・」

セレとともに魔剣の説明を受けたトリスタンが腕を組む。続けて団長が問うた。

「・・・そうだな。思念といわれても・・・。一体ディーヴァというのは、なんの『思念』なのだ?」

「・・・・・・・・・・」

「クライストさん?」

クライストはしばらく逡巡し・・・言うべきかどうか迷っているようだったが・・・やがて重々しく言葉を紡ぎだした。

「ディーヴァは、古代魔族の思念が昇華し、結晶したもの」

「なに!?」

団長が声をあげる。

「古代魔族・・・って・・・」

トリスタンとセレは顔を見合わせ、ライオネスは声も出ないようだった。

・・・こ・・・古代魔族・・・聞いたことがないわけではないけど・・・

何百年も前に絶滅した、古の種族。人間とは異なり、特殊で様々な能力を持っていたと言われている。

・・・そんなのの思念が・・・魔剣ヴァエルを作り出すっていうの・・・?・・・

信じられない話だった。思念というあやふやな存在が、武器となるなんて・・・

「その古代魔族の思念である、ディーヴァが・・・クレールに復讐するってことなの・・・?でも、どうして・・・」

クライストを見ると、彼は瞑目してじっと考え込んでいる様子だった。

「なんか、うらみがあるってことなのかよ?」

ライオネスが言って、ようやく目を開ける。

「・・・・全く、・・・無関係、ということはないと思う」

言葉を選びながら発言しているような感じだった。

「・・・では、クレールは今度はルシアではなくヴァエルに狙われているということなのか・・・・」

「父さん・・・」

団長が眉間に皺をよせ、唇をかみしめる。それを見たセレさんが団長のそばに寄り添った。

「おいクライスト貴様!なぜちゃんとヴァエルまで始末してこなかった!?」

「とりあえず、落ち着いて。ヴァエルはあくまでも『思念』で、精神世界に生きるもの。俺たちに物理的に危害を加えることはできない」

「そ、そうなのか!?」

「そう。宿主・・・持ち主を探して力を与え、剣という形で具現化を果たさなければ、ね」

「では、持ち主を手に入れれば・・・?」

団長が心配そうにクライストに問う。セレさんも、トリスタンもライオネスも同じような表情だった。クライストは彼らの顔を見つつ、答えた。

「持ち主の意思によりヴァエルが制御されている間は、必ずしもクレールへの脅威になるとは限らない。ただ、ヴァエルにとりこまれた場合には・・・」

「取り込まれる!?って・・・」

「・・・本来魔剣の力は、人間には到底制御できるものじゃない。そういうこともありえるってことだよ」

「・・・・・・・・・・」

・・・ということは・・・

「今は大丈夫だけど、いずれは・・・ってこと?・・・それなら、やっぱりヴァエルはなんとかしないと・・・」

私の言葉に、クライストがうなずく。

「そうだね。俺も、いろいろ調べてみようと思うよ。なにしろ、古代魔族のことは分からないことも多いからね」

「ディーヴァ・・・古代魔族とクレールとの関係、か・・・」

「魔族・・・にわかには信じがたいが・・・そんなもの、伝承や御伽噺でしか聞いたことないぞ」

ライオネスがつぶやき、トリスタンがいぶかしげな表情でクライストに言う。クライストが目を伏せた。

「・・・そうだね。俺も最初はそうだった」

「クライストさん・・・」

「だけど、この力、魔剣が与える魔力は、人間には決して使うことのできない異質な力。このことこそが、魔族の存在したことを証明しているような気がする」

「クライスト・・・」

セレさんがクライストを見て目をすっと細める。セレさんも、思い出しているのだろうか、ライオネスの傷を治したときのこと・・・

傷を治す不思議な力、そして目の前に立つ敵をもあっという間に粉砕する、驚異的な力・・・魔力。

彼の力がなければ、きっと多くの人たちが命を落としていたに違いない。

・・・だけどもし、その力が敵に回ったら・・・私たちは・・・

クライストがいなければ、クレールはルシアに確実に滅ぼされていただろう。

強大な力。心強く感じると同時に、どこかしら恐怖も覚えた。

・・・ルシアとの戦いのあと苦しがってたのも・・・人間の器では扱えない大きな力だから、なのかな・・・

今は平然としているクライストだが、そのときのことを思い出すと胸が痛んだ。

「ともかく、まずは、クレールの過去になにがあったのか・・・そこに魔族との関わりがないか調べてみます。そこから、ヴァエルをなんとかする方法が見つかるかもしれません」

クライストの声。はっと我に返って顔を上げると、団長が彼に深くうなずいているところだった。

「わかった。すまないが、頼んだぞ、クライスト。ライオネス、トリスタン、お前たちも手伝ってやれ」

「えっ・・ええっ・・・!?」

「・・・ですが・・・・」

前者はライオネス、後者はトリスタンだ。

「通常の業務は免除し他のものにやらせる。王国の危機にかかわる問題だからな」

「・・・わ・・・わかりました・・・」

「団長が、そうおっしゃるなら・・・」

「それじゃ行こうか、ライオネス、トリスタン」

「・・・・・てめクライスト・・・既に仕切ってんじゃねえよ・・・・」

ぶつぶつ言いながら男3人が出て行った後、部屋には団長と私、セレさんが残された。

「クライストさん・・・騎士団員でもないし、クレールには何の関わりもないのに、どうしてあそこまで・・・」

ルシアを倒すのに協力してくれるばかりではなく、クレールの危機を救おうとしてくれている。

ありがたくないわけではなかったけれど、魔剣の持ち主とはいえ、ただの傭兵の彼がそこまでしてくれるのが少し疑問でもあった。

「そうだな・・・彼が力を貸してくれるのはありがたいことではあるが・・・」

「父さん?」

「・・・もしかしたら、ヴァエルを逃したことに責を感じているのかもしれん」

「・・・団長・・・」

・・・そう、なのかな・・・

そういわれてみれば、そうかもしれないと思える。だけど・・・そうとも言い切れない気がする。

・・・なんだろう、他にも理由があるような感じもする・・・それが何だとははっきりいえないけど・・・

「表面的には軽そうだが・・・意外に思慮深いところもあるようだからな」

セレさんがうなずきながらそう口にする。

・・・そのへんは確かに・・・なんだかんだ言うけど、頼まれたことはちゃんとやってくれるし・・・トリスタンよりしっかりしてるかも・・・なんて・・・

「このことは、王宮にも伝えるか・・・いや、いらぬ混乱を招く可能性もある。・・・まだ知らせないほうがいいかもしれんな」

「そうですね・・・差し迫った脅威というわけではありませんし・・・クライストの立場もあるでしょうし」

・・・セレさん・・・そっか・・・ルシアを倒したのにヴァエルがなんて言ったら、クライストさんも王宮のほうから責められるものね・・・

「うむ・・・。ああ、そうだった、王宮といえば・・・」

ふいに団長が思い出したように私の顔を見る。私は首をかしげた。

「団長・・・?」

「イレイン、お前が街に出かけている間に、王宮騎士が訪ねてきてな」

「王宮騎士・・・?」

王宮騎士と聞いて、ランスロットの顔が思い浮かぶ。

だが、彼なら団長はちゃんと名前を言うはずだ。

ということは、私の知らない人なのだろうか。

「不在だといったら、大事な話があるから王宮の門のところまできてほしいと言っていた」

「はあ・・・」

「門番に事情を話せば、伝わるからと」

・・・私の知らない人?一体なんの用なんだろう・・・

「なんでも、ランスロットの部下だという話だぞ」

いぶかしげな私に気づいたか、団長が付け加える。

・・・そっか、ランスロットの・・・。それなら心配はない、かな。

知らない人に呼び出されるのは不安があったが、彼の部下と聞いてそんな心配も半減する。

「・・・わかりました。じゃあ、とりあえず行ってきます」

「ああ」

私は団長とセレさんに挨拶をして、本部を後にする。

復興に忙しい街の中を通り抜けて、王宮へと向かった。


ランスロットとは、戦場で一緒に戦ってからは・・・ずっと会っていなかった。

『父上の命にそむいた』

あのとき言った彼の言葉と、そのときの表情が思いうかぶ。

ずっとずっと、心配ではあったけれど、王宮にいる彼に私からそうそう会いにいくこともできず。

戦争が終わったあとも、騎士団の仕事はやまほどあって、気がかりながらも時ばかりが過ぎてしまっていた。

・・・命令に背いたってことは・・・当然・・・罰も、受けている、んだよね・・・

騎士が団長の命令に背くことは、当たり前だがあってはならない。

通常なら騎士の称号を剥奪され騎士団を追い出されるか、場合によっては死刑、ということもあるらしい。

だが、ランスロットはウェルム団長の息子でもある。

もしかしたらそこで減刑くらいはされているかもしれない。本来なら、それは正しくはないのかもしれないが。


・・・ランスロット・・・

・・・刑を受けた、という話も聞かないから、もしかしたら大丈夫だったのかもしれない、けど・・・

そもそも、そんなことがあったならライオネスあたりが必ず知っているし、団長たちも私に言ってくるはずだ。ただ・・・一方でなんの音沙汰がないということも、不安を大きくしていた。


王宮の門の前まできて、門番に話をするとしばらくして、背の高い王宮騎士がやってきた。

・・・この人が私に会いに来たって人・・・なのかな・・・?背、高いなあ・・・

この身長の高さは、ライオネスにも匹敵する、というよりもライオネスより大きいかもしれない。

「お前が隊長の弟子、イレインか」

「あ、は、はい」

私が騎士を見上げて返事をすると、彼は私を見下ろして頬を緩ませた。

「なかなかの腕だと、いつも隊長から自慢話を聞かされていたが・・・このようなかわいらしいお嬢さんだとは」

・・・か、かわいらしいって・・・

ちょっとだけ恥ずかしくて、うつむく。彼は少し笑ったようだったが、やがて険しい声で、続けた。

「・・・そうだな、このような娘では・・・ユリア様が騒ぐのも無理はないかもしれないな」

「え・・・」

・・・ユリア様?

ユリアといえば、確かランスロットの婚約者だ。

私はだいぶ前、ランスロットにユリアを紹介されたことを思い出す。私とは生きる世界の違うような、しとやかな女性だった。そのユリアが騒ぐ、とは・・・。

「先のエルムナードの戦いで、隊長がウェルム団長の命にそむいたことは知っているな」

「・・・は、はい・・・」

その言葉に、心が痛む。ランスロットは私たち地方騎士団のために・・・ウェルム団長の命令に背いたのだ・・・。

「その罰として、ウェルム団長は隊長に、お前との接触を一切禁じた」

「えっ・・・」

私は騎士の目を見る。彼は少し、哀れむような瞳で私を見ながら、言った。

「首を斬られるよりはいくぶんましだろうという団長からの話だったが・・・隊長にとっては、それこそ身を斬られるような思いだったかもしれないな」

「ど、どうして・・・そ、そんなことを罰に・・・」

わけがわからない。ランスロットと私が会うことを禁じて、一体どうするというのだろう。なんのためにそんな罰を下したのだろう。

「隊長の婚約者、ユリア様が・・・心穏やかでいられぬから、ということのようだ」

「ユリア、さんが・・・」

騎士はふうと息をついた。

「隊長がたびたびお前と稽古にいくたびに、心を痛めているから、という話でな」

「・・・・・・」

「俗に言う嫉妬、といっていいのか、わからんが」

私はうつむく。

自分は何も考えずランスロットと稽古に出かけていたけれど・・・それが婚約者でもあり王族の姫であるユリアの気にさわっていた、ということなのだろう。だから、ウェルム団長はランスロットに、私と会うことを禁じた・・・。

「・・・隊長は王宮内を出ることを許されない。街に出ればお前と会ってしまう可能性があるから」

「そ・・・そう・・・なんですか・・・そっか・・・だから・・・」

今まで、音沙汰がなかったばかりではなく・・・確かに、街でもランスロットには全く会うこともなかった。以前は、たまに姿を見ることもあったのだが・・・。

なんだか、胸の奥が痛むような気がした。

「それに・・・この命令は無期限だ。ユリア様と結婚し、また夫婦となったあとも・・・隊長はお前と話すことはないだろう」

「む、無期限って・・・じゃ、じゃあ・・・ランスロットにはもう、会うことも話すことももう一生できないって、ことですか・・・」

目を見開いた私を、騎士は静かに見つめて、そのままゆっくりと・・・うなずいた。

・・・嘘・・・

「なんで・・・」

脳裏を、ランスロットの笑顔がよぎる。

「嘘、だよね・・・私だって、まだ・・・教えてもらわなくちゃ・・・ならないことだって・・・」

「・・・・・」

騎士は何も言わなかった。ただ静かに、私を見ているだけだ。

・・・嘘・・・じゃない・・・ほんとに、本当にもう・・・

・・・もう・・・二度と・・・?

否定も肯定もなぐさめもしない騎士のその態度に、残酷な現実をつきつけられる。

言葉が出ない。目の前が真っ暗になる。

そして頭の中は・・・真っ白、だ。

・・・嘘・・・。

「っ・・・」

目が熱い。震える手で口元を覆えば、指先の上に涙がこぼれおちた。

騎士が静かに、口を開いた。

「・・・隊長から、お前への伝言だ。

自分がいなくても、訓練は怠りないよう。自己管理を徹底すること。

双剣はこまめに手入れ、点検すること。

困ったことがあったら、遠慮せず周囲に相談すること。

それから・・・

お前のそばにいられない私を・・・どうか許して欲しい、と」

「ランスロット・・・っ」

私は涙をぬぐった。

ウェルム団長の命令は、国王陛下の一族、王族からの命令でもあるのだろう。高貴な王族の姫、ユリアの心を乱すとあってはこうするしかないと・・・。王国では、王族の命令には誰も逆らえない。それがどんなに理不尽なものであっても。

ランスロットは、王族よりも身分の低い貴族の一族ではあるが・・・ユリアから見初められたことで婚姻までするに至った。立場が弱いのは、誰が見ても明らかなのだ。

ぬぐったそばから、また涙がこぼれる。私はそれをこらえるようにぐっと、強く目を瞑った。

「・・・イレイン・・・」

「す、すみません・・・」

初対面の騎士の前で、みっともない姿を見せてしまった。私が謝ると、騎士は首を振った。

「・・・もし、この先、隊長に伝えたいことがあれば、私が伝えておこう。門番に副隊長のエクターと名前を出せばいい」

「エクターさん、ですか・・・」

騎士・・・エクターは微笑んだ。

「ああ。いつでもくるといい。お前は筋のいい剣士と聞いている。活躍を期待しているぞ」

「・・・あ、ありがとう・・・ございます・・・」

お礼を言うと、エクターは少し悲しげな表情になったが・・・すぐにそれを消しうなずいた。

・・・エクターさん・・・?

「・・・誰もが想う相手と結ばれる・・・そんなふうになればよいのだがな」

「エクターさん・・・」

「そううまくはいかないものだな」

・・・想う相手・・・

「では、な」

なんといったらいいかわからなくて、ただエクターを見上げていると、彼はもう一度微笑んで、きびすを返した。そのまま、背の高い後姿が小さくなっていく。

・・・・・・・。

私はエクターが王宮へ消えていくのを見守ったあと・・・ひとつ息をついて、歩き出した。


『ねえねえ、ランスロット、この赤い実はなに?』

『ああ、りんごだ。食べてみるか?』

『りんご?』

『そうだ。そうか・・・テーベにはないんだな』

『うーんと、マンゴーとかならあるんだけど』

王都のメインストリートには屋台が並んでいる通りがある。

8歳のとき、ランスロットに初めて連れてきてもらって・・・珍しいものにはしゃいだり、はじめて食べる果物に舌鼓を打ったりしたものだ。王宮騎士団の中で雑用係として働くようになってからも、たびたび連れてきてもらった。屋台はたまに入れ替わりもあるけれど、今でも変わらずに営業している店もある。

果物のお店も、それから惣菜にパンのお店も、私が8歳のころから変わらずにある。

それを見れば、自然に視界が滲んできてしまって、私は慌てて首を振った。

・・・・・王都にあるものは全部、ランスロットとのことを私に思い出させる・・・・。

「っ・・・」



でも・・・もう。

もう・・・彼には――――



知らぬまに足が走り出す。

あの、東の森の稽古場にはもう行かないほうがいいかもしれない。

きっと泣いてしまって、訓練になんかとてもならないと思うから。


ランスロット・・・


本部へ帰ってきて、私は自室に飛び込むと、ベッドに倒れこんだ。

これからもずっと、変わらずにあの紺の瞳は、そばにいると思っていた。

私はなんて馬鹿だったんだろう。

いつでも会えることが当然で、そんなことを特に疑問にも思わなかったなんて。

ランスロットに会えなくなることが、こんなにもつらく苦しいことだったなんて。

「っ・・・ふぇっ・・・っっ」

泣いたってなにも現実は変わらない。

でも今は、とことんまで泣いていたかった。

『お前のそばにいられない私を、どうか許して欲しい』

エクターが言った彼の言葉が、頭の中に蘇る。

思い出せば、次々と涙はあふれてとまらなかった。


夕焼けの光が、部屋の窓から差し込んでくる。

いつもならお腹もすいてくる時間だけど、食事をする気分にもなれない。

・・・今日だけ・・・。今日、だけは・・・。

いつまでも落ち込んでいては、仕事にもならない。みんなに迷惑もかかる。



・・・だから、せめて今日だけ、こうやっていっぱい泣いておくんだ・・・

・・・明日からは・・・ちゃんともとの自分に戻るから・・・


しんとした自分の部屋に、しゃくりあげる音だけが静かに響く。

明日からは、明日からは。自分に言い聞かせながら、私は涙を流し続けた。

やがて疲れ果てて眠ってしまうまで・・・ずっとずっと・・・泣き続けた。


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