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イエリア王国、王都はバルディウスと呼ばれている。
丸い世界という意味を持つ古代語から付けられた名前の通り、王都は堅牢な城壁にぐるりと取り込まれ、丸い円を描くような形をしていた。
王都の城壁は黄土色のブロックを、高く厚く積み上げて作られており、東西南北にあるそれぞれの城門が唯一の出入り口となっている。城門は日が出ると開かれ日が沈むと閉じられるのを習わしで、一度閉まると滅多なことで開けられることはなかった。
見上げるほどの南城門がレティスの目の前で左右にゆっくりと開いていく
城門は一度閉じると出入りが出来ない決まりであるので、暗くなった後に王都へ辿り着いた旅人や行商人の多くは、城門の前で寝泊まりすることが多い。なので、治安は少し悪くなるものの、そういう客に向けた宿のような簡素な建物が城壁に沿って並んでおり、生計をたてている者も多くいるそうだ。
なので、日も上がったばかりの早朝にも関わらず、城壁内外には人が溢れ、活気に満ちあふれていた。
「そういえば、レティスは王都へ来るの初めてなのか?」
「父と母に連れられて一度だけ……。小さな頃だったので特に覚えていませんが」
レティスは人の波に流されないよう、ジートに手を引かれながら歩いていた。
それだけ周囲を通る人々の活気があるということだが、荒っぽいものが多いせいか罵声も聞こえることがあり、道幅の広い中央通では、荷馬車の速度もやたらと速い者もいたりする。のんびり歩くのは危険そうなところであるというのが正直な感想だった。
「王都バルディウスは基本的に東西南北のエリアに分かれている。エリアと言っても中でつながっているわけだが、国としての大まかな決まりは国王が定めて、それ以外の細かい決め事は王から任ぜられた四人の貴族によって決められ治められている。って言えば通じるか?」
「村でも聞いていました。分割統治による競争原理というやつだと」
「その通りだ」
東は鉱石や魔法石などを主として扱う職人の町であり、西は物流を担う生物を育てる動物の町、南は今見ている通り交易の激戦区でもあるちょっぴりアウトロー歓迎の冒険者の町、最後の北は各種植物を育て薬学に通じた者達が集う町となっている。
各エリアにおいて大まかな特色を持たせているのは、互いがつぶし合わないようにするための貴族間における暗黙の配慮であるが、それについても特別な強制力を有しているわけではない。商売や仕事の自由とエリア移動の自由は王によって保護されているので、必ずしも職人は東で無ければならないという決まりは特にないのだ。
少々の優遇制度があったり、専門職に必要な品物が流れて来やすいというメリットもあれば、同業者が近くにあり互いに疲弊し合うというデメリットもある。それらを人々は天秤にかけて、なんだかんだと自分が住みよい場所に根付くことが多いらしい。
「それぞれの貴族が治めているが、治安と収益のバランスが大方の目安だな。その地を治める貴族の性格が出るという感じになるが、俺の両親は元々冒険者をしていたから南エリアに家を持っている。俺は子供の頃からこの喧騒に慣れてきたからなんとも思わないが、田舎の村から来たレティスには少々厳しいかもしれんな」
「歩いてるだけで誰かにぶつかっちゃいそうです」
「大通りじゃ馬車に轢かれて死ぬ奴もたまにいるからな、本当に気をつけろよ」
すでに軽いカルチャーショックを受けながら、レティスは故郷の静けさを懐かしく思い始めていた。
「まぁ、南門の出入り口付近は特別荒いところだからあまり気にするな。城壁内部であれば基本的に治安もいいし、滅多なことは起きない。それに魔法学校へ入る学生は、王宮のある中央エリアへ入ることになる。中央エリアはこの国でも最高の治安が保たれている場所だし、まず間違いなく安全だ。……それでも否が応でも外に出る機会はあると思うがな」
クククと人が悪い顔で笑うジートに、レティスの不安病がぶり返したが、立派な強い男になろうとする者が、入る前から挫ける訳にも行かないと持ち直した。手を繋いで歩いてもらっている時点でおかしい話ではあるかもしれないが、レティスはそれについては出来るだけ考えないようにした。今は生きて目的地へたどり着くことを優先すべきなのである。
「そうそう、レティス。いきなりなんだが……俺と一緒に暮らさないか?」
「……ジートさん」
互いに見つめ合ってちょっとイケナイ空気を作ってみたりして。
さくっとシラフに戻すくらいの付き合いになってきた。
「どういうことですか?」
「うむ。魔法学校に入学する者は、毎年大体1000名くらいいる。レティスのように王都から離れた場所から来る者も多いから、予め決められた入学日に合わせて余裕を持って連れて来る事が多い。アノースカードは持ってるだろ?」
「もちろんここに」
母親からカードを入れておくための巾着袋をもらっていた。無くさないように、首からかけられるようにしてあるものである。アノースカードを取り出すと、手慣れた様子でジートが操作をしていく。
「こいつをこうしてぴ、ぽ、ぱとするとだな。入学試験がある日時が出てくる」
半透明の青いカードは、持つと各種項目や文字などが三次元で空間に表示される。入学のためのしおりという項目からから進んで、レティスは自分の入学試験の日付を確認した。ちなみに操作が苦手な人のために、音声入力機能も搭載されているので、分からないことがあればとりあえずこのカードに話しかければ、大体のことは知ることが出来るらしい。
「10日後の午前10時から……入学試験って、入るための試験があるんですか?」
レティスは素直に驚いた。試験と言われても勉強などは村で学んだ程度である。
これで落ちて入学すら出来ないともなれば、無理やり連れてこられた甲斐も無いというものだ。強制と聞いてきたのに、落第とは、実にレティスらしい結末であるが……。
「いやいや、これはチームを決めるための決めるための試験だな。チーム制の話はしたろ?」
「ああ、そういえば……」
チーム制。五名一組の寝食をともにする仲間のことである。
「チームは成績と教師の裁量によって決められる。大体が男女混合で、入学試験の時の仲間そのままに卒業することが多い。仲がどうしても険悪になった場合などは、変更されることもあるが、滅多にない。所詮チームと言っても、本当の意味で同じ釜の飯を食う程度だ。三学年からは専門科に分かれていくから、他に友人が出来る機会のほうがずっと多い」
「なるほど」
三年から専門科というのは初耳である。確かに兵士や魔術師、錬金や薬学など学ぶ分野は多岐にあるし、考えてみれば納得である。
「ちなみに入学試験は、主に武力、知力、魔力の三つを測定する。実践戦闘、ペーパーテスト、魔力球測定が毎年の恒例だな」
「……うっ、実践戦闘ですか……」
レティスの一番苦手な分野である。
「一番の目的が強い兵士を育てることだからな。多少戦闘よりになるのは仕方がない。基本的に相手を殺傷するような武器は禁止だから安心していい。だが、木剣や棒、魔法の使用は可能だから、結構本気になる奴もいて、多少のケガはするだろうな」
するんだ。とレティスは心の内でぼやいた。
「とまぁ、試験とチームが決定するまで、遠くからきた学生は王都の宿に泊まって生活をする事になる。そのための宿もまとめて手配されているが……レティスの場合は辺境からの一人っきりだった。宿で寂しく暮らしたいか?」
ニヤニヤとするジートが憎らしい。
今ここで一人になったら確実に泣くと思っているのだろう。まぁ、泣くと思うが……。
「それにだ。俺もレティスにお願いしたいことがあってな……」
「ジートさんが僕にですか?」
なんとも意外な話だった。ジートに頼られる事といえば、森での生き方である。そのための勉強がしたいということであれば断ることもないが、実際の森があれば説明もしやすいが、街の中だと少々難しい場合もある。
だが、話は少し違うようだった……。
「うむ。実は俺に妹がいることは知っているだろう?」
「あ、そういえば宿でお話を聞きましたね。確か……んーと」
「セシルという名前だ。14歳でレティスと同じ年だ」
そうそう、セシルという名前だった。ジートに妹とは意外な感じもするが、確かにレティスの相手をしてくれているときの優しい表情は、兄貴といった風格を感じることもあった気がする。
「妹ながら中々良い容姿をしているとは思うのだが、少々性格にキツイところがあってな。この街で一緒に暮らしているが、どうも友達を作るのが苦手らしい。本人は隠しているようだが……、兄としてどうにかしてやりたいと考えていた。だから、レティスにはセシルの友達になってほしい……というのが一つ目。二つ目は……おいおい説明する
「……友達なら是非にと思いますけど……」
レティスも同年代の友達は初めてだが、学校に入る前に知り合いが出来るのは心強い。
二つ目の理由を言う時、ジートの表情がほんの少し苦悩したような気もしたが、妙に子供っぽいところがあるジートの妹である。きっと何かの悪癖をもっているのだろう。そう思えば、大したことないように思えた。
「その代わりに、レティスの強い男になるぞ大作戦!は、しっかり協力する。とりあえず俺の家で作戦会議な」
「はい」
互いにガッチリと握手して、契約は成立した。
この時の、ジートの妙に意味深な笑顔の真の意味を知るのは、数日後の出来事となる……。