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イエリア王国物語(仮)  作者: 志染
18/19

18

本日最後の試験は、武力を測る試験だった。

シュールベスタと呼ばれる先ほど学び舎から、全ての学生が南の森の中に広がる訓練場へと移動していく。


魔力球測定装置グールガーウの数に限りがあるため、魔力と武力の測定は学生を半分にして行われていた。


レティスが一人で歩いていと、同じく一人で訓練場へと向かう少女を見つけた。

凛とした佇まいで、人を寄せ付けない美貌を持っている。今は機嫌が悪いのか、周囲を威圧するように、殺気を放ちながら歩いていた。


「おーい、セシルー」


嬉しさがこみ上げながら、懐く子犬のような笑顔を浮かべて駆け寄ろうとした。

それを見返す彼女の眼力は凄まじく、知らないものなら「ごめーん。まったー」とそのままその横にいる見知らぬ人に話しかけるであろう顔をしていた。


「セシルが嫌がっても。拒否しても。僕はセシルが好きだ!」


大胆告白である。これには周囲を歩いていた者も足を止め、その様子を見守った。


「ふざけるな!あれだけここでは声をかけるなと言っただろう!」


気持ちを爆発させたような大きな声だった。周囲だけじゃなく、遠く離れた学生も足を止めてこちらの様子をうかがっている。


「私は友達など欲しくないと言っている!話しかけるな!」


恫喝のようだった。蔑む視線は本物で、明確な敵意すら放っている。


「嫌だ!絶対に嫌だ!」

「このっ!寄るな馬鹿者!!」


なおも寄ろうとしたレティスは、とうとう彼女の逆鱗に触れたようだった。

水魔法を込めた本気の回し蹴りが、苦もなくレティスを横薙ぎ吹き飛ばし、唖然とする学生たちを通り過ぎ、ようやく土煙を上げて止まった。


セシルはそれを冷徹な眼差しのまま見届け……顔色を変えることなく去っていく……。


事情を知らないのだろう。駆け寄ってきた学生がレティスを抱き起こした。地面を転がり土が付いた肌には赤黒い血が滲んでいた。打撲した腕は青く変色し、口の中を切ったのか、うっすらと口元にも血が流れ出ていた。


「おい。やめろ。そいつは反王族勢力だ」

「……カゼット」


抱き起こした生徒が少し悲鳴を上げて、逃げていった。レティスを見下ろすのは、先ほど袂を分かったカゼットだった。


「残念だな。どっちも仲間がいないらしいぞ?」

「残念だな。これは軽いスキンシップだ!」


立ち上がったレティスを嘲るように、カゼットは歩いて行った。

レティスもそれに続くと周囲の喧騒が鎮まり、ヒソヒソとした声が静かに広がっていく……。それを割るようにレティスは堂々と歩き、武力の試験を行う会場へと向かった。


「よし。全員集まったな。ここでは簡単な模擬戦闘をしてもらう。互いに戦闘を行い、教師がこれを評価する。多少ケガをするが、治癒魔法医はしっかり用意してある。力の限り戦え」


体つき逞しい教官の声に、学生たちも各々の反応を見せた。戦うことに期待するもの、恐怖するもの、平然としているもの、慌てているもの……。その中にあって、誰よりも最弱な男の子は、戦いとは別の事を必死に考えていた……。


それは先程の教室での事だった。


「おまえはセシル・ムーザックと知り合いなのか?」


ポカンとしたレティスの表情を、皆が観察しているように感じた。

レティスは魔法学校へ入る際に、きつくセシルから言われていた。


『いいか、リーナ姫と仲が良いジート兄様を嫌う人間は王都には大勢いる。そういった連中を敵に回すと、学校では生活がしづらくなるだろう。お前が優しく接してくれるのは嬉しい……だが、学校では私を思うなら、無視するように頼む。絶対だぞ』


だが、レティスの答えは変わらない。NOである。

断固として拒否をし、半ばケンカ分かれのように試験に来ていた。


「もちろん。友達ですよ!」


嬉々として答えたが、カゼットもリンゼ……、周囲の反応すら一気に冷えたように、教室が静まり返った。


「お前はセシルが反王族勢力と呼ばれる連中の仲間だと知っているのか?」

「そんな事実はありませんが……、もし本当だとしてそれが何か?」

「……王族の権威ってやつを理解してないみたいだな。田舎者だからか?」


カゼットの嘲笑に、周囲も少し小馬鹿にした笑いが起きた。

先程までのレティスに対する尊敬の視線は、完全に失われていた。


「反王族勢力ってやつがある。王族の権威を辱め、求心力をなくし、イエリア王国を滅亡ヘ追いやろうとしている連中だ」

「それはどういういことでしょうか?セシルと何か関係が?」

「まぁ、聞けよ。あいつ兄貴は事もあろうに、学生時代からリーナ姫を篭絡し、従わせている……。おそらくきたねぇやり方でな」

「それはリーナ姫に対する侮辱では?」

「個人的に言えば俺はリーナ姫が好きなわけじゃない。あの方は王族という物の価値を軽く見すぎている……そのせいで、王族の権威が下がっているとも知らずに……」

「あなたのほうがよほど王族を侮っているように見えますけど?」

「何だとてめぇ」

「暴力はダメよ!」


服の首襟を持ち上げられて、レティスは宙に浮いていた。

振り上げたカゼットの拳をリンゼが必死に止めている。


「あなた方が王族を大切にしたい気持ちも分かりました。ですが、リーナ姫がどこの誰と仲良くしようとそれは自由です。それがジートさんでも、セシルでもです。僕はセシルの友達です。ちなみに言えば、反王族勢力とやらでもありません」

「根本的に勘違いしてやがるな……。残念だ……チビすけ」


投げ落とされて、椅子を通りすぎて盛大に転んだ。それを……誰も見向きもしない。声をかけ、抱き起こしてしまえば、その瞬間に敵となるのだ。

今、カゼットという力ある獣の前で、皆の意志は敵としてレティスを再認識したのだろう。沈黙と嘲笑……。レティスは誰にも声をかけることはなかった。みんなもレティスに近寄ってくることは無くなった。ただ、それだけのことだ……。



教室での出来事と、先ほどのセシルから貰った回し蹴りを思うと、不思議を体の痛みは感じなかった。ただあるのは胸を締め付けるような悔しさだけである。そんなレティスの目の前に、大きな手が差し出された。


「やぁ、はじめまして。僕はギルスン・フォードだ。よろしく頼むよ」

「……レティス・クローゼェルですよろしく」


背の高い優男だった。さらりとした金色の髪に、澄んだ碧色の瞳。ニコリとした笑みは気品があり、鼻先にチョコンと乗ったメガネは理知的でもある。それとは別に、鍛えられた筋肉は子供のそれではなく、今すぐ兵士になっても遜色なさそうだった。


「おい、やめとけ。そいつは反王族勢力だぞ?」

「おや、そういう君は?」

「カゼットだ」

「ふむ……」


カゼットの嫌悪に似た表情をさらりと流し、彼とも握手をしようとしてスカされた。

それでも懲りずにギルスンは残った一人にも変わることなく丁寧な挨拶をした。


「ギルスン・フォードです。本日はよろしくお願いします」

「リンゼ……ミシュランです。よろしくお願いします。ですわ」


ポっと頬を染めて視線を俯かせるリンゼ。高い上背、気品ある物腰……どこぞの山猿のような男に比べればよっぽどギルスンはかっこいい男だった。

これ幸いとお返しに、カゼットにニヤリとした笑みを叩きつける。

てめぇ、と分かりやすい敵意が返ってきたが、それが心地よかった。


「僕たちは四人で戦闘方法を決めていいらしい。さてどうする?」

「二人に分かれて一騎打ちとかどうだ?相手が負けを認めるまでな。どっかの子供は逃げ出すかもしれないが……」

「お山の大将ってよく聞くよね。この場合は山猿って言葉が似合いそうだけど」

「んだとててめぇ、死にてえようだな」

「弱い犬ほど……猿ほどよく吠えるっていうよね」

「上等だ……いいだろう。やってやるよ」

「全員の意見を聞いて決めないとダメだろ?だからお山って笑われるんだよ」

「誰に笑われるって?」

「ぼくにだよ。あはははー」

「殺す!」

「まぁまぁ」


やんわりと止めに入ったギルスンであるが、殺気じみた視線のカゼットをにらみ殺し、言い返すレティスを黙らせるだけのオーラを発していた。


「君たちの因縁浅からぬことはよく分かった。双方の言い分もあるようだし、僕が立会人を努めよう。リンゼは僕と戦う事になると思うけど、戦闘訓練は受けているから僕が怪我をすることはないと思う。全力で攻撃してきてくれ」


オロオロと泣きそうなリンゼを優しくなで、ギルスンは言った。


「どうだろう。勝負は相手に参ったと言わせるってことで!……そうだな、死んでも勿体無いし、負けたら相手の言うことを何でも一つだけ聞くってことにしよう。うん」


ギルスンは返事も聞かず、レティスとカゼットを置いて教師へ勝負方法の説明に行ってしまった。互いに殺さんばかりに睨み合っている二人であるが、誰の目に見てもレティスの敗北は目に見えていた。


広い訓練場の一角。

二人の教師と立会のギルスン、どこか不安げに見守るリンゼに見られながら、レティスとカゼットの決闘は始まった。


殴られ、弾け、転がり、血が地面に染みてひたすらに広がっていく。

殴るカゼット、受けるレティス。


この構図は開始の合図から全く変わっていない。

立ち上がっては殴られ、殴られては立ち上がり……。


幾度か……その拳に衰えを見せたカゼットが叫んだ。


「何だんだてめぇは!このままいったらまじで死ぬぞ!」


カゼットとしても人を殴り殺した経験はない。だが、これ以上どこを殴っても殺してしまうくらいまで、レティスを痛めつけていた。


泣くリンゼが必死に声を張り上げて、勝負の中止を叫んでいるが、立会人のギルスンは取り合おうとせず、鼻歌交じりに余裕の観戦と洒落こんでいた。ついに割り込もうとしたリンゼを掴み、「これは、男の勝負だよ。お嬢さん」と笑顔の威圧で押し黙らせる始末である。


凄惨な公開処刑は、時を追うごとにひと目を集め、今はぐるりと決闘をとり囲み、学生も教師も彼らの戦いを、固唾をのんで見守っていた。


「くっ……鼻が……」


完全に砕けた鼻と歯茎から血が出ていた。痛いという感覚は、だいぶ薄れてきている。相手の打撃に力がなくなっていくのを、自身の攻撃が効いていると勘違いする程度には、頭は働いていなかった。


「おいおい。これじゃ弱い者いじめみてぇじゃねぇか」


集まった観客から嘲笑に似た笑いが出たが、当のカゼットが「黙れ!」と一喝して静かになった。


「これ以上は殴れねぇ……お前の言い分を聞こう」


互いに正対しているが、一方は殴っただけ、一方は殴られただけの姿だ。

獰猛な野生の獣を相手に小さな子供が立ちはだかるようなものだろうか。

だが、子供は臆する事無く言った。


「……セシルに謝れ!」

「さっきから同じことばかり言いやがって、いい加減にしやがれッ!」


蹴りだした足がレティスに当たり、苦もなく地面を転がした。


「あいつは反王族勢力の人間だ。この国の敵だって言っているだろう。ここにいる奴らだってそれが分かってる。王族の権威をこき下ろし、国力を衰退させ、内側からイエリア王国を滅亡させようとしている連中だ。その差金があいつの兄、ジートって野郎なんだよ!」


止めのようにカゼットはレティスを蹴り続けた。一方的な暴力の後、ボロ布のように横たわるレティスは動かない。誰もが彼が死んだと思っただろう。……ただ本人を除いては!


「だからどうした……ジートとリーナ姫にお前は会ったことがあるのか?二人がどんな会話をして、どんな仲を築いているか!知った上で言っているのか!」


レティスは立ち上がっていた。その迫力に、カゼットも数歩さがる。


「100歩譲ってジートが反王族勢力の人間だったとして、それがセシルに何の関係がある?セシルが自分で反王族勢力と名乗ったのか?人を力で脅し、リーナ姫を従わせ、この国を滅亡しようと暗躍している人間が!僕と同じくギルドにはいり国のために魔物と戦うというのか!」


体の痛みが限界を迎えようとしていた。何も感じなくなってきたのだ。


「セシルは言っていたぞ。王都にはジートを快く思わない者がいると。そういった連中が悪い噂を流していると!セシルも小さな頃からそういった連中に狙われてきたそうだ!だから友達も作らなかった!自分が関わることで、その友達が傷つくことを恐れ、涙を流すような、優しい女の子だからだ!」


だけど、それとは違う力が体を支えていた。


「セシルが王都に何をした!お前のように誰かを暴力で威圧したのか?勝手に反王族勢力やそうでない勢力と決めつけて攻撃をしたのか?」


出会った時の彼女は、どこか人に距離をとっていた。何でも出来る完璧な女の子で、誰の手も必要としないような力をすでに持っていると……思っていた。


だけどそれは違う!


「セシルは友達が出来たと喜び、料理が上手く出来ないと泣き、人が傷つこうとすれば助け、必死に守ろうとする。どこにでもいる、心のやさしい普通の女の子だ!」


それは近くにいたレティスが一番よく知っている……。


「相手と話もせず、勝手に敵と決め付け、攻撃する!己の無知を知らず、王族の権威を貶めているのはお前のほうだ!カゼット!!!」

「てめぇー!!」


止めの一撃だった。炎の魔法を込めた全力のパンチが、レティスを直撃してギャラリーにまで激突する。ぶつかって横倒しに倒された人混みが離れた時、そこには血まみれのレティスが横たわっていた。


唖然とした人々がそれを見下ろしていると、悲痛な女の子の声が聞こえた。


「どけー!!!」


人々をかき分けるように出てきたのは、白銀の髪をした綺麗な少女だった。

今しがた倒れたレティスに駆け寄り、美しい相貌から大粒の涙を流して、何事かを叫びながら、拙い水魔法で治療を試み始めた。


「おい。勝負の途中だぞ?邪魔をするなッ!!!」


怒りが冷めやらぬのか、興奮したカゼットが全身に炎を纏いセシルに攻撃を仕掛けた。

ギャラリーの誰もがぎょっとし、何も出来ずに見送るなか、その攻撃は立会人の男によって妨害された。


「おっと、それはマナー違反だ。相手はレティス君だけだろう?」


これまで静観を決め込んでいたギルスンだった。

大きく上へ弾かれて、距離を取るカゼットが、ギリリと奥歯を噛み締め、叫んだ。


「そいつらは反王族勢力だぞ!この王国を根本から崩そうとする、俺たちの敵だぞ!」


その迫力に周りのギャラリーも一歩下がる。

しかし、ギルスンは臆する事なく言った。


「君の両親が反王族勢力に殺されたのは知っている」

「なぜてめーがそれを知っている」


吼えるカゼットはギルスンを睨み、次にリンゼを見て小さくこぼした。


「……リンゼ、てめぇ」


その様子を見据えながら、ギルスンは言った。


「君が反王族勢力に特別な感情を持つのは理解できる。だが、セシル君を反王族勢力と決めつけるには、少々強引ではないだろうか?少なくとも、今君が倒そうとしている人は、友達を想い、助けようとしている……そんな優しい人間に、私には見える……」

「てめぇも、いい加減にしやがれ!立会人がしゃしゃり出てくるんじゃねー。これは二人の戦いだ。どっちかが参ったというまで勝負は続く。そう決めたのはお前だろうが!」


叫ぶカゼットに、ギルスンは笑顔を崩さない。


「では、選手交代だ。君も男なら拳で語り給え」


言うが早いか、ギルスンはカゼットへ殴りかかった。爆発とも思しき衝撃は、風魔法によるものか、カゼットの体がギャラリーを超えて吹っ飛び、広い訓練場へと戦いは広がった。


風と炎。天を舞い、大地を削り、双方の戦いは学生というレベルに収まらず、戦いではなく殺しあいというべき死闘を繰り広げた。

だが、あくまで均等に見える戦いも……実際はギルスンが終始有利であった。


ギルスンの攻撃がカゼットの足を切り、腕を切り、風の刃が体をたやすく切り裂き、致命傷ともいうべき傷を負わせていく……。


双方が空中から落下し、カゼットが大地にたたきつけれらた時には、両の手足は使い物にならず、ただの置物のように大地に寝そべることになった。


「さて、カゼット君……最後の頼みだ。降参してくれないか?」


遠く見ていたギャラリーも、戦いの中で、ギルスンという男の底冷えする戦闘力と冷徹な部分を感じ取っていた。強く、冷たく、恐ろしい……。

それは対したカゼットがよく分かっていた。だが、男の矜持が自身の死を受け入れさせていた……。


「待ってください!」


死闘を繰り広げ、首筋に風の刃を当てられたカゼットをかばうように、一人の少女がギルスンを止めた。


「お願いします。彼を……カゼットを殺さないで下さい」


リンゼは泣いていた。レティスをかばったあの少女のように……大粒の涙を流して……。


「……最後だ。カゼット降参しろ」

「……ちっ、分かった。俺の負けだ」


斯くして、魔法学校入学試験はその幕を閉じたのだった……。


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