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「ここから中へ入る」
ギルド組合に用意された幌馬車に乗って、終始無言で揺られてたどり着いたのは、南エリアの西側の端、古ぼけた三角屋根の石小屋だった。
入り口を上げると、どこかカビ臭い空気が辺りを包んでいた。
「てめーら。光石なんて用意してないだろーな?」
顔を見合わせるギルド一同。
誰も持ち合わせていないようで、気まずそうに視線を泳がせた。
「だから素人ってやつは……」
ブツブツ言いながら、ガンテツは三角小屋の中にある一角へと歩いて行った。
年季が入った木製のチェストで、中に入っていたのは鉄の治具がついた細長い布切れと黒い鉱石だった。
「治具に鉱石を入れて使う。こいつは光石といって、魔鉱石を加工した照明魔具だ。念じれば明かりを付けたり消したり出来る。だが、あまりに強い衝撃を受けると火を吹くことがあるから、取り扱いには十分に注意しろよ」
ガンテツはそう言うと、小汚い布切れを額に巻きつけた。ちょうど額に位置する鉱石が煌々と光るようで、こちらを向くと眩しかった。
「あのぅ。わたし炎魔法が使えますので……」
いつものテンションからはやけに控えめなウロイティルがおずおずと手を上げた。
最強四天王もいつもの掛け合いは出来ないらしい。怯えているのもよく分かる。見た目がすでに怖いから……怒ったらと思うと想像出来ない恐怖があるのだ。
「何をバカなこと言ってやがるんだ。ああん!!?」
全員がビシっと背筋を伸ばした。見た目通りのガラの悪い声で、小さな小屋がカタカタと揺れた
「地下水路だぞ?密閉空間だぞ?そんなとこで炎魔法?死にたいのか?」
首を左右に揺り動かしながら、ウロイティルをなじるガンテツ。迫力あるガンつけに涙を流していないほうが不思議なほどの光景だった。良かった、怒られるのがウロイティルだけで……。
「鉱山に比べれば空調用の穴も用意されているが、狭い空間で炎を使うなんざバカのすることだ。あっという間に炎中毒……ここでは酸欠と表現するが、それで死ぬぞ?冒険者なら知っていて当然だ。バカ者!」
ぐぅ、とウロイティルがうめき声を上げたのは、軽く拳骨をされたからだ。本当に小突く程度で、優しいものだったが……。
「それ地下水路は他にも危険がある。汚水が配管から漏れている場合、発酵してガスが発生していることがある。こいつは爆発する性質を持っているし、他にも毒性がある場合もある。もし汚水漏れに気がついたり嫌な匂いが本当にあったら、まずは俺に知らせろ。修繕となれば近寄らないといけないが……まぁ、その場合は風魔法があれば防御できる……そういや、風魔法が使えるやつ手を上げろや」
セシル、ウロイティル、ギリ、センスが手を上げた。
取り残されたレティスとホワインルーガーは、フルフルと震えて死刑宣告を待つ。
「分かった。わしも使える。これは命が関わることだ、常にお前ら二人は仲間の側を離れるな。絶対だ」
念を押すように野太い指を刺されたが、特に怒られることもなく、小汚い布と魔鉱石を渡された。次に補修用に使うための素材粘土が入った古びたバック、折りたたみのシャベルを背中に背負った。
女性二人とレティスは比較的軽装だが、ガンテツやギリ、センス、ホワインルーガーは重装備だ。何があっても穴を掘って地上へ脱出ができそうである。
道具はどれも汚く、特に頭に巻く布は、汗か汚物か分からないひどい臭いがしていた……。
レティスは少し顔をしかめたが、これから地下へ行くのだ、ここより状況が過酷になることは予想できる。
「……セシルは……大丈夫?」
「私は風魔法も扱えるからな。実は余裕だ」
「なるほど。良かった」
小声で会話したが、狭い小屋では聞こえたようでガンテツに睨まれた。
「いちゃついてないでさっさと行くぞ」
小屋の中央にある木の板を上に持ち上げると、地下へと繋がる階段になっていた。
真っ暗だが、全員が額に光石をつけているので、内部は明るく見えている。
左右の壁は黒い土だった。少し水気を帯びていて硬い岩石のようだった。
階段をしばらく降りて行くと、程なく横方向に延びる通路へと出た。
どうやらここは灰色のレンガ造りだ。平らな地面にアーチ状の天井。横幅は広く、二人くらいが横並びで歩ける程度である。
光で照らしても先が見えないほど真っ直ぐの通路が、ずっと奥へと続いていた。
「東西南北。地下水路にある全ての配管を見ようと思えば一日で見まわるのはとても無理だ。本来は百人規模で最低でも4日は掛かるだろう。修繕を含めればもっと延びる。お前たちがどんな甘い考えでやろうとしたか知らんが、やるからには覚悟しておけ」
ガンテツは歩き出した。
誰もが無言でその後をついていく。内心は……「「「「「「お家帰りたい」」」」」」である。
「とまぁ、こいつがまずは外壁だ」
歩くこと少し、黄土色の城壁のような壁にぶち当たった。
武器も魔法もほとんど寄せ付けない、イエリア王国が誇る強靭な城壁である。
「王都は立派な城壁で守っている。だが、地下で穴を掘って抜けられてしまうような、間抜けな話もないだろう。土系統の魔法師であれば、もぐらと同じだ。だからそういった侵入が出来ないように、城壁は少々複雑に作られている」
「へーこんな地下まで……。セシルは知ってた?」
「考えてみれば確かに……。いや、あまり意識してなかった」
ぐるりと王都を取り囲む城壁が、こんな地下深くまであるのは驚きだった。
子供二人の反応に気を良くしたのか、ガンテツの説明にも熱が入る。
「それだけじゃない。王都地下に流れる地下水は城壁そのものを利用したサイフォン原理によって豊富に引きこまれ、その水の流れを利用した……っといけねぇ。そう、この国の技術力の粋は地下に集められていると言っていいだろう」
イエリア王国の絶対防衛が、地下から支えられているとは……。大樹根を下ろしというやつであろうか?中々に奥深いものである。更にガンテツの弁は続く。
「ちなみに城壁のすぐ外側に町や村を作れないのも理由がある。建物の中から密かに穴を掘って侵入してくる奴ら出さないためだな」
「なるほど。それで近くの街があんな遠いところに……」
レティスとジートが王都ヘ付く前に一泊した街は、王都から歩いて1時間ほどの、離れたところにあった。防犯のために城壁外の建物が禁止されているならば、城門を待つ人々が、城壁の簡素なテントで寝泊まりしていた理由がよく分かる。本来は宿泊地でも作れば良さそうな話だったからだ。
「ところで、地下水路の配管の図は確認したか?」
「それは皆で確認しています」
レティスは素早く答えた。ギルド組合で仕事はちゃんと確認していた。
王都の地下水路の排水管の配置はシンプルだ。北から南に数百本が並んでいるようになっていて、おそらく傾斜を付けて、全て南側へ流れるようにしてあるのだろう。そこから一本に集約していき、遥か東にあるウォンド平原まで続いていくのだ。
「王都の地下水路にある配管は、単純に北から南へ流しているだけだ。だが、配管は奥が深いぞ?排水量や種類によって管径や勾配、湾曲率についても考えなければならない。このどれもがバランスを持って、ようやく完成するものだ」
ガンテツの後を追って城壁にそって歩いて行くと、レティス達は少し広い通路ヘ出た。
「ここが地下水路の一つだな」
アーチ状の大きな天井から左右の壁、そして地面に至るまで、継ぎ目がない灰色の石をくりぬいて作られたようなトンネルだった。地下水路というだけあり、通路の中央には幅ニメートルはあろう溝が掘られており、そこを音もなく比較的澄んだ色の水が流れている。
そんな地下水路の左右には人一人が歩ける程度の歩道があり、川を挟んで向こう側の壁沿いには、少し太めの管が見えた。
「地下水路には雨水や余った地下水など、綺麗な水が流れるようになっている。生活排水や汚物などはあの排水管の中ってわけだ。昔は一緒に流していたが、臭いのなんのと、とても耐えられるものじゃなかった……」
今でも少しウンコ臭いのだが……レティス達は何も言わなかった。
確かに当時の全てが混ざった状態を思うと、とてもじゃないが呼吸すら出来なかったことだろう。
ガンテツの引率で水路に沿って歩いて行くと、上へ枝分かれした排水管にたどり着いた。
「新しい建物を建てる時、地上からいちいちここまで穴を掘るのは面倒だ。だから、地上付近には一定の場所に、排水が集まる集積所が作られている。家を建てた場合は、そこまで地面の中に細い排水管を通すのが一般的だ。そしてここは、それらが一斉に合流して流れ込んでくる場所になる。ちなみに、配管内は掃流力を考慮して作られているから……、まぁ水魔法を使用して中の掃除が出来るから、簡単に詰まりはしないと思ってくれればいい。そういった作りにしてあるということだ」
配管一つとっても奥が深いものである。
「というとこで、地下水路と排水管のざっくりとした説明は終わりだ。何か質問はあるか?」
「予想以上に綺麗で……びっくりかな。セシルは?」
「あとはこの排水管を調べれば良いということだな」
「結構たくさんありそうだけどどうする?」
「ようやく出番か!そんなもん、壊れてるとこ探すなら、流れてくる水を見りゃ一発じゃねーか」
「そっすね。さくさく終わらせるっす」
「……風林火山」
ようやく小難しい話が終わり、やる気を出した叢雲メンバー。
やることが単純な方が、彼らは燃えるのである。
「……ここまで賑やな奴らも初めてだな」
ガンテツはそうポツリをこぼしたが、声色は穏やかだった。
確かに全ての配管を検査するのは難しい。真の意味で配管を目視検査して、老朽化をチェックし、破損等を調べていく……とすれば、大人数でも数日はかかるだろう。
だが、本来はそんなもの専門もやつらの仕事である。
ギルドに渡すような時は、もっと単純明快な期待がされていると言っていい。
ピンポイントで壊れた場所を見つけ、あわよくば治してくれ!である。
「それにしてもギリさん。よくこんなこと考えましたね」
「如何に効率よく仕事をするか……リーダーとして当然の才能だぜ!」
得意気に笑い始めたギリを先頭に、レティス達は城壁に沿って地下水路の水チェックを開始していた。
ギリの作戦はこうである。
地下水路と配管は、南北に沿って伸びており、全てが南エリアの南門近くへ集約するのである。よって、仮に配管が壊れた場合、地下水路にも汚物が混じる。それを川下で調べ、異常がある場所を遡っていけば、破損場所へたどり着く。
シンプルで分かりやすいロジックであった。
「ちゃんとまじめに配管チェックを考えていた僕には、無理な発想でした……」
「ちまちま時間かけてどうする。仕事は一日5時間までだ!」
「おい、てめー5時間とかで終わるわけねーだろ」
いだっとギリは殴られたが、ガンテツに慣れ始めたのか気にしていない。逆に言い返す始末である……。
「だって、そもそもガンテツさんもそう考えていたんでしょ?」
「ヘラヘラと躱しやがって……なぜそう思う……」
「入り口が南エリアの西端で、一番最初から城壁に案内された時にピンときたね!」
「……ふむ」
ガンテツもギリを測りかねているようだ。長い付き合いのレティスとセシル、他四天王ですら口をあんぐり開けて驚いているのでしょうがないだろう。
「親父の影響かな……、小さな頃からこういう洞窟系の探索は憧れてた。何とか役に立ちたくて、入り口からの距離や方向を、正確に地図へリンクさせていく練習を密かにしてた。だから、ガンテツさんが入り口に選んだ場所と、そこからの移動ルートを考えると、自然と予想経路が分かった。あとはその理由を考えれば……という訳でどうよ!」
「バカだと思っていたのに……まぁ、概ね正解ってことにしといてやる」
「最初はこえー親父でどうかと思ったんですけどね~」
「すぐ調子に乗りやがって、こいつ!」
王都のとある地下水路で、いい年こいた大人二人がかけっこを始めてしまった……。
「私が魔法使うって言った時は、あんなに怖かったのにね~」
「ウロイティルさん、泣きそうなくらい怒られましたよね」
「いや、あれも今思えば優しさなのではないだろうか?」
「最悪みんな死んだかもしれないっすからね」
「……巌哲先生」
ウロイティル、レティス、セシル、センス、ホワインルーガーは真面目に仕事をしている。
U字に対して、縦線をたくさん入れたような構造が、南エリアの地下水路の構造と言っていい。
現在は西側から半分ほど歩いてきたところで、ちょうどU字の底に付いたところだろう。
目の前にはかなりの水量が四方八方から集まる小さな滝があり、轟々とした水が地下へと消えていっている。きっとここに流され落ちたら死ぬ予感がするところだった。
落下防止用の手すりに掴まって、注意しながら地下水路の水を調べていた。
「ねーねーお姉さんちょっと見つけたんだけど?中央のこの水路だけ……妙に濁ってない?」
「もう鼻が麻痺して臭さを感じないけど……これはあれですね。確実に混ざってますね」
「いや、風魔法で守ってないと厳しい臭いだ」
「それでいうと他はきれいっすね。真ん中だけ行くっすか」
「……香囲糞陣」
生暖かい空気に囲まれたここは、ちょっと臭いがすごい。ここまで体を吹き抜ける風に、不快感を覚えるところはないだろう……。目から涙が出そうだし、食欲が全くわかない。
「むぅーセシルは自分だけガードしてずるい!」
「揺するな。コントロールが乱れるじゃないか!」
二人でじゃれているところへ、やっとあの男たちも帰ってきた。
「くそー。俺としたことが……ぜーぜー」
「年考えたほうがいいですよ?親父さん」
疲れたようなガンテツと飄々としたギリが帰ってきた。
何やら友好を深めて、ついに親父さんまで昇格させたようだ。肝心のガンテツの威厳がだだ下がりだが……最初よりはまだ話やすくなった気がする。
「東側もちょっと見てきたけど、汚れた水はなかったぞ」
「ギリさん、ありがとうございます。ちょうどこちらも調べ終わったところで……」
レティスは中央にある、汚れた排水が来ていた地下水路を指差した。
少し不思議そうな表情をしたガンテツが、水路を確認する。
「……破損箇所があったのか?ふむ。確かにこれは間違いないな。よくやった」
ちゃんと確認してもらったところ間違いないようだ。
実のところ、滅多なことがない限り排水管が損傷することはないらしい。
叢雲ギルドメンバーの日頃の行い故だろうか?
ガンテツに続いて、ギルド叢雲の冒険はまだまだ続くのであった……。