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イエリア王国物語(仮)  作者: 志染
12/19

12

レティスとセシルが最初に訪れたのは、ギルド叢雲のギルドホールである。

鈍重な石造りの建物で、扉もない開けっぴろげ入り口を覗き込むと、ホールのテーブルで幸せそうにぐーたらを謳歌している四人を見つけた。


真面目なレティスとセシルからは、口があんぐりと空いてしまうような光景だった。


「やーやーこんにちは。先程はどうもご先輩方!」

「言われたとおりお仕事をいただいてきました。さっそく行きましょう」


笑顔で威圧した。彼らが少しでも真面目になる手伝いなら喜んでしよう。


「新入りがこわーい」

「やべぇ、オヤジたちよりこえぇ」

「侮ってたっす」

「……主客転倒」


ギルドホールから彼らを連行した。


最初の任務は、ゲルマントの倒壊家屋の片付けである。

ゲルマントとは人の名前で、彼が所有している家が老朽化により突然倒壊したそうだ。本来であればそれほど急ぐことでもないが、内部には彼が所有していた家畜がかなりの数いたそうで、早急に対処が必要になったそうだ。


ゲルマントの家は、王都西エリアに位置している。

西エリアは生物の街と呼ばれており、街のいたるところで、動物の姿を見ることが出来る。

建物の数がやや少なく、芝や木々が生えた場所が多い。ちょうど村のような規模の集まりが、トントントンと広がっている場所といえば分かりやすいだろうか。


ギルド組合に手配してもらった運転手付き幌馬車に揺られて現場に到着すると、10名くらいの男たちが瓦礫の撤去作業をしていた。


「すまないな……、少し臭いが手伝ってくれ。……助かる」


大柄の男だった。茶色の短髪に茶色の瞳。口の上には髭が乗っかっている。如何にも農夫といった風体の男は、ゲルマント、その人であるらしい。

倒壊した建物が、家と家畜小屋を兼ねていたそうだ。石造りの建物で、壊れずにのこった橙屋根の尖塔が傾くように載っかっている。


尖塔から下は、見事に瓦礫が折り重なり、草の禿げた地面からのぞく、かつて玄関だったと思われる場所からは、鈍色の血筋が伸びてきていた。

ゲルマントの言葉通り、辺りは腐臭が漂い、瓦礫を撤去する男たちの動きもやや鈍い。

たまに聞こえる動物のうめき声も少々堪える現場だった。


ギルド叢雲の指揮は、自然とレティスがとっていた。


「死亡した家畜の体液は、触れると病気になる可能性があるから十分注意してください。では、作業開始しましょう」


セシルとギルド叢雲のメンバーにそう言うと、さっそく作業を開始した。


瓦礫の撤去、動物の救出or廃棄が仕事の流れである。

ゲルマントの指示で、ギリとセンス、ホワインルーガーがそちらへ向かった。


意外なことに皆が驚いたのはホワインルーガーである。

彼は珍しい土系統の使い手で、瞬く間に瓦礫をかき分け、あるいは粉砕し、見る見る間に建物を解体し始めた。ほんの数分で傾いた尖塔がなくなり、これにはゲルマントも動きを止めて苦笑するほどである。


「……率先垂範」


確かに先頭に立って模範的であるが、それほどすごい魔法が使えるなら、もっと世のため人のために働く姿を見せるべきではないだろうか……。普段の彼はずんぐりむっくりとそこに立って息をしているだけの存在である。


レティスとセシルの心の思いは伝わらなかったが、ホワインルーガーの活躍で瓦礫の撤去は問題なく終了していく。残りの圧殺された動物達……中には生き残ったものなどを、ゲルマントと一緒に処理していく。


「俺もあれだけ土魔法が使えればなぁ。さすが冒険者だな」


苦笑するゲルマントと一緒に、レティスは腐敗がひどい家畜の運搬をしていく。


「子供にはキツイと思ったが、手馴れているな」

「ぼくは森育ちなので、……ですが少し残念に思います」

「すまないな。次はこの子達の命をしっかり守る建物にするよ」

「……そうしてください」


生き残った家畜で、使えそうなものはセシルとウロイティルが治療を施していく。と言っても水魔法で汚れを落として、食料を与える程度であるが……。


ギリとセンスは、もうほとんど仕事が終わったと判断したのか、他の家畜と遊びはじめた。

レティスは家畜の運搬を手伝わせようとおもったが、こちらもこちらでがれき撤去していた農夫の仲間たちが合流して、瞬く間に終わってしまった。


「明日くらいまで覚悟してたが……まさか1時間もかからずとはな。あんたのおかげだ……ありがとよ!」

「……開物成務」


ゲルマントとホワインルーガーが互いに握手していた。

本当に素晴らしい土魔法で、瓦礫は綺麗さっぱりなくなっている。一度消毒をした後、ここに新しい家屋を作るそうだ。

レティスたちは、ギルドの幌馬車に乗って、ギルド組合の建物へ向かった。


ゲルマントの倒壊家屋の片付け 終了


アルメニアは複雑な思いで、書類に終了の判子をトンと押した。

重厚な歴史漂う巨大なホール。依頼受け付けと書かれたカウンターの奥に、アルメニアは座っていた。


「まさか1時間かからずとは……」


相手方の終了報告を疑ってしまうほど、今回の依頼はあっさりと終わった。

実力はあるのに……冒険者という人間は……。と、どうしてもそのような考えばかりが頭に浮かんでしまう。


あの後、会議室には遅れて数人のバカが来ただけである。兵士と組ませて死んでしまえばいいと思い、馬車摘発任務を押し付けた。本来彼らが暴走する側なので、同族食いとなりいい気味でもある。


来なかったギルドは降格処分も含め、治安を担う組合戦闘部門へ生殺与奪権を投げ渡した。

それはアルメニアが関知するところではない。誠意には金を。悪意には力をである。


「ありがとうございました。非常に緊急性の高い案件であったので、ギルドとしても大変に助かりました」


彼らのようなギルド……、冒険者が多くなれば、街も嬉しいところなのだが。


「いえいえ、ところでアルマニアさん。すいません他の依頼もやってよろしいですか?」

「えっ!?」


自分の驚いた声が、やけに大きく響いて、ちょっと視線が集まった。

コホンと咳をして佇まいを直す。


「他にも受けてくださるということですか?ですが……」

「今日は時間もありますし、やれるだけになりますが。ご協力致します」

「……ですが」


アルマニアも言いよどんだ。この依頼が消化出来ないと評価を下げるのはアルマニアも同じであった。自身の損得感情で言えば、受けて欲しいところであるが……でも……。


「あの方たちには、少しキツイくらいじゃないと、ダメなんです」


ぐーたらと機嫌良さそうにくつろぐ冒険者を見る少年の瞳は、薄黒く汚れていた。

ああ、もう手遅れだったのか……とアルメニアは嘆息したが、ならば出来ることをしようと心得た。


「分かりました。リストをどうぞ。馬車摘発任務は他のギルドが向かっていますので、それ以外となりますが……。同時に幾つか受けていただけるのであれば、ウォンウォンボマロの捜索と新薬開発被験者は、同じ北エリアになります」

「なるほど一石二鳥ですね。わかりました」


アルメニアは詳細な書類をレティスに手渡した。

子供がしっかりしているギルドは、総じて大手が多いものだが……。中小ギルドにしては珍しく光る人材である。

将来の期待にアルメニアの笑顔も明るい。彼女は久しぶりに素直な笑顔で彼らを見送った。



ギルド組合の馬車は、幌付きの送迎車だ。

王都は端から端まで歩くとかなり時間がかかる。南エリアのギルド組合から、北エリアの依頼場所まで移動するのは、クネクネとした街道に沿って、着いた頃には昼頃になっていた。


「随分建物がびっしりある場所だね」

「私も滅多に来ないが、薬草を育てるための温室が多いそうだ」

「ふーん」


石造りの重厚な建物が、道に沿って所狭しと乱立していた。

付近の人影もまばらで、人の喧騒のようなものは全く感じられない。ひっそりと時間が過ぎていくような場所……それが北エリアであった。


「ちょっと、私の食べ物とらないでよーあははー」

「いあぁ、稼ぐと贅沢できていいなぁ、ほれお返し」

「マジ、ご馳走っすね。ヤバいッス」

「……暖衣飽食。ふぉあ」


呆れるレティスとセシルの視線の先で、四名が騒々しく騒いでいる。

森の中で食料を調達してくるくらい、彼らの食生活はひっ迫していたことは知っている。だが、それらの原因は彼らがだらしなく、ぐーたらしていて、それを怒ったり咎めたりする人材がいなかったためだと思う。


お金を得たら得たで、使い潰すことしか頭にないらしい。

今は南エリアで買い込んだ食料で祝杯をあげていた。お酒もありで。

これにはレティスもセシルも匙を投げていた。


ああはなるまい。


レティスとセシルは二人でそう誓い合った。


賑やかで音痴な歌が流れる幌馬車が、ようやく北エリアのとある場所で止まった。

左右に灰色石造りの建物が乱立している街道の一つで、道幅少し広めである以外、これまでの道すがらとほとんど変わらない。


そんな広めの街道からは、建物と建物のを縫うように小道が伸びていた。その合間の向こうから、静かな街並みに響くように、地鳴りのような足音と男たちの声が聞こえた。


「おいいいい、そっち出たぞー」

「回りこんで道を塞ぐんだ」

「絶対に逃すんじゃないぞおおお、っべくし」

「こっちでないぞ」

「このやろうフェイントかけやがった、ぐああああああああああ」

「……粉を被った、あいつは諦めろ」

「くそう、なめやがってあのやろうがあああああああ」


必死の形相が想像出来そうな声であった。


レティスとセシルは何事かとそれを聞いていたが、幌の中で酒盛りをしている四名には、いつもの喧騒と変わらないのか、外の様子を窺い見ることすらしなかった。


幌馬車が止まった建物の奥から、一人の年老いた老人が出てきた。

見事なウェーブのかかった白髪で、顎から伸びる白髭が腰元まで届いている。

優しそうで穏やかな緑の目には深いシワが刻まれており、鼻元にはちょこんと小さな老眼鏡をつけていた。


「すまないね。騒々しいところへ」

「いえ、大変そうですね」

「ふぉふぉ、そちらもですな」


落ち着く声をした、優しそうな老人だった。

ちらりと幌馬車を見て笑ったが、出来ればあの醜態は見ないで欲しかった。


「では、あらためて。私はこの辺りの薬師会ウインドファームの会長をしておる、サンサ・サンスルテと申します。お気軽にサンサ爺とでも呼んでやって下さい」

「はじめまして。ギルド叢雲のレティスです。そしてこちらが……、」

「セシルです。よろしくお願いします」


柔らかな笑顔に差し出された手、レティスとセシルはそれぞれ握手を組み交わす。


「大変申し訳ない。こちらの不手際でな……ご依頼内容通り、ウォンウォンボマロと呼ばれるものを捕獲して欲しいのじゃ」

「なんでも研究所から逃げ出した生物と……」

「うむ。聞いておると思うが植物の魔物化実験をしていた魔法師が暴走してのぅ……」

「……?植物の……魔物化?」

「なんじゃ、聞いておらんのか?」


初耳にポカンとするレティスとセシルに、首を傾げるサンサ爺。

サンサ爺の説明はこうだった。

アルノードからある日一人の魔法師がやってきた。彼は植物を研究する北エリアの人達と波長があったらしく、長く研究をともにしていたらしい。そんな彼は、植物の魔物化という実験を秘密裏にやっており、なんだかんだとそれが国王にバレて、危険と判断され実験結果を全て灰にすることが決まったそうだ。それに腹を立てた彼は、実験結果である植物を街中にばら撒いたらしく、ウォンウォンボマロはその一つらしい……。


「薬師であっても遊びをするときがありましてのぅ」

「……遊びですか?」


レティスとセシルの戸惑いの表情に、イタズラっぽく笑うサルサ爺さんは愛嬌がある。


「子供の君たちも分かるだろう?いや、大人よりしっかりしているから、分からんかもしれんか……。人生は遊びじゃ。わくわくすることをやるのが子供というものじゃよ。それを見守り笑うのが、年長者の役割というものじゃ」

「まだぼくたちには少し早いようです……」

「よいよい。その時がくれば自ずとじゃて。だが、こうして毎日騒がれるのもかなわんでな。出来るだけ早く片付けたいところでもあるのじゃよ」

「私達に出来ることならば、頑張ります」

「ふむ。頼りにしておる」


優しく笑うサルサ爺の笑顔は、大きめなガラス瓶を指差した。

それは建物の脇にポツリと置かれているもので、予め準備してくれていたものだろう。


「ウォンウォンボマロは厄介な相手でな。ほれ、そこに見えるじゃろ?」


レティスとセシルが振り返ると、建物と建物隙間、約30センチメートルほどだろうか、その間に何か、生物のようなものが見えた。


「あれがウォンウォンボマロじゃよ。ふぉふぉふぉ」


まるで自慢でもするようにサルサ爺は笑っているが、あれは何なのだろうか。

例えると、大きな大きな緑のまんじゅうに、太めの木製串を突き刺して、表面の所々に白カビが生えたような……体をくねらせるように動くだけで、モヤンとした微粒子が空中を舞うのが見えた。


「性格は甘えたがりのかまってちゃんじゃが、追うと逃げる天邪鬼じゃ。捕まりそうになると白い粉を噴射するんじゃが、あれに当たるとくしゃみと鼻水で動けなくなる……」


サルサ爺の視線の先に、息も絶え絶えの兵士たちが顔を出していた。涙のくしゃみと鼻水で、とても人には見せられない状態である……。声も出せないほど疲弊しており、悔しそうに力尽きた。


「遊び相手が欲しくて、ああして姿を見せてくれる可愛いやつじゃが、あんまりかまわんとそれはそれで粉を吹いてくる。それが困りものじゃ」

「なるほど……」


あの小さな体ならば、細い間に入ることが出来る。

レティスも十分に小さいが、建物上層には手が出せないだろう。兵士たちが走って捕まえようとしていてダメだったことからするに、罠を仕掛けるのが良いのだろうが……。


「ねーねー馬車もう止まってるよ」

「ぉ、ホントだ。ホントだ。酔ってる場合じゃねーな。仕事、仕事!」

「ちょろいっす。今ならなんでもやれるっす」

「……前途洋洋」


ダメな大人たちが出てきた。

お酒にはそれなりに強いらしく、顔は赤いが、泥酔はしていない。気持ちが良さそうではあるが、息が酒臭く、レティスは顔をしかめた。ちょっと気持ちが悪くなった。


「あれがウォンウォンボマロらしいです。今からあれを捕まえますよ」

「この瓶に押し込めるわけだな」


レティスが言うと、セシルがガラス瓶を持ってきた。少し口が狭まっている、大きな瓶だ。

あの生物が狭い所が好きなら入りそうだが、どうだろうか?何となく素直に入ってくれない気がする。


「よーっし。センス。あんたのセンスにかかってる!センスだけに」

「一発かましたれ。へいへいへい!センスーセンスー」

「まじっすか。まじっすか?今の自分超余裕っすよ!」

「……一騎当千」


彼らのテンションは凄まじく高い。

それはもう、レティスとセシルがドン引きして、サルサ爺も苦笑するほどである。


「あいつを瓶に押し込め……フタをするっすね」


身軽な服装をしているセンスは、口調がどこか軽い男である。普段はどんな役に立っているか分からないが、叢雲ダメ四天王の一人として勇名をはせている。レティスの中で。


ふんふんふん~と鼻歌を歌いながら、何をするかと思えば、罠を作るつもりらしい。

あの生物から真っ直ぐ向かい側の建物の隙間。そこへガラス瓶をおくと、手慣れた様子で罠を作り上げていく。あの生物が中に入ると上から蓋が降りてきて、さらにその上に石が乗るようになっているらしい。正直に言えば、見え見えの罠である。


「準備完了っす。仕込みいってくるっす」


そう言うと彼は建物の反対側へ行ってしまった。

あの生物はどちらに付いていこうか悩んだ挙句、人が多いこちらへ注意を向けるようにしたようだ。


「あー、これはいかんな。退屈し始めておるわ」


サルサ爺の言葉通り、ウォンウォンボマロは体を膨らませたり縮ませたりしていた。


「いやぁーただいまっす。超疲れたっす」


先ほど路地に入ったセンスがもう戻ってきた。手には指の長さ程度のナイフを1本と黒色の玉のようなものを持っていた。あれで何をするつもりなのか。


「3、2、1……やるっす」


センスは路上に黒色の玉をなげだした。かんしゃく玉だった。

パパパーン。街道に転がった黒色玉が破裂して、大音量が建物の隅々まで響いた。驚いたのは生物だけじゃない。レティスもセシルもサルサ爺もぎょっと首を竦ませた。


ウォンウォンボマロは当然のごとく、身を翻して逃げ出した。

「ああ」というレティスの声に「だいじょうぶっす。まかせるっす」とセンス。


数秒して、建物の向こう側からボンッと鈍い音。その次にポッと炎が吹き上がった。


「完璧っす。5、4、3、2、1……」


トゲが一部折れ、少し焦げたウォンウォンボマロが、先ほどの建物の間から空中に踊りでた。


「狙い通りっす!」


投げた短刀が突き刺さり、減速して見事な弧を描きながら、センスが最初に作った罠へホールインワン。入った衝撃で罠が発動し、瓶に蓋と重しが載せられた。ガサゴソと逃げまわるあの生物は、どうやらガラス瓶を壊すほどの力はなさそうだった。自前の白粉に覆われて、しばらくして静かになった。


「「えええええ!」」

「なんとまぁ」


驚くレティスとセシルをよそに、センスはいつもと変わらない。


「さっすがいいセンスしてるーセンスだけに」

「ホールインワンかぁ、一打とは恐れいったぜ」

「マジで余裕っす!」

「……国士無双」


まだ四人は酔っ払っているようだった。


「ねえ、セシル。本当はこの人達すごい人達だと思うんだけど……」

「認めたくはないが、すごいと思ってしまったな」

「まぁまぁ。大人になることじゃ。助かった事実だけ見れば良い。ふむ。静かに寝れるようになるわい」


ふぉふぉと笑うサルサ爺。唖然としている兵士達。その悔しそうな視線が居た堪れない。

レティスとセシルは、サルサ爺と再び深く握手を交わすと次の現場へと向かった。


とりあえずお酒は禁止!


さすがに仕事中にお酒はダメである。心を鬼にしてレティスは四名を叱り、セシルの底冷えする魔力と魔法で威圧してシャッキリとさせた。


北エリアのもう一つの仕事が、新薬開発被験者である。

これは成功報酬制……とあって、詳細は現地ということで詳しいことは分からない。


これといって特徴がない街を進むこと少し、坂を下った場所にある、内部が透けてみるガラスのような膜に覆われた、薬草を育てている建物の側で馬車は止まった。


馬車の運転手のおじいさんにお礼を行って、近くの木製の扉をレティスは叩いた。

しばらくして、中なら一人の女の子が出てきた。


「はじめまして。ハットと申します」


緑のさらりと流れる長い髪が印象的な女の子だった。瞳は深い緑色で、知性的なメガネをかけており、顔立ちはスッキリとしている。例えるなら物静かな読書を嗜む、森の奥のお屋敷に住まうお嬢様といったところだろうか。


清楚な服の上に、研究者と呼ばれる人達が好んで着るという、特有の白衣を着込んでいた。


「はじめまして。ギルド叢雲のレティスです」

「同じくセシルです」


少女の見た目は若く、セシルを同じくらいの年頃だろう。レティスと同じ年でもあるわけだが……。


「後ろの方々は……?」

「すいません。あの酔っぱらいは見なかったことにして下さい」


酔いつぶれた四人は、幌馬車で寝転んでピクリとも動かない。

バカなことに最後の一瓶と懇願し、飲んだものが火が付くほどの強い酒だったのだ。

飲んだら動かなくなった……ただそれだけである。


「分かりました。……今回の依頼は急を要しまして、少々話もありますので、奥へどうぞ」


ハットと名乗った少女は、事務的に話を切ると、レティスとセシルを奥の部屋へと案内してくれた。


茶色のソファーに茶色の木製テーブル。実にアンティークな古めかしさを感じさせる部屋で、静かな書斎で読書を楽しむ少女……の姿を想像したどおり、たくさんの本に囲まれていた。


「あらためまして。私はハット・グリーローレンと申します。薬師ギルド、ニーリーフの一員です。薬師ギルドについてはご存じですか?」」

「いえ、ギルドについては詳しくないもので……」

「私は少し知っています」

「分かりました。簡単に説明だけさせていただきますね」


ハットは白紙の紙とペンを取り出した。

スラスラと葉っぱの柄が描かれる。

どうやら彼女はこうした関係などを図にしていく性格らしい。


「私達、ニーリーフはこの北エリア界隈を拠点に活動しています。主に薬草関係の研究開発をしており、発見、採取、効能調査、生産、商品化までの流れを各部門に分けて行っています。私は効能調査と生産を主に担当しているのですが、残念ながら今年で14歳……魔法学校へ行かなければなりません……。その前にどうしても調べなければならないことがあるのです」


語るようにイラストも完成させていく。一つの教科書にして良いくらい分かりやすい。

これまで朗々と説明していた彼女だが、悔しさをにじませたような表情をしていた。魔法学校へ行くよりも、今の生活を続けたいという気持ちが強いのだろう。


レティスとセシルからすればお仲間であるわけで、親近感から少し口調もなめらかになる。


「ぼくたちも魔法学校へ行くんですよ」

「うむ。一緒の仲間が出来れば心強いな」

「……14歳?」


ハットの可愛い顔立ちがひどく歪む。

それは信じていない人の顔だった。全力で眉間にシワを寄せて、苦虫を噛み砕いたような……。

完全に疑いの眼差しを向けられたレティスの必死の説明は、すったもんだの末にアノースカードでようやく決着した。


「すいません。不老化の薬でも出来たものかと……」

「……信じていただけて幸いです」

「よろしければ、研究素体としていかがですか?」


幼い容姿を是非研究対象にすべき!というハットの注文をレティスは一蹴した。


そんな北エリアはちょっと……研究熱心の人達が多いらしく、珍しい素体というのは、生物でも植物でも価値が高いらしい。なので、特に何をいうことは出来ないが、危険もあるらしく、一人で北エリアを歩くのはやめたほうがいいと教えてもらった……。


互いに砕けてみると、ハットも笑顔が可愛い少女だった。

少し思い込みの強い研究者肌なのか、人とズレた価値観もあるようだが、概ね普通の人であるらしい。

小さな頃から薬草学を学び、この街で暮らしてきたそうだ。


「ここが私達自慢の栽培棟です」

「これはガラスですか?」


上部を覆うのは、透明なガラスのようなものだった。


「シンガーモスの幼虫液から作ったホロフォールシートですね。少し高価になりますが、軽量・耐寒・耐熱・耐物理という特性に優れていて、温室……ここのことですが、温度コントロールが重要な場所でよく用いられています。私たちは単純に、こういった栽培棟のことをホロハウスと呼んでいます」

「なるほど」


温室の中はやや熱めだった。様々な草の匂いが混ざっており、森の中とはまた違う空間である。


「今回お呼びしたのは、解毒薬なのです。一般的な解毒草の幾つかを、ここで品種改良し、その効能を調べています。その中の一つ……、それが今回の依頼内容なのです」


先頭を歩くハットに続いて、レティスとセシルもついていくと、妙な植物を発見した。

山菜であるワラビのような太さをもつ植物で、先端がくるくる飴のよう大きな円を描いて丸まっていた。すらりと立ち上った胴体からは、左右に一対づつ腕のような茎が伸び、先端には大ぶりな葉っぱが付いている。


「アロアロと呼ばれる植物です。音に反応してウネウネする、珍しい植物です」

「ほぅ。私は初めて見るな」

「森育ちだけど、ぼくもこんなの見たことがない」


アロアロと呼ばれた植物は、人の言葉に反応して体を揺するように動いた。

セシルも初めてのようだが、レティスほうがびっくりしていた。


「うーん。面白い!」


音がするとき時だけ動くようだった。

これだけでも子供のおもちゃには良さそうでもある。


「あ、あまり近寄らないで下さい。表面の蜜は猛毒なので、触れるだけで腫れ上がりますよ」

「あ、そうなんですか」


森の子レティス……。ちょっと油断していた。


「レティスさんたちは、植物の魔物化事件についてご存じですか?」

「……それはもう。知っております」


先ほどのウォンウォンボマロの事を思い出した。


「実はこれ、レイソの薬草を魔物化させたものだそうです。最近のトレンドと、うちのギルドマスターが手を回したみたいで……」

「レイソって下痢止め薬ですよね。それが……こんな……」


レイソは一本の茎から左右に伸びる葉っぱをもった、一般的な薬草の一つである。日陰に干して乾燥させ、粉末にして飲むと薬になるものだ。

ポツリとセシルが呟いた。


「……余計に腹を下しそうだな」


レティスも無言で頷く。植物の魔物化とは……なんなのだろうか……。

ここでもあのアルノードからきた迷惑魔法師が関わっている案件だった。


「有益であればよし。無ければ廃棄。私が魔法学校に行ってしまえば、この子たちは強制的に廃棄処分になるでしょう。人の都合で生まれた命ですが、出来るだけ知ってあげたいと私は思うのですが……」

「……つまりこの動く謎の植物の効能を調べたいと?」

「はい。薬の無毒化はすでに完了しています。私自身色々試したのですが、イマイチ効果が分からず……ギルドの方々にも試したのですが、別薬との競合でしょうか?体調を崩すものも出まして、調査は難航しています……単純に副作用かもしれませんが……」


つまり未完成な薬の人体実験ということらしい。

新薬開発の被験体か。うん、そう言えば聞こえは良さそうだ。

安全性は五分五分で、中にはダメな人もいるらしい。

試薬で倒れたギルドマスターや少ないメンバーは、今は大事を取って休んでいるそうだ。


まぁ、薬と毒は表裏一体なので、効果を調べる上で、ある程度の犠牲は付き物だ。


「時間がないのは分かりました。ちょうど良さそうな素体が外にいるので、さっそく飲ませてみましょう!」

「ありがとうございます!」


笑顔で握手をするレティスとハットを、セシルは微妙な表情で眺めていた。


とある屋敷の一室。4人が台の上に転がっている。

何やらうめき声を上げているが、気にすることはない。


「では、これより新薬調査を行います。目的は体内アルコールの分解・除去効果の検証です」

「……レティスさんは何やら手馴れていますね」

「森の中では大体が人体実験なのです」


動植物全てを含めて、森の中では様々な危険が襲ってくる。

それに対処する手段も日々研究しなければならず、まずやるのは自身での人体実験だった。新しい薬草を発見したとして、その効果が分からなければ意味が無いのである。そういったコンスタントな姿勢は、街より森のほうが大胆であり、治外法権と言って良い。


ハットが用意した薬は5つ……。

・日干しで乾燥させて粉にしたもの

・日陰で乾燥させて粉にしたもの

・お湯で煮てエキスを抽出、濃縮したもの

・水にひたして一昼夜置いたもの

・無毒化した生のもの


オーソドックスなものである。


「個人的には生から行きたいところですが……」

「食べられそうにありませんね……」


無理やり口に押し込もうとしたが、ダメだった。


「君たちは鬼だな……」


鬼教官セシルに何を言われても、馬耳東風である。

さてさて、次へ行ってみよう。

毒性も考慮して、水に浸したものから与えていく。

レティスももちろん飲んでみたが、少し苦味がある程度である。


「普通に酔い覚ましとして、水はスタンダードですからね」

「効果は……水によるものでしょうか?」


うめき声はすこし治まったが、気持ちが悪そうなのは変わらない。


「基本的に即効性の効果があるものは稀です。今回は全て試して、大まかな効果だけ調べていきましょう。次です」


茶色に濁った液体だった。レティスによるテイスティング。

匂いを嗅いで、次に口をつけた。大体舌に乗った感覚で、レティスは毒性があるかどうか見極める自信があった。あくまで自信である。

口に含んでしばらく置く……飲み込まずに一度吐き出した。


口に残る苦味……鼻を通る香り……、大麦の種子を煎じた飲み物に似ているが、少しロクシュ草の茎の煮汁を混ぜたような粘りを持っている気がする。

少しだけ飲んで、胃に集中する。特に何も変化はない。


「健康体であれば私も試しているので大丈夫ですよ」

「ふむ、ならば死ぬことはないでしょう」


二人で遠慮なく酔っぱらいの口へ流し込んでいく。


「……死んだらどうするんだ。全く」


セシルの批判を、二人は聞こえなかったふりをした。


「あれ……頭が痛いのがすこし薄れてきたわ……」

「ほんとだ。世界が回ってたのに……」

「マジ、あの酒パネェっす……」

「……悪酔強酒」


ドヤ顔でセシルを見るレティスとハット。


「君たちにも人道という教育が必要なようだな」


冷徹な眼力による返り討ちにあい、レティスとハットは慌てて視線をそらし考えをまとめた。


「ただの水にしては、回復が早い。薬の効能がありそうだ!」

「四人が同時に復活してきているものね……何かありそうね!」


ふむふむ、と互いに頷く。セシルの冷たい視線を浴びながら……。


「薬もいってみようか。2人で分ければ良さそうじゃないかな?」

「ウロイティルさんとホワインルーガーさんに陰干しのものを、ギリさんとセンスさんには日干しのものを……」


体調がだいぶ緩和された四人に、それぞれの薬を飲んでもらう。


「あ、すごい……酔いの苦しさが、すーって引いてったわ」

「……滑稽洒脱」


ふむふむ。

ウロイティル、ホワインルーガー生還。


「ううう、何だ……胃が焼けるように苦しい……」

「気持ち悪いっす……ぼぇぇ」


ふむふむ。

日向干しは危険……と。頷くレティス、メモを取るハット。

レイソの葉は陰干ししたものを粉として、下痢止め剤として作用する。日干でもこんな毒性は出ないはずだが、今思えばやったことはないし、もしかしたら毒性が出たのかもしれない。そう考えると、魔物化したとしても、薬の効能が変わるだけで、薬の作り方は同じ方がよいのかもしれない………………。

レティスとハットは上々の結果に、互いに深く頷き合っていた。


「……おいレティス。ハット?……私の言いたいことは分かるだろうか?今、君たちの前で二人の人間が苦しんでいるんだぞ」

「分かったよ。セシル。そんな魔法を発動させても事態は変わらない。もちろん対応策は考えてあります。本当です。任せて下さい」

「……社会に多少の犠牲は付きものなのです」


レティスとハットは言うが早いか素早く行動した。

ギリとセンスが飲んだ薬をとりあえず吐かせ、水を飲ませて吐かせ、胃を洗浄。しばらく様子見をしてから、落ち着いたところで、陰干ししたほうの薬を飲ませてみた。


「おぉぉぉ、波が引くように」

「マジきちかった。でも今はいい感じっす」


ふむふむ。貴重なデータが取れた。

一度日干しの毒でやられても、正しい方を飲めば生還出来るようである。

ちなみに健康体であれば、日干しにしたものを飲んでも何も起きない。今回はアルコール成分だと思われるが、何かと反応して体調を崩す可能性は高そうだ……。


「植物の魔物化か……もしかしたら、これは意外な効果が期待できるかもしれない……」

「魔物化による効能成分の変化……中々に興味深いですね」


元は下痢止めの薬であるレイソという植物である。魔物化によりアロアロへと変化し、毒を持った謎の生命へ進化を遂げた。それを無毒化して得られるのは、酔い覚ましの可能性がある薬である。


「北エリアではお酒を飲む人が少なかったので、本当に貴重なデータでした。皆様、本当にありがとうございました」


ハットが優雅にお辞儀をする。研究衣を着ていなければ、本当にお嬢様のようだった。

新薬開発被験者の仕事はこれにて終了である。成功報酬は40万エル……かなりの高額であった。


「わたしたち、今日はすごく頑張った気がするわ」

「ほんとうに、体張って頑張ったなよな」

「もういっちょ盛大な宴会でもするっすか?マジ頑張ったし」

「……飲酒高会」


レティスはそんな彼らをみて、セシルを見た。


「何があってもへこたれない、雑草のような強さって逞しいよね」

「レティス……すまないが私は疲れた……」


脱力するセシルをみて微笑むハット。確かに、ここまで乱暴な被験体になりながら、文句を言うわけでもないこの脳天気さである。ある意味才能であるともいえる。


「レティスさん。セシルさん、それに皆さんも。よろしければ夕食をご一緒にいかがですか?」

「あぁ。なら僕に作らせてもらえませんか?今日はセシルと一緒にシチューを作る予定だったんですよ。ちょうど皆さんもお酒で胃も荒れているだろうし」

「……そういえば朝に出掛けた目的を忘れかけていたな」


というわけ、ピーチクパーチク煩い大人は部屋に閉じ込めて、レティスとセシル、ハットでささっと買い物を済ませてきた。荷馬車のおじいさんもちゃんと呼んである。


「野菜は一口大で。鍋にオイルを入れて、そう、具材を炒めて、水を一度入れて沸騰させて、香草を入れて蓋をして中火に……」

「うーむ。少しメモをとるから待ってくれないか?」

「あ、セシルさん。それでしたら私がメモをとりますよ。研究柄得意なんです。任せて下さい!」

「ありがとうハット。助かる」

「ふふ。それにしても、レティスさんが教えるほうなんですね……」

「むぅ。料理だけは得意な軟弱者だからな。男のくせに弱くていけない……」

「へぇー」

「何だその顔は!?」

「はーい。セシルー。今は料理に集中ー!」

「……はい」

「なるほど。クスクス」


レティスが教えて、セシルが料理し、ハットが記録する……。中々良い組み合わせで、レティスの母リース特製、森の恵みが入ったクリームシチューが完成した。


肉はスモークベーコン、野菜の優しい甘みを出すため玉ねぎを輪切りにしてトロトロになるまで炒めて加えてある。各種野菜は色とりどり一口大。煮込み段階で溶かしバターを入れコクを引き出し、最後にセロリを入れることで、野菜の香りを楽しめるようにした。


「なんかすごいわ。店に出したら行列ができる味なんだけど!」

「こりゃすげー。さすが我らが食材料理王レティス!」

「いやぁマジパネェっす。ほんと、美味しいっす!」

「……口中来福!」

「これは~ひじょう~においしいですね~」


四人+運転手さんもご満悦のようだ。


その日はそのまま日が沈み、運転手のおじいさんがそのまま家まで送ってくれた。

レティスもセシルも朝が早かったので、二人で仲良く、帰りの幌馬車でぐっすり眠ってしまった。

ギルド組合への報告は、ギリさんたちがやってくれたらしい。

明日もよろしく……そんな言葉を聞いた気がするが……夢だと思いたい……。


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