世界の終わり、十七歳
家のチャイムが鳴るので出てみると、そこにいたのはクラスメイトの女の子だった。いつも通学に使っているスクーターのシートに座って、ヘルメットはハンドルにぶら下げている。
「どこかに行くの? これから」
「んー、どこだろ。よく、わかんない」
そう答えると彼女は、制服のブレザーのポケットから煙草を取り出し、マッチを擦って火をつけた。
「校則違反」
「いいじゃん。どうせ、学校、もうないし」
「法律も」
「いまさら誰が未成年の喫煙なんて取り締まるっていうのさ」
「そうだけど」
「信じられないよね、一ヶ月後には世界が滅びるだなんてさ」
「信じてない人もいるよ」
「君はどっち?」
「……どっちだろう、わかんないや」
「ふぅん、嘘つき」
オレンジ色のスクーターにまたがって、彼女は煙を吐き出す。
「なんで制服なのさ」
「この世がなくなるときくらい、記念に着ておきたくない?」
「こんなときぐらい、高校生ではいたくないなあ」
「ああ、君はそういうやつだもんね」
「別にいいだろ」
「別にいいけど」
煙草をつまんだ彼女の細い指が、ゆっくりと彼女の唇に近づく。
煙草の火が赤みを増して。
この世界の寿命のように、彼女が加えた煙草が数ミリ短くなる。
「ねえ」
「何?」
「ちょっと、こっち」
手招きされて一歩彼女に近づくと、
「どうせだし、記念に」
彼女の唇が、僕の唇に降れる。
煙草に口をつけるぐらいの、ほんの短時間。
「……記念が好きなんだね」
「君が好きなのかもよ?」
「……。それは嘘だ」
「心外だなあ。ね、感想は?」
「何の?」あ
「はじめてでしょ? キス」
「煙くさい」
「ほんと、心外だなあ」
そう言ってわざとらしく眉をひそめると、もう一度、煙草を口元へ。自重に耐え切れなくなって、ほろりと灰が地面に落ちる。
「それじゃ、そろそろ行くね。目的地は特にないけど」
「うん。それじゃあ」
「ね、君はどうするの? これから」
「町の掃除かな」
「どうして?」
「どうせなら、きれいな町に帰ってきたくない?」
「だれが?」
「君が」
「んー、まあ。でも、帰ってこないかもしれないし」
「そうだね」
「暇人なんだ」
「そっちこそ」
微笑むと彼女は、まだ半分ぐらい残っている煙草を僕の唇にそっと差し込んだ。
「間接キス」
「ばか」
スクーターのエンジンをかけて、
「それじゃ」
と軽く手を振ると、彼女はどこかへ走っていった。オレンジ色のスクーターに乗った背中は、毎日学校から帰るときとまったく同じだった。
煙草をくわえたまま息を吸い込んだけれど、僕はこれまで喫煙の経験がないので、お約束のようにせきこんでしまう。
はじめて吸った煙草は、はじめてのキスと同じ味がした。
煙草を地面に落として、つま先で火を消す。
家の中に戻って、掃除道具を持ってこよう。
でも、玄関先の煙草は、そのままポイ捨てしておくことにする。
もしも彼女がいつもの気まぐれでなんとなくこの町へ戻ってきたとしたら、踏みつぶされた吸殻が、僕の目印になってくれるだろう。
〈FIN〉