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かつて『マーヴェス王の軌跡』という名のライトノベルがあった。
それは〝彼女〟が生前最も愛した小説で、当時最も人気があったものの一つだった。
当時小説を出版していたレーベルも一部のマニアのみが知るものであり、一般の本屋では販売されていなかった。だがネット上などでそれは徐々に話題となり、後にメディアミックス化され、出版レーベルの親会社である王手出版社から復刻版が発売、重版されるまでの人気を誇り、ついにはアニメ化、映画化されるまでに至った。
〝彼女〟が聖騎士達の中で最も好きだったのは〝サー・オルヴェイン〟だ。
〝平民の彼が街中で偶然救った相手が実は一国の姫だった。〟
これは、そんなよくありがちなライトノベルよろしく的な展開からはじまる彼の騎士としての成長と、姫アイリスとの純粋な恋愛模様を描いた物語である。彼は戦で数々の勲功を立て、後に聖騎士達の中でも最強の称号を得るまでになる。周囲もそんな彼と姫君とを後押しし、二人は無事結ばれてハッピーエンド。
それが原作小説におけるストーリーであった。
しかしそれはアニメ化によってストーリーが大きく改変されることになる。
まず彼はその想い人を親友の〝王子〟に奪われ、さらには殺されてしまうのだ。
それをきっかけに彼の前途は奈落の底に堕ちてゆく一方となる。
恋人を亡くした彼はその姉であった王妃と禁断の恋に堕ちてしまう。その不義が明るみになり彼は国王の怒りを買う。そしてそれが彼は救ったはずの国を崩壊させてしまう内戦の引き金になってしまう。
当時のファン達の間でも
「彼女取られるとか、こいつヘタレすぎるwwwwwwww」
「恋人亡くしたからって姉貴に乗り換えてんじゃねーよkswwwwwww」
「だいたいこいつのせいwwwwww」
などと散々な言われようだった。
後の内戦における彼の騎士の勲功にも
「あのフローレンス様に勝ったとかねつ造じゃね?」
「フローレンスたんが舐めプしてなかったら、こいつ絶対負けてたろwww」
「聖騎士最強()の騎士(笑)」
などとこちらも散々な言われようだった。
王手インターネット掲示板サイト〝ピザちゃんねる〟では
【聖騎士最弱】サー・オルヴェイン【ヘタレ騎士】
などという極めて不名誉な名前のスレッドが乱立していた。
ちなみに、そのスレッドは彼の騎士のファンが立てたそれよりもはるかに人気があった。
〝彼女〟はそのアンチ達が蔓延るスレッドで日々戦い続けていた。
彼の騎士としての高潔さを、
彼の騎士としての強さを、
そして、原作の素晴らしさを主張するために、
訴え続けた。
しかし、アニメの印象の方が遥かに定着していた(というよりもむしろ原作を知らない者達の方が多かった)ために、誰も彼女の訴えに耳を貸さなかった。
そんな彼の騎士に魅入られた彼女の死因もまたとても残念なものだった。
信号無視によりトラックに撥ね飛ばされ全身を強打しての即死。
いわゆる交通事故である。
それはいつものように通勤中にスマートフォンでアンチスレを閲覧し、怨敵への反論の書き込みをしていた矢先の事故だった。