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ドングリ・ブラスター

作者: 立花豊実

「早くしろ、これ以上は待てないぞ」

 悪漢ばかり総勢三十名をまとめる賊の頭、ヘッコムの声は緊張で震えていた。

 ――弾数は一発。敵を殲滅(せんめつ)する手段は、他にない。猶予もない。我々は限りなく劣勢で、攻め込まれたらば最後、そこで詰みなのだから。

 その言い分や状況は、言われなくとも重々わかっている。

「すこし黙っていろ。手もとが狂う」

 賊の斬りこみ隊長、ポロリミエルのおでこには血管が浮きだち、汗がつたった。

 小高い丘に遺(のこ)る風化した古城は、見た目のボロさとは裏腹にかなり頑丈に出来ている。たとい「ミルク騎兵団」が放つ雨のような牛角の矢にさらされようとも、ビクともしないだろう。

 だが直接に攻め込まれたらば、多勢に無勢、勝ち目はない。

 今をもってまだ賊集団が生き残れているのは、千人規模を擁するミルク騎兵団ですら、攻めるのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう圧倒的な切り札がこちら側にあるからだ。

 古代に用いられた禁忌の破壊兵器「ドングリ・ブラスター」。

 命に宿る特殊なエネルギーを費やすことによって発動を叶える強力な兵器だが、しかしその命、誰彼(だれかれ)かまわずとはいかない。

 ドングリ王家の血を引く者、その一人分の生命エネルギーと引き替えにただの一発だけ許される、とても難儀な仕様なのだ。

 ドングリ・ブラスターの威力は、史実としてはもちろん、陸地を果てまで穿(うが)った途方もない痕跡として、今もなお大地と地図上にハッキリと示されている。

 王国の滅亡とともにドングリ王家は滅びたとされていたが、ポロリミエルは血に呼応する「王家のペンダント」によって、彼女を見つけた。

 名をメロンクイテ。

 今こうして、彼女のうら若い肌は縛り上げられ身動きは封じられている。

 ドングリのように滑らかな茶ストレートの髪は内側へ美しく流れ、ドングリ的しなやかな曲線を描き、緑かがやく丸っこい両眼を包んでいる。

 そのか弱き命を奪わんと刃を握り、ぷるぷる震えるポロリミエルの手は、しかし明らかに迷っていた。

 彼女はきれいだった。

 死を前にしてなぜ怖くないのか、彼女の気品あるその顔はまったく動じない。

 震える手を、しかしポロリミエルはグッと握り直した。

「殺らなければ殺られる。君を殺すしかない。君一人死んでくれれば、それですべてが丸く収まるんだ。ほかに方法がない」

「知っています。あのミルク騎兵らの命を道連れに、私はこの世を去るのでしょう」

「ちがう。君は俺たちの命を守って死ぬんだ」

「構いません、どちらでも。私に選択権はありません」

 動けないメロンクイテは、それでも真っ直ぐポロリミエルを見返していた。

 肌を這う刃に勝って凛としている。

 疑問に思います、と始めてメロンクイテは首を傾げた。

「なぜ、迷うのでしょう」

「迷う? 俺がか? ……言っておくが、選択肢がないのはお互い様なんだぞ。君に死んでもらわねば、生きる道がほかにないのだから」

 答えになっていなかった。王家の末裔(まつえい)は繰り返した。

「だから、なぜ迷うのでしょう?」

「うるさい!」

 刃をのど元に押しつけ、ポロリミエルは怒鳴った。

 それでもまるで人形みたいだ。メロンクイテはけろっとしている。

 この崩れない「貴さ」に、何とも言えない嫉妬心や執着、ウズウズ、ムカつき、好意が沸いてくる。微動だにしない彼女の表層を崩してやりたい。怒るでも笑うでも構わない、影響させたいと。

「怖くないのか? もうすぐ死ぬんだぞ」

「怖いです。いつもとても怖いから、常日頃から覚悟はしていました。私に関わる人間は皆、辛い運命をたどりますから、その償いとして、いずれは自分も凄惨な死を迎えるのだろうと」

「辛い運命? ……いったい何の話だ」

 ポロリミエルが怪訝な顔で問うた時だった。

 賊の頭ヘッコムが我慢も限界にキたのか、立ち上がり、刃を掲げた。

「おい、ポロリミエル! いつまでやってる! できねえなら初めから待つ意味はねえんだよ!」


 ――ひと思いに、俺がやってやる!


 そう言って駆け寄ってきたヘッコムの振り下ろした刃が、メロンクイテの頭をかち割る軌道を通った。だが、それを上回る速度で振るったポロリミエルの拳が、ヘッコムの顔面をとらえ、へっこませた。

 強力な一撃に後方数メートル飛んだヘッコムはカベに激突し、首をかくりと絶命した。


「「「「おかしらああああああ!」」」」


 動揺する子分たちが、しかしすぐに賊の裏切り者として立つポロリミエルに刃を向け出した。てめえ、裏切ったな! よくもお頭を! ぶっ殺してやる! 

 各々言い分はよくわかる。だが、獲物を横取りされそうになって、大人しくどうぞと言ってこれた人生じゃない。力で奪って従えてきた。体一つでことを運んできたのだ。斬ることに関してだけは、誰にも負ける気がしない。

「かかってくるなら、お前らも覚悟しろよ」

 一斉に襲いくる賊集団を、ひらめくポロリミエルの剣が次々とぶった斬った。


 §§§§


 血だまりに立つ体は、無傷ではなかった。

 失せた血に感覚は薄れ、息は細く、今にも気が途絶えてしまいそうだ。

「強いのですね」

 ドングリ王家の血を引く娘の、場違いなほど乾いた感想にポロリミエルは思わず笑った。

「ああ、自慢さ。君と同じ優れた血が通ってるからな」

 ぽたっと落ちた血滴に、ドングリ・ブラスターが淡く光る。

「やはり、あなたは……。迷う理由は同族への情か何かでしょうか」

「いいや違う」

 答えながら、ポロリミエルは命途絶える寸前の、最後の仕事に取りかかった。ドングリ・ブラスターに捧ぐ生け贄の台座に、自らが歩み寄ってゆく。

「もっと単純な、血なんかよりも、君そのものに惹かれたんだ。といっても、それも血ってことなのか。もしくは――、」

 続きは告げず、ポロリミエルは自らの刃で胸を貫いた。


 直後、ドングリ・ブラスターはすべてを消し去る破壊を生み、跡にはなにも残さなかった。滅びさった王家の末裔、一人を除いては。


 もくもく硝煙の立ち上る平原でメロンクイテは、生前ポロリミエルが持っていた王家のペンダントを見つけると自分の首にかけた。あとは自由気ままに。瓦礫の山で凸凹した道なき道を行きながら、小さく歌っていた。


 ――どんぐり、ちゃちゃちゃ♪


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