8 衝撃
通常より長くなっております。
その日はふいに訪れた。何でもない日だった。
空が暗くなった閉店間際。
二人のお客さんが店を訪れた。深くローブを被った二人組。
店の中に入ると、二人がローブを取る。
私は、その姿を見てカウンターで持っていた亀の置物を床に落とした。
ゴトンという音が鳴り響く。
一人は藍花、そしてもう一人は・・・
「大丈夫か?冬華」
優しく私の名前を呼ぶ懐かしい声。
私が好きだった人。
私と付き合っていた人。
そう、私の前には第二王子様こと、私の現実での彼氏一色君がいた。
祭りの日の様に王子専用の衣装を着ているわけではなく、通常の貴族衣装。
彼は亀の置物を拾い、床の上に置く。
「藍花から聞いたんだ。この店に冬華がいるって。小さい店だけど、元気そうだな」
「う、うん」
私は衝撃のあまり彼に見惚れていた。
近くで見る彼は、現実よりも美形度がましている。
それに第二王子として気品をまとっている。
驚きで身動きがとれない私を藍花が見る。
「驚いた?冬華をビックリさせようと思ったからいきなり来たの」
「うん・・・・驚いた」
「やっぱりね。私も初めて一色君見た時凄く驚いたから」
「そうなんだ・・・」
二人は現実と同じように私に接する。
でも、私にはあの祭りの日のキスシーンが脳裏に浮かぶ。
二人はそういう関係だ。
「どうしたの?彼氏に会えて嬉しくて固まっちゃった?」
「彼氏?」
不意に言葉が口からでる。
「二人は現実で付き合ってたでしょ。私、席外そうか・・・」
「いい」
私は決心する。今しかないと。
ここで変な演技をしても意味がない、
藍花にはずっと黙っていたが、伝える必要が有る。
「ねぇ、私、聞きたい事があるの?」
「何?私に?一色君に?」
「二人に」
私は二人をまじまじと見つめる。
美形で気品あふれる二人、正にゲームのヒロインとヒーロー。
私の親友と彼氏。
「何かな、ちょっと怖いな。真剣な表情で」
「そうだよ、冬華っぽくない」
私は今怖い顔をしているのだろう。
それはそうだ。
私は今から怖い事を聞くのだから。
ずっと逃げていた質問をする。
冬華っぽくない行動だと思う。
でも、この世界で働き始めて感じた事がある。
現実と距離を置いたからこそ分かることが。
私はずっと違和感を感じていた。
自分にも、親友の藍花にも、彼氏の一色君にも。
ずっと気づかないふりをしてきた。
でも、この世界にきて感じた。
第三者的に見て思った。私はずっと陰にいた。
藍花に応援されて一色君と付き合い。
それなりに幸せだった。
でも、ずっと歪みの様なものを感じていた。
「藍花と一色君、付き合ってるよね。私見たの、祭りの日に二人がキスしている所。第二王子様って一色君でしょ。藍花は一色君の婚約者なんでしょ」
二人は顔を見合わせる。
そして・・・・笑う。
私を見てただ笑う。
「な、何がおかしいの?」
私は二人を睨みつける。
でも彼らは笑っている。
そして一色君が口を開く、
「なんだ、気づいていたのか?」
「私は知っていたわよ」
「え?そうなのか?藍花も人が悪いなぁ」
藍花に驚く一色君。
藍花は表情を変えない。
「えぇ。祭りの日に見られていたことも知っていたわ。あの日、手ごろな人を冬華の元に向かわしたのだけど、その人失敗したの。本来なら、冬華はあの日に死んでるはずよ」
私は思い出す、あの路地裏での出来事を。
ロイスは何者かと闘っていたはずだ。
それが藍花の刺客?
「何でそんなことするの?」
私は藍花につめよる。
が、突き飛ばされる。
床にお尻をぶつける私。
私を見下ろす藍花。
「ちょっと近づかないでよ。私の服高いんだから。あなたと違ってね」
「でも、何で?」
彼女は私をじっくりと見つめてから口を開く。
「理由は簡単よ。だってこの世界に私と一色君以外に転生者がいたら不都合でしょ。折角の立場なんだもん。有効活用しないと」
「別に私は邪魔なんかしないわ」
「まぁ、冬華ならしないでしょうね。でも念のためよ。それにもうあなたに飽きたし。だから、一色君と付き合っているという幻想のまま死なせてあげようとしたのに。もったいない」
何いってるの?
幻想?私は確かに一色君と付き合っていたのに。
「付き合っていると思っていたのはあなただけよ。大体、人気がある彼が特に魅力もない平凡なあなたと付き合うわけないでしょ。少しは考えなさい。人の言うことを間に受けちゃだめよ。私が一色君に頼んであげたの。あの子と付き合うふりしてって」
「でも、なんでそんなこと?」
私は一色君を見る。
彼は亀の置物を眺めている。
ふと目が合う。
「理由?それは簡単だよ。冬華と付き合ったら、藍花が付き合ってくれるって言ったからだよ。それだけ」
私は目の前で起こっていることが信じられない。
私が信じていたものが崩れていく。
私の疑念が膨らみ、現実を侵食していくような光景。
「そんなに落ち込むなよ。冬華のことは嫌いじゃないよ。好きか嫌いかでいうと好きだよ。実際そこそこ楽しかったし。でも、藍花には劣る。それだけ」
「何が劣るのよ?」
私はついかっとなって口に出していた。
そんなことを口に出すつもりはなかった。
「それはもちろん見た目。どう見ても藍花の方がかわいいだろ。冬華、お前、鏡見た方がいいよ」
「ちょっと、私が顔だけみたいじゃない」
「そんなことないよ。ごめんごめん」
一色君が手慣れたように藍花の頭を優しくさする。
「つかさ、冬華が羨ましそうに見てるわよ。最後に頭撫でであげれば。あなた達、付き合っているのに手も繋がなかったんでしょ」
「嫌だよ。めんどくさい。それに手を繋ぐなっていったの藍花だろ。その代わり、裏で藍花と色々楽しめたからいいけど」
「そうだったかしら」
「そうだよ」
仲睦まし気に私の前でじゃれあう二人。
私は動けない。
腰に力が入らない。
いや、頭がぐちゃぐちゃして上手く体を動かせない。
何がどうなってるのか分からない。
「まぁ、いいわ。もう聞きたいことは無い?冬華。これで最後なんだから全部聞いた方がいいわよ。私、あなたのことはわりと好きだったから」
「何で?・・・何で?・・・何で?」
私の口からは、その言葉しか出なかった。
ただ分からなかった、頭で理解できなかった。
藍花と一色君の言葉が頭を通り過ぎていく。
「もう理由は説明したでしょ。聞いてなかったの」
藍花はそういいながらカウンターの奥に入っていく。
私はその姿をただ目で追っていた。
彼女はカウンターの中から一つの箱を取り出す。
見覚えがある箱。私の宝箱。
藍花は私を見ながら、
「あなたがこの箱を大事そうにしていたの、私知っているの。中には何があるのかしら?」
箱をを開け、二枚の紙を取り出す藍花。
彼女は首をかしげながら、その紙を凝視する。
「紙・・・・似顔絵。何これ?全然あなたに似てないわ。あなた、こんなに美人じゃないもの。それに、なんだかイラつくわね。この紙」
「ちょっとやめてよ。元に戻して」
私は藍花に叫ぶ。
でも、体が動かない。
「へぇ~そんなに大事なんだ。冬華が怒るなんて珍しいわね」
ニヤニヤしながら私を見る藍花。
ふいに紙が手から落ちる。
そして紙を踏みにじる彼女。
「あら、ごめんなさい。うっかり落として踏んでしまったわ」
「あ・・・・・」
私はその光景をただ見つめていた。
私の宝物が歪んでいく。
「そんなに落ち込まないで。私も絵は得意なの、こちらの世界にきてから習ったの。貴族教育という奴ね。ちょうど私の目の前に良いキャンパスがあるから、特別に私の腕前、見せてあげるわ」
藍花は懐から杖を取り出し、私に近づいてくる。
私の頬に杖を当て、何やら呪文をとなる。
杖がだんだん熱くなり高温になる。
私の頬から煙が出、肉が焦げるにおいがする。
同時に激痛が私を襲う。
「痛い、痛い、いやああああ」
思わず悲鳴が出る。
激痛が私を襲う。
刺さるような痛み。
「ほら、キャンパスが動いたダメでしょ。それにもう少しだから」
藍花は私を押さえつけて杖を動かす。
「おいおい藍花。ちょっとやりすぎじゃないか?」
一色君が藍花をなだめる。
が、藍花は表情を変えない。
「何?私が冬華にお化粧をしてあげてるんだから、ちょっとほっといて」
「はいはい」
「はい、できた。良い顔よ冬華。これであなたも皆から注目されるわね」
私の顔から杖をはなす藍花。
私はジンジンと焼けるように痛む頬に意識がとられ、何も考えることができない。ただ痛みが私を襲う。
「それじゃ、名残惜しいけど、終わらせましょうか」
「そうだな。俺は出るからな。まがりなりにもこの国の第二王子様だから」
「私も出るわよ。それじゃあね、冬華。最近は物騒だから気を付けた方がいいわよ。身分に合わないブレスレットなんかしてると、狙われるわよ」
そういって、深くローブを被り出ていく二人。
入れ違いに入ってくる黒ローブ姿の男達。
杖から炎をだし、店に火をかけ始める。
私の店が燃えていく。
お父さんがコツコツと大きくしていった店が燃えていく。
「ちょっと、止めてよ。ねぇ、止めてよ」
私は叫んでそれをやめさせようとするが、一人の男に腹を殴られる。
意識が一瞬途切れ、床に這いつくばる私。
肺がつぶれたのか、上手く息ができない。
そんな私に、一人の男がよってくる。
髪の毛を掴み柱に私を移動させる。
鉄の鎖で柱に縛り付けられる。
私の右腕を掴み、藍花から貰ったブレスレットを持ち去る。
そして私に杖を向ける。
呪文詠唱後、杖の先から出た炎が私の体を燃やしていく。
店内は、ごうごうと煙が立ち上り、天上が焼け落ちていく。
商品が燃え、棚も燃えていく。
私の体が燃えていく。
痛みが全身を襲う。
服が燃え、皮膚が焼ける匂いがする。
炎の勢いは強く、店全体に広がっている。
私はただ燃えている。
男たちはこの光景に満足したのか、店から全員出ていく。
私はぼっとー店内を見ていた。
燃えている亀の像と目が合う。
痛みを通り越して、意識が薄れていく。
もう何も感じない。
ただ、体から意識が離れていく。
この世界と別れるように。
なんでこんなことになったのか?
私が何をしたのか?
何もしてない。
こんな目にあっていいわけじゃない。
私はただ、親友と彼氏に裏切られた。
ただ、それだけ。
私が馬鹿だった。
彼らを信じた私が馬鹿だった。
私は彼らを恨んだ。
彼らを憎んだ。
あの二人を呪った。
溶けていく私の体。
目の前では既に亀の像の体が崩れ落ちる。
床に転がっている私の宝物。
踏みにじられた似顔絵は、一瞬で燃えてなくなった。
私はただ呪っていた。
ただ漠然と呪っていた。
あの二人に呪いあれと。
この世界に呪いあれ。
この世界に呪いあれと。
意識が消える最後の瞬間。
僅かに誰かの声が聞こえた気がする。
「冬華、冬華」っと呼ぶ声が聞こえた気がする。
でもそんな声も空しく、私の意識は消えていった。
一章完結。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
本日、後一話(第二章の一話目)投稿する予定です。