5 路地裏
私はとぼとぼと路地を歩きます。
あれ程心を沸き立たせた祭りの歓声が、今では空しく聞こえます。
ただ歩いていました。
目的もなく、ただ歩いていました。
歩くことで、何かから逃れられるような気がしたのです。
私はパレードの歓声から逃れるように歩き続けました。
ふと気づくと、見知らぬ路地にいました。
ここ、どこだろう?
首を回しますが、分かりません。
ちょうどよい木箱が通路にあるので、私はその上に座ります。
服が汚れないように、ハンカチで拭いてからです。
木箱に座って気付きました。
私の衣服が少し汚れていました。
パレードのために、少しオシャレした服です。
第二王子様に見てもらえるかもと思い、頑張った服です。
泥がついたのか、その服の下の方が少し汚れています。
その汚れを凝視していると、悲しみが込み上がってきました。
ふいに、親友の藍子と彼氏の一色君のキスシーンが頭に浮かんできます。
そして目から涙が出てきます。
私は手の甲で涙を脱ぎますが、涙は止まりません。
なんども拭いますが、一向に止まりません。
心の奥に、喉の奥に何かがつまっています。
私はそれを吐き出すように声を出して泣き始めました。
すると、
「おい、お前、何故泣いている?」
声に気付いて頭を上げると、近くの木箱に青年が座っていました。
ここに近づいてくる者の足音は聞こえませんでした。
いつの間に来たのでしょうか?
自分の泣き声で気づかなかっただけかもしれません。
しかも普通の青年ではなく、ほっそりとした美形の青年。
高そうな服を着ています。
貴族様でしょうか?
美しい姿とは反面、どこか影のある雰囲気。
一瞬、私は彼の姿に見惚れていましたが、すぐに我に返ります。
「べ、べつに・・・」
「なら泣くなよ」
ショックのせいか、私はいらだっていました。
普段なら貴族様相手には丁寧な態度を取る私ですが、今は自分を抑えられません。
「べつにいいでしょ。泣きたいから泣いていたの。ほっといて」
「そうか、なら泣けよ」
「人前で泣けるわけないでしょ!」
「めんどくさい女だな」
彼はそう言い、木箱に座ったまま何やら紙に描いていました。
私はそれが気になりました。
泣いて気分を晴らしていたのですが、彼が現れてからは何故か涙がでてきません。
沈むような悲しい気持ちが薄れ、私は彼が手に持っている紙に興味が惹かれました。
「ねぇ、何描いているの?」
「なんでもいいだろ」
青年はそういって紙を閉じます。
私はいらっときました。
なぜだか分かりません。
気分が上下して自分をコントロールできません。
「見せてよ」
「いやだ」
「なんで?」
「理由は無い。見ず知らずの他人に見せるものでもない」
「そう・・・・私の名前はミリー」
「そうか、俺の名前はロイスだ」
「ロイス、見せてよ」
「断る。それにミリー、元気がでたんだろ。ならとっとと帰れ。暗くなるとここは危険だ」
確かに、お父さんが何度も言っていました。
ここは比較的治安がいい街だけど、路地裏や夜は絶対に出歩くなと。
盗賊や人攫いが潜んでいると。
口を酸っぱくして何度も私に語ったお父さん。
私はぞくっと背筋が凍ります。
「そうね。帰るわ」
「待て、もう少しここにいろ」
「なんで?」
「いいだろ別に。俺がいれば安全だ」
帰れって言ったり、待てと言ったり。
なんだかイラつく。
ロイスはこちらを時々見ながら何かを描いています。
こちらを向くたびに私は彼を睨みつけました。
ちょっとした反抗です。
別にこの場から直ぐに帰ることもできます。
しかし、私はこの場に留まっていたい気分でした。
何故だか分かりませんが、久しぶりに心地よさを感じていました。
泣いて気分が晴れたから気持ちがいいのか、この不思議な青年と一緒にいるからか。
私はこの青年が気になっていました。
何か心の中でひっかかるものがあります。
どこかで見たことあるような・・・
「私、雑貨屋で働いているの」
「知ってる。店の前を通ることがある」
それでか。
知らず知らずの内に彼を視界に入れていたのかもしれない。
だから初めて合った気がしないのかも。
私は彼とそのままポツポツと会話をしました。
「よし、出来た。これやるよ」
ロイスが私に一枚の紙を渡します。
それを受け取る私。
そこに描かれていたのは似顔絵でした。
私の笑っている姿。
ちょっと美形すぎるような気がするけど、その似顔絵は間違いなく私でした。
「笑顔は想像だ。泣いているよりはいいだろ」
「・・・・うん。ありがと」
「それじゃあ、ちょっとここにいろ。路地の安全を確認してくる」
「え・・・・」
そういって彼はその場から消えます。
数秒後、消えた路地の先から聞こえてくる鈍い音と爆音。
僅かに悲鳴のような声を聞こえました。
私はその音に震えました。
一体何が起こっているのか?
お父さんに聞かされた人攫や盗賊の話を思い出します。
心配になって彼の姿を確認しようと思った瞬間。
足音がして、路地の先から彼が戻ってきます。
先程と違い、少し彼の服は汚れていました。
それに、僅かに香る焦げ臭い匂いと血の匂い。
私は彼の姿をまじまじと見、そのことについて口を開こうとすると、
「何も聞くな。店まで送る。俺から離れるなよ」
「分かった」
彼の雰囲気に押されるまま、何も聞くことができませんでした。
私はビクビクとしながら彼の横を歩きました。
何かに襲われるかも?という漠然とした不安はありましたが、何もないまま家につきました。