3 紅の姫
投稿です。
そうして、この世界にきて3か月程たったある日。
私は、秘かに今日を楽しみにしていました。
新聞や街で情報を仕入れ、秘かに計算していたのです。
今、ゲームのどのあたりを進行しているのか。
私が集めた情報だと、どうやら第二王子様ルートに進んでいるようです。
どのルートに進むのか、私は興味がありました。
ルート進行によっては、私も物語に絡むことができるからです。
そして、今日がその日です。
その名も「ヒロイン来訪の日」。
ふとした出来事から、普段は訪れない雑貨屋にヒロインが来ます。
ゲームでは特に意味のないイベントですが、私、モブの雑貨屋ミリーにとっては最大のイベントです。
私は、ヒロインの来訪を予想した日から、ワクワクそわそわしていました。
店番に立ちながら、「早く来ないかなぁ~」と、沸き立つ心を抑えるために謎の足踏みをしていました。
そのせいか、変なステップを覚えてしまいました。
実際のゲームキャラに会えるということで、作夜は興奮して眠れませんでした。
そんな寝不足な私ですが、今、雑貨屋のカウンターに立っています。
カランという店のドアに着けたベルの音が店内に響きます。
その音と共に現れる一人の少女。
店内の雰囲気が一気に活性化します。
華やかな雰囲気を放ちながらこちらに進んでくる少女。
身を包んでいる紅色のドレスが優雅に揺れます。
衣装や雰囲気はゲームそのものです。
しかし、ゲームと違う箇所があります。
どこかで見たことのある懐かしい姿。
この世界の住人のそれではなく、元いた世界を思い出させる顔のつくり。
雰囲気はゲームのヒロイン。
そして溢れ出る魅力的なオーラも衣装も。
でも、懐かしい高校の教室を思い出させる顔。
そう、その少女はゲームのキャラではなく、私の親友の藍花でした。
私は、その顔をみた瞬間、泣き出しました。
気付くと目から涙があふれていました。
嬉し泣きです。
知っている人、それも親友に会えたのです。
この世界に慣れた、昔の世界とは決別したと思っていた私ですが、心は違ったようです。
懐かしさからくる寂しい気持ちと、親友と出会えたことによる喜びが一緒くたになり、私の心を満たしました。
私はカウンターから出、藍花に駆け寄りました。
「あ、藍花だよね、ねぇ、藍花だよね?」
私は泣きながら、藍花に寄り添いました。
藍花は私の姿を見て驚いているようでした。
ですが、泣く私を抱きしめてくれました。
「久しぶり・・・冬華」
私は藍花に抱きしめられながら、懐かしい匂いに包まれていました。
その匂いが高校の教室を思い出させます。
ケータイ、コンビニ、プリン、色々な記憶が蘇ります。
平成日本の暮らしを思い出します。
今の瞬間だけ、昔に戻ったようでした。
しかし、何故かいつもの藍花と違うものを感じました。
久しぶりだからでしょうか?
藍花も驚いているからでしょうか?
分かりません。
それに、そんな小さな違和感を気にしている余裕は私にありませんでした。
私はその違和感を捨て、彼女の胸で泣きました。
そうして暫らくし、私が泣きやむと、藍花と私は話を始めました。
藍花はヒロインに転生したそうです。
私同様、当初はとても驚いたようです。
しかし、元の世界に戻ることも出来ず、この世界で暮らしていかなければなりません。
彼女は心を決め、ゲーム知識を頼りに数々のイベントをこなし、今では第二王子様の個別ルートに入っているようです。
私はその話に「あれ?」っと思いました。
藍花らしくありません。私は気になって聞いてみました。
「なんで第二王子様ルート選んだの?」
藍花が好きなのは大商人ルートです。
私と何度もこのゲームの話をしました。
その度に、俺様商人の魅力を私に熱く語り聞かせてくれました。
第二王子様ルート派の私が危うく大商人ルートに鞍替えしそうになるぐらい。
「藍花、大商人ルート大好きだったのに」
「それは・・・実際に付き合うにはちょっと面倒かなっと思って」
「そうなんだ~」
そうだよね。
俺様って大変だもんね。
でも、王子様のキャラもちょっぴり俺様入ってた気がしたけど・・・
まぁいっか。
会えてうれしい。
今はそれだけ。
「また会いに来てくれよね?」
「もちろん。そういえば、冬華も今度の祭り見に来るの?」
「ううん。祭りの日はお客さんも多いから店番。本当は行きたいんだけどねぇ・・・」
「そうなんだ。なら、私がお土産買ってくるね」
「いいの?ありがと!」
私は藍花に抱きつきました。
気分が高まっているためか、今日の私は凄くダイナミックです。
「うん、大丈夫」
そうして藍花は去って行きました。
私は、藍花が店から出て行った後も、ずっと入り口を見ていました。
その姿が消えるのが寂しかったからかもしれません。
入口を見ていると、ずっと余韻に浸っていられるからかもしれません。
たった数分前の藍花との時間を、私は思い出します。
始終、何かいつもと様子が違った藍花でした。
何か心ここに有らずといった感じでした。
普段、自信満々な藍花にしては珍しかったです。
3か月も合っていないので気のせいかもしれません。
それか、藍花も私に会えたことが嬉しくてちょっと変になっていたのかも。
今思い返してみると私も変なテンションだったし。
でも私は、親友に会えたことの喜びが大きく、心に沸いた僅かな違和感を消去しました。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。