第1章5話 生徒会
あぁ、何でこんなことになってしまったのだろう。と、私は考える。
雪菜を殺そうとしてから1時間が経過しようとしていた。
私と彼女は体育館の端でうまく視界に入らない距離と角度で椅子に両手両足を縛られていてナイフも没収されている。
私たちの間を通り過ぎる沈黙は残酷にも自分のしたことの後悔を悔やむには十分な空間を提供していた。
しかし、それも10分前の事で今私は生徒会会議室の前に立っている。
技術の授業で起こしたことの聞き取りが行われるのだ。
「はぁ、緊張する……これならさっきの気まずい空間の方がまだよかった」
扉を隔てていても中から漏れ出してくる緊張感で心が押し潰されそうだ。何か喋っているとまだ気持ちは落ち着くが心臓の緊張まではなくならない。
「月宮かさね、入りなさい」
中からお姉ちゃんの声がする。
その声に少し緊張感を取り戻すがはい!と返事をすると扉を開く。
暖房の温かさが応援してくれるかのように私の体を優しく包み込んでくれる。
「月宮かさね、これから聞き取り調査を始めます。前の席に着席してください」
「はい」
返事をして着席する。前を見ると少し狭い空間に真剣な7つの目線が私に向けられる。
6つのブレザーの中心に赤いブレザーを着たお姉ちゃんの姿があった。
副会長の少年が話を始める。
「それではあなたが藍川雪菜を殺すまでの経緯を教えてください」
正直に話し始める。
実際私は何も悪いことはしてないしお姉ちゃんにいじめられていることがばれてしまったしまった以上隠してもすぐにばれてしまうくらい頭がいい人なので意味がないと判断した。
とりあえず、2年前からいじめられている事、今日の技術での戦闘から死をかけた戦いに発展したことまでを喋った。
書記の子が私の言ったことを一生懸命メモしている。
副会長がまた口を開く。司会進行は副会長の仕事のようだ。
「とりあえず命をかけた戦いは藍川さんの方から持ちかけたところまでは分かりました。それではこちらからいくつか質問をします」
「はい、どうぞ」
「なぜ、あなたはいじめられていた事を黙っていたのですか?」
口が動かなくなってしまう。
お姉ちゃんに迷惑をかけたくなかったのが本音だがいまこの場にいるとなるとそれこそがただの迷惑であるかもしれないし失望されたくもない。だから、
「言う勇気が……ありませんでした」
動ない口に無理やり指令を出した。
お姉ちゃんの目線は嘘だと分かっているようだったが何も言わなくそれが少し怖く感じる。
さっき吐いたときにお姉ちゃんが看病してくれたこともあり昼に唇を奪われた事はまるで夢かのように記憶から消えそうになっていた。
「そうですか。それでは、生徒監査の報告によると体が破裂したにも関わらず自動回復したと聞きました。当然内臓の破裂は体の死に繋がりますし、あんなに血を出していて生きていて立てる状況になるまでものの30秒で回復するなどあり得ません。稜威に回復属性は存在しません。どうやったらそんな状態に復活できたのですか?」
「それは……えっと……」
神が治してくれたなんて信じてくれないだろう。口ごもってしまうと
「それは私がかさねに直接聞くわ。後で報告書として提出する」
「そうですか。それでは私らの状況確認は終了です。他に質問のある方はいらっしゃいますか?」
生徒会会員は会長、副会長、学級委員長、生徒監査、生徒会顧問、書記2名の7人でそのうちの生徒会の指導など行う生徒会顧問が手を上げ発言を始めた。
「君の置かれている状況は大体把握できました。しかし、藍川さんを殺そうとしたのはなぜですか?」
「それは、雪菜が急に襲ってきたから……」
「あなたは学年唯一の加速魔法所持者です。彼女から逃げるという選択肢はなかったのですか?」
「………」
言葉が上がってこない。
言われてみれば確かにそうだ。いくら雪菜でも加速魔法には追い付かないし体育館さえ出ちゃえば騒ぎになって彼女より強い生徒会員が急いで駆け付けてくれるだろう。
たとえ、お姉ちゃんにばれたとしてもそれほどに隠したい事だったっけ?
「あなたには殺意があったようにも聞こえますがそれは誤解ですか?」
「……ッ!」
生徒会員は静かに私の反応を待つが私は動揺を隠せない。
「それは……その……」
口ごもっていると代わりに学級員長が口を開く。
「命の危険を感じたからやり返したぁ……って事かな?」
助け舟が着たことに一瞬安堵の表情が出てしまうが、雰囲気に叱られてすぐに表情を戻す。
「はい」
「まぁ、確かに人間の防御反応的にはそうなるとも言い切れないよなぁ。けどさ、ひとつだけ」
「……」
学級委員長が人差し指を立てる。私の沈黙を無視して話を続けた。
「きみさぁ、もう高校生でしょ?
中学校で3年以上も戦闘経験を積んでしかも2エンジーも離れてる藍川さんと対等な戦闘が出来る君がそんな反応起こすもんなのかなぁって思うんだけど」
「それは……そのことは覚えてないというか……」
そう、なぜ2エナジーも離れていて勝率5パーセント以下の私が雪菜と対等に戦い続けられているのか全く謎だった。
戦闘の記憶はあまり覚えていないがただそこには彼女に対しての明確な殺意があった。だから、この状況は私にとって結構まずい状況にある。
今まで意志があるかのように這い上がってきていた言葉の数々は力を使い果たしたかのように出てこない。
「月宮かさねさん、もうしらばっくれるのはやめてください」
副会長が真実を問いただすかのように声を発して私の体を貫いてくる。書記も次の言葉をと私の答えを視線で促しているた。
お姉ちゃんの表情を見ようとしたとき一気に悪寒が走る。
何故?何でここで視界に入るの?それが最初に見たときに思い立った言葉だ。
右隣の机の真ん中に私のナイフが鈍い光を放って主の帰りを促している。
しかも、私の目には机などの障害物がない。
机は生徒会員の壁になるように半円に並んでいてその右端にナイフがある。走れば簡単に手の届く距離だ。でも……どうして?
そんなことを考えていると生徒監査が口を開く。
「月宮かさねさん……皆待っているのですっけど」
てか、そもそも私はほとんど死にかけたのに何で私は責められているんだろう?
それを思った瞬間なんだか急にあの7人が悪に見えてきた。
お姉ちゃんですら今の状況を楽しんでいるんじゃないかという不安と恨みが襲ってくる。
は!これじゃだめだ。
雪菜の時も最初はそんな感情からナイフを握ったのだ。しかし、ナイフは人を切りつける準備は整えていると訴えるかのように私に訴えかけているような気がする。
「あのさぁ、ガキじゃないんだからいい加減喋ってくれてもいいんじゃないの?」
しかし私の抵抗も学級委員長の声ひとつで完全に世界が変わった気がした。
皆私の敵だ。やはり皆この状況を楽しんでいる。
(もしかしたら、雪菜の仲間なのかもしれない……)
そう思うとやはりここで殺しておいた方がいい。
そこで動揺した雪菜を仕留められれば一石二鳥だ。ナイフまで2歩。とりあえず標的に定めた学級委員長まで3歩といったところか。
周囲を見ると生徒会員は机に手を置いて周囲にナイフはない。いけると判断する。
副会長が口を開いた。
「あの……黙っていては何も分からないのですが」
「ぁぁ……ぁ……」
「かさね?」
声にならない声が漏れたときお姉ちゃんが私の異変に気付いたようだ。
しかし、何も行動しなかったのが幸いだっただろう。今まで引っ込んでいた言葉がまた漏れ始めそうだ。
そして、口に一番馴染んでいるような感覚のする言葉を口にする。
「殺す……」
言った瞬間一気に駆け抜ける。2歩とは短いものだ。一瞬でたどり着く。
それと同時に
「加速!推定6倍速!」
空気の流れが遅くなった。
敵には抵抗する暇を与えない。一瞬で3歩は過ぎ去ってゆく。
学級委員長に触れた瞬間加速が強制解除される。
彼は表情を崩さないまま私を見つめていた。私の手は本能に従うように右手を振り落すと、固い感触が神経を貫いた瞬間はじかれた。
その手が赤いブレザーでおおわれてることからお姉ちゃんの仕業であると判断する。
お姉ちゃんはナイフの面を上手く調整して切り裂くポイントを守ったのだ。しかし、威力に負けてお姉ちゃんのナイフが地面に効果する。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
叫ぶと空気を切り裂くように追撃する。
すると、当たり前の反応のように肉の柔らかく暖かな感触が伝わってくる。
それは相手の命を自分がコントロールしているような優越感に浸り体の神経が一気に震えだす。
「んッ!……あぁぁ……ッ!」
痛みに声を漏らす音が部屋の中に広がる。
しかし、私が切り裂いたのは彼の体ではなく庇うように出したお姉ちゃんの左手だった。
激痛が走っているはずの左手で私のナイフを奪い取る。体が麻痺したかのように動かない。
「落ち着きなさい、かさね!あなたがここで切っても何も変わらないわよ」
痛みを漏らしたのも一瞬で血を流している手をぶら下げて、抗うように立っている。
周りはいつでも追撃できるように、ナイフを構えていた。
しかし、納得できない。だって、
「なんで皆私を悪者扱いするの?」
素直な考えを口にする。
一瞬生徒会員の表情が不思議そうな顔をするが私が何か言いたいのか理解したようだが誰も何も口から言葉を出さない。つくずくむかつく奴らだ。
「私にも確かに悪いとこはあったかもしれない。けど先に仕掛けてきたのは雪菜でしょ!!それに私はこの2年間いじめられてろくにペアで戦闘をやっていない!」
脳がほのかに熱を持つのを感じた。一回漏れ出した単語の数々は水のようにとまることを知らない。
「あんたらは弱いものを見て追撃をするのがそんなに楽しいの!?自分の権力に酔ってんだったらそんな腐った奴なんて殺してやる!」
もう周りがぼやけているかのように相手の表情を確認する余裕がない。
だが、自分の言っていることは正しいという事には根拠のないが確かに心のどこかに存在している証が輝いているようで自信と殺意をもって声を張る。
だが、それも学級委員長の言葉を聞いた瞬間一気に理性が崩れ落ちる。
「はいはい、君の言いたいことはよく分かったぁよ。けどさぁ、それを言ったところで君が藍川を殺そうとした事実、僕を殺そうとした事実、生徒会長を切った事実は変わらないんじゃないの?」
ああ、もうむかつく。
適当な御託を並べていかにも自分の行いが正しいように色を塗りつぶしているようにしか聞こえなかった。
いや、本当はあいつの言っていることが正しいなんて分かってる。
けど、私にとってあの苦しかった時間をどうにか逃げたくて、なくしたくて必死だった。それなのになぜ、私は責められなくてはならないのだろうか。
「確かにそれは変わらない。けど、私が雪菜に襲われた事実も変わらないでしょ!?」
怒り以外に自分の味方が誰もいないことに対する虚無感を紛らわすために声を生徒会室全体に響き渡らせる。
しかし、彼らは何の動揺もせず学級委員長が呆れた顔で付け加えた。
「あんたさぁ、勘違いしてるようだけど君をここに呼んだのはさ」
「もうそこらへんでいいでしょう。学級委員長、もうやめなさい」
「いいや、これは大切なことだと思うから言ます」
これ以上の空気悪化を沈めるために副会長は静止を入れるが彼は納得しなかったようだ。
「この聞き取り調査はさぁ、君を慰めるためにやってるんじゃないんだよ」
空気が乾いている。
そんな中で怒りを通り越した無の感情だけが心の中で動いていた。しかし、それも一瞬の事で感情に火花が散った。
「ふざけんな……」
私はもう自分の事だけ考えていてお姉ちゃんの手を切りつけた記憶は頭の隅に押しやられて拡散した。