1
春の訪れを感じさせる、風の強いどこか冷たい日。
その風が、地面にうつ伏せに倒れていた少女の目を覚まさせた。
「う……」
目を閉じていた少女が、ゆっくりと目を開く。黒いアスファルトの地面に手をついて立ち上がる。
「私は……」
彼女の桃のような黄色とピンク色が混じった髪が風になびいていた。自分の着ている黒いワンピースの端っこを両手で握りしめ戸惑う。私は何をした? ここはどこなのか? なぜここにいるのか? 頭を抱える、思い出せない。
「そうだ……」
自分には、なにかやらなければならない大事なことがあった気がする。額に手を当て考える。嫌な感覚が体にじわじわと広がる。思い出せない。
「そうだ。名前……私の名前」
ふと、そんな言葉が口から出た。名前は覚えている。ルカ、私の名前はルカ。
そう思い出した時、ドサッという、どこか不気味な音がした。顔を上げて前を見る。
地面に落下してボロボロになった蝶のようだ。目の前のそれを見てルカは思った。ただし、それは血まみれの女の子だった。どうやら目の前の建物の高いところから落ちたらしい。ルカは、ふらふらと女の子のそばに近寄る。
「おい! 大丈夫か?」
少女はヒューヒュー小さな呼吸をしていて、意識がほとんどない。ブロンズグレイの髪の毛は所々血で赤く染まりねっとりしている。体中グチャグチャで操り人形のように関節がおかしくなっている。とても助かりそうになかった。
ルカはその光景に驚きはしたが、なぜか動揺はしなかった。
「助け……」
だが、どうすればいい? ここがどこかもわからない。それにもう手遅れだろうか。
そう考えた時、視界が真っ白になった。
『お前には力があるだろう? 生き抜くための力が、だから……』
急に頭の中に誰かの声が聞こえた。霧のように、ぼんやりと映った姿。誰かが自分に向かって、そう言っている映像が頭の中に入ってくる。記憶の一部が頭に流れ込む。ルカの体が揺れる。
「なんだ? 今のは」
力? そうだ、思い出した。自分には力があった。
「彼女を助けられるかもしれない。でも……」
その力を使えば自分もどうなるかわからない。見ず知らずの少女。私が彼女を助けなければならない理由はあるか? 自分が何者かもよくわからなくて困っているのに。
「ふっ」
ルカは含み笑いをする。バカなことを考えたそう思い、死にかけている少女に背を向けて歩き出す。
だがすぐに振り返り、彼女に駆けより、しゃがみこんで少し体を持ち上げる。
「無理だ。普通に能力を使っても、これは助からない」
ルカは自分の体を見る。黒いワンピースはどす黒く滲み、手も血に染まり真っ赤だ。
そうこうしているうちに、誰か人が通りかかった。
「きゃー、誰か! 誰か!」
その女の人が辺りに助けを求めだす。それを確認したルカは少し落ち着き深呼吸をする。
「くそっ! 一か八かだな」
助かるかはわからない。血まみれの彼女の体に手を触れる。自分の能力の限界を超えて力を使うことにした。例え自分もどういう状態になるかわからなくても。
「ひとつハッキリした。私はバカでお人よしな人間だな」
ニヤリと笑う。ルカの体が金色に光る。
目の前で死にかけている人間を見捨てることなど、彼女には出来なかった。
「はぁ、はぁ」
それから数分後。血まみれの彼女の体が元に戻っていた。骨折した身体は元に戻り顔色も良くなってきた。
ルカの目の前がぼやける。意識が遠くなっていく。
「まだ、まだだ」
自分にそう言い聞かせ集中する。ルカの体がさらに眩く金色に光り、その光が銀髪の少女を覆っていく。
「まだ」
しばらくの間、そう何度も呟いていたルカの意識が無くなり、彼女は銀髪の少女に覆いかぶさるようにその場に倒れた。