第弐話 父からの命
「おぉ、来たか」
居間の上座に座る男、千桜家当主、千桜紬。ただ座っているだけでも、その威厳と誇り高さは滲み出ていた。
「何の用ですか?」
「まぁ座れ。話はそれからだ」
紬に促されるまま、指された座布団の上に座る。凪は自分より高い場所にいる父を見上げた。
「突然だがな凪、お前東鬼の頂点東条家に行ってこい」
紬の口から出てくる言葉。
「・・・・・・はぁぁぁ!?」
千桜の城に声が響いた。
「五月蠅いなぁ、少しは静かにせんか」
「五月蠅いもなにも原因は父上でしょう!?何なんですかいきなり!!」
「さっき言った通りだが?」
当たり前のように返されて、凪の頭に更に血が上る。
「だいたいにして、アンタはいつも突然すぎるんだっ!!」
「アンタ!?父親に向かってアンタだと!?」
「アンタはアンタだろう!!最近頭の毛が薄くなってきたんではないですか?」
「余計な世話だっ!餓鬼」
「俺はもう20だ!!」
-----------なぜこのお方は父親が相手になると我を失ってしまうんだろう。
桐葉は2人に気付かれぬように静かに溜息をついた。
普段の凪は、常に冷静で取り乱したところも怒鳴り散らしたところも見たことがない。しかし何故か自分の父である紬の前になると、子供のように喧嘩が始まるのだ。
「紬様、お体に触ります。落ち着いてください」
「凪様もです。一度お座り直してください」
紬を止めに入った茶髪の男、舞原雪葉。桐葉の父であり紬の従者だ。
「----------とにかく、もう決まったことだ。お前には東条家に行ってそこの姫、花乃姫さまと見合いをしてきてもらう」
「見合いの話まで聞いてねぇ」
「凪様、言葉が」
やんわりと雪葉がたしなめると、凪は顔をしかめた。
「お前は暇だろう?いい機会だ、行ってこい」
「・・・ですが、俺はまだ------」
「凪」
しっかりと通る父の声に顔を上げる。最近皺が増えた、紬を見上げれば愛情に満ちた優しい瞳が凪を見ていた。
「忘れろ、とは言わん。ただ、前を向け」
ゆっくりと幼子を諭すように。
「いつまでも過去に縛られるな。未来を見ろ」
いつだって紬は、息子を第一に考えた。
「幸せになれよ、凪」
最後の言葉に鼻の奥がツンと痛くなる。瞳が霞みそうになるのを笑って耐える。
「まだ決まった訳じゃありませんよ」
「大丈夫だ。なんたってお前は、私の自慢の息子だからな」
上座から降りて頭を撫でる紬の手のぬくもりを感じながら凪は一粒の雫をながした。
「よし、さっそく今から行け」
「急すぎるだろぉぉ!」
そして、現在にいたる。