召喚管理職
思いつきを気まぐれで書いたものです。
暇つぶしににでもどうぞ。
俺はヒーロー、そう、物語の主人公になりたかった。
突然空から落ちてきた美少女と共に、普段は普通の学生をしながら裏で悪と戦う。
異世界に召喚され、勇者として魔王を倒し、その世界の英雄になる。
そんな存在に俺はなりたかった。高校になってこんな事を言ってるなんて、おかしいだろう。それでも俺はヒーローに憧れを抱いていた。
そんな俺の考えを根本から変えた出来事。これは、そんな出来事の話だ。
まぁ、現実にヒーローになる様な事が起きる訳もなく、俺は代わり映えのない高校生活を送っていた。
そんなある日、俺は、授業を軽く聞き流し、いつもの様に帰宅の途に就いた。
俺は通学路の途中で、借りたいCDがあったのを思い出し、道を逸れた。
それまでは何一つ変わらない日常だったのに、そこで普段にない行動をとった。
これが、俺の運命を変えたのかは、分からないが、きっかけの一つではあったのだろう。
俺は細い路地を歩いていた。そこは、レンタル屋への近道だった。
汚い道にうんざりしながらも、入り組んだ道を何度か曲がり、迷いそうになりつつ、進み続ける。
俺が、最後の角を曲がり、大通りに出ようとしたその時、突然何処からともなく溢れ出した光に、俺は包まれる。眩しさのあまり目が開けられない。
そのまま、俺の意識は暗転していく。気を失う直前、俺は回転しているかの様な感覚を覚えた。な、ん……だ?
俺は、周りの騒がしい雰囲気に目が覚める。
目を開けると、目の前には巫女の格好をした金髪美少女がいた。その顔には俺を心配する様な色が見えた。えっ、何?
俺は地面に寝ていた。気を失う前の事を思い出し、今の状況を確認する。すると――。
あれっ、これ俺、召喚とかされちゃったパターンじゃない? 自分の状況は憧れその物みたいだった。
「あの、俺、もしかして、召喚されたんですか?」
俺は期待に胸を膨らませながら、目の前の巫女さんに聞く。ドッキリか何かかもしれないと思い、手放しに喜びたいのは必死に抑える。変に恥をかきたくはない。
「あ、起きられましたか? その通りです。貴方は召喚されたのです」
ま、マジで!? いや、まだ断言するのは早い。ドッキリで俺を騙しているという線も捨てきれない。
「ほ、本当なんですか? 何かこう、証拠みたいなのは?」
俺はドッキリという可能性を否定したくて聞く。こう、魔法とか、超能力とかを使って見せて欲しい。そうしたら、少なくとも俺の知っている常識ではないと分かる。
「はい? 証拠ですか? ……ならこの手を見ていて下さいね」
巫女さんはそう言うと、右手をかざす。そして、ぶつぶつと何かを唱える。
すると、手が光ったと思うと、手の中に携帯の様な物が握られていた。
俺がその光景に、呆気に取られていると、巫女さんは失礼します、と言いその携帯みたいな物を耳に当てる。
「こちら、10182号の召喚に成功しました。意識レベル、健康レベル共に問題ありません――」
俺は本当に召喚されたのだろうか? 巫女さんが電話しているのを横目に、周りを見てみる。
何だこれは? 俺は自分の目に入ってきた光景に驚く。
空港のロビーみたいな感じだった。いかにも近代的なその造りに驚く。俺がいるのは、ガラス張りの部屋だった。そこに巫女さんと二人きりでいた。
外では何人もの人が忙しそうに早足で歩いていた。俺が見ていた人は、機械に手をかざすと突然消える。
他にも明らかに浮いている人もいた。空気的にではなく、物理的にだ。
あれ? 何だか予想と違うぞ。召喚って、もっとこう中世の城みたいな所にされるんだと思っていたんだけど……。こんな近代的なターミナルみたいな建物とは。
まぁ、俺の勝手な想像なんだけどな……。
それに、巫女さんの手に握られている機械も巫女姿には似合わないし、その話している内容も何だかおかしい。でも、確かに魔法を使っていた……と、思う。
それに周りには突然消える人や、浮いてる人。少なくとも俺の常識には当てはまらない。
俺は訳が分らず放心していると、巫女さんの電話が終わり、話しかけてくる。
「では、この場所について説明させていただきます。私は、神谷頼己さん、あなたの担当になりました、召喚管理職のエミリと言います。どうぞよろしくお願いします」
巫女姿のエミリさんは、どこからともなく取り出した紙の束を見ながら言う。
「えっ? なんで俺の名前を知ってるんだ?」
俺はエミリさんを警戒しながら聞く。俺は名乗った覚えはないぞ!
「なんでって、これに書いてあるからですよ」
そう言って持っている紙をぺらぺら振るエミリさん。
「嘘つけ! 大体その紙は何なんだ? ってかここは何処なんだ!?」
「まあ、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いてられるか!」
俺はエミリさんの冷静すぎる態度に、思わず叫んでしまう。
「これは、神谷さんの情報が載っています。神谷さんの歴史ですね」
エミリさんは見事なまでに、俺の叫びを無視して話を進める。
「はあ? なんで俺の個人情報が――」
「もしかして、信じてないんですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて――」
「2012年1月12日、コンビニでエロ本5冊買う。1月15日、二年間同じクラスのクラスメイトに名前を間違えられる。1月――」
「やめろー!!! やめるんだぁ! 何なんだそれは、なんでそんな事まで書いてるんだぁ!」
紙の束をめくりながら言うエミリさんに俺は絶叫する。俺は忘れたかった事や、恥ずかしい事を言われ半泣きになる。
錯乱した俺に呆れ顔で言うエミリさん。
「召喚されたのだから当たり前でしょう」
「は? 当たり前? そんな当たり前あってたまるか!」
「何を勘違いしてるのか知りませんけど、私があなたを召喚した訳ではありません」
俺のツッコミをスルーして、話を進めるエミリさん。
「はぁ? さっきから召喚されたとか言ってなかったか?」
「ん~、そこら辺は難しいのですが、私が貴方を必要として呼んだ訳ではありません」
「はぁ、なら誰が?」
「それを今から決めるんですよ」
「今から決める? 何を言ってんだ」
「ここは、どこの世界でもない場所、いわゆる世界の狭間です。ここには、あらゆる世界から召喚される人や動物などが集まってきます」
「世界の狭間?」
少し真面目なテンションになったエミリさんに合わせて、俺もトーンを下げる。
「そうです。最近は、いろんな世界で召喚がしょっちゅう行われています。どの世界も、ピンチになったら召喚者頼みという訳です……」
「そ、そうなのか?」
召喚ってそんなにしょっちゅう行われているのか? なんかショックだな。
「そうなんです! そのせいで私の仕事は増える一方です! 本当に困ります!」
「そ、そうなんだ……」
なんか、個人的な怒りを爆発させていた。
「そうなんです。そのため召喚者たちがちゃんと目標の場所に行かないこともしばしばあります。そんな状況に、神様がお怒りになり、この召喚者の中継点となりうる場所を作られたのです」
「か、神様?」
俺は壮大になってきた話についていけない。
「そうです、神様です。私も一応、天使なんですよ」
ま、マジで? 俺が召喚主で巫女さんだと思っていた美少女は、天使でした。
「じゃあ、なんでそんな格好を?」
「えっ、こ、これは神様が召喚者はこういう格好を期待しているんだと……」
神様の趣味だったのか!? まあ、俺もいかにも召喚されたんだと思って、興奮したんだけれど……。
「そ、そんな事はいいんです。んんっ、続けます。ここでは、召喚をしようとしている方に合った召喚者を、提供しているんです。あなたは、その召喚者に選ばれたんです」
「選ばれた……ね、じゃあこれからどっかに召喚される訳だな?」
俺は期待して聞く。
「そういうことです。今から適性を見てどこに送るか検討します」
よし、夢が叶う。できれば美少女が多い所を希望します。
「ってか、そんなに勝手に俺みたいなのを連れてきて、大丈夫なのか?」
俺は、元いた世界に影響がないのか、心配になり聞く。
「ええ、基本的に世界に必要とされなくなった人間しか連れてきてません」
「えっ、俺はもう必要とされてなかったのか……?」
俺は笑顔のエミリさんによって、もたらされた衝撃の事実に、ショックを受ける。
「え~と、元の世界では必要されていなかったかもしれないですが、次に行く世界では必ず必要とされていますから、大丈夫ですよっ!」
ぐはっ! なんかファイトってされたけど、必要ないとそう何度も言わないでくれ。俺は何のために生きてきたのか分からなくなって、悲しくなるじゃないか。
「くっ! 分ってるよ。俺なんかいなくても変わりないんだろ。なら、早く次の世界に送ってくれよ!」
俺は異世界に行けるんだ。夢見ていた展開だ、少しばかり夢が崩された気がするが問題ない。前向きに考えよう。ポジティブ!
「では、適正チェックを行いますから、付いて来て下さい」
俺は歩き出したエミリさんに付いて行く。適性チェックって、何をするんだろう。俺は期待と不安を胸に後ろに付いて行く。
エミリさんは、俺がさっき人が消えるのを見た場所の近くにある、電話ボックスみたいな大きな機械の前に立つと、俺に言う。
「これから、適正チェックを行う場所まで転送します。この機械に入って下さい」
俺は言われた様に、部屋みたいになっている機械の中に入る。後ろからエミリさんも入って来る。俺は美少女と二人の密室という事に緊張する。
エミリさんが機械を操作すると、一瞬浮遊感を感じる。
「さあ、行きましょう」
ああ、もういいのか。
外に出ると確かにさっきとは違う場所だった。そこは、ただの廊下でどこまでも続いているかの様だった。
エミリさんはその内一つの部屋に入って行く。中にはこれまた機械が沢山置いてあった。
俺はエミリさんに言われるがままに、機械の前のベッドに寝転ぶ。すると、エミリさんは俺の体に機械から出ているコードを、次々と繋げていく。
「力を抜いてください」
コードをつなぎ終えると、エミリさんに言われる。俺はコードを付けられる時にこそばかったから、硬くなっていた体から力を抜く。
エミリさんが、機械を操作すると、コードから電流みたいなのをピリッと感じる。
「なぁ、召喚される世界ってどんな所があるんだ?」
俺は暇になり、エミリさんに質問を投げかける。
「そうですね、オーソドックスに剣と魔法の世界とか――」
やはり、魔法の世界か、いいな、俺も魔法とかドカドカ放ってみたいな。剣で無双するのもいいな。
「超能力者たちが沢山いる、あなたがいた世界に近い世界とか――」
ふん、超能力か。しかも、元の世界に近いのか、いいな。すぐになれそうだ。
「あなたの世界より科学が進んだ世界で、巨大ロボットが戦っている世界とか――」
ほう、近未来のロボットがいる世界だと! それはいいな。ガン○ムとかラン○ロットみたいなのに乗れたりするのか!
「男が少な過ぎる女ばかりの世界が、子孫を残す為に男を召喚したい世界とか――」
な、何という世界だ。羨ましい、羨ましすぎるぞ! 男としてその世界には是非とも行きたい。
「他には……ああ、ちょっと奴隷が欲しいという、ドSな四十代のおばさん(独身)の元に行くとか、色々ありますよ。どれも魅力的でしょう?」
「そうですね、どれも魅力て――いやいやいや。最後明らかに種類が違うでしょ! 全然、これっぽっちも魅力的じゃなかったぞ!」
俺はあまりの自然さに流しそうになったけど、なんとか気付く。危ない危ない、下手したら最後みたいな世界に送られるんじゃないか。
「そうですか。最後のは結構人気があるんですよ」
どんな需要だよ! 召喚者は変態ばっかりか!?
「俺はそんな世界嫌だからな!」
「それは、適性を見てからですよ」
怖いよ。俺の適性頼むぞ! 俺は自分の適性に願う。せめて、奴隷とかは止めてくれ。ってか奴隷の適性ってなんだよ!
「あっ、話をしている間に終わりました」
そう言ってコードを外すエミリさん。俺は伸びをして、立ち上がる。
「次に行きましょう」
「んっ? いくつあるんだ、その適性チェックって」
俺はエミリさんに付いて行きながら、聞く。
「あとは、身体能力と心理のチェックです」
心理はともかく、身体能力は自信がない。全くない。スポーツはからっきしだからな。
俺は走っていた。短距離を走らされた後に5キロも走らされていた。俺は頭がフラフラする。変に頑張るんじゃなかった、慣れない事を召喚の為と、張り切ったりするか……らだ……。
俺は限界を迎え倒れた。
エミリさんはベッドで寝ている俺に近づいて来る。いまいち顔色が優れないエミリさん。
「やっぱり、あの結果はまずかったですか?」
俺は走っては倒れ、木刀を振らしたらすっぽ抜け、ボールを蹴らしたら踏み付けた。
流石にやばいと思う。
「まあ、あなたが運動がダメなのは分かりました。でも、運動オンチでも活躍出来る世界はありますよ」
エミリさんは落ち込む俺を慰めてくれた。
とりあえず、選択肢は減ったみたいだ。
俺は体中の筋肉痛に苦しめられながら、次のチェックを行う部屋に向かっていた。
その部屋は無機質な部屋だった。その部屋の中心には机と2つの椅子が、向かい合わせにおかれていた。
エミリさんと向かい合わせに座る。エミリさんは俺に質問をしてくる。その答えを紙に書き込んでいく。俺は身体能力ではダメだったから、ここでは、と緊張していたが、質問が、「あなたの好きな色は?」とかだったので、拍子抜けした。
質問が終わると、エミリさんに聞く。
「どうでした? 俺は何処に送らるんですか?」
「まだ、分かりません。ちょうど最初の検査の結果が出た頃でしょう。それを見てからですよ」
身を乗り出す俺を、まぁまぁ、と抑えながら言うエミリさん。
そういえば、最初のチェックは何を調べたのだろう?
俺は再び、機械に転送され、最初に俺が起きた所に戻ってくる。
そこで、エミリさんは俺に待っている様に言い、エミリさんは何処に行った。
俺はどんな世界に行くんだろうか、と期待を膨らませながら待つ。
エミリさんは戻って来ると、持って来た紙の束を見ている。そして、顔を上げると俺に言う。
「あなた、神谷頼巳さんは…………」
俺は何処に行く事になるのか、緊張はMAXになっていた。汗が頬を垂れ、心臓が暴れ出す。
「……元の世界に戻ってもらいます」
「は……………?」
俺は聞き間違いかと思う。も、元の世界? そ、そんな馬鹿な!
「元の世界に、戻って頂きます」
「な、なんでだ?」
ただ繰り返すエミリさんに俺は聞き返した。
「最初の検査は、健康と共に、超能力や魔法などの潜在能力を調べる物です」
「せ、潜在能力。も、もしかして」
俺の頭に聞きたくない理由が浮かぶ。
「そう、あなたは潜在能力が何もありませんでした。ただのクズですね」
ぐはっ! 急に暴言を、使えない奴には容赦ないのか。
俺は元の世界に戻っても、もう必要ないとか言われたし、何もする気がしないから、すがりつく。
「超能力とかは、使えないかもしれないけど、ロボットだったら――」
「ないですね、そういった能力も調べられますから」
んな馬鹿な! だが、俺は諦めない。
「子孫を残したいとか言ってた世界は?」
これなら行けるだろう。特に能力はいらないだろう。
「あ~、本気ですか、その残念過ぎる遺伝子を受け継がす気ですか?」
なんて言いようだ。だが、問題ないはずだ。
「それくらい、些細な問題だ!」
「残念ながら無理ですね」
「なんでだ! 俺の親父は俺と違ってスポーツも勉強も出来るぞ。隔世遺伝したらわからないぞ!」
俺は自分で言いながら悲しくなってくる。
「いえ、そういう問題ではなく、検査の結果、あなたは子供を産めない事が分かりました。男としては不良品ですね」
はっ? 子供が産めない。なんか、物凄い重要な事をあっさり言われたぞ。
「といいう事なんで諦めて下さい」
にこやかに言われるが俺は諦めない。誰が好き好んで、自分が必要ないと言われた世界に戻るものか。
「あれは、あれ、奴隷とかなんとかは?」
「あー無理ですよ。無理。奴隷と言っても、ちゃんと家事とか出来ないとダメですし、あなたの体力で務まるとは思いません」
エミリさんは俺に恨みでもあるのだろうか、俺は死にそうだ。
「さあ、元の世界に送りますから、付いて来て下さい」
俺はあまりの仕打ちに我慢出来なくなる。急に連れてこられて、必要ないとか色々言われて、挙句の果てには帰れとかないだろ!
「ふざけんなよ!」
俺は怒りに任せて、エミリさんに殴り掛かる。
そんな俺に対し、エミリさんは冷静に呪文を唱える。すると、俺は身動き出来なくなり、倒れる。
「くそ! ふざけんなよ! 勝手に連れて来て、言いたい放題言いやがって、それで元の世界に戻れ、ふざけんじゃねぇよ!」
元の世界では必要とされていないだ、なんの能力もないクズだ、子供が産めないだ、好き勝手言いやがって。
俺はあまりの理不尽さに、自分が異世界に憧れていた事は忘れて、涙を流していた。
余りにも理不尽過ぎる。
俺が過大に期待し過ぎていた所もあるだろうが、いくらなんでもこれはないだろう。
「仕方がありません。それは、神様がお決めになった事ですから」
「お前は神が命じたら何でもきくのか!」
「はい、私は神にそういう風に作られましたから」
くそっ! お前に聞いた俺が馬鹿だったよ。
俺はそのまま、力なくエミリさんが呪文を唱えるのを聞いていた。
俺は段々と路地で感じた様な光と、回転する様な感覚が感じて来た。
俺が気を失う前に見たのは、エミリさんの雑草を見るかの様な表情だった。
俺は元の世界に戻って来た。あの路地にあの日あの時間、全く変わらない世界が広がっていた。
ただ、俺を除いては。
そんな、俺の異世界かどうかもよく分からない体験だった。
俺はそれからヒーローになる事に憧れる事も、異世界に召喚されることを夢見る事も止めた。
俺はその後、世界に必要とされていないという言葉を否定したくて、必死に勉強し、様々な事を努力した。誰かに認められたくて、神を見返したくて……。そして大人になり、俺は会社を立ち上げた、なんて事は、また別の話。
お気に召しましたら幸いです。