塔の中の少女の話
「ねぇ、アナタ達はなんで存在しているの?」
「……分からない」
「じゃあ、なぜ2対で1つなの?」
「……分からない。が、欠けたモノを埋めあう為、だと思う」
「アナタ達はどこから来てどこへ行くの?」
「……分からない」
「つまらない」
白い部屋で抜けるように白い肌をした少女が言った。
ここは何もかもが白い……。
壁も床も本棚もベッドも……。
窓も扉も、この部屋には存在しない。
以前彼女に聞いたところ、
「私はこのままで十分幸せよ?」
と理由は教えてもらえなかった。
猫の姿をした『片割れ』を撫でると、気持ち良さそうな喉の音が聞こえた。
……まぁ、コレがコイツの本来の『形』なのだから、当然か。
「……し、失礼します」
と、白い壁の一部分が切り取られたかのように開き、1人の娘が姿を現わす。
ビクビクと怯えたように1人分の食事の乗ったトレーを少女の前に置く。
少女はニヤニヤ笑いながら、
「ねぇ」
と娘に声をかける。
娘はビクッと肩を震わせる。
「な、何か……?」
「ううん、何も」
ニヤニヤ笑いながら少女は答える。
娘は怯えながら、以前持って来たトレーを持ち壁の向こうへ去っていく。
部屋はまた白に戻る。
「あははっ、本当にアナタ達はあの子に見えていないみたいね?」
そう、それがこの少女が望んだ『設定』。
俺達は、『片割れ』も含め主人である少女にしか見えていない。
……そう言えば、以前会ったことのある『良識ある人間』に「人間は一所に長い間閉じ込められると狂ってしまう」と聞いた事があるが……。
その事を少女に尋ねると
「私はね、自分で望んでここにいるのよ」
楽しげに笑いながら、自分の境遇を語った。
彼女は『不幸を呼ぶ子供』と言われていたらしい。
生まれた時に母親が死に、生後間もなく父親も死んだ。
その後、彼女を不憫に思い引き取った祖父母も死んだ。
親戚中を点々としたが、彼女に関わった者は全て死んだと言う。
親戚に限らず、共に遊んだ子供達も何かしらの理由で死んだらしい。
「だからね、私は自分でここにいるって決めたの。外に出てもイイ事なんてないし、人なんて美しくないもの」
少女は白い部屋を見回す。
「ほら、ここにいれば人と関わらなくて済むし綺麗な物に囲まれて生活できるしね」
「……あの食事を運んでくる娘は?」
「あの子? あの子は自分から勝手にここに来てるのよ。多分、誰かが私に食事を運ばせているんだと思うわ」
……人間とは、訳の分からないイキモノだ。
俺には人間の行動全てが理解し難い。
ただ1つ言えるのは……。
「では、何故あの娘に毎回声をかけているんだ?」
「え?」
「本当に人間が嫌いと言うのなら、何故俺は『人間』の形をしているんだ?」
今の俺は、この少女と同じ年代の少年の姿をしている。
黒と白のブチ模様の猫を抱いた少年の姿を。
少女はかなり動揺しているようだ。
目の焦点が合わず、どこを見ているのか分からない。
「え、だ、ってそれは……。寂しい? いえ、違う! そんな事は……。あれ?」
少女の目から涙が零れる。
本来の気持ちと言動が合っていないようだ。
……何故、己の心の有り様を自覚できないのか。
俺には理解できない。
「……あ」
白い壁から、再び娘が現れる。
怯えながらもハッキリとした強い意志が感じられる。
「ね、ねぇ! アナタ、どうして私に食事を運んでくれるの!? なんで? 私が怖くないの!?」
娘は答えない。
少女はなおも問い続ける。
「誰かに言われて、ここに来ているの!? さぞかし給料が良いんでしょうね!? 私は人と馴れ合いなんてしたく……っ!?」
少女の腹には1本のナイフ。
娘が震える手で柄を握っていた。
「わ、私が……誰かに言われて……?」
俺はこの時、初めてこの娘が少女とまともに受け答えするのを聞いた。
「そんな訳ないでしょ? 貴方は『呪われた子』なのよ? 村の誰1人、貴方なんて気にかけないのよ?」
早口で捲し立てるように娘が言う。
「私はね、貴方がどんな子なのか確かめたかったの! どんなに恐ろしいのか、どんなに残忍なのか! でも、今の貴方を見て知ったわ。ただの無力な子供じゃない! たまたま関わった人間が死んでいっただけの、ただの子供よ! そんな子に……私の弟が……っ!」
どうやら、『ただの偶然』で家族を亡くした1人のようだ。
厳密に言えば、この少女が呪われた運命とやらを背負っているのは事実だ。
俺には彼女に絡む悪しき因果が見えている。
彼女の魂の過去に何があったのかは知らんが、相当悪質なようだ。
「そ、そんな……」
何が「そんな」なのかは俺には理解できない。
ただ、少女は涙を流しながら事切れた。
少女を殺した娘は、再びガクガクと震え出す。
「わ、私は……間違ってない。そうよ、全部この子が悪いのよ……! 私の、私の……弟を……!」
…………。
『契約』が切れた。
娘に俺達の姿が見えるようになっているようだ。
こちらを見て、驚いたように目を見開いている。
「あ、貴方……いつから……」
「……今までずっと」
その答えが聞こえたのかどうか、娘は俺に縋るように言う。
「私は……間違ってないよね!? だって、あの子がいたから私の弟がっ……!!」
「人間の基準は分からない」
そう、俺には……俺達には人間の基準など知る由もない。
ただ……。
「間接的に他者の命を奪うにしろ、直接的に奪うにしろ……、どちらも『悪』だ」
娘の見開かれた目には、赤い瞳の鎌を持った少年が映っていた。
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森の中を1人の少年が、猫を抱きながら歩いている。
「ねぇ兄さん、これからどうするの?」
抱かれた猫が少年に尋ねる。
「……さぁな」
「このままだと僕達、消えるかも知れないよ?」
「それでも……いいかもな」
「……まぁ、兄さんがそれでいいなら」
猫は諦めたような、少し笑っているような声音で言った。
彼等の背後には、白い塔が建っていた。
その中には二人の少女が倒れていた。
どちらも、既に事切れていて……、誰も二人に気付く事はないであろう。