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6-2 生きる目的・旅立ちの決意


狩人が休んでいる間に、歩けるようになったサタンは、イノシシの肉や皮を解体する。

自作の石のナイフは、かなり肉を解体するのに手間がかかる。

動物の脂ですぐに切れ味が悪くなるからだ。


手が脂で滑り、刃も脂と膜ですぐ鈍る。

近くの石で刃を立てながら、何度も繰り返す。

かなりの重労働だったが、何とか一日でやり遂げる。


イノシシの解体が終わり、ふと顔をあげると、食獣植物が枯れた姿が見える。

そんな枯れた植物の中に、一部青々とした果実が残っている。


食獣植物が死に瀕したとき、己の生命のすべてを次世代につなぐために、種子を含む果実に集中させる。


「食獣植物の果実か。初めて見た……うまそうだな」


材料を持ち、家に帰る。

持てない分はそのまま置いてきた。

森の動物が始末してくれるだろう。


家に帰ると、狩人はイノシシの肉で料理を作ってくれるといった。


「料理?」


「そこからですか……。つまり、この材料を焼いたり、煮込んだりしてから食べるということですよ」


「なるほど、生肉や干し肉以外にも食べ方があったのだな」


「てか、煮沸消毒や薬草を煎じたりしてたのに、料理は何も知らなかったんですか?」


「料理は教えてくれ無かったな。まあ、俺はお腹が丈夫だし……」


「……わかりました。それなら俺が腕によりをかけ、あなたに料理を作ろう。肉以外の食材や調味料は、私が携帯している分と売り物を使うのでご心配なく」


「お、それはありがたい。今日はイノシシを解体して、もうくたくたなのだ」


「では、始めます。黒白菜をざく切りにし、黒ねぎも適当に切る。黒春菊も適当に切る。邪キノコは切らずにそのまま。これらを全部鍋に放り込む」


これが料理なのか……と感心しながら、様子を見ている。

食材は単体で生で食べることがほとんどであったからだ。


狩人は次々と鍋に食材を放り込み、煮込み始めた。

建物内にいい香りが充ち始める。


「邪味噌とマガマガ醤油をいれ、最後に薄切りにしたイノシシ肉を入れると……黒ぼたん鍋の完成です!!」


「なんということでしょう。鍋の中、真っ黒!!」


サタンは真っ黒の鍋を見つめる。

黒々とした液体と黒色の野菜が、おいしそうに煮えたぎっている。

魔界の食材は黒色や灰色の物が多いから、この色は一般的である。


しかし見た目に反し、かなりいい匂いが鼻腔に広がる。

サタンの口からは、よだれがとめどなく出てきた。

もう我慢できない。


「いただきます」


サタンは黒ぼたん鍋をつつく。

煮込んだイノシシ肉を口に入れた途端、衝撃的なうまみが口いっぱいに広がる。


「ハフハフ。熱いけど、これはうまい!!」


狩人の作ってくれたこの鍋は、とんでもなくうまかった。

初めて食べる味だが、迷うことなく次々と口へ放りこむ。


「ハハ、そうでしょう。わが自慢の調理法ですので!!」


狩人は褒められてうれしそうだ。


「自慢するほどの複雑な工程もなかったがな!」


サタンはわらう。

心の奥から愉快さがあふれ出してくる。


それと同時に、使い果たした体力と魔力も全回復。

いや、全回復どころか、体中に力がみなぎり、今までの魔力の総量を突き抜けた……気がした。


イノシシの肉はしつこくない淡白な味わい。

しかしながら脂身は甘みも感じられる。

獣特有の臭みを感じない。


野菜やキノコ類からやさしいコクが出てスープに溶けこんでいて、それが邪味噌とマガマガ醤油に絶妙にマッチしていた。


「いや、こんなうまいものを食べたのは初めてだ。いつも肉はだいたい生食だったからな」


サタンはいま、幸福の中にいた。


サタンは普段、死肉をも食べていた。

腐った肉は悪臭を放ち、虫が湧き、口に入れた瞬間吐き出してしまう。

食えたものではなかったが、よく洗い、かまずに胃袋に詰め込んでいた。

とても食い物とは呼べない。


運が良ければ、他の魔獣が食べ残した骨の髄を啜っていた。

それで十分だった。


食とは飢えを防ぐもの。

生きるとは、ただ消滅しないために繋ぎ止める行為に過ぎない。

サタンはそう考えていた。


その認識が百八十度変わった瞬間だった。


その欲求は、生存本能よりもはっきりと彼の内に残った。

安全な森に留まる理由が、初めて失われた。


代わりに生まれたのは、目的だった。


もっと旨いものがある場所へ。

それを作れる者のいる場所へ。


サタンは、食への強烈な欲求が心の奥底にあることに気づいたのだった。


「それも調理しようか」


サタンが取ってきた食獣植物の果実に視線をやる。

俺はうなずく。

楽しみだ。


狩人は果実を縦に割り、内側の半透明の果肉をナイフで大雑把に削ぎ落とす。

丁寧さはない。

食べられる部分だけを、迷いなく分けていく。


串に果肉を刺し、そのまま火の近くの石へ貼りつけた。


じゅ、と音が鳴る。


果肉の汁が熱で弾け、青い皮がわずかに焦げる。

煙と一緒に、獣脂に似た匂いが立ち上った。


狩人は懐から粗塩を取り出し、指でつまんで振りかける。

それだけだった。


「毒は火で抜ける。完全には抜けんが、腹は壊さん程度になる」


焼けた果肉は縁から白く乾き、中心だけが柔らかく膨れる。

狩人はそれをナイフの先で剥がし、木皿代わりの樹皮に落とした。


「冷める前に食べてくれ」


サタンは半信半疑のまま口に運ぶ。


外側は軽く硬く、内側は熱を含んでとろりと崩れた。

淡い甘みの後に、肉のような旨味が舌に残る。

噛むほどに、わずかな塩気がそれを引き立てた。


温かい食べ物が、腹に落ちていく。

サタンの手が止まる。


「……これは」


狩人は火を見たまま答えない。

代わりに、もう一枚を焼いて無言で差し出した。


サタンは迷わず受け取る。

その瞬間、彼の中で何かがはっきりと形を持った。


また食べたい。


「満足していただいて、何より」


狩人は嬉しそうに答えた。


「いや、最高だよ」


「しかし、こんなうまい料理があるのに、酒を飲むことができずに残念です……」


「酒とはなんだ?」


サタンには初めて聞く言葉だった。


「ああ、酒とは飲み物でして、果樹や穀物を発酵させ、それを漉して作るものでして。それを飲めば極上の気分を味わえるといわれています。私も一度しか飲んだことがないのですが、比類なき楽しい気分になれるのです。そして何より、味がうまい飲み物です」


「ほう?」


「酒にもいろいろ種類があるようなのですが、作ることができる者が限られているため、魔界の一部の上位の者しか飲むことができないのですよ」


「上位の者……」


「お察しの通り、ドラゴンや強き力を備えた上位の魔人です」


ドラゴンも酒飲むのか……と、関係ないことを考えていた。

しかし、力さえあればドラゴンでさえ飲めるのだ。

強ささえ備えられれば、どんなものだって飲めるような気がしてきた。


「俺も魔界で上位の者に入れば飲むことができるのか?」


「ええ。この料理よりもっとうまいものも食べるし、極上の酒も飲むことができるでしょう」


その説明を聞き、むくむくと好奇心が頭をもたげる。


「よし、決めた。俺はこの魔界のうまい食べ物とうまい酒を味わいつくそう」


サタンは、この地を出ることを決めた。

生き延びるためではない。

食べるために、旅に出るのだった。


サタンのこの決定が、この後の魔界を大きく揺るがすことになるとは、この時まだ誰も知る由もなかった。


ルシファーが、この魔界の救いを求めるものを救うため。

サタンが、この魔界の美食を楽しみ、力を得るため。


二つの意志は一つの体で、この世界を旅立つ理由を得た。

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